145 クエストに向けて、昼食の買い込み
東通りの歩道を歩き、中央広場へ辿り着く直前、といった位置を歩いているナターシャ達。
外は空で輝くお日様の熱で少し暖かく、それと同時に感じるのは街の中央から吹き抜ける寒い風。
その風には肉、野菜の焼ける甘い香りが乗っていて、朝方には開店していなかった総菜街がようやく目を覚ました事を教えてくれる。
そして同時に、ナターシャの記憶も目覚める。
……あぁ、そうだ。思い出した。
俺は最初から決めていた。主に昨日の夕方辺りから。クエストの前に惣菜を買いに行くんだ……
美味しい香りという飴に釣られたナターシャは、アウラに一つの提案を投げかける。
「……アウラさん、お腹空いてません? ちょっとだけ寄り道しませんか?」
「うーん……そうですねー……」
アウラも少し考え、後に向けて丁度いい案を再提出する。
「まだお昼には早いですけど、軽く摘まむくらいなら。ついでに今日のお昼もそこで買いましょうか。草原とか森の中でも気軽に食べれるよう、手掴みで行ける物を」
「おぉ、良いですね! そうしましょう!」
アウラの提案に喜んで賛同するナターシャ。イエス。そうこなくっちゃ。
なんだかんだ言ってもアウラは冒険者しているらしく、こうした的確な提案がしっかり出てくる所が凄いと思う。
そういった形で、幾つかのやり取りをしている内に中央広場へと着いたナターシャ達は、兵士の交通整備する姿を見ながら一度中央の公園付近へと渡り、北通りに向かうべく次の馬車の停止時間を待つ。
お昼について考え始めたアウラは、うんうんと唸りながら呟いている。
「お手拭きも売ってたら良いなぁ……うーん、やっぱり無いかなぁ……」
「……お店でお手拭きが売ってるんですか?」
その小さな呟きを聞いたナターシャがアウラに問いかける。
アウラも対応し、快く教えてくれる。
「あ、はい。ちょっと高いんですけど、エンシア王国の屋台付きのお店では一つ銅貨20枚で売ってるんですよ。使い終わったらお店に返却する感じ。そしたら半額の銅貨10枚帰って来るんです。そのシステムが、この街にもあれば良いなぁって」
「へぇー……」
知らなかった。エンシア王国って思ってるより現代的なんだ。
でも公衆浴場や公衆トイレが存在する街だったし、サービス精神の塊であるお手拭きが無い訳ないよな。当然か。
ナターシャはエンシア王国の事を考えながら感心し、アウラが再度思考に溺れ始めた所で斬鬼丸が二人に声を掛ける。
「ナターシャ殿。アウラ殿。対岸に渡れるでありますよ」
「えっ?」
斬鬼丸の言う通り、目の前にはいつの間にか北通りまで繋がる石壁の通路が確保されている。
この時間帯は荷物の運搬などで急いでいるらしく、馬車の速度が通常時よりも少し速いからだ。兵士は邪険な視線を御者に向け、御者も反抗的な顔に憮然とした態度で座っている。非常にピリピリしたムードなのが恐ろしい。
ナターシャはその様子に若干恐怖を感じて目の淵に涙を溜めつつ、アウラに歩く事を促す。
「……あ、ありがとう斬鬼丸。アウラさん渡りましょうか」
「あ、はい。……何が良いのかなぁ……普通のサンドイッチじゃ楽しくないよね……」
アウラは周囲の様子など気にも留めず、先に進み始める。
新人である俺達の為に頑張って考えてくれていると思うのでこちらからは何も言う事は無いが、それでも不安なナターシャはバレない程度にアウラの服の裾を掴んで歩く。
……自分の心の安静を保つ為と、アウラが馬車の前に飛び出しかけた時に止める為だ。
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しかし、その気遣いは無用だったらしい。
総菜街がある通りの左右には鉄の柵が設けられていて、歩道が創られている。“朝10時から昼16時まで”、“一方通行、北から南に向かう馬車のみ”という立て看板も設置済み。
逆走を防ぐ為に兵士が警備しているので、これは国策でやってるんだなぁと理解する。
「スタッツ国って凄く規律正しいんだね」
「そうでありますな。軍を街の交通整備に使うだけの余裕がある、という事なので御座ろう。エンシア王国に負けず劣らず、とても頑張っているであります」
「そうなんだー」
斬鬼丸の豆知識にのんびりとした声を返すナターシャ。
そして未だ歩道に入らず、その場で待機する原因となっていたアウラもようやく結論が出たらしく、元気よく叫ぶ。
「……うん、うん、そう、やっぱり色々見てからじゃないと決まらないよね。うんっ、よしっ! さぁ行きましょう皆さんっ!」
「はーい」 「御意」
あぁ、長かった。美味しそうな香りの誘惑に何度負けそうになった事か。
アウラは右側の歩道に向かって進み、ナターシャと斬鬼丸もその後ろに続く。
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総菜街にはとろみのあるスープを木の容器に入れて販売する店、サンドイッチ専門店、茹でた根菜類に店自慢のディップソースを添え付けて販売する店、魚の干物を焼いて販売する店など、様々な店があった。
だが、アウラが最終的に選んだお店は“ジューシービーフ&スパイス”。安定の肉。そして石造りの店構え。
ここでは各種肉料理を販売しているらしく、薫り高いハーブの葉と香辛料を加えた野菜炒めや、一口サイズのサイコロステーキなどを曲げわっぱに詰め、蓋をして紐で縛り、店頭のテーブルに並べている。お弁当っぽい。
値段は料理の種類によって違うらしく、最大で銀貨1枚、最小で小銀貨4枚。そしてなんと、小麦パンが2個まで無料で付いてくる。とってもお得。
ナターシャはアウラと共に購入したサイコロステーキの試食を済ませ(店主が鉄串を貸してくれた)、更にお土産として野菜炒めを3つ購入。合計で銀貨2枚と小銀貨2枚也。
アウラはというと店主に掛け合い、総菜の一品である一枚肉ステーキと野菜炒めをパンに挟んで食べやすいサイズに切ってくれないか、と提案。
店主はその提案を聞き少し考えたが、途中から面白そうに微笑み始め、店の品物を買ってくれたから、という事で軽く了承。
言われた通りに肉汁たっぷりのステーキサンドを2つ作製し、食べやすいサイズに切って曲げわっぱに詰めてくれた。入れ物込みで銀貨1枚也。
お手拭きはエンシアより多少高額だったが、二人分購入。銅貨50枚。返却時には25枚帰って来る。
商品を持ち帰る方法に関してはエンシア王国を見習っているらしく、買った物が全て入る革製の可愛いリュックを1つ無償で貸し出してくれた。サンドイッチが入った箱には印がしてあるので分かる、との事。
無料の理由は店主曰く、“使い終わった容器も返却して欲しいから”そして“また来ておくれよ”。
この国の惣菜店はとてもサービスが良く、商売上手だ。また行きたくなるね。
リュックは先輩冒険者ですから!という事でアウラが背負い、元気よく出発の号令を出す。
「よし、行きましょうっ!」
「はーい」 「御意」
3人は一度、ナターシャの指示で肉総菜屋の隣にある細い路地を抜け、エメリア旅行雑貨店へ繋がる通りに出る。
当然、この街に来たばかりで道を知らないアウラは不安そうな声で尋ねてくる。
「……ナターシャちゃんのお家ってコッチなんですか?」
「そうですよ。このまま真っ直ぐです」
「へぇー……この国に来たばっかりなのに、近道が分かるなんて凄いですねー……」
「えへへ」
勘ですよ勘。慣れればこれくらい余裕。……実際はスマホの地図を見たからだけどさ。
まぁ兎に角急ごう、という事で、3人は道をよく知っているナターシャを先頭に置き、サブストリートを進んでいく。
ナターシャは今朝方、何も見ずに通り抜けた商店街を楽しく観光しながら進み、道中程まで来た所で目的地に到着。アウラはその店構えを見て驚き、感激の声を漏らす。
「わぁ……! とっても綺麗なお店ー! ここがナターシャちゃんの泊まってるお家なんですねー……!」
「えへへ……」
凄ーい!と呟くアウラの横で、本当に照れてしまうナターシャ。
少しもじもじとして、頬を赤く染める。どうも、自分が関する部分以外を褒められると弱い性分らしい。
照れたナターシャがアウラも一緒に入るか聞くと、用事もないのに店に入るのは気が引ける、とリュックだけを渡してくれた。店の近くで待つらしい。
なのでナターシャと斬鬼丸は一旦アウラに別れを告げ、二人でエメリア旅行雑貨店へと帰宅する。




