194 猫妖精と交渉せよ
◇
地下の工房に籠っているリズールは、行き詰っていた。
『“物質創造”。素材“アメジスト原石”。重さ“200カラット――約40g”。形状“正八面体”。開始』
『――創造成功、次の作業を開始。移植元“リズールアージェント・第20899ページ、記載魔法術式”、移植先“アメジスト正八面体”。魔導核起動用宝珠、術式移植工程・第一段階開始――――っ、くぅっ!』
バキンと音を立てて、生成したアメジストが砕ける。
研究机に座る彼女の周囲に、無数のアメジストの欠片が散らばる。
『やはり所詮は模造品。天然物を使わないと耐えられませんか……』
そして、賢者の魔導書だからこそ分かる事もある。
このままでは、作業の成功率は限りなく0に等しいと。だが、それしきの事で諦める訳にはいかなかった。
彼女にとって、ひいてはハビリス族にとって重要な仕事だったからだ。
『ならば、次はもっと大きめのサイズを創造して、少しでも素材の耐久性を上げて……おや?』
その時リズールは、地上で何者かが召喚されたのを察知する。
どうやらナターシャが呼び出したらしい。
『……どなたでしょうか?』
気になった青髪のメイドは、息抜きも兼ねて地上へと向かった。
◇
ニャトは暫し考えた所、ナターシャは多分何も考えずに発言したのだとようやく理解して、こう返した。
「ンニャ……一緒に暇を潰すのは良いニャけど、それなら今日のオススメ商品を見てからにするニャ」
「へぇー、何があるの?」
起き上がったナターシャが尋ねると、ニャトは少しあくどい感じに笑い、
「ニャッフッフ、今日はとっても貴重な宝石を持ってきたニャ。今からテーブルに並べるから、ちょっと待つ――」
『それは……どのような宝石ですか?』
「――ニャニャン?」
「ん?」
商品をテーブルに並べ始めようとした所で、地下室に続く階段方向から声がする。
ナターシャとニャトが振り向くと、そこにはリズールが立っていた。
彼女は何やら拡大鏡付きのごてごてとしたモノクルを掛けていて、更には、右腕全体を覆い隠すような、スチームパンク風のガントレットを装着していた。
「何その装備」
ナターシャが脳死問いかけを行うと、リズールは研究室で作業する為の道具だ、と説明した。
今作成している物は、コンマ以下の厳密な魔力調整、刻印作業が多いので、細部確認・魔力測定機能と、注入魔力の自動調節機能が必要なんだーとかなんとか言ってたけど良く分からん。
だがまぁ、それはこちらの事情。
ニャトが『それで何をお求めニャ?』と問いかけた事で話は戻る。
リズールは戸惑う事無く、求めている宝石を話す。
『実は、天然物のアメジスト原石を欲しています。ありますか?』
「あぁその程度ならお安い御用ニャ。産地とかカラット指定とかあるかニャ?」
『最低でも200カラット、産地は出来れば……高品質なイリサンカラ地方の物を』
「ニャハ、中々大きい物ニャね……でも、丁度一つだけあるニャ。見るかニャ?」
『はい、拝見させてください』
「ちょっと待つニャー」
ニャトはいそいそと、昨日よりも大分小さなリュックを漁り、テーブルにランチョンマットを敷いて、その上に一つの紫水晶を置く。
「はい、イリサンカラ産のアメジストニャ。200.22カラット、品質は最高級のSニャ。お眼鏡にかなうかニャ?」
リズールは視線を逸らして考えた後、値段を尋ねる。
ニャトは『金貨200枚でどうニャ? 原石だから安い方ニャ』と言った。
流石のリズールも強気な値段設定に驚いて、ナターシャと相談する事にした。
『マイロード、相談があります……』
「どしたの?」
『このアメジスト、購入して頂けませんか?』
「んー……」
考え込むナターシャ。
まぁ一応、購入は出来る。金貨は400枚近く所持してるし。
ただナターシャには、一つだけ気になる点があった。
「リズール」
『なんでしょうか』
「この宝石は何に使うの?」
『それは……』
言い淀むリズール。何か後ろめたい事でもあるのだろうか。
ナターシャが説明を求めると、青髪のメイドはついに覚悟したのか、簡潔に教えてくれた。
『……実は、私の同胞を復活させたいのです』
「同胞……?」
誰だ? 復活できるって事は非生物?
つまりはゴーレムか?
「それってリズールと同じゴーレムなの? それとも魔導書?」
『前者です。種族はハイゴーレム・ギュネー。隠れ里の戦力強化を行うに当たって適任だと判断し、復活させる事に決めました』
「へぇー……」
昔馴染みの仲間を復活させたかったのか。なら却下する理由は無いな。
でも問題は……アメジストの値段だ。金貨200枚はどう考えても高すぎる。まずはこれをどうにかしよう。
そう考えたナタ―シャは、ニャトに話し掛ける。
「ねぇニャトさん」
「どうしたニャ?」
「そのアメジスト、もう少し安くしてほしいな。半額の金貨100枚なら即決で買うけど、どう?」
「そんなにまける気は無いニャ。200ニャ」
「120」
「200ニャ」
「じゃあ……150は?」
「200だニャー」
くぅ、流石に強い……なら……
「じゃあさ、アメジストと一緒に別の商品も購入して、丁度200枚にするっていうのはどう?」
「む? む、むむ……それは中々考えさせられるニャ……」
そう言って唸るニャト。ふふ、想定通りだ。
今の発言は『もし安くしてくれるなら、余った金貨で売れない商品を引き取るよ?』って言ってるのと同じだから、金に目聡いニャトも悩むんだろう。
しかし甘い、そんな猶予は与えんぞニャト……
「んー、ニャトさんが悩むって事は駄目っぽいかぁ……じゃあ今回は諦めるしか無いかな……」
「ニャニャニャ!? ま、ちょっと待つニャよナターシャさん。考え直すニャ」
つい欲に目が眩んだのか、止めに掛かるニャト。
ナターシャはこの隙を逃さず斬り込む。
「まぁ考え直すのは良いんですけど……だったらアメジスト、金貨100枚まで値引きしてくれますか? それくらいしてくれないと……折角考え直すんですから、ねぇ?」
「ニャッ!?」
反撃で即死コンボ決めるのは基本。じゃないと泥沼になるからね。
ニャトはとても渋い顔をした後、根負けしたようだ。
「……むむぅ、しょうがないニャア。今回は100枚にまけとくニャ」
「ふふ、交渉成立ですね」
金貨100枚で販売すると言ってくれた。やったぜ。
ナターシャはきっちり支払った後、『毎度あり~♪』と呟いたニャトにこう言っておいた。
「ニャトさん」
「どうしたニャ?」
「今後とも程よい取引をしましょうね?」
「ニャフゥ……子供なのに食えない人ニャねー……」
こう言っておかないと、またぼったくられる可能性があるしね。念押しも大事。
ニャトの方も、ナターシャの事をそれなりに認めたようだった。
……これは後で分かった事だが、アメジスト200カラットの相場はなんと、金貨100枚ぴったり。
ナターシャはただ通常価格で買っただけで、ニャトが損した訳では無かったようだ。
プロの商人相手では、正規の値段で買うだけでも大変なのだと改めて思い知った。
そして、原石を手に入れたリズールは急いで地下へと戻り、残されたナターシャとニャトはまた商談を始める。
何故かと言うと、
「暇つぶしに会話するくらいなら、商品の紹介をさせてくれニャ。ニャトはそっちの方が楽しいニャー」
と言われたからだ。
まぁ相手は商人なんだから、そうなるのはしょうがない。
「分かった。今回のオススメはどんな商品?」
「ニャフフ……今回のオススメ商品は何と、ファイアドレイクの眼という宝石ニャ……!」
「おぉ……」
「この宝石は何と遥か北方、竜の山脈に住まうファイアドレイクを討伐し、その心臓付近から剥ぎ取られたと言われていて、黄金の輝きの中に怒りの灼炎が混じったその色は、本物の怒竜の眼を彷彿とさせるほどに美しいと言われているのニャ……!」
なんか凄いカッコいい……
「でも、お高いんでしょう?」
「通常ならば金貨40枚は下らない所、今ならなんと金貨10枚! とってもお買い得ニャよ!?」
おぉ! すげぇお買い得じゃん!
「買いたい! ……けど、なんかそれって呪われてるとかありそうだよね?」
「もちろん呪われてるニャよ? ニャトはケットシーだから問題無いニャいけど、人が持つと死竜の呪いのせいで破滅するニャ!」
!?!?!?
「なんてもん売ろうとすんのさ!」
「ニャフフフ、呪いは冗談だニャ。あ、クッキー貰うニャー」
「あ、あぁ、うん……」
冗談だと分かって安心するナターシャ。
ニャトさんと会話してると、動画のネタに困らないなぁ。ありがたい。




