182 捜索を休止した午後と、ナターシャの初配信
シャワーを浴びてから暫く経った。
BLTサンドイッチと紅茶という昼食を終え、コタツでスマホを弄っているナターシャ。
服は変わらず魔導服。またお風呂に入るつもりなのだ。
少女は、従者二人の行うオセロを片手間に見ながら、配信に必要な設定を行った。
配信アプリの再確認・SNSの連携、配信用チャンネルのカスタマイズ。
カスタマイズも天界側が代理でやってくれるようで、アイコン用の画像を提出するだけで済んだ。
ただ、可愛い系ではなく、カッコいい系の自撮り画像を要求されたのは謎だ。
久しぶりに魔法創造のデメリットを活用する羽目になったよ。
あれだと、7歳の女の子がする顔じゃないアイコンになると思う。
ま、これでしなきゃいけない事は殆ど終わっただろう。
「んー……」
暇になったので撮影を開始しようかと思ったが、外の天気は相変わらず荒れ模様。
白猫マイクはかなり高性能なので、これでは環境音が入ってしまう。
「やっぱ後で良いや」
スマホの充電しながらお菓子食べよ。
ショートブレッドにジャムを付けてもぐもぐしていると、リズールが紅茶を入れてくれた。
とても気の利く従者だ。
食べ終わるまではそれで時間を潰せたが、その後は本当にやる事が無く、久しぶりに動画視聴を始めた。
配信者をする上で参考になれば良いと思ったからだ。
沢山の〇outuberの動画を見て、色々と考えた結果、ただの挨拶動画でも何か面白いネタを入れた方が良い、と理解した。
「人気になるだったら、最初から面白い事をしないとダメだよなー……」
パッと考え付いたのは、やはり魔法。
ただ、普通に使っても凄いCGだとしか思われない。
いい表現方法は無いかな? と考えていると、リズールが案を出してくれた。
『でしたら、外の雷雨を魔法で吹き飛ばせば良いのでは?』
「それはやり過ぎじゃないかな?」
『では、何かしらのターゲットを破壊するなどは如何ですか?』
「あー、それなら良いかも」
初配信の内容が決まった。
雨が止んだら、また案山子とかゴーレムを作ってもらおう。
「いや、自分でゴーレムを創るものアリだな」
そっちの方がもっと斬新で、面白いかもしれない。
よし、そうしよう。
内容を決めたナターシャは、早速天使ちゃんにLINEした。
ナターシャ
[初投稿は魔法でターゲットを破壊する動画にするんだけど、今こっちは雨降ってるから撮影出来なくて、投稿が遅れるかも。ごめんね]
天使
[分かったー! リターリスさん達とのんびり待ってるからねー♪]
何も映っていないモニターを興味津々に眺めているパパン&ママンと、天使ちゃんの顔がドアップで映った写真が送られてきた。
パパンとママンの反応から、やはり二人も異世界人なんだなぁ、と改めて思った。
◇◇◇
またまた時間が経って、夕食を終えた時間帯。
その頃には雷雨も収まっていて、外の様子を確認すると小雨になっていた。
これなら余計な雑音も少ない。撮影が可能だ。
ナターシャは急いで魔女帽子を被り、黒猫カメラや白猫マイクを浮かべて配信の準備をしながら、リズールを呼びつけた。
「リズール! 撮影手伝って!」
『分かりました。我が盟主が汚れないように、私のスキルで保護させて頂きます。“防御結界”』
「おぉ!」
リズールはチートスキルを発動した。
ナターシャの装備と身体が、柔らかい何かに包まれた。
「これが防御結界?」
『はいそうです。しっかりと掛かっていますよ』
「へぇー」
実際に触って確かめるナターシャ。
地肌や物に触れる感覚と一緒に、間に何かが挟まっている感覚がある。不思議だ。
「ま、これで汚れないんだよね? よし! なら早速撮影だー!」
『はい』
「御意」
「あ、リズール。斬鬼丸にも――」
『してあります。私にも掛けていますのでご安心を』
「――そ、そっか! じゃあ行くよー!」
ナターシャは従者二人を連れて、テントの外に出た。
雨の中、従者二人を後ろに並べ、カメラとマイクを正面に据えて、動画撮影を開始。
事前に作った台本のセリフもちゃんと覚えている。何とかなるだろう。
◇◇◇
日本時間、午後8時。夜だ。
ナターシャの話題で持ち切りだった配信者スレが、ようやく落ち着きを取り戻し始めた頃。
PCの前で待機し続けていたあの男が、歓喜する時が来た。
(……きたか!)
ナターシャのチャンネルから、ようやく更新通知が入ったのだ。
啜っていたカップ麺を乱雑に置き、期待に胸を膨らませて動画を開く。
そこで待っていたのは朝方とは全く違う服装――強いて言うなら、魔女っ娘姿のナターシャ。
そして、その少女の後ろには、西洋鎧を全身に着込んだ大柄な騎士と、APPで換算するなら18を超えてそうな美貌を持つ、青髪で黒フードのメイドが待機していた。
『初めまして! 異世界系〇outuberのユリスタシア・ナターシャです!』
(異世界系……? あ、はじめまして)
画面の中の銀髪の少女が、快活そうな声で話す。
男は少し虚をつかれたものの、心の中で返事を返した。
テスト動画で見たナターシャはもう少しほわほわしていたイメージだが、これはこれで可愛い、と男は思った。
ただ、異世界系〇outuberとはどういう意味なのか気になる。
ナターシャは、後ろに居る人従者の事を簡単に説明して、早速本題に入った。
『――自己紹介はこれくらいにしまして! 今、私が何処に居るか。まずはこれを簡単に言います! 実は何と! 私ことナターシャは――異世界でこの動画を撮影しています!』
(……嘘だろ?)
『……うんうん、ですよね。当然信じられませんよね!? なので! 今回は異世界に居る事を証明する為に、いくつかの魔法を試してみたいと思いまーす! では、準備が出来るまでカット!』
カット編集が入って、少し離れた位置に、赤丸が掛かれたターゲットが地面に3本ほど刺さった場面に移った。
『はい準備出来ました! ではでは! 今から攻撃魔法で、このターゲットを壊してみたいと思います! 良いですか? 行きますよー……?』
ナターシャはターゲットに向かって手をかざし、魔法を三発ほど発射した。
『業火球! 射出氷槍! “撃滅の雷撃よ!敵を焼き払え! 雷光破砲”―――ッ!』
ドン! ガキィン! バコォォ――……ン!
(すげぇ……)
放たれた魔法は、設置されたターゲットを全てぶっ壊した。
まぁ、最後のライトニングは壊すというより、的部分を焼失させたといった方が正しい。
『ね? 凄いでしょう? これが魔法です!』
「魔法すげぇ……」(パチパチパチ……)
男は独り言を呟きながら、画面の前で拍手していた。
ナターシャが本当に異世界に居ると、心から信じてしまう程に驚いていた。
『では最後に、ファンタジー世界なら必ず居るであろうゴーレム! それを魔法で造り出してみたいと思います! では、またまたカット!』
パッと場面が変わって、大きな黒い鉱石がいくつか地面に置かれている絵になった。
これはゴーレムを造り出す為に必要な石である、とナターシャが説明し、魔法を詠唱し始めた。
『では、早速ゴーレムを造っちゃいます! 行きますっ! ――――“泥と石に命を刻み、我が従者とする。低位人形創造”!』
魔法の効果を受け、黒い鉱石が一瞬だけ白く光って、動き出す。
身体はかなり雑に組み立てられて、最後に頭部が乗り、子供の落書きのようなゴーレムが生み出された。
『はい完成です! どうですか!? かっこいいですよねっ!?』
「フッ」(変な形のゴーレムだなぁ)
あまりにも酷い見た目のゴーレムなので、男は鼻で笑った。
どうやらナターシャは、芸術的な作業が苦手らしい。
『このゴーレムはとっても魔力を込めて作ったので、普通のゴーレムよりもとっても強いんです! 我ながら、中々の力作だと思います!』
(そうなんだ。ナターシャちゃんは強い方が大事なんだなぁ)
画面の向こうでドヤ顔するナターシャを見て、微笑ましく感じた。
動画はそこで纏めに入って、『チャンネル登録&グット評価をお願いします!』と言って、『異世界からのおたよりでしたー!』と終わった。
(面白かった……)
見終わった男は、幸せに包まれていた。
ナターシャちゃんがとっても元気で、可愛かったからだ。
(……よし、動くぞ。ここからが勝負だ)
ここからは、彼の仕事だ。
まずはコメント。二コメを颯爽とゲットし、『ファンになりました! これからも応援します!』と投稿者を激励。
次はナターシャのSNSアカウントをフォローし、動画投稿報告を拡散する。
最後の仕上げとして、匿名提示板に張り付いた。
ナターシャの動画配信は始まったばかりだが……
最初のテスト動画と、今回の挨拶動画さえあれば人気を出せる。
ナターシャには、それだけの面白さがある。
動画のテンポの良さ、本当に異世界に居るかも・本当に魔法を使っているかも疑惑、二つの動画のテンションの違いから来る、ギャップ萌えがお勧めポイントだ。
(これは大仕事になるぞ……!)
既に祭りが終わって、沈静化してきていた匿名掲示板に燃料を投下。
ナターシャの面白みを全力でダイマしまくる。
我が一推しの少女の為、裏方で地道に暗躍するのは、彼のリスナー人生を掛けた大仕事となるだろう。




