146 冒険者としての活動許可を取るナターシャ
「ただいまー」 「ただいまであります。」
元気よく入店する凸凹コンビ。凹んでいる方がナターシャだ。
店の中で商品を見ている人(女性)の後ろを通り、店番である兄に話しかけようとするとその女性に止められる。
「……ちょっ、ちょっと待って!」
「えっ、な、なんですか……?」
困惑するナターシャ。女性は少し挙動不審げに左右を見渡した後しゃがみ、ナターシャの傍で囁く。
「も、もしかして貴女って、マルス君の妹さん……?」
「そ、そうですが……」
「やっぱり……! 朝方見た時からそうじゃないかな、って思ってたの……!」
小さく喜ぶ女性。ナターシャは困って隣に居る斬鬼丸の様子を確認。……無反応。よし。
斬鬼丸が非警戒モードなので敵対者で無い事は確かだが、それでも不審な事には変わりが無いので、人見知りしながら敬語で要件を尋ねる。
「……何か御用ですか?」
「じ、実はね? その……マルス君の好きなタイプの子って、どんな子なのかな……って。」
頬を赤くして、物憂げに視線を横に逸らす女性。
ナターシャは呆れて兄貴を見ると、そっぽを向いて口笛を吹いていた。お前……
なので天罰も兼ねて、兄がガチ恋している少女を的確に教えておく。
「……実はですね、お兄ちゃんは物事をはっきり言うタイプが好きなんです。貴方は好き、でもこういう所は嫌い、って言える人。そして兄は詩を書くのが趣味で、それを即興の歌にしてあげるととても喜びます。他にはー……」
「おまっ、それ以上は言うな馬鹿ッ! やめろぉッ!」
兄貴が赤面しながら止めに入るが、それでも辞めずに大事な事を伝える。
「他には、意外と一途で初心でメルヘン思考なので、綺麗な花束よりも毎日一輪づつ花を贈るととってもデレます。意外とチョロいんですよこのあにむぐぅっ!」
兄によって遂に口を押さえつけられるナターシャ。
マルスはきょどりながらお客の女性に対応する。
「おおおお客様、妹が失礼致しました! では僕は少し妹と話し合いを致しますので、購入する物が決まったら及び下さーいではー……!」
「むごご! んごー!」
ナターシャは兄によって倉庫内へと誘拐され、斬鬼丸と女性はその場に取り残される。
女性はマルスの新たな一面を知れて、とても嬉しそうに呟く。
「そっかぁ。マルス君ってかっこいいけど、そんな可愛い一面もあるんだ……。これは早速、マルス君同好会の皆に教えなきゃ……!」
強く決心を固める女性に、斬鬼丸が一言聞く。
「……マルス殿はそんなに人気なのでありますか?」
「それは勿論!この世界では類を見ない程綺麗な銀色の髪に、アクセントのように入った金色の髪のコントラストが素晴らしいと思いませんか!?しかもあの顔立ち!童顔っぽくて少し頼りない感じなのに、どんなお客にも優しく対応してくれるし、商品選びで迷ってる時には適格なアドバイスもしてくれるし、髪形を変えた時にはいつもその事に触れてくれる芯のしっかりしていて尚且つ気の利くイケメンなんですよ!?しかも、エンシア王国国家騎士団副団長リターリスの息子!つまりマルス君は白馬の王子様にだってなれる素質が――――
……斬鬼丸は珍しく、思った疑問を直接相手に尋ねる事に、後悔の念を抱いたという。
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「……ちょっと其処に座れ」
「……はい」
俺はゆっくりと正座する。
「……昔、何を言ったか分かってる?」
「……はい」
「そういうのは止めろって注意したよね?」
「…………はい」
倉庫内でお叱りを受ける、兄。
ナターシャによってその場に正座させられ、しょぼくれている。
「あんなにフォリアちゃん一途だったのに、なんでこういう、女心を弄ぶような事をするかな?」
「店の売り上げをあげるとお小遣いも増えるので……」
「お金目当てだったと。お金を稼ぐために冒険者ギルドでクエスト受ければ良い、とか思わなかったの?」
「いえ、以前スキルを見せた通り戦闘は苦手なので、知恵で稼ぐしかないと思ったのでこうした次第で……」
「じゃあさ、その右手のミサンガは何? 利き手に付けるミサンガの意味って恋の成就だよね? 今回の事案って実質浮気じゃない? もし遠距離でファリアちゃんと付き合ってたとしたら、彼女にどう言い訳するの?」
「うぅ、返す言葉もございません……」
ナターシャのガチトーンの説教に縮こまる兄。
すると倉庫の中で在庫チェックをしていたエメリアさんが奥から出て来て、二人の様子を見て面白半分に笑う。
「あはは、マルスくんがナターシャちゃんに叱られてるー。こんなの初めて見たなぁ」
「あ、エメリアさんただいまです」
ナターシャはエメリアに軽く手を振る。エメリアも手を振り返し、疑問を投げる。
「うんおかえり。マルスくんって意外と妹ちゃんに弱いのかな?」
「いえ、今回は兄が浮気未遂という重罪を犯したので厳重注意を行っているだけです。普段はこんな事ないですよ」
「面目ありません……」
そのまま土下座を決める兄マルス。
エメリアは面白くて仕方ないのか、口元を抑えて笑みを隠す。
「ふふっ……マルス君の土下座なんてホント初めて……っ。いやぁ、やっぱり知り合いが増えると新たな側面が垣間見えるね。新鮮な気持ち」
ナターシャもそろそろ解放する事に決めたようで、兄に起立を促し、店番に戻るよう指示を出す。
マルスは悔し気な表情を浮かべ、少し口を歪めながら呟く。
「……それでも俺のお小遣いアップの為に絶対止めないからな」
「まぁ、フォリアちゃんの事を忘れてないなら良いよ。……なんだかんだ言って、フォリアちゃんも兄の事気にしてるみたいだし」
その言葉を聞き、希望が見えたように目に光が灯る兄。短文でストレートに質問してくる。
「……マジか!?」
「秘密ー」
「う、うおおおおおおおおおおおおーーーーッッ!!!!!!!」
情報の真偽はともかく、兄の気力を取り戻させるには十分だったらしい。
すぐさまカウンターへと戻り、購入伝票の整理を始める。
「ナターシャちゃんは人の焚き付け方が上手いね。お姉さんびっくり」
「ふふ……まぁね……」
昔散々やったし……組織の長は伊達ではない……
と、雑談はそこそこに終え、ナターシャはエメリアに今日のお昼にどうぞ、と3人分の野菜炒めを渡し、オマケのように、これからクエストで軍管轄下の森に行くことを告げる。
エメリアは返答に困り、二階に居るガレットさんと相談しよう、となったので二人で二階に上がる。
そして長い話し合いが始まる……と思いきや。
「あぁ、クエストですか。構いませんよ」
「あれ? ガレットさん止めないんですか?」
エメリアも流石に困惑。しかしガレットは、許可した理由を簡潔に伝えてくれる。
「実はですね、これはリターリスからの指示なのです。“ナターシャを強く成長させる為、スタッツ国では冒険者として活動させて欲しい”と言われました」
おぉ、お父さん。俺を応援してくれるのか。
「それに、護衛として斬鬼丸が居ますからね。リターリスが認める腕前ですから、生半可な魔物では相手にならないでしょう。……なので。」
ガレットはそれを踏まえた上で、ナターシャに言葉を掛ける。
「なので、親代わりの私が言える事はただ一つ。……ナターシャ。死に繋がるような無茶な行いだけはしないように。良いですね?」
ナターシャもその言葉を受け、姿勢よく、威勢よく返事を返す。
「……はい。気を付けます」
「宜しい。では、自由に行動しなさい」
「はい! ……じゃあ、行ってきますっ!」
「行ってらっしゃい」 「行ってらっしゃーい」
ナターシャは親代わりの女性と宿主に見送られ、気持ちの高ぶりを感じながら店の一階へと降りる。
一階に居る兄にも、ナターシャは大事な事、と情報を伝えておく。
「お兄ちゃん」
「ん。どうした」
兄は伝票処理を行いながら返事。
ナターシャは元気よく、天真爛漫に宣言する。
「私、今日から冒険者として活動するからっ!」
「んーそうか。怪我しないように気を付けろよー」
素っ気無い兄。
ナターシャは少しいじけるように言う。
「……随分と緩くない?」
「だってお前……姉貴と決闘して勝ったんだろ? 真面目に言うとな、そんじょそこらの冒険者より強いんだからなお前。まぁ……なんだ。強いて言うなら頑張っててっぺん目指してこい」
兄はそう言いながら妹の頭をぽんぽん。そして何事も無かったかのように仕事を再開する。
つんけんした言葉の中に、兄なりの優しさが混じっている事を理解したナターシャは、笑顔を浮かべて出発を告げる。
「ふふっ、行ってきますっ!」
「おー行ってこい。ちゃんと帰って来いよ」
「はーい! 斬鬼丸、行くよ!」
「御意」
全員の快諾を得られたナターシャは、ルンルンと店の外に出て、待機していたアウラと合流する。
「お待たせしましたっ!」
「お帰りなさい。ナターシャちゃん、何だかとっても機嫌が良いですね。」
「アウラさん! 急いで服買いに行きましょう! 一着どころか二着くらい欲しいですっ!」
ナターシャはアウラの手を持つと、西南西にあるという冒険者服売り場へと引っ張っていく。
「わわっ、ちょっと待って下さーいっ!」
アウラもナターシャの変化に戸惑いつつも、楽しそうに引っ張られていく。
斬鬼丸は少し考えるように顎に手を当てた後、置いていかれないよう走って追随する。
ナターシャの冒険者生活はここでようやく日陰から出て、日の目を見る事となった。
家族の許可を得られたなら、もう怖い事は無い。自身の思うがまま、無双しよう。




