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143 文字が読める幸せとは

 教会での洗礼を終えたナターシャと斬鬼丸、アウラの三名は共に冒険者ギルドへと戻る。

 だがしかし、彼女達を待ち受けていたのは閑古鳥の鳴く冒険者ギルドの姿だった。


 カウンター内から出て、箒で床の掃除をしていたギルド嬢に理由を聞くと、今は冒険者達がクエストを受けて出発していくピークタイムを過ぎた時間帯。

 残っている面々は遠征帰りで休憩している冒険者や、そもそもクエストを受けなくても今日一日を過ごせる物見雄山な街民など。つまりバリバリで頑張れる人間達は既に出払っている、という事だ。


 ギルド嬢に言われた通り酒場を見渡しても、目の下に隈を残す冒険者やギルドの飯を喜んで喰う男性、はたまたぼんやりと冒険者を眺める、秘書を連れた老人が居る程度。人気ひとけも活気も殆ど無い。

 その様子を少し寂しく感じ、がらんどうとなっている酒場の椅子に座りながらナターシャが呟く。


「冒険者も忙しいんだねぇ……」


 同じく近くに座るアウラも、軽く頷きながら言葉を返す。


「まぁ、冒険者って魔物を狩ってなんぼですからね。早いうちに息の合う仲間と合流して、荷車を借りて、夕方までに帰ってこれるよう合わせるのは当然かと思います」


「そうだよねぇ……」


 冒険者も仕事だもんねぇ……

 個人的な第一目標だった、“冒険者と一緒にクエストを受けて、斬鬼丸の力や魔法で無双して称賛される”という道の一歩手前で躓いた気分になるナターシャ。

 これから冒険者として頑張るには、現代と同じように時間が第一だな……まぁ、今回は斬鬼丸の洗礼があったから仕方ないとして、次の機会では遅れないように注意しよう。


「この後どうしよっかなぁ……」


 ナターシャは気だるげに呟きながらテーブルに顎を乗せ、遠くに居る斬鬼丸を見つめる。

 洗礼によって色々なスキルを貰え、更に強さが増した斬鬼丸はというと、どうしても力試しをしたいらしく、クエストボードに貼ってある高難度のクエストばかりを選んでは持ってきて「これはどうでありますか?」と提言してくるのだから困ったものだ。


 俺が、


「斬鬼丸はまだカッパーだからこれは受注出来ないよ。もっとランクが低いのを選ばないと」


 と注意しても、


「ではこれはどうでありますか?」


 とキマイラ討伐クエストを止めてマンティコア討伐クエストを持ってくるのだから本当に困ったものである。難易度悪化してるし。


 ……そもそもの話、駆け出し冒険者の受けられるクエストで倒す事が出来る最大級の魔物など“ゴブリン”が精々。

 その事を明確に伝えるべきだと思うのだが……まぁ、とても上機嫌で高難易度クエストを選ぶ斬鬼丸は何というか、見ていてとても楽しいのでさせるがままにさせている。

 理由は……あれだ。あんなに強いステータスやスキルへの喜びよりも、何よりも先に、文字を読めるようになった喜びを優先した斬鬼丸に免じて。


 実際、洗礼を受ける前の斬鬼丸はあまり前に出てくるタイプじゃなかった。後方で静かに潜む従者タイプ。

 その静かにしていた理由の中に“異世界の文字が読めないから”という事情が混ざっていたと思うともう、悲しくて悲しくて……つい涙ぐむナターシャ。

 なので、祝杯も兼ねて少しくらいは自由に選ばせると決めたのだ。これも全ては我が従者の為。

 後はいつか、同じ釜の飯を食いたいと思う。頑張れ斬鬼丸。頑張って信仰を高めよう。


「これはどうでありますか?」


「……飛竜ワイバーン討伐は強すぎるから駄目でしょ。もっと弱いモンスターにしなさい」


「御意」


 ナターシャに何度却下されても、ウキウキしながらクエストボードへと戻っていく斬鬼丸。とても楽しそうだ。

 アウラもその姿を見て、微笑みながらナターシャに話しかける。


「ふふ、えっと、斬鬼丸……さんって、こんなにお茶目な人だったんですね」


「はい、結構お茶目ですよ。でもなんか、今は昔よりも元気みたい。やっぱり洗礼で色々と変わったんだと思います」


 顔を上げ、テーブルに肘を付きながら、斬鬼丸の変化を喜ぶように話すナターシャ。

 それを聞いたアウラも優しく手を合わせて喜ぶ。


「そうなんですか。ふふ、やっぱり神様は偉大ですね」


「ですね。感謝感謝」


 強敵と出会うべく、提示板を指差し、紙を掻き分けてクエストを探す斬鬼丸を見ながら、笑みを零す二人。

 対する斬鬼丸もそろそろ真面目に選択しようと思ったようで、クエストボードに貼ってある比較的低ランクなクエストを一枚選んでナターシャの元に持ち寄る。


「ナターシャ殿、これなら行けるでありますか?」


「どれどれ?」


 受け取ったナターシャが見たクエスト内容はこうだ。


“装置メンテナンス作業中の護衛”


“国からの命により魔力溜まり生成装置の交換をしたのだが、メンテナンス時に一歩でも間違えれば強力な魔物が召喚される可能性があり、我々の力だけでは失敗時の対処が出来ない。その為、こうして冒険者ギルドに護衛の募集を依頼する事にした。求む、強者。”


“応募条件:アイアンランク以上”


 まぁ、さっきまでと比べればかなり低いが、それでも応募条件を満たせていないのでナターシャは却下する。


「んー……悪くない選択だね。でも、条件のランクに届いてないから、残念だけど受注出来ないよ。まずはこれよりもっと低いランクのクエストから受けて行かないと」


「む、そうでありますか……無念……」


 ようやく残念そうに頭を垂れる斬鬼丸。

 正直な所、斬鬼丸の実力ならば(シルバー)、いや、それ以上は間違いないと思う。このクエストを受けるだけの“実力”はある。

 だが、世間はランクで人を判断するだろう。(カッパー)程度では容赦なく弾かれる。


 ……そう、いくら実力があっても、名声が無ければ冒険者として大成出来ないのだ。

 この世界の冒険者ギルドは飛び級制度を採用してるので多少の理解はあるが、それでも銀以上になるにはそれ相応のネームバリューをゲットしなければならない。まずは小さな事からコツコツと。


 ……そして、そのコツコツの最中で超強い魔物に襲われて、強者らしくキチンと退治して持ち帰れば一瞬で名声が得られるのだ。結局は運である。


「……ま、取り合えずこのクエストを受ける事を目標にして頑張ってみようね。斬鬼丸も強い魔物と戦えないのは楽しくないでしょ?」


 ナターシャはクエスト用紙を斬鬼丸に差し出しながらそう告げる。

 返却された斬鬼丸も同意するように頷き、楽しそうに自身の内情を語る。


「如何にも。拙者も洗礼を受けてから自身の力を振るいたくて仕方ないであります。

 風精霊の加護をセオ殿から分け与えて貰ったのと、

 神様殿がその加護をスキル化して補強してくれたお陰で、

 ナターシャ殿から遠く離れても単独行動出来る程度の信仰力を得られたでありますからな」


「おぉそうなんだ。やったね斬鬼丸」 「おめでとうございます。」


 手をパチパチして褒めるナターシャ。アウラも同じように拍手している。

 対する斬鬼丸は“まぁ、魔力補給自体は未だナターシャ殿頼りでありますが……”と恥ずかし気に呟く。

 そしてナターシャは、拍手しながら斬鬼丸の言葉から推測出来る情報を精査する。


 ……なるほど。斬鬼丸の言葉通りならこれで、彼への行動制限はほぼ無くなったに等しい。

 消費した魔力を自己回復出来ないという問題は残っているが、それでもかなり行動の自由度が上がるだろう。

 これはもう一介の精霊……いや、人間と認識しても過言ではない。


“人工精霊が信仰だけで自己維持出来るというのは、もう一つの生命体と同義です。それだけ凄い事なんですよ?”


 時間潰しとして旅の途中で行った魔法勉強会の中、クレフォリアちゃんがそう教えてくれたので間違いない。

 ナターシャはその時教えて貰った様々な知識を軽く思い出しながら、斬鬼丸を応援する。


「……じゃ、後は食事だけだね。時間はまだまだ掛かるだろうけど、どんな事でもいいから斬鬼丸が有名になって、剣技の精霊だって知れ渡れば、絶対食事も出来るようになるハズだよ。頑張れ斬鬼丸っ。まずは目指せアイアンランクっ」


「応共。頑張るであります」


 互いにガッツポーズをする主従。そこにアウラが口を挟む。


「えっと……お二人の話からすると、斬鬼丸さんって人間じゃなくて精霊なんですか?」


 アウラを見て、何を今更、という感じにこくりと頷くナターシャと斬鬼丸に、アウラが驚愕の声を挙げたのは言うまでもない。

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