142 これが異世界の洗礼。
洗礼開始から暫く経ち、激しく暴れていた冒険者の脚が逆海老反りになって動かなくなった辺りでようやく神父が声を出す。
「……ッ!? よし、洗礼が終わった! 急いで引き揚げろ! 蘇生だ!」
「「はいッ!」」
急がないと命に関わるので、神父達は慌ただしく行動を開始。
1人が静かになった冒険者の両太ももを持ち、もう二人が肩を掴んで掛け声。
「「「せーのッ!!!」」」
ザバァ、と水揚げされ、そのままゆっくりと近くの地面に安置される冒険者。
白目を剥き、とても青ざめた顔だ。吸い込んでしまった多量の水が口から流れ出ている。
神父は息つく間もなく冒険者に蘇生魔法を掛け、復活を促す。
「“死に瀕する魂よ、元の肉体に戻れ! 蘇生し、意識を取り戻せ! 瀕死蘇生”!」
「……ゲボッ!? ゴベッ! ゴボッ、ゴホッゴホッ!!!」
魔法の効果が発動し、死に掛けていた冒険者が肺から水を排出しながら生き返る。
それを見た神父達は安堵の表情を浮かべ、ゆっくりと身体を起こす彼を支えながら、優しい口調でこう話しかけるのだ。
「……君はこれで、神の寵愛を受ける事が出来た。おめでとう」
「「おめでとう」」
ぱちぱちと小さな拍手が鳴り響く。
音の源は冒険者の仲間の二人だ。感動で涙を流している。
神父は再度優しい口調で、問いかけるように話す。
「そしてどうだった。我らが神は。その姿は。美しかったかい?」
「ゲホッ、ゲホッ……まぁはい、びっくりするくらいの美人でした……ケホッ……」
洗礼を終えた冒険者も、多少の咳はしながら神の容姿を褒め称える。
その言葉に神父は大層喜びになり、冒険者の背中を摩りながら彼に神の使徒として告げておく。
「あぁそうだろう。それが我らが主であらせられる神の御姿だ。今後、その御身を忘れる事無きよう気を付けなさい。きっと君の助けになるだろう」
「はい……」
「では早速、君が授かったスキルの確認をしようか。“鑑定”」
神父の鑑定スキルが発動すると、小さなステータスウィンドウが出現。
冒険者はその事に驚いて尋ねる。
「エッホエホッ……鑑定スキルって、こんな物が出るんですね」
「いや、この板はここ最近出始めるようになったんだ。これも神の恩恵さ。……さ、この所持スキル一覧を確認してくれたまえ」
「はい……お、おぉ! これが俺のスキル……ッ!」
すげぇ!死に掛けた甲斐があった……ッ!と嬉しそうにガッツポーズする冒険者を横目に見て、ナターシャとアウラが斬鬼丸に死刑宣告を行う。
「さぁ、次は斬鬼丸さんです。行きましょう」
「さ、斬鬼丸。“洗礼を受けて”」
「何とォッ……!?」
アウラには逃げだせないよう腕に組み付かれ、ナターシャにはお願いを投げられて斬鬼丸には拒否権が無くなってしまう。
そしてゆっくりと立たされ、先人である冒険者が仲間に労われる声をすれ違いざまに聞きながら、神父の元へと連れ出される。
目の前の聖職者達には疲労の色などは一切無く、次の犠牲者である斬鬼丸に対してとても朗らかな笑顔で話しかける。
「おぉ、次は貴方ですか」
「「よろしくお願いします」」
斬鬼丸はアウラに背中を押され、彼らと対面する形になり、困惑しながら一言。
「……ほ、本当に大丈夫なのでありますか?」
神父は軽く微笑みながら、斬鬼丸に洗礼の儀式の安全性を伝える。
「ハハ、流石に先ほどの光景を見れば緊張すると思いますが、何、死ぬ事はありません。少し死に掛けるだけです。安全に洗礼を行えるよう、私達も十分な訓練を積んできていますから。フンッ!」
『ンンッッ!!』
言葉の重みを更に増す為として、ボディビルの各種ポージングを決める神父と補助2人。袖に亀裂が入る。
パンプアップした筋肉が服越しでもくっきり見えるのは何というか、凄い。
神父達はそのまま斬鬼丸を抱えて水槽前に連れて行こうとするが、斬鬼丸は拒否。
何故かと問われると、斬鬼丸は静かな口調で自身の覚悟を話す。
「……否、貴殿達の手出しは不要であります。自らの命は自らの意思で使う物。そして、この洗礼には命の危険が伴い、生きる上で必ず受けなければならない物。然らば、今此処で我が命燃やす時が来れり。……行くであります」
言い終わると同時に自ら足を踏み出し、水槽へと進んでいく。
「「「おぉ……!」」」」
神父達も甚く感心し、その勇気を称賛する。
「流石だ……!」
「これが騎士の鑑か……!」
「……おぉ、何とも素晴らしい。良い心構えです。我らの神に対する信仰心にも負けず劣らずと言った所。では、後の事は我々に任せ、その矜持を我が神に見せつけたまえ。貴方の勇気に幸あれ」
神父や補助は洗礼後の引き揚げの為、斬鬼丸の傍に立ち、水槽の前に辿り着いた斬鬼丸は最後の精神統一を行う。
大きく身体を広げて上を向き、気持ちの高ぶりを全身に行き渡らせて力へと替え、カッ!とスリットから青い光を迸らせると勢いよく前傾。水槽の淵を両手で掴み、
「いざ、神の御許へ!」
と叫びながら、ザバァン!と上半身を水の中に沈める。
その後ろでは神父や先ほどの冒険者達の歓声が鳴り響く。
「頑張ってー!」
「行けー!」
「アンタなら出来るぜー!」
「我が主よ! 彼に力を!」
「「その勇気に最大級の感謝をーッ!!」」
主であるナターシャは斬鬼丸の行動に関心しつつ、全力で叫んでいる左右を見渡し、この流れについていくべく自身も叫ぶ。
「……が、頑張れ斬鬼丸ー!」
……この勢いにも、大人になればついていけるようになるのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
斬鬼丸の洗礼は開始5分程で変化が訪れる。
上半身を水槽に突っ込んだまま静止している西洋甲冑という何とも言えない絵面はさておき、神父が洗礼の終わりを理解して叫ぶように指示を行う。
「むッ……!? なんと早い! 諸君引き揚げだ!」
「「はいッ!」」
脚と腰を引っ張られてマグロの水揚げのように地面に滑り下ろされる斬鬼丸。仰向けに転がされる。
微塵の動作も無く、鎧の隙間からは内部に入り込んだ水が染み出している。端的に言えばさっきの冒険者よりも絵面がヤバい。
神父は斬鬼丸を生き返らせるべく、すぐさま蘇生魔法を掛ける。
「“――瀕死蘇生”ッ!」
斬鬼丸は魔法の効果により息を吹き返し、鎧の隙間という隙間から水を噴き出しつつ勢いよく飛び起きる。
「……ハッ、はぁっ、神の姿を見て来たであります……」
「美しかっただろう?」
「まぁ確かに……」
突然投げかけられる神父の言葉を肯定しつつ、水を最後の一滴まで外に押し出したタイミングで目元のスリット内に青い炎が戻り、ようやく完全復活と言った所か。
手や身体を見回し、両手を軽く握りしめると自身の思っていた考えを口にする。
「……やはり、自ら進んで死地に向かうと洗礼が速やかに終わるようでありますな。この道を選んで正解であります」
どうやら最初からそれが狙いだった様子。よっ、と掛け声を出しながら元気よく起き上がる。
周囲の神父達や先人の冒険者達、更にアウラも、斬鬼丸の生還を喜ぶように拍手喝采。ナターシャも労いの言葉を掛ける。
「斬鬼丸お疲れ様。気分はどう?」
斬鬼丸は、身体の鎧に付いた水滴を何処からともなく発生する風で吹き飛ばしながら返答する。
「ふむ。中々良い体験だったであります。それと神様殿から、「ナターシャの事を宜しく頼む」と言われたのには驚いたであります」
「ふへっ!?」
神様の親御ムーブに驚いて変な声を漏らしたナターシャだが、平静を保って手を伸ばす。
「……そ、そっか! ま、まぁ、斬鬼丸。これからも宜しくね?」
「応共。しっかりとお守りするであります」
二人は仲を深める為にしっかりと手を取り合い、斬鬼丸は熾天使の制約からだけでなく、心からナタ―シャを守る事に決めるのだった。
神父は二人の様子を微笑ましく眺めつつも、職務に従事する為、と斬鬼丸に近付き、早速スキル確認を行うと告げる。
斬鬼丸も了承し、ナターシャは親族枠として確認作業への同行を認可。アウラは遠くで待機だ。
水槽付近はこれから教会の修道士達により後片付けが行われる為、ナターシャと斬鬼丸は神父と共に一旦移動する事に。
「ここで鑑定を行うのは他の者の邪魔ですから、騎士様はあの最前列の長椅子へお座り下さい」
「御意」
斬鬼丸が長椅子に座り、覚悟を決めた所で、ナターシャと一緒に立っている神父は鑑定スキルを発動する。
「“鑑定”」
すると、斬鬼丸の身体の前に兄の時と同じようなステータスウィンドウが表示される。ナターシャは場所を移動して表示画面を横から眺める事に。……なになに?
「うわぁ……」
……盗み見たステータスは、それはもう凄まじい数値だった。一部の値なんかは俺の1000倍近くある。
とんでもなく強い精霊を創り上げてしまったんだなぁ……と改めて実感するナターシャ。流石俺。チート持ち。
斬鬼丸はステータスを確認し、驚いた感じで発言する。
「……おぉ、文字が読めるようになっているであります。神様殿が“この世界の文字を読み書き出来るようにしてやろう”と言ったのは本当であったか」
一番最初に驚く所ソコなんだ……
洗礼イベントさっくり完結。
一見すると意味無く溺れさせている感がある洗礼ですが、実際は一度死に掛ける事で体内に眠る魔力因子(マナ、所謂MP)を強引に目覚めさせ、潜在能力を引き出すという非常に重要な儀式でもあります。スキルはその過程で手に入れる物で、結果ではありません。洗礼終了のベストタイミングだけは神のみぞ知る。
何故目覚めるのか、何故終了タイミングは神様にしか分からないのか、となると、魔力の話に入ってくるのでまだ秘密。
……斬鬼丸のステータスは此処で出してしまうと有象無象が塵芥と化すので、今は取り合えず超強い程度に考えておいてください。また何れ。




