173 オスカーは何者?
森の中で眠っていたオスカーの事情はこうだ。
『探索中、生まれて初めて遭遇した巨大マルシェルームに驚いて、逃げようとした拍子に昏睡キノコを踏んづけて眠ってしまった』
言い終わったオスカーは『恥ずかしい限りっす』と自嘲気味に笑っている。
容姿のだらしなさは兎も角、それなりに好意を持てるくらいには良い笑みだった。
他の面子はどうか分からないが、ナターシャはそう思う。
だって前世の俺を思い出すもん。
因みに、その巨大マルシェルームのサイズは人間並みらしく、その情報に心当たりのあるカレーズは面倒そうにため息をついていた。
「マルシェ・ガーディアンまで居るのか……完全に魔物キノコの森なんだな」
漂ってくる雰囲気から、この森での狩り場探しは諦めたように見える。
そんなカレーズの様子を見て、オスカーが尋ねた。
「そ、その魔物って強いんすか?」
「ん、んー……お前、ゴブリンと戦った事あるか?」
「街育ちなんで未経験っす」
「そうか。ガーディアンはゴブリンよりも強いんだ。冒険者ランク的にはブロンズ辺りだな」
「へぇーそうなんすか」
というオスカー。ただ聞きたかっただけのようだ。
最後に、カレーズが重要な事を尋ねる。
「……因みに聞くが、冒険者ギルドから依頼を受けて森の調査に来た、とかじゃないよな?」
「いや違うっす。僕は魔導士学園の先生で、教頭に森の調査を依頼された……っていうか押し付けられたっす……酷いっすよねぇ……」
「……ん、そうか。お前も大変だな。ほら、立ち上がれ」
「あ、あざっす」
オスカーはカレーズの手を握り、ようやく立ち上がった。
服に付いた落ち葉を払っている。
カレーズがわざわざ手を差し伸べたのは、仕事の愚痴を聞きたくなかったのだ。
しかし、傍から見ればイケメンの振る舞いなので、計算高いというか何というか……
一旦話が途切れた所で、パン、とリズールが手を合わせ、話し出す。
『ではこれで、この森に冒険者ギルドの長が居る可能性は無くなったようですね』
「そうなの?」
「そうなんですか?」
「でありますか?」
疑問を浮かべる幼女と精霊騎士とアウラ。やはりというか、3人はまだまだ駆け出し冒険者なのだ。
先輩のカレーズが合わせるように肯定して、情報を分かりやすく纏めて話して、ナターシャ達はようやく納得した。
リズールやカレーズは最初から分かっていたようだが、ギルド長が調査に出るのは相当な緊急事態。
そもそもこういった管轄下の森は、戦闘が出来ない人間でも事故死しないように整備・調整されているので、多少の生息域の変化が起こった所でも緊急事態になる事は無い。
だから、ナターシャはリズールとギルドメイドさんの策略に騙された事になる。
その事実を知って少しむくれたナターシャだが、アウラにやさしく宥められる事で機嫌を直した。
そして、その場での話し合いの結果、各々の用事を優先する事に決めた。
「じゃあアウラさん、カレーズさんまたねー」
「おう、またな」
「またねー」
カレーズとアウラは狩場探しで忙しいらしく、ここで別れ。
そのままの流れで魔導士学園の先生、フィリカルド・オスカーと共に街に戻る事になった。
◇◇◇
街に帰還し、装備を整えに自宅に戻る、というオスカーと別れ(調査を他の先生に任せたいと愚痴っていたが華麗にスルー)、冒険者ギルドの受付嬢に掛け合う。
「ワン・ゴールドクッキーを御代わりしに来ました」
「はい、どうぞ二階へ」
◇◇◇
いつもの二階の応接間に通されて、真っ先に目に入るのは、やたらと煌びやかな装いをした金髪の男。
なんかもう、目が痛くなるくらいごってごてに金色で、指輪の宝石とかもめっちゃ大きい。
まぁとても凄い事だとは思うけども、7歳の女児にそれを見せつけても価値は分からないと思う。
そもそも前世でも縁が無かった物だし。
「この度は大変お待たせしました。ユリスタシア男爵家のご子女、ナターシャ様。私が冒険者ギルド・フミノキース店のギルド長、オータム・オクティマスと申す者で御座います」
「あぁ、えっと――」
返事をしようとするナターシャ。
こういう時に3歳から6歳頃の愛玩動物経験が生きるのだが……相手がこうして派手に着飾るのは、自分はお前より金を持っていて、発言力もあって、明らかに格上であるとマウントを取るため。
まぁそれが虚勢か事実かはさておいて、こういう時の貴族の対応ね。
どうするかと言うと、真偽は兎も角、相手の影響力を高貴な精神で信じなければならないのだ。
それが、自分自身を綺麗に飾り付けた相手への賛美になるから。めんどい。
それもこれも、見栄の世界で生きているのだから当然とも言える。
深い理由が無い限り、相手の面子は潰してはならないのだ。
死ぬほどめんどい。
「――初めまして。フミノキース店の冒険者ギルド長、オータム・オクティマス様。ユリスタシア男爵家の家長、リターリス男爵の娘で、次女のユリスタシア・ナターシャです。今回の魔法売買のお話を受けて頂き、大変喜ばしく思います。早速ですが、対面に座らせて頂いても宜しいでしょうか?」
「えぇ、どうぞお座り下さい。――――ではまずは、お互いの事を良く知る為に、軽い歓談から始めましょうか。ナターシャ様のお好きな甘い物もご用意させましょう」
「ありがとうございます」
当然、軍管轄下の森に送られた理由は尋ねてはならない。相手を貶す行為だからだ。
これが、貴族の世界と深く関わりたくないと思った事情の一つであり、冒険者として名を挙げたいと思う一番の理由だ。
こんな面倒な事をするくらいなら、魔物倒してレベル上げしたり、自由をモットーとする冒険者として有名になりたいって普通思うじゃん?
誰だってそうする。俺もそうする。
……そもそもの話、何が楽しくて貴族学園なんぞに入らにゃならんのだ。
各貴族の思惑が跋扈する場所で、その中でも更にヤバそうな、公爵令嬢やら王家のイザコザに喜んで巻き込まれに行くとか、恋愛物の平民系主人公は正気か?
公爵令嬢から婚約者の寝取りを狙うとかそれ、壮絶ないじめが始まるどころか最序盤で不敬罪からの死刑コンボがあり得るからな? 狂気の沙汰だぞ?
まぁそういうのは良いとして、俺とギルド長の取引が始まる。
リズールは魔導書(本体)を取り出し、ナターシャの創った魔法の詠唱文一覧や、その効果を表示。
ギルド長のふざけているような身なりは兎も角、その目は真剣な物で、リズールの説明を聞いて、具体例として提案された使用用途などを聞いて唸っていた。
その中でも特に良い反応を示したのが、改良したテント魔法。
冒険者ギルドにとって、遠隔地に冒険者を派遣し、強力な魔物の討伐を行わせる駆除業務はとても重要な仕事の一つ。
今までのテント魔法は、一時的な寝床程度の価値しか無かったが、今回持ち込んだ魔法を使えば、狩り拠点ならぬ仮拠点を、場所を問わず自由な場所に設置する事が可能。
しかも、強い詠唱ならば重量を気にせずに飲料や食料を運搬出来る。ギルドにとって、喉から手が出る程に欲しい魔法だった。
だが欠点として『魔力消費量的に一般使用には向かない』という判断が下されたのだが、それはスキル化で対応出来ると反論し、ギルド長も考え抜いた結果、ようやく購入を決意。
その結果、スキル化する費用を差し引いても、金貨403枚がナターシャの手に渡る事が決まった。
ちなみにだが、スキル化しない場合はその3倍、金貨1200枚相当だったのは言うまでもない。
新技術を使うのはそれだけお金が掛かるんだろうね。
……え? 考えるのが難しいから日本円換算しろ?
えっとー……小銀貨が大体一枚250円程度だから……
銀貨がその4~5倍だし一枚1000~1250円で……金貨が……銀貨の20倍で、一枚2~2.5万円?
だから、日本円にして約806~1007万円の売り上げだと思うよ?
ま、なんにせよ。これでちょっとした金持ちだね。やった。
そして、その他の食品保存(冷蔵庫系・酸素吸着材とか)魔法の使い勝手は『実地試験をしないと分からない』という事で銅貨21枚に決まり、試験で良い結果が出たら、追加報酬として金貨10枚を払う契約を結んだ。
あ、詳細鑑定は『鑑定魔法がある現状、消費魔力が多いだけのコレを購入する利点が無い』と購入拒否されました。
結構良い魔法だと思うのに残念だ。
良い値段で買い取って貰えて、とても清々しい気持ちでギルド長との魔法売買を終えたナターシャは、斬鬼丸が『早速魔物と戦いたいであります』と言い出したので、受付でクエストを見繕って貰う。
その時、ギルドメイドさんからの言伝が入って、ナターシャと斬鬼丸はその場で青銅級冒険者に昇格する事が決まった。
突然の事に驚いたナターシャだが、詳しく話を聞くと、
『例え嘘の情報に掴まされても、経験豊富な先輩の力を借り、最後には真実に辿り着いて行動出来た二人は初級冒険者を卒業出来た。よって彼女達に、飛び級制度を適用する。とオータム様がお決めになられました』
だってさ。
俺は最初から、皆の手のひらの上で転がされてた訳だ。ちょっと不貞腐れそう。
……まぁまぁ、ポジティブに行くか。怒っても良い事は無い。
受注出来るクエストの幅が広がったんだから、魔物討伐系のクエストも増えているハズだ。
ナターシャは早速、職員に『魔物討伐系のクエストを見せて下さい』と尋ねる事に決めた。
「何かいい討伐クエストはありますか?」
「あ、はい。少々お待ち下さい」
職員は分厚い台帳を開いて、ナターシャと斬鬼丸に見合いそうなクエストを抜き出していく。
そして選ばれたのはこの3つだ。
1つ。マルシェ・ガーディアンの個体減らし
2つ。ゴブリン村の存在調査(討伐不要)
3つ。物資輸送の護衛
中々冒険者らしいクエストになってきたんじゃないかな?




