177 風呂とトイレと範囲魔法
暫しベッドの上で考えたのち、風呂とトイレを生み出す魔法を創った。
「“虚空に消え去る下水を持ち、浴槽、散湯器具類、洗身場。三位一体となりし浴場よ。箱の空間と成りて、この母屋に隣接せよ。“浴場創造””」
「“虚空に消え去る下水を持ち、清水流るる腰掛便器。専用の空間を創りて、この家屋に扉を繋げよ。“便所創造””」
割と雑に創ったが、試しに詠唱すると発現した。完成度は理想の8割くらい。
ただ問題点があって、水源が発生しないので使用出来ない事。
リズールが解析した所、継続的な魔力の供給を行えば自動で水源が発生するようだ。
なのでリズールに、魔法陣から自動供給される魔力を繋いで貰って、ようやく使えるようになった。
「……これならさ、テント魔法の詠唱を改造した方が良かったかな?」
『いえ、長すぎると詠唱が面倒ですし、風呂・トイレ魔法単体でも、魔力供給手段さえ確保できればどこでも使用出来る、というメリットがあります。決して損にはならないかと』
「そっか。ま、そうだよね。いつか助かる時が来るよね」
そう言って、スマホで天使ちゃんとLINEしながらのんびりゴロゴロするナターシャ。
リズールが創り出した掛け布団付きテーブルを、魔法でコタツ化させ、中に入って寝そべっている。
LINEの内容はお互いの状況や、最近のアニメの流行についてだが……まぁ、わざわざ語る必要は無いだろう。
強いて言うなら、〇滅の〇の二期が早く見たいという内容だ。
あぁ、リズールが創っている家具の種類ね。
このテーブルの他に座布団、タンス、調理台、食器棚、化粧台、更にオマケで、斬鬼丸用の武器・鎧の手入れセット。
家具は全体的に和風テイスト。理由としては、地べたに座って生活する事を想定したかららしい。
創る上で参考にしたのは、大陸の東方にある島国だとか。
エンシアで侍っぽい人を見かけた事があるので、この世界にも日本のような国があるんだろうね。
いつか、炊き立てほかほかの白飯が食いてぇなぁ……
「はぁ~……」
ついでにミカンも欲しいなぁ……
もそもそと潜り込み、コタツムリになるナターシャ。
その様子を見たリズールが、のんびりしている主を咎める。
『……マイロード? 魔法の確認は行わないのですか?』
「また明日……」
『駄目です。後回しにしても面倒になるだけです。さ、確認しましょうか』
「やぁぁぁ~……」(ズルズルズル……)
ナターシャは萎びた声を上げながら、コタツから引きずり出された。
仕方ないので立ち上がり、やる気を出す。
「……はぁ、さっさとやって引き籠ろう。斬鬼丸、念のために護衛宜しく」
「御意」
「じゃ、いくよー」
『はい』
「承知」
ボックスから取り出した魔女帽子を被って、お供二人と共に外に出た。
◇◇◇
まずはどれから使うかな……と、考えるナターシャ。
少し思考して、集敵魔法で敵が集める前に、まずは範囲魔法の威力を確認しようと決めた。
空き地の広さは良く分からないが、ユリスタシア村の広場より少し狭いくらい。
近くに目立った木々や森は無く、農道で囲われている。休耕地なので当然か。
まずは標的として、リズールが10体ほどの案山子を創って設置。
その後、ナターシャはテントを片付け……たハズなのに、安全地帯と結晶がその場に残った。
「なんで残るんだ……?」
『地面に魔法陣が刻まれてしまったせいですね。いずれ消えるので問題はありません』
あぁ成程、と何となく納得。
で、空き地の中心に向かって、4つの範囲魔法を詠唱した。
「――“炎獄の刻。無限に燃ゆる燎原の劫火。肺灼き肉焦がすその猛火は、正しく怒竜の息吹也。灰になるまで燃え尽きろ。“怒竜灼炎砲””」
目の前に出現した魔法陣から激しい業火が発生し、大気中に満ちる魔力と混ざり合って爆炎となり、空き地一帯を焼き尽くし、案山子10体を消し炭にした。
これこそが、怒り狂う竜の灼炎砲を体現した物なのだと言わんばかりに。
巻き起こった爆炎は暗い夜空を朱く照らし、静かなテスタ村を音と衝撃波で揺らした。
なんだか、遠くの方で村人の悲鳴が聞こえた気がする。
じゃ、また案山子を標的にして次。
「――“召雷の刻。大海に荒れ狂う嵐の轟雷。騒めき響く雷鳴に絶望し、万雷の嵐に飲まれて消えろ。“雷嵐一陣””」
これは不発。何度か詠唱したが、発動しなかった。
魔法創造では創れない魔法だったのかな?
まぁ良い。次。
「――“氷晶の刻。永久に制止する絶海の呪詛。凍てつき吹雪く大地に大気、全てが仇名す者を殺めん。我が侮蔑の眼差しに凍り付け。“氷晶絶海””」
凍てつく波動が前方に広がり、塵焔が残る、焦げ臭い地面を凍らせる。
しかし、魔法の効果はそこで終わらない。
凍った地面の氷が急激に成長し、幾千万もの氷槍となって敵を突き刺すのだ。
まさに氷晶絶海の呪詛。
案山子達は見るも無残な姿になってしまった。
よし次。
「“崩滅の刻。大いなる大地を震動す地殻の斥力。一度起これば驚天動地。地を割り山崩し断崖創る終焉の衝撃。さぁ、その身に受けて土へと還れ。“地殻崩震撃””」
これも不発。発動しない。
やっぱ、魔法の創造制限に引っ掛かったのかな?
「創造制限って意外と掛かってるんだね。4つ中、2つも創れてなかった……」
『残念ですね。ですが、ドラゴンブレスとアイスエイジの2種だけでも十分だと思われます』
「……ま、そうだね」
威力・範囲的にも申し分ないし。
んじゃ、最後に。
「集敵魔法を使うけど、あんまり魔物呼び寄せちゃダメだよね。村の近くだし」
『そうですね。しかし、それでは効果の確認が出来ませんので、次の標的には低位ゴーレムを作製します』
「おぉー」
「では行います。“物質創造”。素材“アンダーライト鉱石”。開始。――“泥と石に命を刻み、我が従者とする。低位人形創造”」
リズールは物質創造と低位ゴーレム作製魔法を使用して、4体ほどのゴーレムを創り出した。
人間大の体躯は黒くごつごつとしていて、オレンジ色の丸い両目が夜の闇の中で輝いていてちょっと可愛い。
彼らに自我や意識は無いようで、ただその場でジッと待機している。
『では最後に命令を。“ゴーレムよ、我が主の敵となれ”――これで準備が整いました。マイロード、集敵魔法をお使い下さい。ですが、拡散範囲は控え目に』
「分かった。“――“弱者乃気配””」
詠唱を終えると、集敵魔法の効果範囲を示す、淡い桃色の靄がナターシャを中心に広がる。
その靄に反応したゴーレム達が、足を動かしてナターシャに近付き始めた。
オレンジ色の目はしっかりとナターシャを見つめている。
リズールは嬉しそうに、手を合わせて微笑んだ。
『実験は成功ですね』
「うん。成功だね」
ナターシャも同意して、魔法の確認は終わった。
リズールはすぐさまゴーレム達に命令解除を告げて、夜間の見張りを任せた。
彼らを消すのは簡単。だが、せっかく生まれたのにそれは可哀想だ、という優しさ溢れる判断から。
ついでにそのまま、テント跡に残ってしまう安全地帯の守護者になってもらう予定だ。
だってその方がカッコいいじゃん?
「あっでも、邪魔になったらどうしよう」
この空き地、休耕地だし。
ゴーレムがずっと残ってたら邪魔になるよね?
『周囲の人間の指示に従うように命令しておけば、村人の言う事も聞くので問題はありません』
「そっかそっか」
なら大丈夫かな。
村人さんが上手く使ってくれると良いね。
ナターシャは再びテントを召喚し、従者二人を連れて中に入った。
◇◇◇
風呂とトイレはどうやら内蔵物として認識されたようで、消えずに召喚されたままだった。
魔力パスも途切れておらず、普通に使用出来た。
魔法ってこういう所が便利だ。
で、その後。
リズールが今日の夕食を準備している間。
ナターシャは入浴し、寝間着に着替えて、魔導ストーブ前のコタツでテレビ電話。
両親と天使ちゃんに今居る村の名前、ここ周辺でゴブリン村を探す予定を伝え、軽い世間話に花を咲かせた。
今回は残念だが、魔物が冬眠しないという森には入らない予定だ。
両親に『森に入るのは危ないから“まだ”辞めなさい』と、全力で止められたので仕方ない。
『いつ頃になったら許可してくれる?』と聞いたら、『10歳になったら考える』と言ってくれた。
まぁ、まだまだ時間はある。
まずはアイアンランク目指して、コツコツとクエストクリアしていこうじゃないか。
そう考えつつも、突然訪れるかもしれない強敵との出会いに心を躍らせるナターシャだった。
『我が盟主、今日の夕食はコチラです』
「芽キャベツとベーコンのオムレツかぁ……」
このオムレツは食い飽きたんだよなぁ……




