131 五日目:首都到着。
夕暮れの中、眼前に見える城壁都市に進む幌馬車の一団。
周囲の草原には低ランクの魔物、所謂スライムやホーンラビットが疎らにいるが、襲い掛かってくる気配は無い。
ホーンラビットは夕暮れを確認して巣穴に戻り始めていて、スライムに至っては風に流されてコロコロと転がる始末。平和の一言である。
護衛の冒険者も警戒はしつつ、しかし少しだけ気分を緩めて仲間と話す。
「あーあと少しで首都だなー。どうよフェリ。ギルドに着いたら一杯」
「あぁ良いぜ。言い出しっぺの驕りな」
「えー? せめて割り勘にしろよー……」
御者台に座るアーデルハイドはやはりか、という思いでため息をつき、緩みがちな態度を戒めるように叱る。
「二人共。今は護衛中ですよ。そういった話は到着してからにしなさい」
「「へーい」」
二人は生返事を返し、真面目に警戒任務に当たる。
そのやり取りを最後方馬車の御者台に立って見ていたカレーズは、隣で歩くディビスに向かって話しかける。
「……あの二人仲良いよなホント」
「同郷らしいからな。気が合うんだろうよ」
「なるほどそれで」
馬車内部で暇そうにロッドを回して遊んでいたアストリカはやはりか、という感情でわざとらしくため息をつき、御者台から顔を出して若干ふざけ気味に叱る。
「……二人共、護衛中ですよ? そういった話は到着してからにしなさい」
「はいはい……」 「へいへいりょーかい……」
仲間に注意された二人は面倒そうに返事を返し、ディビスは警戒、カレーズは魔物の動向観察を再開する。
そんな同行者達の様子を、馬車の淵に顔を乗せてぼーっと眺めている銀髪の少女、ナターシャ。
仲良いなぁ、冒険者してるなぁ、という憧れのような感情でいっぱいだ。
現在、中央馬車にいるナターシャ達は特に何をするでもなく座って到着を待っている。
これと言った会話は無く、あんなに熱中していたリバーシすらしていない。
ガレットさんは旅で疲れたからと事前にリバーシを断っていたのだが、クレフォリアちゃんは誘っても“気分が向かない”、“少し時間が欲しい”と事情の掴めない理由を告げて断ってくる。
なんで一旦後ろを向き、馬車の淵に寄りかかってクレフォリアちゃんへの問いかけ方を考えていた訳だけどいい案は思いつかなかった。こういう感情に関わる話は直球勝負しか無いという事だ。
……いやまぁ、誘導尋問型で問いかける事は出来なくも無いけど、別にクレフォリアちゃん悪い事した訳じゃないですし。
まぁとりあえず、聞くか。一蓮托生だよクレフォリアちゃん。
ナターシャは大きく深呼吸して心を固め、振り返ってクレフォリアに問いかける。
「ねぇ、クレフォリアちゃん」
「……はい、なんでしょうかナターシャ様」
クレフォリアは返答するがどことなく沈んだ口調。表情も暗い。
ナターシャは勇気を持ってずんずんと切り込む。
「なんだかとっても落ち込んでるけど、どうしたの? 何か辛い事があるなら相談して欲しいな」
その言葉を聞き、今まで暗かったクレフォリアの表情に久々の笑みが戻る。
「……ふふ、やっぱりナターシャ様にはお見通しですね」
「……何か悪い事? スタッツに行くと駄目な事でもあるの?」
ナターシャの問いかけに一度頷いたクレフォリアは、正直に話し始める。
「……半分正解です。実は私……」
「うん……」
真意に迫るような口ぶりに息を呑むナターシャ。
クレフォリアは一度深呼吸し、理由を話す。
「……実はですね、スタッツ国に着くと、今までのようにナターシャ様と遊べなくなってしまうんです……」
「うん……」
うん……?
「初めて出来たお友達なのに、近くに、同じ街に居るのに毎日会えないと考えるととても辛くて……」
「うん……」
「どうすればナターシャ様と毎日遊べるのか、スタッツ国に居るお爺様とお婆様にどう相談して、どう許可を得ようかと考えても良い方法が思い付かなくて、考えていく内に気分が落ち込んで……」
「そっかぁ……」
そういう悩みかぁ……
ナターシャは相手がまだ自分と同年代の少女だった事を思い出し、そりゃ重大な事件だね……と悟る。
余りにも綺麗な敬語を使う子だったので全く意識していなかったが、内面はしっかりと子供しているらしい。
思っていたより深刻な事情じゃなかったので安心したナターシャだが、一応子供にとっては重大な事件なので同意。
「……とっても分かるよクレフォリアちゃん。私も毎日会えなくなるのはとっても寂しい」
「ナターシャ様もそうですよね……! えっと、うぅ、何か良い方法があれば……」
ナターシャの同意を得られて少しだけ元気になるクレフォリア。難しい顔をして何とか策を模索する。
対するナターシャは、元大人として希望的な助言を与えておく。
「……一つだけ。毎日じゃないけど、会える日を出来る限り増やす方法はあるよ」
「本当ですか……!? 一体どうすれば……」
「それはね……」
ナターシャはクレフォリアの耳元に手を当て、内緒話のように情報を与える。
最初は不安で溢れていたクレフォリアだが、ナターシャの言葉で一筋の光明が見え、先ほどとは打って変わってやる気に満ち溢れた表情を取り戻す。
「なるほど……! それなら、チャンスはあるかもしれませんね……!」
「それでもまぁ、ちょっと無理筋だけどね。クレフォリアちゃんのお爺さんとお婆さんに本気で駄々を捏ねればいけるかも、くらいだし」
「いえ! 無策で居るよりは全然マシですっ! 希望があるなら決して逃しませんっ!」
一筋の、とても細い道を示しただけにも関わらず、とても輝かしい目をしているクレフォリア。
嬉しくなったナターシャはクレフォリアの手を上から包んで纏め、プランBを教えておく。最後の手段だ。
「……まぁ、もし駄目だった時は私が毎日会いに行くから、その時は一緒に遊ぼうね。約束」
「はいっ! ……約束ですっ。」
最後に指切りをして、ようやくナターシャの馬車内は活気を取り戻す。
やっぱり旅は常に楽しくないとね。
……さて、ここいらで定時連絡もしておこう。そろそろ時間だと俺の腹時計が言っている。馬車の活気も戻った所だしね。
ナターシャはスマホを取り出して天使ちゃんにビデオ通話を掛ける。
コールが鳴り、少し間を置いてから映像が繋がる。
『はーい天使ちゃんですよ? なっちゃん定時連絡?』
「そんなところ。お父さんとお母さん居る?」
『居るよー☆ ではどうぞお二人共!』
ナターシャの言葉を聞き、天使ちゃんは背後を移す。
いつものように椅子に座る父リターリスと、少し憔悴気味の母ガーベリア。
二人共画面の向こうで手を振ってくれている。
『こんばんはナターシャ。元気かい?』 『こんばんはナターシャちゃん……』
お母さんが疲れている理由は単純。三日目の夜、ガレットさんに怒られた後。
ガレットさんの指示で再度連絡をする事になったのだが、ママンは俺が人知れずタリスタン救出作戦に加わった事、作戦中に起こった出来事をガレットさんから聞くとショックでそのまま昏倒してしまった。当然である。
近くでへべれけ状態だったパパンと天使ちゃんも突然の出来事に正気を取り戻し、一旦通話を終了。その後ずっと介抱していたらしい。
4日目のお昼に天使ちゃんが転移してきたのも、パパンとママンに頼まれて無事を確認しに来た、と4日目の夜、ロスタリカに向かう道中での定時連絡で語っていた。
ちゃんと無事を確認出来た事を伝えると、ベッドで寝込んでいたママンもようやく安心して元気になったらしい。
ナターシャは画面に手を振り返し、昨日と同じく再度謝罪の言葉を投げかけておく。
「こんばんはお父さんお母さん。……おとといはごめんね? どうしても斬鬼丸の力が必要だと思ったから……」
『……あぁ、気持ちはわかるけど、あんな無茶な事はしちゃダメだぞナターシャ。そういう危ない事はまだ騎士団や、冒険者の人に任せなさい』
『そうよナターシャちゃん。お姉ちゃんに勝てるくらい強いのは知ってるけど、そういう作戦に混ざるのはお母さんまだ早いと思うわ』
「あははごめん……」
二人の思い思いの発言に愛想笑いを浮かべるナターシャ。
リターリスはまぁそれより、と話を切り替えて現状を尋ねる。
『今はどの辺りなんだいナターシャ。見た感じ馬車の中だから、船旅はもう終わったんだろう?』
「えっと、今はエルゴ―泊地って場所からスタッツ国の首都に向かって進んでる所。城壁も見えて来てるからそろそろ到着だよ」
『あぁフノミキースだね。船旅の方はどうだった?』
「うん。お舟さんからの景色がとっても綺麗だったよ。山の斜面にあった古いお城とブドウ畑がとっても印象に残ってる」
本当はコンクリで護岸工事されてた事の方が印象に残ってるけどね。
『おぉそうかぁ。今はもう収穫が終わってるから見れないけど、ブドウが生ってる時期の運河はもっと綺麗だよ』
「そうなんだ。いつか見てみたいね」
『ハハ、ナターシャがもう少し大きくなったら皆で見に行こうね』
「うんっ。えへへ」
『あははは』 『ふふふっ』
楽しく笑い合うユリスタシア一家。
雑談はそこそこで終え、リターリスは最後の確認作業へと入る。
『……よし。じゃあ最後に確認なんだけど、ナターシャのアイテムボックス?っていう収納魔法の収納場所に、熾天使様にお願いして手紙を入れて貰ったんだ。それがあるか確認してくれるかい?』
それを聞いて驚くナターシャ。
「えっ? ……天使ちゃんいつの間に入れたの?」
画面は動かず、向こうの裏側に居る天使ちゃんが返答する。
『今朝!』
「今朝ァ!?」
『うん。出発前なっちゃんに渡すはずだった手紙を机の棚の中にしまって、そのまま忘れてたんだって。でもまぁそこは天使ちゃん。すぐさまダイレクト便でお届けですよ?』
手だけ出て来てVサインして、すぐに引っ込む。今の指は多分天使ちゃんの手だろう。
画面の向こうの両親は申し訳なさそうに話し始める。
『いやぁ、領主として恥ずかしい限りで……。熾天使様が居なかったら困る事ばかりだよ』
『そうね……。パパのお手紙が無かったら、これからお世話になるガリバーさんも困ってしまうものね。本当に助かったわ』
「……なんで困る事になるの?」
ナターシャの素朴な疑問に対し、困ったように笑いながら返答するリターリス。
『あはは……まぁ単純に礼儀のお話だから、ナターシャは気にしなくていいよ』
「そっか。分かった。」
何となく納得するナターシャ。
リターリスは一旦息を抜き、気持ちを切り替えて元気に話し出す。
『……まぁ兎に角。そのお手紙はお父さんからの紹介状と個人証明書みたいな物だ。それをガリバーさんに渡せば、ナターシャと斬鬼丸さん、ガレットさんもマルスの住んでいる家に宿泊させてくれるよ』
「うん。ガリバーさんは……お兄ちゃんが下宿してる家を貸してくれてる人だよね」
『そうそう。独り身には広いから、と安値で譲ってくれたんだ。今はフォンウッド商会が所有する社員寮の管理人をやっているハズだよ?』
「へぇー……」
他の事情は知ってるけど、それは知らなかった。
『ガレットさんが社員寮と泊まる家の場所を知っているから、迷子にならないようについていくように。良いね?』
「はーい」
『よし、良い返事だ。じゃあ、他の人ともお話させてくれるかい?』
「分かったー」
ナターシャはスマホをクレフォリアちゃん達に向けてそれぞれお話させる。
斬鬼丸とは軽い雑談、熊討伐に関しての話で盛り上がり、クレフォリアちゃんにはパパンに変わってママンが身体の調子などを心配。
ガレットさんは旅の疲れを訴えてリターリスを戒め、あまりこういった無茶な事を押し付けないよう注意していた。
その後、全員で旅の無事を祝うような言葉を投げかけ合って通話は終わり。
更に同時刻、馬車は城門前へと辿り着き、ナターシャ達は最後の検問を受ける。
セルカムで見た装備の兵士と、魔道具による荷物検査。
魔道具のお陰か、はたまた彼らが慣れているのかは分からないが僅かな時間で検問は終わり、一行はようやくスタッツ国首都、フノミキースへと入場する。




