191 真夜中の座談会
『そんな二人の恋華が咲くのは、春になる頃だろうか――いや、やがて間もないのかもしれない。……しかし、それを知っているのは、我らの愛の運び手だけだった――…………はい。おしまいです』
……とある情景に合わせ、即興で創った恋談話を語り終えて、リズールは本体を閉じる。
彼女の周囲では黄色い歓声が沸き、更に、ハビリス族の女子供、男も含めて話の続きを催促した。
しかしリズールは人差し指を立て、聴衆を鎮める。
『残念ですが、このお話の続きはお二人の関係が進んでからですね。しがない観客である私達は、今は静かに進展を待ちましょうか。続きはまた明日、ですよ』
ハビリス族達も『それもそうだ』と口々に呟き、満足そうにナターシャ達のテントから出て、各々の家路に着いていった。
それと入れ替わるように風呂から上ってきたナターシャは、今夜から暫くの間、この里の語り部を担う事となった、青髪の従者を労う。
「お疲れリズール。肩でも揉もうか?」
『お気持ちだけ受け取っておきます。我が盟主が私の肩を揉み解そうとした場合、指の骨を折ってしまうかもしれませんので』
「りょーかい」
どんだけ凝ってるんだよリズールの肩……と思いながらも、ナターシャは口に出さずに寝間着を着て、そのまま流れるようにベッドに寝転ぶ。
あー頑張った頑張った。
……ん、今どういう状況かって?
まぁこれじゃわかんないよね。
じゃあ、ちょっとだけ時間を巻き戻そうか。
◇
周囲を撮影をしつつ、ハルヤの家に向かっていたナタ―シャ。
すると到着する直前のタイミングで、またしても鳴り子の音が里中に響く。侵入者だ。
昼頃の騒動から一転、落ち着き始めていた里は再びパニックになり、近くの家々からは慌てた表情で鋤や鍬を手に持ったハビリス族の男達が、ハルヤ宅からは斬鬼丸とリズールが大急ぎで出張ってきた。
ナターシャもゆるゆる少女ムーブから一転、真面目な立ち振る舞いで里の入口へと走る。
全員が里の入口に到着すると、一人の男が立っていた。
彼は古風な狩人の装いで、目深に被った帽子と口元を隠す襟の間からは、鷹のように鋭い眼と、目蓋を縦に裂くかのように刻まれた古傷が、暗闇に溶け込むのを拒むかのように、沈みゆく夕日の最後の一片に照らされていた。
警戒を解かない斬鬼丸・リズールを他所に、彼の姿を見たハビリス族達は安心する。
「……真面に顔を合わせるのは初めてだな、お前達」
「「「狩人さん!」」」
彼はそう、昔々にハビリス族達と契約を結んだ狩人の血族。
その当代であり、歴代最高と謡われる、この隠れ里の守護神である。
彼が自分達の知っている狩人だ、と分かってからのハビリス族は早かった。
侵入者が狩人である事を大声で叫び、家の中で震えているであろう自身の嫁と子供を安心させた。
念のため、何人かは各家を回って直接知らせに行き、他の面子は我先にとハルヤの家へと向かう。
結果、ナターシャ&従者二人と、狩人だけがその場に残された。
「……」
「「『……』」」
気まずい沈黙を享受し合う面々。
すると斬鬼丸が口を開いた。
「……狩人殿」
「なんだ」
「貴殿の前では言い辛いのでありますが……ハビリス族は少々、平和ボケし過ぎていると思うであります」
「だからなんだ」
「故に貴殿は、この里を守り過ぎているのではなかろうか? 彼らが、身近な危機に気付かなくなる程に」
「……半分は当たっている。耳が痛い」
そう言って額に手を当てる狩人。
彼も半分は自分のせいだと分かっているらしい。
だが、彼なりの言い分もある。
「……しかし、ハビリス族を守らない訳にもいかない。それは理解しろ」
「ふむ……彼らを何がなんでも守る理由は、先祖が彼らと契約したからでありますか?」
「違う」
「では何故?」
「説明する義務は無い」
「むう……」
それを教えてはくれないが。
狩人はそこで話を切ったので、斬鬼丸は不服そうに唸った。
更に、隣で聞いていたリズールも少し不満そうだった。
狩人とハビリス族の関係を知りたかったのかもしれない。
積もる話もクソも無い沈黙が再びその場を包んだ時、ハルヤの弟であるエミヤが、男性陣とシバ兄妹を引き連れて戻ってきた。
彼の話を詳しく聞くと、どうやらハルヤが狩人を呼んでいる、との事らしい。
ナターシャ達も一緒に向かおうとすると、エミヤがスッと移動し、先陣を切ろうとしたナターシャの肩を持ってこう呟く。
「……悪い人間さん、ハルヤと狩人さんを二人っきりにさせてくれないか?」
「なんで?(純朴な疑問)」
「まとめ役のハルヤと、守り手の狩人さんにも積もる話はあるだろうし……俺達がその邪魔するのは、なんか悪い気がするよなぁ?(暗黒微笑)」
「あっ(察し)」
なるほどね。
◇
……そして今に至る。
日はとうに落ちて辺りは暗いが……ハビリス族の野次馬達は、ハルヤと狩人の恋の進展を話し合いたいが為だけに、休耕地に建てたこのテントに押し掛けてきたのだ。
実は、このテントの周囲はやたらと明るいので夜でも目立ってしまい、それに目を付けた彼らに集会場所として利用されたのである。
「プライベートなんてあったもんじゃねぇな村社会……」
改めてそう痛感した。
まぁ、他人の浮ついた話で盛り上がるのは世の常なので、仕方ないと言えるけども。
「……というかリズール」
『どうしましたか我が盟主?』
「トコちゃんは何処に行ったの? 私が風呂に入るまではここに居たよね?」
それらはさておいて、まずは初歩的な疑問を投げるナターシャ。
リズールはこう返答する。
『彼女なら先ほど、シバさんと一緒のテントに移動しました』
あぁ、あっちのテントに行ったのか。
ハルヤさん関連でシバさんの寝床が無くなっちゃったから、急遽リズールが建てた隣のテントに。
「なんで向こう行っちゃったの?」
『彼女曰く、“兄サマの傍を離れて寝るのはもう嫌だ”だそうです』
ブラコンだなぁトコちゃん……
「斬鬼丸は?」
『シバ兄妹を守るのに丁度いいという事で、隣のテント前で野営をする、と言っていました』
この状況を楽しんでるなぁ斬鬼丸も……
そんな風に雑談している内に、今日はもう寝ようと決めたナターシャ。
「ん、二人が何処に居るか分かった。じゃあ、もう寝るねー」
『はい。お休みなさいませ我が盟主』
「おやすみー……」
明日の里防衛会議に備え、コタツに座って夜なべで資料を作るリズールを一目見た後、そのまま目を閉じて眠りに落ちた。
……因みに、今日の動画撮影は入浴前に終わらせていて、後は天界の編集待ちである。
◇
場所は変わって日本。深夜。
午前3時になり、それから数分が過ぎた頃。
例の男が梅おにぎりを片手に寝落ちする直前に、近くスマホから“ピロン♪”という電子音が鳴る。
お気に入りのチャンネルに、新たな動画が投稿された時の通知音だ。
「!?」(ガタンッ)
男はその途端にジャーキングという、眠る直前にビクッと身体が震えるヤツを起こしてしまい、手に持っていたおにぎりを取りこぼしながらも起きた。
彼は床に落ちたおにぎりを勿体無さそうな目で見ながらも、片付けるのは後回しにして、まずは机の上にあるスマホを掴む。
「……誰の配信だ?」
掠れた声で呟きながら、スマホの画面を点けて確認した所、ナターシャのチャンネルからの通知だった。
男は嬉しさ半分、残念さ半分といった心持ちだった。
(……今日はちょっと遅い時間だな。まだ初心者だから、投稿時刻を決めてないのかな?)
彼は、とても面倒な性格をしていた。
内心では飛び上がるくらいに嬉しいのに、“初心者がyoutuberとして成功するコツ!”や“ 配信者必見! 視聴者が多い時間帯はココ!”など、そういった動画投稿者向けの知識も持っているが故に、動画の配信時刻にはとても五月蠅かった。
特に――――お気に入りの配信者に対しては特に五月蠅かった。絶対に伸びて欲しいからだ。
なので彼は、いきり立ってナターシャのチャンネルを開き、動画投稿に関してのアドバイスをしようとした所……
(……あれ?)
ふと、気付いた。
(ナターシャちゃんの動画、新着とは別に予約投稿もされてる……。予約は3本、3日連続。配信時刻は……全部、午後8時……!?)
その途端、男は気付いた。
この新着動画は、ワザと投稿された物だと。
(そうか、ナターシャちゃんは出来るなら昨日中に、この一本目を投稿したかったんだな……!)
そう。
全ては、自分の動画を見てくれている視聴者の為に。
(ナターシャちゃんは俺達に感謝を込めて、一秒でも早く見て貰おうと思ったんだな……!)
更には俺の為に、動画を投稿してくれたんだ……という方向に、男は思考を歪曲させた。
とどのつまりは彼も、外人幼女に想いを寄せる、一人の童貞に過ぎなかったのだ。
愛深き故の罪、いわゆる勘違いである。
暫し、謎の幸福感に包まれた彼は、床に散らばったおにぎりをとても嬉しそうに片付けた後、ナターシャの動画を視聴。
ナターシャが住んでいるという異世界成分と、存分に美少女ムーブをするナターシャと、民族衣装を着た謎のロリショタ達(動画内のナレーターは“彼らはハーフリングだ”と語っていたが、男は美少女しまくるナターシャに夢中で、ナレーターの声なんて話半分にしか聞いちゃいなかった)の交流を存分に味わってから、
(……あ、専スレ埋まりそう。よっしゃスレ立てするか)
新たに出来た……しかし、まだ数は少ない同胞達に、新鮮なURLを御裾分けした。
それからのスレははまるで、真夜中に開かれた座談会のようになったという。
素早さ重視です(7/3 AM5:35)




