14 姉の葛藤とナターシャの作戦
家を飛び出たユーリカ。
お気に入りの場所へ辿り着き、そこで妹に対する思いを巡らす。
対するナターシャは天使ちゃんと白熱した議論を繰り広げていた!
一本の大きな木の下。ユーリカは膝を丸め、座り込んでいる。
ここは草原の中。強い日差しを浴びながらも元気に緑を発して風に靡く長い草達は、それを見る人の心を落ち着させる。
しかしそれを意に介さず、強く眉を引き締めたユーリカは地面を睨む。
(……私は間違っていないわ。
だって、ナターシャが未知の魔道具を持っていたのは本当なんだもの)
自分を正当化するように思考を巡らせる。
(……あの魔道具にどんな魔法が込められているのかは分からない。
でも、ナターシャは私の吹っ掛けた“組織”という言葉に過剰に反応した。
でもナターシャは“悪い事には関わっていない”と言い切った。
……きっと何か深い理由があるはずなのよ)
ナターシャの裏の姿について考える。
しかし答えは出ない。情報が足りなさすぎるのだ。
(……きっと、普通の方法だったらナターシャは口を割らなかった。
魔道具を持っていないと私があれだけ脅迫しても言い張っていたんだもの。
あのまま問い詰めていても、ナターシャが号泣してしまって話が終わっていたでしょうね。
……ホント、強い子だわ)
ナターシャの7歳とは思えない覚悟を羨ましく思うユーリカ。
問い詰めた際に魔道具を持っていなかった理由についても考える。
(……きっと魔道具は連れて行かれる際の道中に上手く隠したんだわ。
まだ7歳なのになんて頭の回る子なのかしら。
……でも、決闘で勝てばナターシャも折れるはずよ。
“本気で来い”、というのはそういう意味も混じっているんだわ。相当な自信があるのね)
妹の頭の良さに感心するユーリカ。そして、私に勝てる程の力を持っているとも示している。
これはもう、完全に何かに関わっているに違いない。そう予測する。
(……妹が道を踏み外そうとしているのを、姉として正すのは当然の事。
これは正義の戦いよ。魔道具さえ見つかれば、お父様とお母様も私に理解を示してくれるはず。
ナターシャも諦めて、全てを話してくれるはずよ。
……だから、何としても勝たなきゃ。
ナターシャの才能は、悪い事に利用されちゃ駄目なのよ。ナターシャの才能は……)
強く膝を抱きしめ、妹を打ちのめす覚悟を決める。
……何故、そこまでナターシャに固執するのだろうか。
それは、ユーリカがナターシャの頑張る姿を見て勇気を貰っていたからだろう。
ナターシャはユーリカにとって自慢の妹であり、尊敬すべき相手でもあるのだ。
僅か7歳にして既に自分の未来を見据え、最適な行動をしているナターシャ。同じ年齢だった時の自身では考えられない行動だ。
その頭の回転の良さを羨ましく思い、騎士として、一人の人間として妹を尊敬している。
そして同時に、道を踏み外して欲しくないと心から願っているのだ。まるで正義の道を歩む勇者に思いを寄せる、平凡な人間達のように。
草原に座る少女は膝に顔を埋めて目を瞑り、決闘へ向け精神を集中させる。
彼女の居る草原は風が優しく草木を揺らし、心地よい温かさに包まれていた。
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天使
[あー、なるほど。スマホの存在お姉ちゃんにバレちゃったわけかー。]
天使
[スマホは収納して隠したけど、スマホ持ってなかったり口を割らなかったりした結果、]
天使
[納得できなくなったお姉ちゃんが信念を掛けて決闘を申し込んできた、と。]
ナターシャ
[そう言う事。だから困ってるんだよねー。負けてスマホ没収されるとLINEできなくなっちゃうし。]
天使
[それはマジ困るね。私も天界でなっちゃんとLINEするの楽しみにしてるもん。]
LINE(神)による天使ちゃんとナターシャによる緊急会議が行われている。非常に切迫した様子だ。……切迫?
ちなみに1年にも及ぶ会話の末、LINE上では天使さんから天使ちゃんと気軽に呼べるくらいには親密になった。
天使
[うーん記憶消そうにも、精神操作系創れるのは魔法創造Lv3からだし、そもそもそういう魔法は大体の国が禁呪指定してるから使えないし……お手上げだね♪]
天使ちゃんもお手上げ気味である。
ナターシャ
[いや家族に何させようとしてるのさ天使ちゃん。……やっぱり勝つの難しいかな?]
天使
[……あるよ、一つだけ。諸刃の剣プラン、いっちゃう?]
ナターシャ
[何それ何それー。]
天使ちゃんがナターシャにプランBを伝える。
その内容はナターシャにもユーリカにも酷な内容であり、それはホントの最終手段にしようと結論付けられた。
天使
[……それが駄目なら、なんとかして身体強化魔法とかでおねーちゃんに追いつかないと厳しいね。あと状態異常とか。あ、気絶の魔法で一撃KOみたいな!]
天使ちゃんの気絶魔法作戦はアリだな、と思うナターシャ。
ナターシャ
[いいねそれ。それでいこう。戦う前から気絶させてうやむやにしちゃおう。]
戦わずして勝つ、良い響きだ。不戦勝出来るとは素晴らしい。
これで「ふん、我が強大なる力を感じ取り気を失ったか」と言えば完ぺ……あれ?
天使
[あーそれは無理かも。なっちゃん魔法適正Lv1でしょ? 多分おねーちゃんに触らないと気絶させられないと思う。]
ガーンだな。出鼻を挫かれた。
ナターシャ
[……やっぱり接近戦かぁ。]
姉とガチタイマンしなきゃならないのは仕方ないが、気絶魔法を当てれば勝てるのだ。まだ勝機はある。
天使
[だね。結局剣での戦いになっちゃうね。……でもなっちゃん剣扱えなくなくない?]
ナターシャ
[うん……。剣豪憑依とか無理?]
天使
[だから憑依系は時空干渉に分類されるから無理だってー。それにデメリットで憑依した人の記憶残るし。今回はなっちゃんが自力で勝つしかないっ! がんばれー!]
ナターシャ
[だよねー……。じゃあまず手持ちの武器を考えないと……]
二人による戦略が練られていく。
天使
[……あー、それなら持てるね。強靭化付ければショートソードくらいの斬撃なら耐えられるっしょ☆]
ナターシャ
[強靭化……“我が肉体よ、保有せし武器よ、その脆弱さを無くし堅牢なる鋼と化せ”みたいな?]
天使
[おー、良いじゃん良いじゃん。身体と武器の両方いけるね! 芋虫がちょうちょになるくらい素敵な魔法だと思う♪]
ナターシャ
[……良く分かんないけど誉め言葉だと受け取っておくね。]
天使ちゃんの謎センスな誉め言葉を受け取りつつユーリカ対策を重ねていく。
天使
[……気絶の魔法は今教えた通りだけど、身体能力強化は1から作った方が良いかも。あんまり数無いし。]
ナターシャ
[なんで? 研究されなかったの?]
天使
[まぁ今使ってるのは一部の神官と冒険者パーティくらいだしね。それに、剣士の人は身体能力スキルで大体何とかなっちゃうし。]
ナターシャ
[あーあれか。バフの重要度があんまり知られてないんだ。なるほど、バフ系統はLvUPにオススメ……と。]
近くの紙にメモをする。
天使
[そゆこと☆ さっそく新しい身体強化魔法創ろっか。なっちゃん!]
そう言われたナターシャは顎を触りながら考える。
強靭化と同じように、我が肉体よ……から始めて……
ナターシャ
[“我が肉体よ、軍神の加護をその身に宿せ”?]
天使
[良いね♪ 特に軍神って所が天使ちゃんポイント高いっ♪]
天使ちゃんポイントって何だよ……と思いつつ試しに使用してみる。
「“我が肉体よ、軍神の加護をその身に宿せ”」
すると身体が温まるような感覚と共に、力が湧き出てくる。
ステータスを確認すると攻撃力が3から9になっていた。実質3倍だね。3倍〇王拳。
試しにベットの端を両手で掴み持ち上げると、木材が軋む音をたてながら斜めに持ち上がる。
完全には持ち上げられなかったが、性能はこれで十分だろう。
ゆっくりと音を立てないように戻して、スマホを操作する。
ナターシャ
[今使ってみたけどかなり筋力上がってるね。一般的な7歳児と比べたら怪力レベル。]
天使
[やっぱ軍神様の加護って凄いよね! なっちゃんも分かってくれる!?]
その後、軍神への理解を深めさせようとLINEで色々言ってくれる天使ちゃん。
うん分かった。良く分かったから。
ナターシャ
[軍神様については良く分かったよ……。因みにバフ魔法ってやっぱり時間制限とかある?]
天使
[あるねー。大体10分くらいが限度じゃないかな?]
思ってるより長いな。ゲーム感覚だと1分かそこらなイメージが多いし、使い勝手は良いのかな?
天使
[まぁ現実的な話になると1戦闘で10分以上掛かるのはよくある事だし、10分はちょっと短いかもね。でも短期決戦には向くね。]
現実って世知辛いなぁ。改めてそう感じる。
ナターシャ
[ちなみにバフの重ね掛けとかって出来る?同じ力系統の奴。]
天使
[加護系統は難しいね。神様の加護って掛け過ぎるとユニークスキル:勇者がついちゃうし大変だよ?]
天使
[重ね掛けするなら異世界の古今の英雄の力を再現!とかするのが良いかも! それなら抽象的だし、あくまで疑似的な再現の域に留まるから時空干渉にならないし♪]
そういう抜け道もあるんだなぁと感心するナターシャ。
というかユニークスキル:勇者って。一体どうなるんだろう、と思いながらも早速詠唱魔法を創る。
ナターシャ
[ならー……“この世界に存在せし古今東西の英雄よ、その膂力、脚力、技術を我が身体にて再現せよ!”とか。]
天使
[……ほほう、なっちゃんも軍神の加護のお陰で戦闘に関しての頭が回っておりますなぁ。でもでも良いね♪]
天使
[肉体的な限界で上限は決まっちゃうけど、そのギリギリまで力が出せるよ! 僅か10分限りだけど、おねーちゃんに負けない良い戦いが繰り広げられるね♪]
おぉ、天使ちゃんがべた褒めだ。これならいい勝負になるかもしれない。
天使
[ただ副作用として次の日から一か月くらい物凄い筋肉痛になるのは覚悟した方が良いね! 起き上がれないくらいのやつ! なっちゃんってインドア系ゆるふわのほほん少女だし!]
だ、代償が重すぎる……。だが勝つ為だ。甘んじて受け止めよう。
ナターシャ
[これでユーリカ姉を満足させられるくらいの戦いは出来そうかな?]
天使
[勿論! 軍神の加護に誓って接戦が繰り広げられる事を確約致しましょうとも! 我らが崇拝する神の力を見るがいいなっちゃん! はっはっは!]
天使
[それに……へへ、そして最終手段としてプランB。諸刃の剣が残っている……。これでもう勝ったも同然だね♪]
ナターシャ
[まぁ、プランBは使いたくないけどね……多分メッチャ痛いだろうし。]
ほぼ自爆だしなぁ。最悪相打ちで勝者無しになるし、間違いなくお父さんとお母さんに怒られる。
天使
[勝つ為に手段を選んじゃだめだよ! だってなっちゃんとLINE出来なくなったら天使ちゃんつまんないっ!]
それもそうだね、と送り返してナターシャは天使ちゃんに教えてもらった魔法と創り上げた魔法の暗記を始める。
手短にあった白紙の日記帳に魔法を書き出して記録し、なんども詠唱して効果を確かめる。
……因みに気絶魔法の効力は2分程だという事が分かりました。はい、自分で試しましたとも。手で自分に触れながら詠唱した瞬間意識がブラックアウトする感覚は一生慣れないでしょうね。
そして時間となり、ナターシャはスマホを戻して覚悟を決める。
窓の外を眺めると姉が待っている。木剣を持ち準備万端だ。
……さぁて、魔法の真髄を教えてあげますか。
(誰も居ないので)ブワッと髪を靡かせながらカッコよく振り向き、部屋から出……あれ、建付け悪いなこの扉開かない……あっ鍵かけてた。
少し手間取りつつもナターシャは意気揚々と庭へ向かう。
「……よく来たわね、ナターシャ。待っていたわ」
庭では精神集中を終え、戦気旺盛となった姉が待ちかねていたとナターシャを出迎える。
「……待たせてごめんお姉ちゃん。私の本気、見せてあげる」
対するナターシャも負けじと強気な発言をする。
その様子を両親は、ハラハラとしながら見守るのであった。




