117 三日目:到達!
第一陣が突破されたのを受け、狼達は次なる手を打つ。
道の先で待機していた狼が遠吠えして更に仲間を呼ぶ。
遠吠えを聞き、大木に居る兵士に向かって威嚇していた狼の群れのいくつかが集結。数20頭程。
その20頭は集結した勢いのまま救出部隊の正面に飛び出し、迎撃に入る。
斬鬼丸は左手に持つ剣の腹を前に出し、手を当てて精神統一。衝突の瞬間に備えて力を籠める。
その後ろでは待ち構える狼が何やら特殊な遠吠えを上げているが、気にする暇などない。
狼、救出部隊共に大きく声を上げ、道の上を駆け、接敵の時。
「ハァッ!」
一閃。斬鬼丸の横薙ぎの一振りが狼に当たり、何頭か吹き飛ばされる。
この調子で突き進むべく斬鬼丸は更に剣を振るうが……
『ワフッ!』
狼が謎の掛け声を上げ、散開。
ザザッ、サッ――ドドド――
「何ッ!?」
まさかの行動に驚く斬鬼丸。
何と狼は斬鬼丸との衝突を避け、その左右に居る冒険者達目掛けて襲い掛かったのだ。
斬鬼丸の前方は狼が避けた事により道が作られ、その間を斬鬼丸は駆ける。
しかし冒険者の方は敵の多さで迎撃が追い付かずにその場に押し留められ、分断されてしまう。
斬鬼丸は離れてしまった仲間を助けるべく急停止。
右足で大きく土を削りながら後ろを振り返って叫ぶ。
「今道を創るでありますッ!」
反転して再侵入を試みようとする斬鬼丸。
「待て! 斬鬼丸ッ!」
その行動を止めるべく部隊の方からの怒声が飛ぶ。
声の主は隊長だ。
「お前はこのまま樹洞へ向かえ! 我々は気にするなッ!」
「しかしそれでは……ッ!」
斬鬼丸は仲間の命の危機について言及しようとする。
だが、そうは言わせまいとディビスが慣れた手付きで腰のポーチを開き、コルク栓がされたポーション瓶を取り出して斬鬼丸に向かって投擲。
「……受け取れェッ!」
緑の液体が入った試験管がクルクルと宙を舞う。斬鬼丸は飛んできた瓶を右手でキャッチ。
「俺達は一旦退却するッ! お前はタリスタンって奴をさっさと復活させて戻ってこいッ!」
「ディビス殿……ッ!」
「早く行けッ! 間に合わなくなるぞッ!」
ディビスの言う通り、斬鬼丸を狼達が囲み始めている。
状況を理解した斬鬼丸はグッと両手を握りしめ、すぐさま行動に移す。
「くっ、御免ッ!」
置き去りにしていく仲間に対して謝罪しながら、完全に囲まれる前に樹洞に向かって吶喊。
「ウオォォーーーーーッッッ!!!」
目の前に立ち塞がる狼を斬り飛ばし、時に蹴り上げて道を切り開き、突き進む。
それを確認した部隊の仲間は『総員退却ーーーーッ!!』と叫んで来た道を戻っていく。
ハウリングウルフ達は逃げ帰る救出部隊には数頭だけ割いて一旦放置。
侵入してくる斬鬼丸を最優先に排除する事に決める。
奇妙な遠吠えを上げていた狼達も斬鬼丸に向かって走り出し、更に左右、後ろからも狼が迫る。
何とか食い止める為に周囲を取り囲み、飛び掛かり、数で押し潰しにかかる。
1対100、いや、それ以上の兵力差がありそうな程の状況。
――――だが、甘い。
拙者がその程度で止まると思ったか。
其方が竜巻を使うならば、コチラもその真似をさせて貰う。
斬鬼丸は軽く跳躍しながら身体を捻り回転。周囲に群がる狼を三重の斬撃の渦で斬り飛ばす。
20頭は居ただろう狼達が吹き飛ばされ、森の木々に叩きつけられる。
『キャインッ!』
着地後、今度は身体を前に倒しながら跳躍して前方に向かって突進。
前方から迫る狼達に一瞬で距離を詰め、横一閃に薙ぎ払って吹き飛ばし道を開ける。
『ギャゥッ!』 『ワオンッ!?』
僅か2手で周囲に居た狼はあっという間に壊滅。これが剣技の精霊か。
斬鬼丸は突進の勢いを乗せたまま走り込んで森を抜け、あっという間に目的地である樹洞に到達。
仲間らしき人影が目の前に来たのを見た樹洞の兵士は少し口角が上がって嬉しそうな顔をする。
狼達はあまりにも被害が大きい為に追撃を掛ける事が出来ず、森に身を潜めて体力の回復を待つ。
悔し気に通り抜けた西洋甲冑の男を睨み、威嚇の声を上げる。
それを一瞥し、顔を背けた斬鬼丸は一言。
「……拙者を本気で止めるならば、1000の軍勢か最強の1を用意するであります」
激しい戦闘が終わり、必死に斬鬼丸にしがみついていたナターシャが顔を上げてようやく呟く。
「……終わった?」
「了。終わったであります。ナターシャ殿はこのポーションを持って樹洞の奥へ」
「分かったっ」
ナターシャは肩から降ろされ、手渡されたポーションを持って樹洞の中へ向かう。
樹洞で警備していた兵士は幼女であるナターシャを見て驚いたが、ポーションを持っている事に喜んで中に案内する。
その場に残った斬鬼丸は戦気旺盛な狼達を威嚇する為、本気の殺意を放って牽制。
死にたいなら掛かってこいと本能で理解させ、狼もそれを受けて一歩下がる。
これで僅かだが安全を確保できた。
警備していた兵士もガチビビりしているが、フレンドリーに手を振る事で敵ではない事を明白にしておく。
かなり引き攣った笑みを浮かべているのはまぁ御愛嬌だ。
斬鬼丸はそのまま樹洞の入口に陣取り、タリスタンという少年の復帰を待つ。
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樹洞の奥。
そこには腕や脚には細かな切り傷、骨折した骨を支える為の添え木、簡易的な止血が施された兵士が無数横たわっている姿が見える。
ナターシャはその最奥で、数人のヒーラーに囲まれながら回復魔法を掛けられている金髪の少年と出会う。
胸に大きな裂傷、右腕と左脚は骨が折れているようで、破れた服の隙間からは内出血の跡が見えるほどの酷い怪我を負っている。
傷を塞ごうとヒーラーが必死に魔法を掛けている物の、焼け石に水状態だ。
「君は……?」
少年はまだ意識があるようで、目の前に居る銀髪の少女に問いかける。
ナターシャは軽く微笑みながら発言。
「君を助けに来た人だよ。……これを」
ナターシャは付き添ってくれた兵士にポーションを渡し、兵士が金髪の少年に飲ませる。
すると少年がポワンと身体が緑に光り、胸の裂傷が少しづつ塞がっていく。内出血している部分も徐々に徐々に色味が良くなっていく。
……しかし治りが遅いな。ハイヒールも追加で掛けて手っ取り早く治してしまおう。
壁に靠れかかる少年に更に近付いたナターシャはゆっくりと手を向け、ハイヒールを詠唱する。
「“我が崇高なる神よ、その癒しの鼓動を分け与え、此度に起こりし傷痕を、その大いなる加護で目の前の信徒を癒し給え。その痛みを無くし給え”――“神癒息吹””」
手の平から緑の波動が放たれ、少年の身体に当たる。
波動に当たった少年の身体は緑と白の光に薄っすらと包まれ、骨折、深い傷が僅か数秒程で修復され、更にとても暖かな温もりを与える。
「……温かい」
苦しそうな表情から一転して優しい笑みを浮かべて呟く少年。
神の抱擁感に包まれた少年の気持ちは正しく揺り籠の中の赤子のよう。
痛みからようやく解放され、脱力感が襲って来たのか少年はそのまま眠りについてしまう。
ナターシャは少年の頬をぷにぷにと突っつき、一切起きない事を確認して隣に居た兵士に尋ねる。
「……他の人にもハイヒール掛けましょうか?」
「本当か! 是非お願いしよう! こっちだ!」
ナターシャは連れられるまま一人づつ丁寧にハイヒールを掛けていき、痛みと疲労が溜まっていた兵士達に一時の安らぎを与える。
その間、樹洞の外では狼達が何やら怪しい動きをしていた。




