170 2nd.冒険者ギルドにて
早朝のせいで息が白む街の住民と、寝起きの冒険者達が混在して行き交う冒険者ギルド前。
ナターシャはお供二人を引き連れてギルドに入場し、若干寝ぼけていた冒険者達を驚かせた。
身なりがとても整っていて、貴族の令嬢らしさが出ていたからだ。
……あぁ、因みに。
御付きのメイドがメッチャ美人だったからというのが一番の原因である。
「おはようございます職員さん」
踏み台に乗り、受付の職員に話しかけるナターシャ。
相手はモノクルの人では無かったが、元気よく対応してくれた。
「おはようございます。冒険者ギルド・フミノキース店へようこそ。ご用件は?」
ナターシャはギルドカードを見せながら言う。
「ワン・ゴールドコインのクッキーを買い取りに来ました」
「……分かりました。貴重品ですので二階の応接間にご案内致しますね。御付きの方もご一緒にどうぞ」
「承知」
『はい』
ナターシャ達はカウンター内に通され、奥の階段を上がって二階の応接間へと向かう。
因みに先ほどの言葉は、俺とフランシスさんで取り決めた魔法売買の合言葉だ。
◇◆◇
エンシア本店に負けず劣らず豪華な部屋のソファに座っているナターシャ・リズール・斬鬼丸。
ギルド長御付きのメイドさんにお菓子と紅茶を提供して貰って、面会時間になるまでのんびり待機だ。
ナターシャは相変わらず美味しいクッキーを食べながら、右隣のリズールに尋ねる。
「魔法買ってもらえるよね?」
『大丈夫ですよ』
リズールは紅茶を飲むフリをしながら返答した。
あくまでも人として振る舞うつもりらしい。
すると左隣の斬鬼丸が、不安そうな演技をしながら主に問いかける。
「本当に大丈夫なのでありますか?」
顎に手を当て、首を傾げながらコチラを見てきた。
ナターシャもナターシャで若干悪乗りして、再度リズールに尋ねる。
「大丈夫かな?」
青髪の従者は平静を保ったまま、もう一度返答。
『大丈夫ですよ』
「だよねっ」
元気よく同意して、クッキーをぱくり。そしてもぐもぐ
丁度良い時間潰しだよねこういう会話って。
◇◆◇
「……ギルド長遅くない?」
「そうでありますな。面会時間を過ぎてから、彼此30分は経っているであります」
腕組みして待つナターシャと斬鬼丸。クッキーは食べ終えた。
ナターシャはおこ気味だが、隣の斬鬼丸は威厳を保つ為に真似しているだけだ。
この部屋の壁際で待機しているギルドメイドさんに尋ねても、『到着までもう少々お待ち下さい』と言われるのみ。
これも相手方の戦略なのだろうか。
しかしリズールは冷静に、空になったカップを受け皿の上に置いてからこう呟く。
『……この冒険者ギルドの長は元冒険者。つまり現場からの叩き上げです。何かしらの事情が御有りなのでしょう』
「例えば?」
「如何な事情が?」
純粋な2人。
リズールは具体例を挙げた。
『例えば――新種マイシュルームが発見された事で、急遽森の生態調査が決まった。突然新種が見つかったとあれば、魔物の生態域に何かしらの変化が起こった可能性があります。しかし当然の事ながら、国は軍を動かす事を渋る。まず間違いなく、生態調査を報告元の冒険者ギルドに丸投げします。ここでギルドは、調査依頼のクエストを発布するでしょう。どれだけ強い魔物でも討伐出来るような人間や、生態調査が得意な人間。具体的に言うならばギルドお抱えの冒険者に向けて』
「おぉ」
「成程」
『しかし、何らかの事情でその冒険者は動けない。かといって、一般の冒険者に頼めるような軽いクエストでも無い。ですので、国からの信頼度が一番高く、腕も立つギルド長本人が現場に赴く事となったと予想します。ですよね? メイド様』
「――――」
リズールに質問を投げかけられたメイドは遂に諦めたのか、ため息をついてから正直に吐露した。
「……はぁ。はい、半分当たりです。正確には、自分で発布した生態調査のギルドクエストを自分で受けた後、ストレス発散も兼ねて森へ散策しに行っているという状況になります。困ったお人です」
『そちらでしたか』
「はい。本来ならば既に戻られているハズなのですが……」
そこで言葉を止め、不吉な予感を匂わせるメイド。
三人は顔を見合わせて、ナターシャが代表して話す。
「じゃあ、私達も森に向かってギルド長の捜索を行いましょうか? そもそもギルド長が居ないと話し合いが出来ませんし」
「それは有難い申し出なのですが……失礼ですが、ランクは?」
「カッパーです」
「拙者も同様であります」
『私はそもそも登録していませんね』
「全員初心者ですか……」
メイドも流石に困り果てて沈黙してしまう。
生態調査の最低受注ランクはアイアン。
経験の無いカッパーには早すぎる依頼だ。
「ですが――――」
だが幸いなことに、メイドはナターシャ達の情報を既に知っていた。
本店から派遣されたアーデルハイドが、ナターシャという少女の隠された実力を話していたからだ。
曰く、熾天使の加護を授かり、神代級の魔法を知っていて、白金級の実力を持つ剣技の精霊を従えているという情報。
そして本店では既に、アイアン級魔物であるブロックボアーを10頭納品したという実績もある。
実力的にも申し分ないのだ。
ならば、ここは一つ。
「――皆様ならば問題は無いでしょう。軍管轄下の森でギルド長の捜索をして頂きたく存じ上げます」
彼女達の実力を、信じてみる事にした。
あまりにも浅はかな考えかも知れないが、ギルド長に何かあっては一大事だ。
深々と頭を下げて、ナターシャ達に懇願する。
「どうか、私のマスターを無事に連れ帰ってきて下さいませ」
一人の従者が、主人を心から心配して漏らした言葉だ。
だったらコチラもその想いに答えるべきであろう。
ナターシャは緊急クエストにワクワクしながら、ドヤっとキめる。
「ふふん、私達にお任せあれっ」
「お任せであります」
そう言い切って、グッとガッツポーズしてみせる斬鬼丸とナターシャ。
リズールは色々と悟って微笑みながら、一言漏らす。
『……これも試練ですか。仕方がありませんね』
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
メイドは謝辞をした後、再び深く頭を下げた。
「ですが、どうか宜しくお願い致します」
「私達にお任せをっ! よし、森に行くよ斬鬼丸! リズール!」
「御意!」
『分かりました』
ナターシャはお供二人を引き連れて、元気よく部屋から退室。
メイドは急いで三人を先導し、一階に降りる階段前で見送った。
「では、行ってらっしゃいませ」
「行ってきまーす!」
「であります」
『行って参ります』
「はい。ご武運を」
◇◆◇
メイドは三人の姿がギルドの外に消えたのを確認した後、踵を返して階段を上がり、三階の執務室に入ってフミノキース店のギルド長と会話する。
「……ウィンター様、これで宜しかったのですか?」
「構わんよ。今回の依頼はブロンズ昇格試験みたいなモンだ」
服装こそ庶民的だが、その風貌は幾多の戦いを制した冒険者らしく、筋骨隆々の肉体に、古傷が目立つ顔。
30代前半に見えるその男は、オールバックの黒髪を時折撫で付けながらもう一つの理由を話す。
「……それに、いきなり俺が現れたら子供が泣くだろ。普通」
「まぁ、否定は出来ませんが……」
「だろう。替え玉のオータムもまだ来てないから、それまでの時間稼ぎにもなる。いつ来る?」
「今日は休暇の予定でしたから、急いで身支度を整えている頃かと。身なりにはとても厳しい方ですし、他国の貴族令嬢との商談と聞いて相当気合を込めていると思われます」
「通りでな。ま、後は任せるか。表側の商談はアイツ専門だからな。オータムにもそう伝えろ」
「畏まりました。では、御用があればお呼び下さい」
「あぁ」
フミノキース店のギルド長であるウィンターは普段の癖で葉巻に手を伸ばし掛けるが、その行為を戒めるように指を鳴らし、今度は迷いなく羽ペンを手に取って執務に戻る。
メイドは仕事の邪魔にならないよう、『失礼します』と一言告げてから退室していった。
正月ボケが抜けないので初投稿です




