188 オークの追手迎撃戦!
ナターシャとハルヤの二人は、自らの身体が出せる限界ギリギリの速度で里の入口に到着した。
そしてすぐさま、戦場の後方で構えているハビリス族の男性の一人に、息切れぎれに話し掛ける。
「はぁっ、お待たせっ!」
「あ、アンタはさっきの人間――」
「エミヤ、話は後ですっ! 状況を!」
「――ハ、ハルヤ! あぁ分かった! 今んとこは見ての通りだ! 甲冑の人が二人も抑えてくれてるお陰で、俺達でもなんとか戦えてる!」
エミヤというハビリス族の男性が言う通り、斬鬼丸がオーク二体相手に大立ち回りを演じていた。
「邪魔ダァッ!」
「ハッ!」
ガギンッ!と、激しい音が鳴る。それは、硬い鋼同士がぶつかる音。
銀色の甲冑騎士は、オークがその剛腕に任せて振るう斧をショートソードで受け流し、
「ヌゥゥンッ!」
「ハハハッ……――ハァァッ!」(ゴオォォ――……ン!)
次の瞬間には、もう片方のオークが振り下ろした極大剣――柄を含め、全長は優に3メートルを超えていて、刃の部分だけでもナターシャの身長の倍ほどもある――を受け流す為に、相手の武器の横っ面を、右の拳でブッ叩いていた。
結果、極大剣の軌道が変わり、斬鬼丸の左に打ち下ろされて地面を割り、大地を揺らす。
「ブググ……!」
「オノレ忌々シイ……!」
斬鬼丸と相対するオーク二頭は武器を引き、再攻撃への準備を進める。
その表情には、何故仕留めきれないんだ、という焦りと、強い苛立ちが見て取れる。
相手の表情から心情を察した斬鬼丸は、軽い挑発を投げかけた。
「……先ほどから、貴公達は出しては引くの繰り返し。他の攻撃方法を知らないのでありますか? ――互いに戦士らしく、正々堂々と打ち合おうぞ」
そしてクイクイッ、と手招き。
これは一見すると舐めプのようだが、ショートソードを使っている斬鬼丸が、相手の懐に潜り込むチャンスを作る為の発言。
実はお互いに決め手に欠けていて、戦闘開始からずっと拮抗状態が続いているのだ。
「ググ……ッ、嫌味ナノカ貴様ッッ!!」
「弱キ生物ノ分際デ……ッ!」
オークも今すぐに打ち合い、正面から打ち勝ってしまいたいという強い欲求に駆られているが、そうなれば相手の思う壺。
思いとどまれているのは、彼らの持つ本能か、勝利への執念か。
……いや違う。本能や執念などではない。
自分達よりも格上と戦う方法を、オーク達は知っているのだ。
常に自分の土俵から離れず、安易な挑発や誘いに乗らず、仲間との連携を重視し、相手を仕留める。
狩猟を生活の糧とするオーク達にとって、それは常識と言っても過言ではない戦闘技術だった。
「……チッ」
相手が動かぬとみて、斬鬼丸は口惜しいと言わんばかりに舌打ちし、自らの間合いに入るべく突撃する。
「――ではいざッ!」
「ッ!」
「甘イッ!」
再び、重苦しい剣戟の音と、地面の揺れが繰り返される。
何度も、何度も。
ナターシャはすぐさま考察・思考し、援軍無しで勝つ事は出来ないだろうが、斬鬼丸なら耐えられると判断。
まずは、どう見ても劣勢であるハビリス族のサポートに回る事に決めた。
ハビリス族が相対するは、斬鬼丸が抑えているオーク二頭よりも強そうな個体。
肌が変色し、まるで強固な岩を彷彿とさせるような灰色の肌となったオーク。
そう、ハイオークだ。原典に近い方のオークといえば分かるだろうか。
……ただ変わっている点があって、ハイオークの彼は、明らかに豚鼻だった。
「「「イヤーッ!」」」
「ブフゥン!」
「「「グワーッ!」」」
ハブリス族は数の多さで圧殺しようとしているが、ハイオークが振り回す戦斧に容易く弾き飛ばされる。
ただ羽虫を払うがごとく、ほんの少しの殺意もない攻撃。
ただそれだけでも――人間の子供程度の身長しかないハビリス族が、怪我を負うには十分な威力であった。
「く、くそぉ……!」
「ブヒヒヒ! 雑魚が何匹集まろうと、俺様には勝てんブヒ!」
そう言って威張るハイオーク。
……というか語尾がブヒってお前、それ完全に豚じゃ……ま、まぁいい。
ナターシャはまず、負傷者にハイヒールを掛け、戦線復帰させる事に決めた。
「ハルヤさんっ!」
「は、はいっ!」
「私は怪我人を治します! それで良いですね!?」
「お願いします! 私は狩人さんを出して参戦します!」
「了解!」
お互いの行動を連絡し合い、二手に分かれる。
ナターシャは裏方に回り、対ハイオークへの援軍はハルヤに任された。
「来たれ幻霊! 魔獣狩りの狩人よ!」
拮抗した戦場に、ハルヤの召喚詠唱が響く。
すると何処からともなく風が吹き、巻き上げられた砂塵が集まって人の形を造り出した。
「……」
召喚された狩人――テスタ村でナターシャに注意を促した狩人は、一言も発さず、目の前で起きている戦闘の光景、怪我をしているハビリス族、それを治療するナターシャ、最後に、召喚者であるハルヤを見た。現状確認をするかのようだ。
ハルヤは緊張で息を呑みつつも、狩人への指示を出す。
「狩人よ! 我らの里を守り給え!」
「……(コクリ)」
狩人は無言で頷いた後、ゆっくりと前を向き、事の元凶である三体のオークに狙いを定めた。
◇
そこからは一方的な戦いが繰り広げられた。
ハルヤが召喚した狩人が、背に掛ける鞘から抜いた蛇腹剣を使って、ハイオークの全身を切り刻んで戦闘不能にしたのち、残る二体に巻き付けて捕縛したからだ。
戦闘経験の差だけでは片付けられない、斬鬼丸ですら驚くほどの、圧倒的な強さを見せつけられた。
「ブ、ブヒィ……」
「「ウグゥ……」」
切り刻まれたハイオークは仰向けに気絶していて、捕縛された二体のオークは、生殺与奪の権利を握られているのを理解しているのか、悔しそうに呻くしか出来ない。
狩人以外のメンツは、ナターシャの元で怪我の治療を行っていて、狩人はオーク達が逃げないように注意しながら、隣に居るハルヤを無言で見つめる。
「……」
「どうするか選択しろ、という事ですか」
「……(コクリ)」
ここで殺すか、それとも生かすか。
それは、里のまとめ役であるハルヤが負わなければならない責務である。
しかし、余りにも重い決断なのは間違いない。
戸惑ったハルヤはまず、狩人の考えを聞く。
「狩人さんならどうしますか?」
狩人は首を切るジェスチャーを行った。
それを見たオークは、小さな悲鳴を上げる。
「……分かりました。少しだけ、考えさせて下さい」
ハルヤはその場で黙考を行う。
出来るならば、無益な殺生はしたくない。
……だがしかし。
彼女もまた、狩人と同じ結論に達した。
ここで彼らを逃せば、またこの地が襲撃されるかもしれないからだ。
ハルヤはまとめ役として、決断を下す。
「……確かに、ここで生かして返す理由がありませんよね。申し訳ありませんが、口封じに――――」
殺した方が……と言おうとしたタイミングで、一体のオークが乱入した。
「マ、待ッテクレ! 彼ラヲ殺サナイデクレ!」
「兄サマ駄目ダ! 家ニ戻ラナキャ!」
ハルヤ達が匿っていたオーク、シバである。
その後ろには必死に引き留めに掛かったのか、妹のトコもくっ付いてきてしまっていた。
狩人も含む、その場に居た全員に動揺が走り、空気が凍る。
そして、捕獲されているオーク達は、そのチャンスを逃さなかった。
「ブヒィィィ――――ッッ!!!」
「「「ッ!?」」」
突如、先ほどまでピクリともしなかったハイオークが起き上がり、仲間に巻き付いている蛇腹剣の鋼糸を、刃が手指に食い込むのも気にせず、己が腕力で引き千切る。
火事場の馬鹿力とはよく言った物だが、やはりオーク。人間とは比べ物にならないパワーだ。
自由を手に入れたオーク三人組は、自身の獲物には目もくれず、里の外に出て、一目散に森の中へと駆け込んだ。
あまりにも鮮やかな手際に誰も止める事が出来ず、そのまま獲り逃がしてしまった。
……だが、ハイオークはバカなのか律儀なのか、逃亡しながら大声でこう叫んでいた。
『ブヒヒヒヒ! オ前ノ甘サニハ感謝スルブヒ、シバヨ! ダガ三日後、怪我ガ治ッタラ必ズ復讐シテヤルブヒ! コノ里ニ、オークノ軍勢ガ襲イ掛カルブヒィィィ――――……ッ!!!』
それを聞いたナターシャは、治療しながらこうぼやいた。
「なんかめんどくさい事になってきたなぁ……」
これは、オークに戦争吹っ掛けられたようなモンなのかね?
これで良いんだろうか
一か月ぶりに書いたから感覚が分からん




