192 次の日。
またしても場所が変わって、異世界側。
とある夜の洞窟で、傷を負ったハイオークとオーク二頭が話し合っていた。
彼らは先ほど、隠れ里を襲ったオーク達だった。
「オノレ人間メ……!」
「カバアニキ、コレカラドウスル?」
「ブフゥ……ウッ、ウゥ……」
カバという名前のハイオークは、すり潰した薬草を傷に擦り込みながら、親分として方向性を示す。
「復讐ハ必ズスルブヒ、ダガ、今ハ出来ナイブヒ……ダカラ……」
「「……ダカラ?」」
「マズハ里ニ戻ッテ、シバ達ヲ見ツケタト知ラセルブヒ。俺達ガ復活スルマデノ時間稼ギダブヒ」
「ナルホド!」
「オォ! 流石アニキダ!」
感心する子分。カバも褒められて喜ぶ。
「ブヒヒ、天才ダカラ当然ブヒ。……ダカラ、今日ハココデ休ムダブヒ。明日帰ルブヒヨ」
「「ワカッタ」」
彼らは、今日は洞窟で休み、明日になってから里に帰る事に決めた。
◇
そして、視点が変わってナターシャの方。次の日になった。
目覚めてさっそく両親に連絡したナターシャは、昨日撮影した動画を見た、と伝えられた。
どうやら天使ちゃんが、リビングのモニターで無編集版を流したらしい。
ナターシャは感想を尋ねる。
「どうだった?」
『ハビリス族っていう種族どころか、オークやダークエルフとも仲良くなっているなんてビックリしたよ』
『えぇ、ママも驚いたわ。でもナターシャちゃん、森に入っちゃダメって言ったでしょ?』
「ごめんなさい……」
当然、怒られた。
だけども、シバ兄妹の事情は両親も聞いている。
同じ状況になれば自分達もそうすると分かっているので、いくつかの注意だけで済ませた。
そして話は戻って、オークのシバの話になる。
「……そう言えばさ、お父さんとお母さんの言ってたオークって人食いで怖いイメージだったんだよね。予想外でビックリしたよ」
『……いや、ナターシャ。ウチの近くに住むオークは人を食べるよ。その認識を変えちゃいけない』
「そうなの?」
『そうよ。だから森は危ないのよナターシャちゃん』
「そうなんだ……」
ママンも同意した事で、それが事実だと改めて理解した。オーク怖い。
すると今まで静かにしていたリズールが、朝食を作る手を止め、ナターシャ達の会話に参入する。
『……失礼、お二方。私も混ぜて貰っても宜しいですか?』
『あぁどうぞリズールさん。どうしました?』
画面の向こうのリターリスが尋ねた事で、リズールは自身の見解を話す。
『今述べられていた“人を喰らうオーク”についてですが……もしかするとそれは、オークでは無く“オーガ”かもしれません』
『オーガ……? あ、もしかして』
『パパ知ってるの?』
『うん。そういえばの話なんだけど……魔物退治の時、ちょっと変わった見た目のオークに出会った事があるよ。もしかしたらそれかな?』
どうやらリターリスは、実際に遭遇した事があるらしい。
リズールはオーガに関しての説明をした。
曰くオーガとは、遥か昔にオークと枝分かれした種族で、見た目が近いので混同されやすいらしい。その違いも、頭部に角があるかどうか程度だそうだ。
そういえば、西洋の鬼って緑肌だったな……とナターシャは思い出す。
父リターリスも、『あぁ、あのオークにも角が生えていたな……』と思い出したように発言。
更に、次の発想に思い至った。
『……と言う事はリズールさん、ユリスタシア領にはオークとオーガという、似た容姿の亜人が生息しているんでしょうか?』
『そうだと思います。領民を守り、更に気軽に森へ入れるようにする為にも、オーガの分布調査が必要ですね』
『うわぁ……大変な事になったなぁ……』
画面の向こうで頭を抱えるパパン。それをママンがあらあら、と慰めた。
もちろん、リズールもフォローを入れる。
『大規模調査の際にはお呼び下さい。魔法でお手伝いします』
『あぁ、ありがとうございます……人力で行うのは危険ですし、とても時間が掛かりますからね……』
そう言う父の顔は、過去の苦い経験を思い出したようだった。
◇
朝の支度を終えると、すぐにハルヤの家へ向かう。会議の集会場所だからだ。
まぁ隣なのでちょっと移動するだけだが。
家に入ると、狩人とハルヤ、弟のエミヤ含む他何名かのハビリス族の男性に、斬鬼丸とシバ兄妹も待っていた。
理由は分からないが、狩人は少々苛立っている様子だった。
「おはよーございます」
『お待たせしました』
二人が挨拶すると、狩人が真っ先にこう告げた。
「お前達、オークとダークエルフを連れてここを去れ」
「か、狩人さん……!」
ハルヤが宥めようとするが、狩人は続ける。
「そこの二人が此処に居る限り、オークの襲撃は続くだろう。だから二人を連れて去れ」
「わぉ……」
『……』
前置き無しの直球ストレートを受けて、つい威圧されてしまう二人。
しかしすぐさまリズールが反論した。
『ですが狩人様、この里は既にオークに見つかっています。例え二人がここから居なくなっても、食料目当てでの襲撃は続くでしょう。違いますか?』
「それは、そうだが……」
言葉に詰まる狩人。
するとハルヤが彼を庇う。
「待って下さい! 狩人さんが強く言うのにも理由があるんです!」
『……理由、ですか?』
「はい。それを今からお話します。……私達ハビリス族が、狩人さんと関わるに至った経緯を」
「っ、待て、それは――」
狩人が静止するのも聞かず、ハルヤは話し出した。
「……私達の源流が、かつてこの地――この隠れ里の地に存在した、ムーア村の村民達、だというのはご存じですか?」
『……なるほど、そういう事でしたか』
リズールはそれで大体は察する。しかし彼女は、皆にも分かるように詳しい事情を求めた。
ハルヤもそれを受けて、ゴブリン族と袂を分かち、ムーア村の地に再び集結したハビリス族と、ムーア村大惨禍で、誰一人として救えなかった事を心から悔やんでいた、一人の老狩人が出会った経緯――――“優しい狩人”という物語について、語り始めた。
◇
序盤はとても長い話だったので割愛されたが、大体はこういう話の流れらしい。
ハビリス族が里造りの為に奮闘し、壁に当たって躓いた時に、ふと老狩人が現れ、アドバイスをして去っていく、というような感じ。ごく一般的な物語だ。
で、詳しく話されたのが物語の最後。
老狩人がハビリス族を見守っていた事が発覚した場面から。
何故いつも見守っていたのか、とハビリス族に尋ねられた狩人は、ついに彼らの誕生秘話を教え、彼らハビリス族にムーア村の犠牲者の面影を見てしまい、見てみぬ振りが出来なかった事、そして、そんな悲劇が二度と繰り返されないよう、彼らへの最後の贈り物として、自らの血脈が途絶えるまで消えない召喚契約を結んだのだった。
とても悲しい話だな、とナターシャは思う。
ハルヤの話を静かに聞いていた狩人も、ようやく心境を話す気になったようで、こう言った。
「……これで事情は分かっただろう。俺は曾祖父の無念を晴らすためにも、お前達に頼る訳にはいかないんだ。だから……」
早く去れ、と言いたいのだろう。狩人としての実力を証明する為に。
されどもナターシャ、空気は読みつつもこう発言してしまう。
「それはどうかな?」
「……なんだと?」
「確かにムーア村の人達を救えなかったのは、他人――スタッツ国軍に頼っていたからかもしれない。だけど狩人さん、それは違う。本当の意味でハビリス族を助けたいのなら、曾祖父の無念を晴らしたいのなら……リズール!」
ナターシャは片手を挙げ、パチンと指を……鳴らしたつもりだったが鳴らず、カスッとなったが、リズールは主の意志を汲み取って、夜間に制作していた資料を提示する。
「これは……?」
狩人は困惑の声を漏らし、ナターシャを見る。
「あぅ……えっと……」
だが、ナターシャはそれ以上の事を考えてなかった。
7歳らしく、可愛くキョドりながらもリズールへの接触を図って、続きの言葉を任せた。
「り、りずーる……」
『仰せのままに。……この資料には、この隠れ里を――ひいては、ハビリス族を大幅に強化する方法を書き記しています。お読みになられますか?』
そう言って資料を差し出すリズール。狩人は戸惑いながらも受け取った。
リズ―ルは、更に追い打ちをかけるように、狩人の顔を覗き込みながらこう囁いた。
『狩人様。この里を守らなければならないという事は、彼らも共に戦うという事なのですから……どうせなら彼らを、かつてこの地を襲ったゴブリンの軍勢――――更には、これから襲ってくるであろうオークの軍勢にも勝てるような、強い種族へと育ててみませんか?』
「ハビリス族を……ゴブリンやオークの軍勢にも勝てるような種族に……?」
リズールの言葉を聞いた狩人は考えるように視線が泳いだが、すぐさまその目に闘志が宿った。
自らだけでは無く、守るべきハビリス族も強いのならば――――二度と大惨禍のような悲劇は起きず、曾祖父の無念を晴らす事が出来る、と理解したからだ。
それからの彼の決断は早かった。
「……分かった、やろう」
『ふふ、そのお言葉が聞きたかったのです。では皆様ご清聴を。まず最初に行うべき事ですが――――』
待ってましたとばかりにリズールは、他の面子も交え、今後の防衛方針――強いては、ハビリス族強化計画をプレゼンし始める。
難産だった上に、執筆中に寝落ちしまくったので遅ればせながら初投稿です。




