141 生存報告ー!……と、アウラの教え
馬車に気を付けながら対岸の歩道へと渡り、家の間の路地を抜け、サブストリートのような通りを3つ程超えた所で目的地に到着する。
ここは閑静な住宅街のようで、綺麗に手入れされた芝の庭付きの平屋がビシッと並んで建っているのはとても目新しい気持ち。
ナターシャはあまりにもお早い到着だった為、思った事を呟く。
「結構近いね」
「でありますな」
二人とも似たり寄ったりな感情の様子。
「ま、サクッと確認してクエスト報告しよっか」
「御意」
二人はそのまま目の前にある平屋に歩み寄り、ナターシャがドアノッカーを叩いて呼び掛ける。
「ごめんくださーい。冒険者ギルドから来ましたー。居られますかー?」
暫くすると中から足音が聞こえ、赤茶色の髪をした男性がドアを開けて顔を出す。
「……生存確認か?」
相手も此方がどういった要件で来たのか分かっているようで、隈の深い目元と少しこけた頬で返答する。相当参っているようだ。
ナターシャはとても心配になり、相手に優しく話しかける。
「あの……大丈夫ですか……?」
「……放っておいてくれ」
男性はそう言うなり、玄関を閉めて家の中に戻ってしまう。
取り残されてぽかんとするナターシャだが、斬鬼丸に肩を叩かれ、励まされる。
「……ナターシャ殿、お気に為さらず。人とは、時には他人との距離を置きたい事もあるのであります。彼は今、たまたまそういう時期であった、と考えておくべきであります」
「……あぁ、うん。そうだね。取り合えず生きてる事は確認出来たし、ギルドに戻ろっか」
精神的には死んでるっぽいけど……
斬鬼丸も承知、と返し、二人は報告を行う為に再び冒険者ギルドへと向かう。
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ギルドに戻ったナターシャと斬鬼丸。
職員はナターシャからの生存報告を受け、どういった話をしたのか、なども聞いてきた。
ナターシャは玄関で二言程話して終わった、と告げると、残念そうに職員が漏らす。
「……そうですか。やはり会話にすらなりませんでしたか。子供ならもしや、と思ったのですが」
先程の冒険者と同じように意気消沈する職員。
そんなに重要な人物なのか、と疑問に思ったナターシャは、あの冒険者についての情報を尋ねる。
「……えっと、あの人って何者なんですか?」
職員は機密事項です、ごめんなさい、とだけ話し、残念ながら情報は教えて貰えなかった。
少しナイーブな気持ちになるようなクエストを受けてしまってババを引いた気分だが、まぁ挽回は出来る、と次のクエストを見せて貰っていると後ろから声が掛かる。
「……あ、ナターシャちゃんと御付きの騎士さん」
誰だろうと思って後ろを向くと、旅の護衛をしてくれた冒険者の一人、聖職者のアウラが居た。ナターシャは手を振り、斬鬼丸は頭を軽く下げて挨拶をする。
「アウラさん。おはよーございます」 「おぉ、おはようであります」
「ふふ、おはようございます。到着した次の日からクエストを受けるなんて。お二人はとてもお元気ですね」
アウラも二人に手を振り返して返答。
そして、アウラがどうしても教えておきたい事がある、と言うのでナターシャ達は一旦クエスト受注を止め、ギルド左の待機場で軽い雑談を始める事となる。
「一体どんな話ですか?」
ナターシャの無垢な問いに、アウラは少し困りながらもお願いを告げる。
「実はその……あの、ナターシャちゃん。少しの間で良いので、私に御付きの騎士さんをお貸し頂けないかなー、なんて……」
「……? 何かあるんですか?」
ナターシャの言葉に深刻そうな顔で頷いたアウラは、斬鬼丸に向かって問う。
「はい。その……御付きの騎士さん。貴方、まだ洗礼を受けていませんよね?」
アウラの言葉にハッとした斬鬼丸。無言でコクコクと頷く。
真面目に心配するような表情を向けるアウラは、斬鬼丸に洗礼の重要性を教える。
「……実はですね、それはこの地域、いえ、全ての国で生きる上でとっても不味いんです。神様の加護を受けていないと周囲に知られれば、異教徒として迫害され、弾圧される場合があります。なので、貴方も今すぐ教会に行きましょう。洗礼は何歳からでも受けられます。信仰に貴賤は有りません! さぁ、今すぐ!」
アウラの熱烈な勧誘をぼんやりと聞いていたナターシャは、斬鬼丸に軽く進める。
「あ、そういえば洗礼受けてなかったね斬鬼丸。受ける?」
「そうでありますな。受けるでありますか」
「良かったぁー……」
斬鬼丸の軽い返事に安堵の声を漏らすアウラ。
ナターシャは今度はコチラから問いかける。
「……でも、なんで斬鬼丸が洗礼を受けてないって分かったんですかアウラさん」
少女の問いに、アクラは重々しい口調で語り始める。
「……この世界、神の洗礼を受けずに生きている人はごまんと居ますが、私達聖職者は匂いで違いを見分ける事が出来るんです」
「何を言ってるんですか?」
「私の嗅覚が鋭いのも、全て神様が我々に授けた訓練の賜物です。五感、筋力、信仰力。この三つを高め、併せ持つ事で私達は神の元へと導かれるのです……!」
「本当に何を言ってるんですか?」
「兎に角、中央広場には私が宿泊している教会があります。そこで早速洗礼を受けましょう。さぁ、行きましょう!」
アウラは斬鬼丸の腕をむんずと掴むと、そのままギルドの外へと引っ張っていく。教会に連れて行くつもりらしい。
ズズズ、と立ったまま引きずられる斬鬼丸。
「おぉ……中々強い力であります……」
アウラの意外な腕力に感心している様子。
ナターシャはその隣を歩きながら斬鬼丸に突っ込む。
「いや斬鬼丸、引っ張られてないで歩いた方が良いんじゃない?」
斬鬼丸は軽く笑いながら理由を話す。
「ハハハ。拙者としてはクエストを受けたい気持ちと洗礼を受ける義務が半々と言った所。という事で、ナターシャ殿」
……あぁ、足を動かさないのは自身の立場上どちらを優先するか決められないからか。
主である“俺”の護衛か、自身の用事である“洗礼”かの二択で。
ナターシャは理解し、斬鬼丸にお願いを出す。
「……そういう事ね。じゃあ行こうか斬鬼丸。“教会に向かって”」
「御意」
斬鬼丸はその言葉でようやく足を動かし、アウラに引っ張られながら街中央にある教会へと向かう。
本当はクエストを受けたかったナターシャも流石に斬鬼丸が心配な為、渋々といった表情で付いていく。
なにせ、“あの洗礼”を受ける事になるのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ナターシャ達が教会に到着すると、一人の駆け出し冒険者が教会で洗礼を受ける所だった。
彼の仲間らしき二人の男女も神妙な面持ちで椅子に座り、静かに見守っている。
冒険者は、既に腕捲りをして待機している神父1人、補助2人と熱い握手を交わしている。
「宜しくお願いします」
「えぇ、我らにお任せを。では呼吸を整え、力を抜いて頂けますか」
「分かりました」
冒険者は言われた通りに深呼吸して身体の力を抜き、神父に導かれるまま水槽の前へと歩いていく。
ナターシャと斬鬼丸、アウラは教会内の長椅子に座り、次の番まで待機。
斬鬼丸は邪魔にならない程度の声量でナターシャに話しかける。
「……ふむ、これからどうなるので御座ろうか」
「うん。このまま見てれば分かるよ」
ナターシャはこの後の流れを知っているので、ネタバレは控える。
斬鬼丸も主がそう言うならば仕方なし、と洗礼過程を眺める事に。
「あ、始まりますよ」
開始を報じるアウラの声と共に、神父達が動き始める。
補助2人が冒険者の肩を持って捕縛し、神父が足首を持って宙に持ち上げる。
「えっ!? ちょっ、何するんですか!?」
冒険者も困惑気味。神父達は口をそろえて叫ぶ。
「これも規則なのです! どうかご理解を!」 「「ご理解を!」」
「何の規則なんですか!? ……ちょっ、待っ、や、やめろォッ!」
突然の事態から逃れようと必死に暴れる冒険者だが、身体能力スキルを持ち、尚且つ鍛え抜かれた肉体を持つ神父達との力の差は歴然。成す術なく水槽の真上に運ばれる。
「……ひっ!?」
真下を見て、これから何が行われるか理解した冒険者は顔面を蒼白させるが、時すでに遅し。
冒険者の脚を更に持ち上げて真上に向け、準備が完了した神父達は大きく掛け声を出し、
「行くぞォォォッ!!!」 「「はいッ!!!」」
「うわぁぁぁぁああああああ―――――ッッッ!?」
水槽内に向けて垂直落下式上半身浴。
「「「エイメンッッッ!!!」」」
『ごぼばぁッ!?』
ジャバァンッ!と大きな水音を立て、冒険者は無事、洗礼時間へと入る。
『ごッごぼぼべッ! がぼぼッ!』
当然パニックになった冒険者は暴れて逃げようとする為、神父達は洗礼が終わるまで全力で押さえつける事となる。
「脚を抑えて頭を下に押し付けろッ! 決して外に逃がすなッ!」
「「はいッ!」」
「くッ、水の減りが早いッ! “我が魔力よ、水へと変われ!“水生成””!!!」
水が足りなくなったら魔法で補充されるというオマケ付きだ。恐ろしい。
その一連の流れを見ていた斬鬼丸は、恐怖交じりの声でナターシャに問いかける。
「……な、ナターシャ殿。拙者はこれからアレを受けるのでありますか……!?」
「そうだよ」
「な、何と……ッ!?」
主の返答を聞き、腰が抜けたように椅子の背へともたれ掛かる斬鬼丸。
これが異世界の洗礼だよ斬鬼丸……俺も通った道だ……




