155 魔道書、リズールアージェント
510号室の扉――少し古びた、木目の美しいドア――を開けると、部屋の中央、台座の上の魔道書が、三方向から眩く照らされていた。光源は天井近くの壁掛けライトだ。
ナターシャはそのまま台座近くまで進み、魔道書をマジマジと見る。
魔道書はゴシック製本という形式。中世風味な本の代名詞と言っても過言では無い。
色味はブラウンで、本の背や、表紙の角には煌びやかな金具の装飾。そして、留め具付きベルトでしっかりと閉じられている。簡単に言うと、○リーポッターの映画で見たことある感じの本。
「これが私が受け取る魔道書かぁ……」
取り敢えず思った事を呟くナターシャ。意外とまともな見た目で安心。そのまま後ろを向き、離れた位置で待機している館長に話しかける。
「館長さん。これ触っても大丈夫ですか?」
「う゛っ」
「?」
館長の漏らした声に首を傾げるナターシャ。
突然投げ掛けられた鋭い問いに、面食らって呻き声を漏らした館長だが、“手に取っても良いか"という疑問なのだと考え直し、返答する。
「…………あ、あぁ、その前に封印を解除しないといけないんだ。君の鍵を本に当ててくれ。鍵穴に差し込むようにね」
「そうなんですか、分かりました。……こうかな?」
ナターシャはミスリルの鍵を、魔道書の中央に突き立てる。
すると、ミスリルの鍵に彫られた刻印が小さく光り、魔道書の方にも似たような刻印が光の文字として浮かび、解けるように消える。解除されたのかな?
よく分からないので首をこてんこてんと左右に倒していると、館長が教えてくれる。
「それで封印は解除されたはずだよ。手に取ってくれても構わない」
「あ、はい」
バッグに鍵を収納したナターシャは、早速魔道書に触る。両手で持つ。
「う゛っ」(ギュンッ)
……その瞬間、ナターシャは魔力を強烈に吸い取られる感覚に襲われたが、一瞬で収まる。何か変な声出た。
やっぱロクでもない魔道書なのか?
この邪気眼ファッションを強制する魔導服のように?
と、本を持ち上げて表裏しながら怪しんでいると、留め具のボタンがバチッと勝手に外れてしまう。不良品か?
まぁそもそも、これ古い物だから仕方ないよなぁ……ベルトが千切れて無いだけマシか……
そう思ながらボタンを留め直す為に片手を離すと、本が勝手に開き、羊皮紙なページをパラパラとめくりながらゆっくりとナターシャの手を離れて、少女の目の前に浮かび上がる。
「……な、なんぞ?」
困惑して声を出すナターシャ。後ろに居る館長も驚愕している。
魔道書はそのまま最後までめくりきってパタンと閉じ、表表紙に向き直りながら再び留め具を留めて、宙に浮いた状態で――
話し始める。
『初めまして我が盟主。私の名前はリズールアージェント。大賢者ウィスタリアの手により創られ、貴方をサポートする為に遥々遣わされました』
「へぁっ!?」
驚きの声を発したのはナターシャではなく、後ろに居る館長。とんでもなく間の抜けた声だ。
ナターシャはそもそも誰が作ったのか知っていたし、こういうのはアニメで見慣れているので意外と驚きは少ない。感動の方が大きい。
とりあえず返答するナターシャ。
「おぉー……そうなんだ。でも、喋れるのは驚き。どういう原理?」
リズールアージェントと名乗る魔道書は、ナターシャの問いに的確に答える。
『この音声の発声原理としては、風属性魔法を利用した、一定の規則性を伴った外部干渉により音の波を創り出し、私独自の声を創り出しています。また、音声の聞き取りは発声と真逆の原理で行い、的確に文字化。その後解読する、という作業を行なっています』
「……つまり?」
『人間の発声、聴覚の処理とほぼ同等の原理です。処理によるタイムラグは0.05秒に抑えられています』
宇○刑事ギャ○ンかな? 何にせよ凄いと思う。
「凄いねーー」
「ちょっと良いかなリズールアージェント君、話が聞きたい」
「……おぉ? 館長さん?」
ナターシャが魔道書と楽しく話していると、館長が割り込んできた。かなり真剣な表情だ。
リズールアージェントは少し困った感じに対応する。
『……何でしょうか?』
「君の創造主が、大賢者ウィスタリアというのは本当か? 嘘偽り無く?」
『本当です。ウィスタリアのサインと魔術刻印を見せましょう』
リズールはそう言って自身の最後のページを開き、館長のスウィンデイズに見せつける。そこには、ウィスタリアのフルネーム、更に時計の針のような刻印が記載されていた。
館長は隠し持っていたマジックワンドを取り出すと、ワンドのサインとリズールのサインを見比べる。
仕事柄、筆跡鑑定士の資格を持つ館長は、リズールの言葉が真実だと理解。突然の行動に謝罪しながら、ゆっくりと引き下がる。
「……確かに。それは両方ともウィスタリア本人の物だ。ありがとう。そして、つい感情的になって失礼した」
『お気持ちは分かります。では、主との会話に戻らせて頂きますね』
「そうしてくれたまえ」
館長は今度こそ沈黙し、二人の会話を聞き入る。
魔道書のリズールはナターシャに向かって、再度話しかける。
『往々の雑談は後に回すとして……これから共に行動するに辺り、我が盟主の名前の確認をさせて頂きます。お名前は……”ユリスタシア・ナターシャ“で整合していますか?』
「え、何で名前知ってるの?」
当然の問いを投げ掛けるナターシャ。魔道書リズールは理由を説明する。
『大賢者ウィスタリアとは名前通り、森羅万象全てを知る賢人です。私を託す人間の名前を知るなど、造作もありません』
「なるほど……」
あぁまぁ、大賢者だからかなぁ。未来予知でもしたんだろうか。
しかし羨ましい。俺も賢者スキル欲しい。扱えないだろうけど。
『そして大賢者ウィスタリアは、自身の能力を後世に残すべく私を創り上げました。この世界に関する細かな疑問・質問はお任せ下さい。全てお答え致します』
おー心強い。この世界の百科事典みたいな感じだな? まぁ、天使ちゃんと役割メッチャ被ってるけども……
でもでも、天使ちゃんには魔法の創り方を教えるっていうアイデンティティがあるから大丈夫だろう。うん。多分大丈夫。
魔道書リズールはナターシャの思考など我関せず、名前の再確認を行う。
『では確認です。お名前は”ユリスタシア・ナターシャ"で間違いありませんか?』
「うん、合ってるよ。でもそれって大事な事?」
その問いに、リズールはこう答える。
『それは勿論。私は我が盟主、つまりナターシャ様専用に構築された各種補助・支援機能を搭載しています。例え、たまたま魔導服に適合した場合でも、私を扱う事は不可能と断定できます』
「そ、そうなんだね……」
ま、まぁ、俺が特殊なのは否定出来ないしなぁ……チート持ちだし。ウィスタリアはそこら辺を見越してたんだろうか。賢者だし。
『では、ナターシャ様であると確認が取れた所で私、リズールアージェントからの発言は以上となります。後はご自由にお使いください』
リズールはそう言って、自身専用のブックホルスターを作成し、自らを収納。ホルスターごとナターシャの肩に掛かって、右腰に落ち着く。至れり尽くせりだな。
……あ、そうだ。
魔道書をゲットしたなら真っ先にやるべき事があるんだった。
ナターシャは少し咳払いをして、左腕の包帯と右目の眼帯を解除しに掛かる。
「“終式拘束開放――我が封印を解き放つ――”」
その言葉に反応して、包帯・眼帯は粒子となって消える。安堵したナターシャは、大きくため息をしながら呟く。
「はぁ〜……良かったー……」
これで邪気眼ファッションから逃れられた。
左袖が肩周りと二の腕の一部分だけなのは恥ずかしいが、これは服の重ね着とかで対応しよう。
アームカバーが売ってたら楽だけど……大体はレースで、長手袋仕様だから高いだろうなぁ。今は将来に向けて、極力節約していきたい。
……まぁとにかく、これで俺の用事は終わったハズだ。細かな事は後で考えるとして、館長さんに帰る旨を伝えよう。
「館長さん。地上に戻りませんか?」
後ろを振り向いたナターシャが館長に伝える。
館長も同意するようにしっかりと頷いて、二人は地上へと足を運ぶ。




