187 ゴブリンもとい、ハビリス族の隠れ里に訪れる危機
「あはは……やっぱり露骨過ぎましたね。ごめんなさい」
ハルヤさんはそう言いながら、濡れた口元を拭う。
そして、少し恥ずかしそうに、少し思い詰めたような表情で話してくれた。
「ナターシャさんの言う通りです。私は人里に出て、人の社会に溶け込んでいきたいと思っています」
「どういう事情が?」
ナターシャの問いかけを受けて、ハルヤさんは内心を語る。
「……実はですね。人里に好きな人が居るんです」
好きな人。
リズールにアイコンタクトを取って床に降り立ったナターシャは、詳しい話を聞く事にした。
「それって、山の裏手にあるテスタ村ですか?」
「多分そうだと思います。言い伝えで聞いていた“優しい狩人さん”と同じ格好をしていたので」
「へぇー……」
この隠れ里にはそんな昔話があるんだ。
気にはなるけど、今はそういう話じゃないな。
折角の恋愛話なんだから、もっと甘い話を聞くべきだろう。
「その人とはどういう経緯で知り合ったんですか? 山の中で何かをしてる時に助けられて、その優しさに惚れちゃった……とか?」
「えっと……ううんと、知り合ったというか、呼び出したというか……」
もじもじと言い淀むハルヤさん。
赤面しているので惚気ているのは間違いないのだが、“呼び出した”というのはどういう事だろう。
「呼び出す……という事は、この隠れ里は人里との交流があるんですか?」
「い、いえ、人里との交流は一切ありません」
「……?」
何で人里との交流が無いのに人を呼び出せるの?
頭にはてなマークが浮かんで消えないナターシャ。
分からない事は考えても仕方ないので、何度か詳細を求めると、ようやっと教えてくれた。
「……えっと、私達ハビリス族は、遥か昔に老狩人さんと魔法契約を結びました。その契約は今でも有効で、当代の狩人さんをこの里を守護する幻霊として召喚出来るんですよ」
「なるほどー」
ハルヤさん達はもうゴブリンじゃなくて、ハビリス族っていう別の種族なんだな。覚えておこう。
そんで、好きになった経緯もそれとなく理解できた。つまりー……
「何かの拍子で狩人さんを呼び出して、ハルヤさんはその姿に恋しちゃったと」
「はい、そうです」
恥ずかしい……と言いながら、手櫛で髪を梳くハルヤさんの姿は、とってもおませさんな美少女。
癖のない綺麗な髪と、大人っぽいが少女らしいその顔も相まって、女の色気が凄く出ている。
この感じなら……そん所そこらの男、軽く言い寄っただけで落とせるね。
元男の俺がそう思うんだから間違いない。
「それで、狩人さんのどういう所に惚れたんですか?」
「そ、それはっ、えっとそのぉ……」
「やっぱり優しいからとか?」
「えっと……ナターシャさん、お耳を」
「あ、はい」
耳まで真っ赤になっているハルヤさんは、他の人に聞こえないよう、ナターシャの耳元で囁いた。
「……とっても大柄な人なので……その、致す時に……激しくしてくれそうだなぁって……」
「わぁ……」
少女は酷く赤面した。
童貞には刺激が強すぎたらしい。
ハルヤも、ナターシャの初心な反応で少々気まずくなってしまい、お互いに静かになってしまった。
するとタイミング良く、展開中の索敵魔法に三体の魔物が引っ掛かる。
更に、侵入者を知らせる鳴子の音がカラカラと里内に響き、里の住民達も騒ぎ始めた。
『侵入者だ! あれは……オークだ!』
『新手のオークだ! シバさんの追手が来たぞ!』
『女と子供を急いで空倉庫に隠せ!』
発言内容から察するに、オーク兄妹の追手がやって来たらしい。
小人族のハルヤとオークのシバは緊張で顔が強張り、ダークエルフのトコは恐怖で震え、涙目で兄に抱き着いている。
リズールは特に焦る様子も無く、淡々とした口調で主に問いかける。
『少々ゆっくりし過ぎましたね。我が盟主、どう対処しますか?』
「ん……ん、うん」
ナターシャもハルヤさんの性癖暴露によるトキメキをなんとか振り切り、従者二人に指示を出した。
「よし、斬鬼丸は急いで迎撃に向かって。怪我人を出さないようにね」
「承知! では失礼」
斬鬼丸は家から飛び出すように迎撃しに行った。
とても嬉しいのだろう。
「リズールはハビリス族の女性、子供達の防衛をお願い。もしもの為にね」
『分かりました。マイロードはどちらへ?』
「私は後方で斬鬼丸をサポートするよ。まぁ大丈夫だとは思うけど」
『装備状態が一時的に解除されますが、宜しいのですか?』
「いや問題ないよ。皆を守ってあげて」
『分かりました。失礼します』
リズールも急ぎ足で、ハビリス族のシェルターへ向かった。
その場に残っているハルヤ、シバは、ナターシャの冷静な判断力に驚いていた。
「ナターシャさんはこんな状況でも冷静なんですね……」
「ア、アァ。場慣レシ過ギテイテ、ツイ畏怖ノ念ヲ抱イテシマウ……」
しかしトコは違う。
「……オイ、人間ノ子供」
「どしたのトコちゃん」
「オマエ、コノ状況ガ怖クナイノカ?」
これは、二人が同い年であるからこその疑問だ。
ダークエルフのトコは、今の状況が怖くて怖くて仕方なくて、兄の傍から絶対に離れたくない。
見た目こそ成熟しているが、中身は未だ7歳の子供なのだ。
だからこそ、今の状況でも冷静に振る舞えるナターシャの心境が知りたかった。
自分もそうなりたいという、一種の憧れのような想いから、ナターシャに問いかけたのかもしれない。
「んー……」
対するナターシャは少々考えた後、こう答えた。
「確かに怖いし、足は竦んでるけど、頭は動く。だから動けた。それだけだよ」
「オマエ……」
ナターシャの脚を見ると、確かにプルプルと震えている。
その場に立っているのが不思議なくらいに。
自分と同じ心境なのに、それでも動けたナターシャという少女を知って、トコは少しだけ考えを改めた。この少女は、さっきのメイドと兵士に守られているだけの弱い存在ではない。つまり、自分の写し鏡のような存在では無かった、と。
「……ゴメン。変ナ事ヲ聞イタナ」
なのでトコは素直に謝った。
ナターシャは自分よりも精神が強い。
兄が助けを求めるのも当然の相手だった、そう心で理解出来たからだ。
「……あ、えっと……スゥー……うん! 気にしないで!」
トコの突然のデレ行動に童貞心が疼いて、再びトキメキの渦に巻き込まれそうになったナターシャだが、何とか平静を保った。
白髪褐色おっぱいエルフなだけに、そういう思わせぶりな態度をされると効く。
……よ、よし、これ以上の会話は辞めておこう。
まずは外の喧騒を収めてから、トコちゃんとの親睦を深める事にしよう。
「じゃ、じゃあ私は斬鬼丸のサポートをしに行きますので、シバさん達は此処に隠れてて下さい」
「アァ、恩ニ着ル」
「分カッタ」
オーク兄妹は言われた通り、部屋の隅で静かに身を潜める。
ナターシャがそのまま去って行こうとすると、ハルヤさんが立ち塞がった。
「ま、待って下さいナターシャさん! 私も行きます! 狩人さんの幻霊を召喚出来るのは、まとめ役だけと決まっていますので!」
「は、ハルヤさん……」
少しだけ戸惑うナターシャ。
ここでオーク兄妹を守って欲しいと言いかけたが、すぐに考え直す。
待て、ここは彼女達の居住地だ。
一緒に行って戦いたいと思うのは、この里の住人ならば当然の考えだ。
もしもの時の手札も増えるし、ここは共闘した方が良いに決まっているじゃないか。
「……分かりました、行きましょう。でもお気を付けて」
「大丈夫です。狩人さんは強いので」
「ふふっ、楽しみにしてます。よし、急ぎましょう!」
「はい!」
ナターシャとハルヤは家を出て、隠れ里の入口方面へと走った。
向こうでは既に、斬鬼丸の物と思しき剣戟の音が鳴り響いている。ハブリス族らしき男性陣が勇ましく戦う声も聞こえている。
誰かが大怪我をする前に、到着しなくては。
かなり雑目
想定してない新キャラをストーリーに組み込む作業はもう嫌じゃー!




