134 五日目:夜のエメリア雑貨店と、兄との久々の会合。
路地をぐねぐねと進み、大体100メートル程歩いた所で少し大きめの通りに出る。
地図上で言うならここは、城門に繋がる西通りの真上の通り。要はメインストリートからは外れている場所なので、便宜上サブストリートと名付けよう。略してサブスト。語感を重視する俺としてはサブスクって言いたい。
ナターシャの見つめるスマホは最後となる音声を発する。
『左方向。10メートル先、目的地です』
「ここ左に行ったらもう着くって」
「そうですか。早く着いて助かりました。貴方の魔道具はとても便利な物なのですね」
「えへへ」
頭を撫でられて喜ぶナターシャ。
そうだ、こういう感じでもっと甘やかして欲しい。俺は褒められると伸びるタイプなんだ。
……まぁそういうのは一旦置いといて、先端が発光するオタマを持つガレットさんとスマホを持つナターシャ、ガレットさんの着替えが入ったトランクを持つ斬鬼丸はようやく今日から宿泊する家、エメリア旅行雑貨店へと到着する。3階建ての商店だ。
どうせ明日からずっとこの商店を見る事になるので細かな説明は後に任せ、ガレットさんは店のドアをノックして中の人間に呼び掛ける。
「もし、エメリアさん。起きていますか。今日から宿泊する予定となっているユリシーズ・ガレットとナターシャです。居られますか」
ガレットさんは何度かドアをノックして呼び掛け、3回目くらいでようやく誰かが2階から降りてやって来る。
『はーい何方ですかー』
少し高めの女性の声だ。パタパタと足音がして玄関が開き、その姿を現す。
「あぁこんばんは。どういった御用ですか?」
出てきたのは茶髪でミディアムヘアーの女性。
服装は街の女性と違い、手編みのセーターに青いズボン。足には革製のスリッパを履いている。
ガレットさんは女性に向かって軽く頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。
「夜遅くに申し訳ありませんエメリアさん。春先まで宿泊する予定のユリスタシア男爵家、ガレット、ナターシャ、斬鬼丸の3名が今日此処に参りました」
エメリア、と呼ばれる女性は“ユリスタシア男爵家”という名称を聞いて合点が行き、少し上機嫌に返答する。
「あぁユリスタシア家の方々ですか! 話は聞いてますよ。お父さんから宿泊書は貰ってますか?」
「はい。コチラを」
ガレットはエメリアに3名分の宿泊書を渡し、エメリアもそれを確認して納得する。
「……うん。お父さんの宿泊書ですね。確認しました。じゃあ外はもう暗いですし、早速中へどうぞ」
「ありがとうございます。……ナターシャ。斬鬼丸。入りましょう」
「はーい」
「御意」
エメリアという女性に導かれ、ナターシャ達は店じまいした商店の中へ入る。
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商店の中だが、床も壁も天井も木の板張り。
左右の壁には商品の並べられた木製の棚、中央には背の低い商品棚が2つ。
そして左奥にカウンターが一つと、その後ろに出入り口と階段。全体的に何というかこじんまりとした感じ。
分かりやすく言うならばファンタジー系のゲームなんかで見る、一般的な小道具屋と同じ風景だ。
もっと分かりやすく言うなら駄菓子屋の構造と同じ。そんな店。
エメリアさんは階段を上る前に、いくつか注意事項を教えてくれる。
「あぁえっと、こっちの出入り口は倉庫なので、無断で入らないようにお願いします。2階からが居住場所です」
「分かりました」
ガレットさんは頷き、後ろに続く少女に注意を促す。
「……ナターシャ。勝手に入ったら叱りますからね。ヨステス村の時のように」
「はい……」
「御意……」
その時の情景を思い出し、委縮しながら理解するナターシャと斬鬼丸。
エメリアはそんな宿泊者達のやり取りを眺めて少し微笑みながら、二階へと進む。
「ではコチラの階段を上って下さい。結構急なので手すりをしっかり持ってくださいね」
「えぇ、気を付けます」
「はい……」
「御意……」
全員気を付けながら二階へと昇っていく。
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階段を上りきると1メートル四方の踊り場。その右側にある出入り口に入ると二階だ。
二階は大きなリビングとなっていて、部屋の左側には小さなキッチンルーム。
部屋の中央には8人程座って食事が出来る大きなテーブル席があり、右側には大きな板ガラスがはめ込まれた引き戸と小さなベランダ。外には植物の生えたプランターがいくつか設置されている。
更に部屋の光源として、エンシア王国の冒険者ギルドなどで見た謎の光る石を使用している。天井から握りこぶし大の物が鎖で繋がれてぶら下がっている形。
テーブル席では銀髪に金のメッシュが入った少年が食事をしていて、エメリアと共にやって来た訪問者を見て驚く。
「……おっ、ガレットさん。お久しぶりです」
ナターシャの兄であるユリスタシア・マルスだ。
ガレットさんも久々の再会に喜ぶように微笑みながら、優しく言葉を返す。
「えぇ、お久しぶりですねマルス。少し大きくなりましたか?」
「ふふんっ、もちろん毎日成長してますよ。ガレットさんもお元気そうで何よりです。……で、ナターシャと……その後ろの甲冑の人が斬鬼丸さん?」
「初めましてであります」 「お兄ちゃん久しぶりー」
斬鬼丸はマルスに頭を下げ、ナターシャは元気よく手を振る。
マルスは斬鬼丸と軽く言葉を交わした後、肘をつき、呆れたようにナターシャへと問いかける。
「……で、だ。久しぶりーじゃないっての。何だ? お父さんに何をどう言ったらお前が旅立つ事になるんだ?」
ナターシャは少しいじけるように指を突き合わせながら返答。
「私も育ち盛りだから色々と事情があってね……」
「育ち盛りなのは絶対関係ないだろ? ……まぁ、なんだ。無事スタッツ国に到着できて良かったよ。お疲れ様」
マルスは座ったまま、ナターシャにサムズアップを見せる。
ナターシャも同じポーズをやり返し、訪問者3名はエメリアの勧めで食事を取る事に。
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食事が提供されるまで暇だったナターシャは部屋の中を見て回る。
三階へ上がる階段は、先ほど上って来た階段の真裏にあった。簡単に言うと稲妻型に階段が設置されていると理解してくれて良い。
キッチンルームは実家と違い、薪を使っていない。代わりに炭を使っている。
部屋の隅には炭を入れた木箱が置いてあり、水瓶ならぬ水瓶も別の木箱に何本か入っている。
食料の貯蔵場所はエメリアさん曰く、倉庫の地下室。
物を取りに行く時は私にお話ししてからにしてね、と優しく注意を促される。
お風呂に関して聞くと、このフミノキースという街の事情について詳しく教えてくれた。
「……えっとね、フミノキースの地下にはまず、地下上水道と下水道という二つの地下道があります。上水道が上、下水道が下。それぞれ運河から水を取っていて、上水道は北から中央に向かい、中央から四方に広がってます。下水道は街の四方から流れ込んだ水を中央に集めて、北から入る運河の水力で南へと押し流します」
「へぇー……」
「なので、上水道から水を汲めるんだけど……ちょっと臭うからあんまり使う事は無いの。強いて言うならトイレ用の水。だからこの街でのお風呂の常識は、中央広場にある貯水塔から水を買って沸かすか、魔導石っていうアイテムでお湯を出すかの二択」
「……魔導石?」
ナターシャは新単語を聞いて疑問符を浮かべる。
エメリアは優しく教えてくれる。
「うん。エルフォンス教皇国の結界石を魔術的に真似て造った物らしいよ。魔道具の一種。使い方は石を指先で抓みながら“開始”。止める時は“停止”。ただ、何回か使うと素材が魔力に耐え切れなくなって砕けちゃうんだ」
「何回くらい使えるんですか?」
ナターシャの問いに、エメリアは少し思い出しながら教えてくれる。
「……確か、一番安いのだと大体5回かな。平均は30回から31回。大体二つの月が替わり代わりに満ち欠けする日にちと同じだね。大きければ大きい程長持ちするよ。その分高いけどね」
「お値段は?」
「ふふ、結構詳しく聞いてくるねナターシャちゃん。一番安いので小銀貨1枚。これが5回の奴ね。平均回数の物は銀貨1枚。他はー……確か、一番高い、90回使える魔導石が大銀貨1枚だよ。これ以上のサイズは軍の管轄下に入るから、一般流通しないんだ」
「へぇー……」
成程なぁ。
……大銀貨っていう新しい単語が出て来たが、それはまぁまた後で聞こう。
「因みに、お風呂の場所は何処ですか?」
「一階倉庫の一番奥にあるよ。トイレもその近く。私は魔法適正を持ってないから、昔は中央広場でお水を沢山買ってきて沸かす方式だったんだけど……マルスくんが此処に来て、魔法適正をゲットしてくれたお陰で魔導石を使えるようになったんだ。お姉さん大助かりっ」
そう言って嬉しそうにVサインをするエメリア。
ナターシャも笑顔でVサインで返し、魔導石の置き場所を聞き、エメリアとの会話を終えてリビングに戻り、兄に近付いて一言。
「兄、今度は年上の人に手を出し始めたの……?」
「あむっ……ひゃんだやる気か? 流石のお兄ちゃんでも怒るぞ?」
食事しながら対応するマルス。
ナターシャは腕を抱き寄せ、戦慄しながら呟く。
「遂に妹にまで手を伸ばすの……!?」
「ったく何を言ってるんだお前は。……ほら、隣に座って静かに待ってろ。斬鬼丸さんみたいに」
マルスは面倒そうに左隣の椅子を引き、右側にいるナターシャに着席を促す。
そして彼の言う通り、向かい側の斬鬼丸はガレットさんの隣に座って待機している。
理由は単純で、貴方が歩き回ると純粋に邪魔だから座ってなさいとガレットさんに言われたからである。
「はーい」
ナターシャは言われた通りに行動。
マルスの隣に座り、食事の時まで静かに待つ事とする。




