140 1st.冒険者ギルドにて
エメリア旅行雑貨店の前で主を待つ斬鬼丸。
エメリア旅行雑貨店は3階建て。他の家々と変わらない白のモルタル仕立てに赤瓦。
一階には店の中が良く見える大きなショーウィンドウがあり、その右隣には木製の玄関。
二階には煉瓦と似た色を持つタイル張りのベランダが少し突き出るように付属。三階には窓が付いている。
そして当然、ベランダには店主であるエメリアの趣味趣向がふんだんに織り込まれていて、草花で綺麗に彩られ、伸びる蔦類が訪れる客に気品の良さを感じさせる。
しかし気軽に入店出来るよう店先にウェルカムボードを出しているなど、小さな気遣いは忘れない。
この雑貨店が面している通りは商店が多く、その中でもひと際目立つエメリア旅行雑貨店の側には既に数人の若い商人が開店時間を待っている。どの御仁も花束を隠し持っていて、そわそわしているのがとても初々しい。
……因みに、その商人は全員女性である。
斬鬼丸が暇つぶしに店の面構えを眺めながら待っていると、歯磨きを終えたナターシャが店内を走り、店の外に出てくる。
「斬鬼丸お待たせー」
ダッフルコートに身を包み、黒く長い靴下と革のブーツを履いた銀髪の少女。
コートの裾から黒のプリーツスカートが僅かに覗いている。
旅の途中で購入したボディバッグを肩から掛け、準備万全元気一杯といった様子。
声を掛けられた斬鬼丸も、主に対して言葉を返す。
「お待ちしていたであります。では早速」
斬鬼丸は何故か手慣れた様子でナターシャを持ち上げ、お姫様抱っこする。
「……えっ?」
ナターシャは状況を理解出来ていないようで、きょとんとしている。
ショーウィンドウから見える店内では、カウンターで待機している兄がしてやったりと笑っている。そんな兄の様子を見て、ようやく理解したナターシャ。
「……あぁ! 斬鬼丸、お兄ちゃんに言われたね?」
「ハハハ。仕返しを手伝って欲しいと言われた故。成功でありますな」
ナターシャは軽く微笑み、右手を顔に当てて呆れる。
「もーやられたー……でもまぁ良いや。斬鬼丸が抱えてくれてる方が早く着くし。じゃ、道案内するからこのまま進もっか」
「御意」
抱えられているナターシャは身体を上手く動かしてバッグを前に向け、スマホを取り出して道案内を始める。
「えっとスマホによればー……まずは街の中央に向かって。あっち。んで突き当りを左方向」
「承知」
斬鬼丸はナターシャを抱えたまま、エメリア旅行雑貨店から街の中央に向かってサブストリートを進み、冒険者ギルドへと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルド前に付いたので斬鬼丸に降ろして貰うナターシャ。流石の冒険者ギルドも他国の首都ではその尊厳を緩め、“冒険者ギルド‐フミノキース店‐”とだけ看板に書かれている。
ナターシャは大きく深呼吸して心を静め、後ろに続くであろう斬鬼丸に指示を出す。
「よーしっ、中に入ろうか斬鬼丸」
「御意」
護衛の騎士を連れた異国の貴族令嬢が冒険者ギルドにやって来た、と書けば聞こえが良いのでそう書くが、その彼女がスイングドアを開けて中に颯爽と入る。7歳である。
だが、中に居る冒険者達は一般人の入場など慣れた物、と軽くスル―。当然である。
無法者達に絡まれるのを少しだけ期待していた令嬢はため息をつくが、まずは用事とギルドカウンターに向かい、傍に置いてあった子供用の台に上って職員に話しかける。
「すみません」
「はい。冒険者ギルド、フミノキース店へようこそ。どういった御用ですか?」
少し落ち着いた口調の職員だ。
ナターシャは予定していた通りに問いかける。
「この街の地図が欲しいのですが、売っていますか?」
「えぇ、売っていますよ。この街の西部と東部のみを描いた地図ですが、それで宜しいですか?」
売っているなら買う。考えるまでもない。
「構いません。お値段は」
「銀貨一枚になります」
う、意外と高い……だがこれも斬鬼丸の為……
「分かりました。……これで」
ナターシャはポケットへと手を突っ込むふりをしてアイテムボックス内から銀貨を取り出し、職員に提出する。早くスキル化したい。
「……はい、確かに受け取りました。では、コチラが地図となります」
職員はA4くらいのサイズの地図をカウンターから取り出し、ナターシャに手渡す。
言われた通り、西エリアと東エリアだけしっかりと書かれた地図だ。だが、西側の細かな道筋が書いてあるので十分使える。
「ありがとうございます。……ほら、斬鬼丸」
ナターシャは職員に感謝の意を告げ、斬鬼丸に地図を渡す。
受け取った斬鬼丸は喜んで礼を言いながら確認。
「おぉ、感謝であります。これで毎朝剣を振れるであります」
プチお使いクエスト達成だ。ちょっとした達成感。
続けて職員に質問するナターシャ。
「あの、もう一つ聞きたいんですけど良いですか」
「なんでしょうか。」
「子供でも受けられるクエストってありますか?」
「ありますよ。ご覧になられますか?」
「あ、はいっ」
ナターシャの返事を聞き、モノクルを掛けた職員は少々お待ちを、と告げてクエスト帳の確認作業に入る。
幾つかのクエストを精査して抜き出し、カウンターに広げて提示してくれる。
「……コチラの5つになります。簡潔にご説明致しましょうか?」
「お願いします」
「分かりました」
職員は簡単に説明してくれた。
一つ。街の清掃業務。
二つ。軍管轄下の森での薬草収穫。
三つ。同じ森でのマルシェルームというキノコ型魔物の捕獲。
四つ。街の外に居るスライムの捕獲。
五つ。このギルド専属冒険者の生存確認。
「……以上になります。この内のどれをお受けになられますか?」
ナターシャは5つ全てのクエスト内容を確認し、一番気になる最後のクエストについて尋ねる。
「……その、専属冒険者の生存確認って何ですか?」
「詳細な理由はお気になさらず。簡潔に言えば、とても意気消沈されているので話し相手になってあげて欲しいという事です」
「あぁ、そうなんですか……うーん……」
ナターシャがどれを受けようか迷っていると、斬鬼丸が乗り出してきて一つのクエストを指差す。
「ナタ―シャ殿。拙者はこの、森でのキノコ型魔物の捕獲をしてみたいであります」
主を止めない辺り、斬鬼丸も冒険者家業には乗り気な様子。
従者からオススメを受けたナターシャは、うんうんと頷きながら言葉を返す。
「あー……それもアリだね。でもまだ初回だから、まずは街の中で完結するクエストを受けようと思う。なんで簡単そうな五つ目かな」
「そうでありますか……無念」
頭を垂れる斬鬼丸。
ナターシャは落ち込む従者を励ます。
「キノコ狩りは次受けようよ。時間はいくらでもあるから。ね?」
「……そうでありますな。生存確認を終えた後にでも受ければいいであります」
「そうそう。……という事なので職員さん、このクエストをお願いします」
他のクエスト用紙を退け、生存確認のクエストを職員に向かって差し出す。職員も受諾して了承。
「分かりました。では、先ほどお渡しした地図をお出し頂けますか? 居住場所に印を付けさせていただきます」
それを聞き、ナターシャが指示。
「斬鬼丸地図」
「此処に」
するとナターシャの背後から地図を持つ銀の籠手が伸びてくる。
地図を受け取った職員は羽ペンと赤いインクで、地図の右下に印を小さく塗布。
「……居住場所はコチラになります。では、クエスト受注書を発行致しますので、お二人の冒険者カードをお出しください」
「はい」 「承知」
二人はバッグからカードを取り出し、提示。
職員はクエスト名と二人の名前を受注書に書き、最後に報酬金額、そして偽造防止の為に魔術的な封印を施し、地図と共に二人に差し出す。
「このクエストの達成条件は生存報告だけで構いません。実際にお話するかどうかは受注者にお任せ致します」
「分かりました」 「御意」
ナターシャは受注書を受け取り、斬鬼丸は地図を受け取る。
職員は最後、優しい笑顔を浮かべてこう告げる。
「では、良き一日を」
「……行ってきます」 「……であります」
二人は職員が浮かべた突然の笑顔に困惑しつつ、出立する事を告げる。
気持ちそのまま、少し緊張気味にギルドを出た二人。地図の印の位置を確認しつつ、ギルド専属冒険者の生存確認の為に街の南東へ向かう。




