157 森の中でのマルシェルーム探し
畦道を通って、軍管轄下の森に辿り着いた三人。
森は紅葉した木々が目立っていて、その入り口には警備のスタッツ国軍の兵士が2名。
森周辺は柵で囲っている訳でも無く、巡回兵が居るでも無く。
どこからどう見ても至って普通の森だ。入り口を除けば、俺の実家近くの森とあまり代わり映えしない。
……けどまぁ、図書館では結界魔法とか使ってたみたいだし、きっとそういうので何とかしてるんだろう。
だって、スタッツ国に来る道中も結界を張る水晶で守られていた訳だし。森の警備に人手を掛けない方法なんて幾らでもあるハズだ。うん。
ナターシャが森を見ながら色々と推測していると、斬鬼丸と共にウォーミングアップを終えたアウラが率先して注意を促す。
「うん、よし。身体の動きはオッケー。……じゃ、森に入る前に、二人に注意を。冒険者ギルドが初心者用として認めるという事は、それだけしっかりと管理されている証拠なので、魔物に襲われる心配はありませんが……“もしも"、があるかも知れません。なので、念の為に警戒を怠らないようにして下さい。良いですね?」
「はーい」
「御意」
ナターシャと斬鬼丸もしっかりと返答。
そして二人の返事を聞いたアウラは、元気よく出発を告げる。
「宜しい! では、出発進行ー! ……あ、兵士さんこんにちはー」
「こんにちはー」
「ご苦労様であります」
通りすがりに挨拶する三人。
兵士2人はビシッと敬礼で返し、片方が代表して一言。
「怪我をなさらないよう、お気をつけて」
「ありがとうございまーす! 気を付けますねー!」
小慣れた感じにアウラが返答して、ナターシャ一行は森の中へと進入する。
◇◆◇
森の中は森らしく、少し湿った土の匂いと、ふかふかの地面。木漏れ日がとても暖かく、木陰は少し肌寒い。
アウラは普通に、ナターシャはいつもの癖で落ち葉を蹴飛ばしながら歩き、斬鬼丸は鎧の擦れる音を鳴らしながら歩く。
似たような紅葉樹が立ち並ぶ空間は、ふと気を抜くと道を忘れてしまいそうで、所々に存在する朽木や倒木が、その末路を明確に表しているのかもしれない。
「〜♪♪」
そして、久々の魔物狩りなので上機嫌なナターシャは、鼻歌混じりについくるりと周ってしまう。幾ら中身が大人でも、所詮は7歳の少女だ。
アウラもアウラで、それを責める事は無い。相手がまだ子供だと理解しているからだ。もしもの時はちゃんと自分が守ると覚悟を決めている。
斬鬼丸はというと……歩きながら意識を集中し、全力で猛者の気配を探している。とにかく通りすがる魔物を剣の錆にしたくて仕方がない、そんな心構え。
その威圧感は前を歩くアウラとナターシャにも伝わっている為、最初は気を張り詰めていたアウラも、今では若干気を緩めて、索敵を任せてしまっている。
冒険者パーティーでは、とにかく役割分担が重要。その中核を成す”索敵"を斬鬼丸が買って出ているのだから、他のメンバーは交代の時間が来るまで任せてしまうのも大事なのだ。
その積み重ねが強い信頼を生み、やがて大切な親友となり、一人として欠かす事の出来ない、命を預けるに足る冒険者仲間へと変えていくのだから。
そんなこんなで先頭に居るアウラは、朽木の側に生えている、一本の大きなキノコを見つける。
傘は開いておらず、地面から生えたての真っ白いフォルムはまさしくマッシュルーム。柄の直径だけでも20cmくらいのサイズだ。一般的なキノコと比べてかなりデカい。
それが産まれたてのマルシェルームの傘だと知っているアウラは、後ろの二人にジェスチャーで停止を掛け、第一目標発見を告げる。
「あっ、二人とも。あの朽木の側のキノコを見て下さい。あれがマルシェルームですっ」
ドヤるアウラにキョトンとする二人。
ナターシャは斬鬼丸に尋ねる。
「……だってさ。斬鬼丸、気付いた?」
「いえ特に……あまりにも弱者な気配が故、そのまま無視していたであります……」
申し訳無さそうに言葉を返す斬鬼丸。そんな従者を見てナターシャは笑う。
「あはは、斬鬼丸らしいね」
「本来の目標をつい失念するとは……お恥ずかしい限りであります。次からは気を付けるであります」
片腕を曲げ、その腕の握り拳に力を込め、反省を次に生かす心構えを見せる。えらい。
アウラは二人の会話内容に微笑みながら、後輩に対しての指導を開始した。
「ふふ、仲が良いですねお二人は。……では、マルシェルームの捕獲方法についてお教えします。まずは、あのキノコに近づきましょうか」
「はいっ」
「承知」
三人は沈黙を守るマルシェルームに近づく。
……しかし、いくら近づこうが、キノコ型魔物なハズのマルシェルームは逃げる気配を一向に見せず、ただデカいだけのキノコとして振る舞っている。
それこそ、至近距離まで近付いたにも関わらず。不思議だ。
アウラは早速レクチャーし始める。
「では、魔法を使わないパターンから。マルシェルームは地面に潜って腐葉土を栄養源にしている物から、朽木を好んで分解する物まで様々です。共通しているのは、どちらも総じて地面に埋まった状態な事。なので、やる事は単純。根っこが見えるまで掘り起こします」
「「成る程ー……」」
関心するナターシャと斬鬼丸。アウラはまだまだ続ける。
「そして、次は魔法を使うパターン。こちらはとても簡単です。……ナターシャちゃん。火を付ける魔法を知ってますか?」
「はい。“点火"」
ナターシャが指先に火を灯す。それを見たアウラは指示。
「ではその火を、マイシュルームに近付けてみて下さい」
「はい」
ナターシャはゆっくりと、マイシュルームに火種を近付ける。すると……
(モコモコモコ……)
マイシュルーム周囲の地面が蠢き始め、次第に全貌が露わになっていき……
(ニョキッ、トコトコトコ……)
白いマッシュルームな身体を全部出したと思ったら、細長い足が生えて、ナターシャの火種から離れるように逃げ始めた。
小走りで離れていくが、興奮したカブトムシ並みの速度にはとても愛らしさを覚える。
「おぉ……」
これは間違いなくキノコ型魔物だな……納得するナターシャ。アウラは待ちぼうけしている斬鬼丸に指示。
「斬鬼丸さん、あの子を捕まえて下さい」
「承知」
斬鬼丸は逃げ惑うマルシェルームの柄を片手で掴み、持ち帰る。キノコは空中で足をバタつかせている。可愛い。
「これが魔法を使った捕獲方法です。因みに、火打ち石の火花でも代用出来ます。覚えておいて下さいね?」
先輩らしく指導出来たアウラは、少し自信がついたようだ。口調に誇らしさが溢れている。
ナターシャ達も後輩らしく、聞く姿勢を崩さない。返事だけを行う。
「はーい」
「御意」
「では、捕獲講座はこれにて以上。……マルシェルームは餌が多い場所に集まる傾向がありますから、この近辺にもまだまだ居るハズです。皆で探しましょう!」
「はーい」
「承知」
アウラは満足げに指導終了を告げて、今度はマルシェルームの捜索に入る。
◇◆◇
二匹目のマルシェルームは物の数分で見つかった。アウラの言葉は正しかったようだ。
ナターシャは火種を近付けて、慌てて地面から這い出てくるマルシェルームを両手で掴んで持ち上げ、捕獲。成果物としてアウラに見せに行く。
「アウラさん、キノコ捕まえました。アイテムボックスに収納しますが良いですか?」
「あぁ良いですよ。私も丁度捕まえた所ですし……よし、これで三匹。クエスト分は捕獲出来ましたね。目標達成! イェイッ!」
「イェーイ!」
パァンとハイタッチする女子二人。
因みに斬鬼丸は、アイテムボックスにキノコを収納したときからずっと周囲の警戒にあたっている。その方が適役だと自分から申し出た。
やはり、強い魔物に襲われる……いや、襲い掛かりたいらしい。寄らば斬るよりこちらから寄って斬るのだろう。攻めこそ守りの要だ。
想定していたより時間は掛からなかったが、三人は街へと帰還する事に決める。
木々の隙間から差し込む日差しに、少し赤みが入ってきているからだ。深追い厳禁。
アウラはリーダーとして、ナターシャに新たな役割を与える。
「じゃあナターシャちゃん。森の入り口までの案内をお願いしますね」
「お任せをー。ほいほいっ……と」
ナターシャも軽くて引き受けてスマホを取り出し、事前にマークしておいたフミノキースまでの道のりを検索。
ルート案内の音声こそ出さないが、マップに表示された道順を的確に教える。
「んー……取り敢えずこのまま西、つまり私から見て右手前に向かって進むと森の入り口に到着します。曲がり道とか無しで、直通です」
「分かりました。じゃあ隊列を組んで、入った時と同じように警戒しながら帰りましょう。一同、しゅっばーつ!」
「おー!」
「おーであります」
三人はナターシャのナビ通りに帰還。
森の入り口に着いた頃には日が陰り、完全に夕方になっていた。




