159‐閑話 野宿するナターシャ達
満点の星空に負けじと、パチパチと音を立てながら燃え盛る篝火。その傍には三人の人影が。
西洋甲冑の騎士は剣を地面に置き、冒険者の少女は小さな魔女っ子を包み込むように座っている。
胸中に座る魔女の目元は赤く、涙を流した後だという事が分かる。目を伏せ、非常に落ち込んだ様子だ。
「……もう寂しくないですか?」
ナターシャを抱きしめて座っているアウラが、優しく問いかけた。自分が親代わりになれるとは到底思えないが、それでも寂しさを紛らわす事が出来たなら、と思ったからだ。
問いかけられたナターシャも、その声音にアウラの温かさを感じた。フッと微笑み、包み込む相手の腕に触れると、感謝の言葉を告げる。
「……はい。ありがとうございますアウラさん」
所詮建前に過ぎない返答だが、アウラが喜ぶには充分だった。更に強く抱き締められる。
その温かさが、優しさが、ナターシャの孤独感をほんの少し癒してくれた。心に再び生気が戻る。
今はまだ、心の器に小さな砂粒が溜まっただけだが……この世界で交流を深めていけば、いずれ元の世界にも負けない程の絆になるだろう。
それに、人に言えない秘密なんて誰だって抱えて生きている。ナターシャよりも重い事情を抱えた人間は、どんな世界にもごまんと居る。それを踏まえた上で、人と人は交流していくのだ。
元の世界の友人と会えないのは確かに寂しいが、それらの事を考えればなんて事は無い。
なんて事は無い……筈なのに。
ナターシャは哀愁漂う笑みを浮かべながら、自身の心の内を見るように再び目を伏せる。
……ハハ、思ってたより、我慢し過ぎてたみたいだ。時々で良いから、気持ちを吐き出さないと駄目だな。
そうだな……我慢出来なくなった時は……人に甘えるか。もっと唐突に。理由無く。俺子供だし、美少女だから許されるだろ。うん。
「ふふ……」
そして、目を潤ませながら抱き付くのだ。主に女性に。『今はこのままで居て……』って言うとなお良し。我ながら完璧な作戦だと思う。ハハハ。
「ふふふっ……」
新たな突発的セクハラの手段を思いついて笑いを堪えるナターシャ。アウラのお陰で大分元気になったようだ。
アウラもそう感じ取ったのか、同じ事を口にする。
「大分元気になって来ましたね。ナターシャちゃん」
「そうでありますな」
斬鬼丸が言葉を返すと、ナターシャはようやく、いつも通り振る舞い始める。
「ふふっ……はぁー……スッキリした。泣くと心が落ち着くって本当なんだね。えへへっ」
二人に向かって笑う。
夕方に見せた笑顔とは打って変わって、とても晴れやかだ。
アウラと斬鬼丸は顔を見合わせて微笑み、アウラが代表して返答する。
「へぇー、そうなんですか?」
「そうみたいですよ? 本の受け売りですけど」
「へぇー……」
「その本実はこの世界に無いんで、アウラさんが気になるなら異世界から取り寄せてあげますよ? 魔法の力で」
「あははっ、ナターシャちゃんならホントに出来そうですねっ」
「まかせんしゃい! 我が右手に目覚めよ異世界の次元を開く鍵――アストラルキー! ……何っ!? この期に及んで承認しかねるだとっ!? ぐっ、送り込んだ魔力が逆流して……ぐおおっ……し、静まれ俺の右手……!」
「あはははっ」
突然行われるナターシャの邪気眼演技に笑うアウラ。
ナターシャが少し大胆なのは、それが本来のポテンシャルだからだ。
そして、自身の過去を現在の話に混ぜる方法もようやく理解した。こうして中二病の演技を交えて話せば、全てが冗談で片付く。今回はその予行演習みたいな物だ。……もう使う気は無い技だが。
そしてアウラには――今回の感謝を込めて、自分が本当は転生者なのだと暗に教えておいた。気付くかどうかは彼女次第だ。
アウラはひとしきり笑った後、右手の制御を取り戻したナターシャの頭を、帽子の上から撫でながら呟く。
「いやー……ナターシャちゃんが元気になってホントに良かったです。人肌が恋しかったんですね。……私も、巡礼の旅の時には気を付けないといけませんねー」
「旅は人を変えてしまうのだ……フフ……」
未だに中二病の演技をやめないナターシャ。
そんな主に代わり、斬鬼丸が話を繋げる。
「……そういえば。アウラ殿が冒険者になった理由は、旅をする為だったでありますな。準備は順調でありますか?」
「あははー……それなりです。まだ青銅なので、収支がトントンに収まっちゃいますね」
困ったように答えるアウラ。
斬鬼丸はすかさず提言する。
「では今から強い魔物を探しに――」
「行きませんよ? 警戒だけに留めて下さいね」
「無念……」
肩を落とす斬鬼丸。相当戦いたいのだろう。
その時――――
(ぐぅ〜)
誰かの腹の音が鳴る。斬鬼丸は精霊なので自動的に除外され、女子二人に犯人は絞られ――
「ごめんお腹空いた」
そう自首したのはナターシャだった。少し頬を赤らめて、お腹を抑えている。あれだけ泣いたのだから無理もない。
斬鬼丸は一瞬アウラを疑った事を恥じた。
「あ、じゃあ良い物がありますよ? 私、いつもポーチに携帯食料入れてるんです。それをナターシャちゃんに……(ぐぅ〜)わぁ私のお腹まで鳴っちゃった恥ずかしい……!」
先輩風を吹かそうとしたアウラも、顔を赤らめてお腹を抑える。
街は既に閉門され、残念ながら間に合わなかった冒険者達が、門付近で見張りを変えながら寝ているような時間帯だ。無理もない。
「あぁ……大丈夫ですよ。私もアイテムボックスに予備の食料入れてますから。それを――」
ナターシャは遠慮して、家出した際に用意した食料を取り出そうとするが、アウラが止める。
そして優しく、こう告げる。
「……駄目ですよナターシャちゃん。他人に遠慮しちゃ。貴女はもっと、子供らしく振る舞って良いんです。それが普通なんです。……そうやって一人で頑張ってると、また寂しくなって、今日みたいに涙を流しちゃいますよ?」
「……っ」
「だから今は、私に甘えて下さい。ね?」
ナターシャはアウラの言葉で何も言えなくなり、静かにコクンと頷く。
「良い子良い子」
再び頭を撫でられるナターシャ。最初は帽子越しだったが、ナターシャは自ら帽子を脱ぎ、直接撫でて貰う。
その気持ち良さは、それまで抑圧していた他人への感情も相まって、今までにない程だった。
自分の本心を曝け出す感覚。
親兄弟では無い、他人からの純然な好意。
この良さは二度と忘れられないだろう。
アウラはそのまま、ナターシャがしおらしくなるまで撫でた。
「……じゃ、そろそろ携帯食料食べましょうか。半分こしましょうね」
「……うん。食べる」
次に話しかけられた時にはもう、アウラに対して敬語で話す事を辞めていた。
それは、背後に居る少女に対して完全に心を開いた証だった。
アウラはボソボソのショートブレッドを半分に割り、片方をナターシャに渡す。
ナターシャは、小さく一口。少し古い物なのか、味や風味は良くない。パサパサで飲み込みづらい。水が欲しい。
「アウラさん、水が飲みたい」
「うん分かった。水袋どうぞ」
「ありがとう」
アウラから受け取った革袋に口をつけ、中には入っている水を飲む。
次は再びショートフレッド。パクパクと食べ切り、再び水で喉奥に洗い流す。
「……御馳走様でした」
手を合わせて、感謝を示す。
空きっ腹に多少の足しが出来た程度だが、ナターシャは十分満腹になっていた。
人から分けて貰った食べ物が、こんなに嬉しい物だと思わなかった。その幸せ感が、残りの空間を埋めてくれた。
その幸せの海から出たくなかったナターシャは、もう何もしたくなかった。
もう今日は、このまま眠ろう。
全てを皆に任せて。
「アウラさん、このまま寝ても良い?」
「うん良いよ。お休みナターシャちゃん」
「ありがとう。……お休みなさい」
ナターシャはアウラに抱きしめられたまま、眠りにつく。優しさに身体を預けて、小さく丸まって。
そんな銀髪の少女を見て、アウラは呟く。
「お休みなさい。また明日ね」
まるでお母さんのみたいな人だな、と思いながら目を閉じて、ナターシャはそのまま眠りに落ちた。




