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172 人探しの基本は情報収集

 軍管轄下の森に辿り着いたナターシャ達。

 今のところ何の手掛かりも無いので、まずは門番をしている国軍兵士達に話を聞く。

 冒険者ギルドの長なら顔も知れている。もし見かけていたら覚えているだろう、という判断だ。

 しかし、


「……冒険者ギルドのギルドマスター? 残念だが、そんな人物は来ていないな」

「同じく見てないな」


 という返答が帰ってきた。予想外。


「本当に来てないんですか? ギルドではここに居る、って言われて来たんですけど……」


「うっ……」

「うぐっ……」


 ナターシャがそう尋ねると、兵士達は唸った。

 実を言うと、本当は来ているかもしれない可能性が残っていたからだ。

 正直な所、上司にバレたら給料査定に響くかもしれないので言いたくない。


「むぅ、これはあまり言いたくないんだが――」


 ……だが、兵士達は恥を忍んで言う事にした。

 目の前の少女の純粋な瞳には勝てなかったのだ。

 可愛いは正義である。


「――私達は今日、事務手続きの関係で此処に来るのが遅れたんだ」

「先日見つかった新種のせいで、ちょっとばかし手間取ってね。ハハハ」


 軍内部でも新種マルシェルームの事は知られているらしい。

 ちょっと珍しい事が起こった程度の認識のようだが。

 冒険者ギルドに調査を一任しているから、それも当然の反応なのかもしれない。

 ナターシャは続けて尋ねる。


「……つまり、遅刻していた間に来ていた可能性がある?」


「いや遅刻では無いんだが……実はな、私達がここに来た時には既に十人分の入場記録があったんだ。もしかしたら、その中の一人がギルドマスターなのかもしれない」

「そういう事だ。そしてこの情報は秘密にしておいてくれ、おとといのお嬢ちゃん。な? 頼むっ」


 先日の兵士の片割れにお願いされるナターシャ。仕方ないなぁ。


「分かりました。入場記録の事は秘密にしておきます。貴重な情報をありがとうございました」


「あぁ、少しでも役に立てたなら何よりだ」

「森の探索、気を付けてな!」


「はい、気を付けます。ではまた」


 ナターシャは兵士に別れを告げ、離れた場所で待っていた他のメンバーと合流。

 秘密なハズの情報を仲間内で共有した後(これは当然の権利だと思う)、兵士に朝の挨拶しながら森の中へと入っていった。


 その場に残された真面目な方の兵士は、機嫌良さそうな相方に尋ねる。


「何だお前、あの子と知り合いだったのか?」

「まぁ顔見知り程度だけどな。しかし、おとといと比べて随分と可愛くなってたなぁ」

「そうなのか?」

「あぁ、俺が言うんだから間違いない。あの子の母親、相当な美人だぜありゃ……」


 護衛を連れて去っていった銀髪の少女の容姿から、母親の姿を妄想した兵士。

 これも男のさがだろう。


「お前……はぁ」


 堅物な方の兵士は、呆れながらも門番の職務に戻る。



◇◆◇



 朝日が差し込む森の中、カレーズは早速“レンジャー”スキルを使用。

 目に見える範囲で分かる人の痕跡を即座に判別し、経験則に沿った予測を皆に話す。


「……兵士達が言っていた通り、この森に入ったのは10人で間違いない。その内、足跡に迷いが無いのが9名。こいつらは薬草探しだろう。しかし、残った一人は周囲を警戒しながら進んでいる。多分森の調査に入った人間だ」


「何で迷い無く進んでると薬草探しだって分かるの?」


 ナターシャが尋ねる。カレーズは即答。


「薬草ってのは大体が決まった場所にしか生えない。だから、薬草探しに慣れた人間は毎回決まったルートを進む事になる。薬草採集クエストを受注する時は、事前に群生地の情報を仕入れておけよ。先輩からのアドバイスだ」


「ありがとうございます!」


 お礼を言うナターシャ。とても参考になった。

 カレーズは気にするな、と言いながらもリズールにドヤる。

 リズールも従者らしく笑顔で会釈。とてもWIN-WINですね。


「――で。だから俺は、調査に入ったらしき人間を最初に追うべきだと判断した。皆の意見を聞きたい」


 話を戻したカレーズは、冒険者らしく仲間に意見を求めた。

 しかし、ここまで正当な理由付けされた意見に異論を申し立てる者は居ない。

 その場に居る全員でカレーズの案を採用して、森の奥へふらふらと続く足跡を追い始めた。


 それから一時間経った頃だろうか。

 斬鬼丸とカレーズを先頭に進んでいたパーティは、マルシェルームが増えてきた事に気付く。

 基本は白でサイズはまちまちだが、時折紫色の物が混ざってきた。

 疑問に思ったナターシャは声に出して聞く。


「色違いのマルシェルームが居ますけど、白いのと何か違いがあるんですか?」


 しかしカレーズは絶対に触るんじゃないぞ、と一言告げて周囲の警戒を怠らない。

 つまらなさそうに口を尖らせていると、リズールが教えてくれた。


『あの紫の物は“マルシェルーム・ドルミーネ”。逃亡の際、睡眠作用を引き起こす胞子をまき散らす種類です。迂闊に触れないように気を付けて下さい』


「分かった」


 その説明を受けて、マルシェルームも魔物なんだ、と改めて実感した。

 ナターシャ達は周囲を警戒しながらまた少し進んだ後、足跡の終着点に辿り着く。

 そこには一人の男性が倒れていた。

 黒髪に黒い軍服。ナターシャの主観ではとてもギルド長には見えない。


「あれがギルド長さんでしょうか?」


 アウラが疑問を呈すると、カレーズは首を振る。


「……いや、分からん。だが話しかけるべきではあるだろう」


 カレーズは他の面子にその場待機を命じ、率先して男性に近付く。

 魔物の罠を警戒しながらゆっくりと近接した後、一帯を見回して警戒。


「……よし、罠とかではないらしい。皆コッチに来ても良いぞ」


 ここでようやく安全が確保されて、待機を命じられていたナターシャ達は倒れている男性の傍へ寄れるようになる。


「……生きてる?」


 不安に思ったナターシャは一言尋ねた。

 問いかけられたカレーズは肯定するように頷く。


「あぁ。どうやら眠っているだけらしい。誤ってドルミーネを踏んづけたみたいだ」


 彼が指差す先には、頭が凹んだ紫キノコが地面から生えていた。


「……結構なポンコツさん?」


「かもな。しかし起きて貰わないと困る。何とか起こす術は……」


 全員が方法を模索し、議論し始める中、ナターシャは創った魔法を試す事にする。

 人に掛けた夢現乃境界線ドリームワールドを解除する時に使用する魔法、気付け魔法だ。


「……じゃあ、まずは私が目を覚まさせる魔法を使ってみます。良いですか?」


 顔を見合わせた面々だが、物は試し。

 ナターシャに委ねる事にした。


「――行きます。“幽世かくりよ揺蕩たゆたう汝が意識よ。暁鐘ぎょうしょう聴きて、目蓋を繋ぐ錠を開き、境界線より常世に戻れ。“現世覚醒鐘アウェイク・アラーム””」


 詠唱を終えると、その場に荘厳な鐘の音が鳴り響く。まるで目覚まし時計のようだ。

 一帯に響き渡るような音量では無いが、眠っている人間には対しては別。

 特殊な波長が脳に作用し、超大音量の音撃を叩き付けた。


 ……あぁ。

 あくまでオマケだが、この魔法は付属効果として状態異常【睡眠】が解除される。


「ぎゃああ五月蠅いッ!?」


 突然鳴り響いた起床の鐘で、気持ちよく眠っていた軍服の男性が飛び起きた。

 音撃で揺らされてガンガンする頭を振り、眼をパチパチさせながら周囲の人を見る。

 彼の目元には万年(くま)があり、着ている軍服も門番の兵士よりは少し拠れている。

 ちょっとだらしない感じがする人物だ。


「……ど、どちら様、っすか?」


 その口調も服装と同じく、自信が無い。


「それは俺達が聞きたいんだが……」


「あっ……」


 人慣れしていないような口ぶりの男性は、カレーズの言葉で選択肢を間違えたと理解。

 何故なら、周囲に居る人物は自分の恩人だからだ。

 だったらまずは、自分の事を話さなければならないだろう。

 彼は小さく『す、すみません間違えたっす』と謝罪し、自己紹介をし始める。


「ぼ、僕の名前はフィリカルド・オスカー、っす。み、皆さんのお名前は……」


「いや、そういうのは後にしてくれ。まずはここで眠るに至った事情を聴きたくてな」


「え、あ、すいません。実は――――


 ナターシャ達は、オスカーを名乗る男性の事情を聴く事になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! やっぱり可愛い少女の純粋な瞳には抗えないですねw 中々厨二の心をくすぐる詠唱ですw あぁ、なるほど、作者さんのゲーム禁止は有料ゲーム限定ですか。それなら私…
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