16 妹の才能と姉の実力
父の開始の合図により、二人の戦いが始まる。
妹の芸当によりその実力を理解した姉と、特に何も分かっていない妹。
果たして勝者はどちらになるのか。
「……始めッ!」
開始の合図と共に最初に動いたのは姉ユーリカ。
姿勢を低くし、身体能力Lv3を生かして数メートルもの距離を一瞬で詰める。
(出し惜しみしても勝てない……ッ! 最初から全力で行く……ッ!)
そして身体のバネを利用して、下段から上段へ斬り上げる。
抉り込むような高速の斬撃。まともに喰らえば一撃で骨を持っていかれるだろう。しかし、
「うわぁっと!?」
ナターシャはその攻撃に間一髪で気付き、後ろに体勢を崩す事で何とか回避する。
しかし胴ががら空きだ。
ユーリカは容赦なく妹の腹に蹴りを入れ、吹っ飛ばす。
「ぐはっ……!」
ナターシャは苦悶の声を漏らして後ろに吹っ飛ばされ転がるも、地面に手をつき身体を一回転させて体勢を立て直す。
当然姉もこの程度で勝負がつくとは思っていない。
未だ衝撃の残るナターシャに駆け寄り、追い打ちの斬り下ろし。
ナターシャは武器をクロスさせ、姉の斬撃を受け止める。
「……よ、容赦ないねお姉ちゃん。まだ7歳の妹だよ? 可愛い女の子だよ?」
「……馬鹿おっしゃい、普通の7歳の子が今の攻撃を受けて立っていられるとでも?」
ナターシャは薄ら笑いを浮かべながら軽口を叩き、姉もその言葉に嗤いながら木剣に力を込める。
二人の膂力で互いの武器がメキメキ、ミシミシと音を立てる。
「でも、今度はコッチの番ッ……!」
ガゴッ、という音と共にナターシャが木刀を引き抜く。
ユーリカの力が縦から斜めへと方向を変え、木剣が木の棒の淵を滑り落ちる。
「なっ!?」
ナタ―シャは、流れ落ちる木剣を木の棒の歪みを利用して受け止め、斜め下に流して押さえる。
木剣に力を込めていたせいで前に体勢を崩しかけるユーリカ。それを逃すナターシャではない。
「貰ったッ!」
右手に持つ木刀を手放し、ユーリカの手を掴みにかかる。
そしてユーリカの左の前腕を掴み、ナターシャは小さく詠唱。
「“我が手に簒奪の力宿りて――”」
(……っ!? 不味い! ナターシャは何かを狙ってる……ッ!)
ユーリカは咄嗟の判断で振りほどこうと腕を引くも、ナターシャの異常な腕力が逃げる事を許さない。
「っ! なら……ッ!」
ユーリカは身体を後ろに逸らして体重を右腕に掛け、懐へ潜り込んで足払いを仕掛ける。
「“相手の意識を――”うわぁっ!?」
ナターシャは足払いで体勢を崩し、横転。
弾みで掴んでいた左腕を手放し、地面に叩きつけられる。
「ぐふぅっ!」
ユーリカは後ろに飛んで距離を離す。
そして、何故か痛む頭を右手で押さえながら、立ち上がろうとするナターシャを睨む。
(……っぅ、何……この感覚……。
ナターシャから離れる瞬間に意識が飛びかけた……。
一体何を仕掛けたというの……!?)
尚更高まる懐疑心と共に、ユーリカは再び木剣を構える。
対するナターシャもいててと言いながら膝をつき、姉を見据える。
あークソ、いい作戦だと思ったのになぁ。
心の中で悔し気に舌打ちする赤城恵。
考えてる事とは別に身体が勝手に動いてくれるからとっても戦いやすいんだけど、今裏技がバレたのは結構痛い。仕掛けるの早すぎたかも……。
投げ捨てた木刀を拾い直し、立ち上がる。
……さて、プランA、速攻作戦は失敗。プランBは使えない。なら、今度はプランCしかないね……。
因みに皆、プランC。一体どんな作戦だと思う?
ナターシャは深い深呼吸の後腕を十字にクロスし、棒と木刀で十字架を創る。
ふふん、一度やってみたかったんだよねこのポーズ。
これこそが古今東西英雄流二刀流の真の構えであり、如何なる敵をも両断する剣の使徒の流派。
全ての英雄の技術を集め、統合して生まれた独自の構え。
其即ち、剣鬼を超えた剣神の疑似再現である。
「じゃあ、行くよ……!」
交差した武器を自身の右側に流し、ゾンッ、という音が鳴りそうなほど深く踏み込み突撃する。
大きく土埃が舞い散り、ナターシャの姿が消滅。
「き、消え……ッ!?」
ユーリカは頭痛も相まってナターシャの姿を見失う。
しかし目を顰めながらも視線を左右に動かし周囲を確認。伊達に剣の修行をやっていないという事だ。流石である。
(ど、何処に行ったの……!?)
その時、ユーリカの視線の端に一瞬何かが映る。
(なっ……!?)
視線を下に流すとそこにはナターシャが。
そう、ナターシャはあの一瞬の内に距離を詰め、ユーリカの懐へと潜り込んでいた。
そして必殺の一撃を与えんと超低姿勢で身体を捻り……
(こ、これは不味い……ッ!!!)
ユーリカは咄嗟に後ろに飛ぶ。
ブオン、という音と共にユーリカのいた空間が二つの太刀筋により両断。風圧が姉の頬を揺らす。
ナターシャも避けられる事を想定していたようでそのまま一歩踏み込み、仕返しのように上段からの斬り返しで追い打ちを掛ける。
「くっ!?」
ユーリカは空中で木剣を盾にするように構えて受け止め、流して威力を殺す。
ただ、宙に浮いていた身体が無理矢理地面へと叩き降ろされ、ユーリカの膝に衝撃が走る。
「っ!」
しかしそこで、父との鍛錬の成果が出る。
落下の衝撃は膝を曲げる事で相殺し、そのまま横に回転。
こうする事で妹の技の威力も乗せつつ、ナターシャに斬り込む事が可能だ。
「……ハァッ!」
ナターシャもすぐさま体勢を戻してそれを受け、斬り結ぶ。
2人はそのまま鍔迫り合いの体勢になり、ギリギリと押し合う。
「……巧いね。今の防げるんだ。」
妹が楽し気に嗤う。
「……これでもお父様の弟子なのよ。この程度の斬り合いなら何度もやってるわ。」
姉も不敵な笑みを浮かべる。
「なら、次の技は受けた事はある……ッ!?」
ナターシャが鍔迫り合いで姉に押し勝ち、木の棒を振りかざす。
今度は威力重視では無く、速さを重視。
姉が反応できなくなる速度で打つべし……ッ!
キッと目つきを変え、今度は両太刀を分けて攻撃する事で息もつかせぬ連撃として撃ち込む。
一撃。木の棒による斜め上からの斬り下ろし。
姉は突き飛ばされた体勢を一歩下がる事で戻し、妹の一撃に自身の攻撃を合わせ、威力を流して殺す。
間髪入れず二撃目の木刀がやってくる。姉は斬り込む事で弾き返す。
その威力に、ピリピリとした痺れが両腕を走る。
(くっ、二刀流を生かした連撃……! しかも、一撃が重いッ!
片手でこの威力だっていうの……ッ!?)
姉が忌々しく顔を歪めるのと同時に、ナターシャの二刀流の利を生かした怒涛の連撃が始まる。
左からの斬り上げ、右の叩き下ろし、左の横薙ぎ……
乱雑に斬っているようで的確に急所を狙う必殺の攻撃。しかしユーリカは、一本の木剣で対応してみせる。それは姉の意地であり、剣士としてのプライドだ。
両者はその場に留まり、一合、また一合と激しい音を立てて二人の剣戟が始まる。
妹は手数を生かした呼吸すら忘れさせる程の美しい連撃を、姉はその一撃一撃を上手く逸らし、流し、時に弾き返して反撃の機会を伺う。
才能だけで勝てる程剣の道は甘くない。
経験と努力の差が二人の実力を拮抗させる。
その剣戟は長く続き、二人を見つめる両親も驚きの表情を隠せない。
くぅ……やっぱり打ち勝てないか……! そう思うのは赤城恵。
残り時間は後5分。それまでに勝負を決めなくてはならないが、今ナターシャは攻め手に欠けている。
プランC。それは“とりあえずお姉ちゃんが反応できない攻撃で押し勝って魔法で気絶させよう”という安易なプランであり、今姉の実力を目の当たりにしてそれが難しい事だと理解した。
……なら、木の棒の英雄の力を使っていくしかないね。セコいけど。プランDだ。
ナターシャは再度思考を切り替える。
一度姉と斬り結ぶのをやめる為、武器を交差させながら斬り込み、弾き返される衝撃を利用して後ろへ飛ぶ。
その瞬間、先ほどまでナターシャの居た位置に姉の木剣が音を立てて空を切る。
驚くナターシャ。すると、姉が口を開く。
「……あら、もう少しで対応出来そうだったのに。よく気付いたわね」
片腕で木剣を持ち、ナターシャに向ける姉。その目は笑っていない。きっと興が削がれた事に苛立っているのだろう。
とんでもない事をやってのけるなお姉ちゃんは……と思いつつ、ナターシャは適当に言い訳する。
「……まぁ、避けれたのはたまたまだけどね」
そう言葉にしながら、木の棒を右手に、木刀を左手に持ち換える。
次の作戦の為だ。念押しとして、次の言葉も告げておく。
「……そんで、ちょっとズルいかもしれないけど覚悟してねお姉ちゃん」
「好きにしなさい。貴方にはその権利がある」
姉は木剣を持った右手を胸の前に構え、剣尖をナターシャに向ける。
もう態度で分かる。“なりふり構わず全力で来い”。そう言っているのだ。
「……ふふ、ありがと」
ナターシャが小さく笑うと、右手に持つ木の棒に魔力が集結。背後にいくつかの炎の球を作る。
「……じゃあ、ここからが私の全身全霊。魔法と剣技を組み合わせた最強の戦い方を教えてあげる」
ナターシャは次なる構えと取る。
先程の十字架が剣神の構えとするなら、今度のナターシャの構えは魔法剣士の構え。
木の棒は前にかざし、一の太刀。
木刀は顔の横に当て、二の太刀。
脚は軽く前後に開き、前に駆け出せるように。
ここからが本当の勝負だよ。お姉ちゃん。
はい、まだまだ続きます。
ナターシャちゃんの言う剣と魔法を組み合わせた全く新しい戦い方ってどんな物なんでしょうね。楽しみですね。




