156 地上への帰還、そしてクエスト出発。
館長と共に地上へと帰還したナターシャ。
螺旋階段を元気よく登り切って、気持ち良く深呼吸。更に解放感から大きく伸びをして、リラックス状態に入る。
「はぁぁ……っ、ぁあ~……」
色々あったけど、邪気眼装備が一時的な物で助かった。永続効果とかだったら一生部屋から出ない所だった。
あぁ、天井から差し込む日差しが眩しい……祝福されてるような気分になる……
でも、忘れてはいけない。これからクエストに行くのだ。そう、此処からが本番。
気持ちを切り替えて、本気で挑まなければ。
「……よしっ」
ギュッ、とガッツポーズ。同時に集中力もギュッと高める。
まぁ今入れた所で出発した訳じゃ無いしあまり意味が無いのだが、こういうちょっとした気分転換は重要だ。大事にしていきたい。
そんな様子を見ていた館長は、ナターシャの後ろから話し掛ける。
「ナターシャくん、少し良いかな?」
何だろうか。後ろを向くナターシャ。
「何ですか?」
「……これを渡しておく」
ピッ、と差し出されたのは一枚の名刺。と言っても紙製では無く、長方形の羊皮紙を蝋で固めた物。蝋の下には館長のフルネームとか、役職とかが書いてある。
「……あぁ、これはどうもありがとうございます」
ナターシャは両手で丁寧に受け取り、困惑しながらも感謝の言葉を返した。といっても社交辞令に近い。ほぼ社畜時代の癖である。
館長は少女らしからぬ対応に少し驚いたが、そのまま気にせず言葉を送る。
「……本来は何も言わずに送り出すべきなのだろうが、君が魔術学会創設者である大賢者ウィスタリアに選ばれた人間であるなら話は別だ。表立って協力する事は出来ないが……最大限、君の力になろう」
「あ、え……あっ、ありがとうございます。頼りにします」
とりあえず返答するナターシャ。
なんか分からんが館長のスウィンデイズさんがデレた。これも大賢者ウィスタリアのお陰なのだろうか。
そんなやり取りの後、ナターシャは館長に流されるまま螺旋階段から離れて、赤ロープと金色ポールの囲いを出る。
そして館長とはここでお別れ。自室での仕事があるらしい。『私に用事がある時は図書館のカウンターに掛け合ってくれ』と言って、去っていった。
ナターシャは別館に繋がるドアを通る館長を見送り、名刺をバッグに収納して、先程から少し離れた位置で待機している同行者二人に歩み寄る。
ナターシャが帰ってくるまで、螺旋階段の近くで待機していたようだ。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
「おかえりであります」
少女が元気よく帰還を告げて、相手も朗らかに返す。冒険者パーティ的にも良い雰囲気だと思う。
全員揃った所で、アウラが先輩として指示を飛ばす。
「よしっ、これでナターシャちゃんの装備も万全ですね。早速、この街の東門へと向かいましょう。まずは目指せ冒険者ギルドっ! おーっ!」
「おー!」
「おーであります」
ナターシャと斬鬼丸も掛け声を出し、三人は仲良く冒険者ギルドを目指す事に。
そして、アウラが元気よく歩を進めたタイミングで……ナターシャが水を差す。
「……あ、その前にミスリルの鍵をどうすれば良いか司書さんに聞いて良いですか?」
「はうっ」
アウラはピタッ、と停止。
ゆっくりと振り返りながら、
「わ、忘れてました……まずは司書さんとお話ししましょう……」
とても悔しそうな顔で、パーティーの方向性を変えた。
◇◆◇
「ーーあぁ、その鍵は元の所有者さんへ返却して下さい。フ・マルタスコードの鍵は、基本的に管理委託者様のオーダーメイドなので……」
「……なんで預ける側のオーダーメイドなんですか?」
「えぇと、その当時は鍵のデザインを決めて、作製してから物品の管理を依頼するのが一般的だったんです。それが、上流層のステータスのような物でしたから……」
「あぁ……」
何となく察するナターシャ。
あの魔導士用品店、相当儲かってたんだな……
司書はそのまま言葉を続ける。
「という事ですので……また鍵を持って来られた際も、同じように元の所有者様へお返し下さい」
いや、流石に二度目は無いだろ。流石に。
「分かりました。詳しい説明をありがとうございます。では」
「はい。また当図書館にお越し下さい」
ナターシャが別れを告げ、司書もそれを見送って、鍵に関する話は終わった。アウラ・ナターシャ・斬鬼丸の三人は今度こそ、冒険者ギルドへ向かう。
◇◆◇
太陽は少し西に傾き、冬から初秋のような陽気に変わった午後2時半。
三人は東門の検問の列に並び、派手な色の通行証をぶら下げて、検問を素通りしていく幌馬車を眺めていた。
「もう結構良い時間ですよね。クエストの内容ってどんな感じでしたっけ?」
少しの間お空を見たナターシャが、アウラ達に再確認の為の疑問をぶつける。
二人は互いの顔を見合って、斬鬼丸が代表して答えた。
「……軍管轄下の森の中でキノコ型魔物を捕獲するクエスト。獲物であるマルシェルームは一人一匹、合計三匹捕獲でクエストクリアであります。一匹追加毎に報酬が増えるであります」
「確認手伝ってくれてありがとう斬鬼丸。それで、何匹捕まえますかアウラさん」
ナターシャに問いかけられたアウラは、色々と鑑みた上で答える。
「んー……今日、ナターシャちゃん達は初めて冒険者活動する訳ですから、合計三匹が妥当だと思ってます。それに、もうお昼過ぎちゃってますからね。お弁当もギルドで食べちゃいましたし。深追いは厳禁です」
アウラの言う事はもっともだ。
ナターシャも同意しながら、質問を投げかけていく。
「分かりました。強い魔物に襲われた場合はどうしますか?」
「当然逃げま――」
「問答無用で狩るであります」
「ざ、斬鬼丸さん……」
もはや強い魔物と戦う事しか考えていない斬鬼丸。キノコ狩りは完全におまけ扱いだ。アウラもたじたじである。
ナターシャも、腰の魔道書を触りながら呟く。
「折角だし、私もこの魔道書の力を試したいなー」
「もーナターシャちゃんまで。ダメですよ。危ないんですからー……」
『次! 此方へ!』
「はーい! ……続きは検問を受けてからですね」
「そうですね」
ナターシャもアウラの言葉に同意を示して、検問。
三人は個別に検査を受け、ギルドカードで身分証明した後、街の外に広がる広大な草原へと、歩み出す。
地平線の果てに山々が見える草原には、一本の長い石の街道と、近くの森へと繋がる畦道がいくつか伸びている。
そして草原には、ホーンラビットの他に、低級モンスターであるスライムが生息している。楕円形のぷるぷるボディは半透明の水色で、『||』のような目。古き良きハイファンタジー物というより、女性向けファンタジーMMORPGに出てくる見た目だ。決してドラク◯では無い。
「あのコロコロした魔物ってなんて言う名前なんでしょうね」
三人が畦道を歩いていると、アウラがそう告げる。
ナターシャはその意外な反応に驚く。
「あれ? アウラさんなら見た事あると思ってました。スライムじゃ無いんですか?」
ナターシャの言葉にアウラは仰天する。
「えっ、あれスライムなんですか!? わ、私が魔物解説本で読んだのは、もっとネバネバで、不定形で、溶解液で取り込んだ物をドロドロに溶かして……」
その説明を聞き、ナターシャは続きを予測して話す。
「……斬撃とか打撃が効かなくて、火の魔法や松明で退治する感じの魔物?」
「そう! そんな感じの説明でした!」
本家本元のスライムも居るのかよ……恐ろしいなこの異世界……
二人が草原に転がるスライムの危険性を話し合っている頃、ナターシャの腰にある魔道書がバタバタ暴れていたのは言うまでも無い。『私を使え』と。




