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108 三日目:討伐

 二本足で立ち、威嚇の咆哮を放つブラッディデスベアー。

 咆え終わるとそのまま前に倒れて前足を地面に付け、身体を屈めて突進の構えを見せる。


 斬鬼丸は熊に向かって一歩踏み出した状態のまま静止。両腕を左右に軽く開いて無手にて構える。

 まずは様子見。剣を使うに値するかどうか確かめる。

 圧を与えず、無言で相手の行動を待つ。


 熊は細かく唸るように咆え、警戒している様子。

 襲い掛かってくる気配も無い。実力の差を理解しているのだろうか。

 斬鬼丸が油断して構えを解き、再び歩もうとした時。状況が動く。


 今まで威嚇と観察に徹していた血濡れの熊が突如地面を蹴り、斬鬼丸に向かって突進する。


「……成程」


 それを見た斬鬼丸は何も考えずにただ歩き始める。

 敵が威嚇して動かなかったのは、相手の隙を探していたから。

 中々頭の切れる魔物でありますな。と思う斬鬼丸。

 カシャ、と音を鳴らして斬鬼丸の一歩目が地面に着く。

 最初は速度が遅かったブラッディベアーも、二身、三身と身体が進む度に速度が増す。


 斬鬼丸が一歩進む度にブラッディベアーはその十倍もの速度で距離を詰める。

 僅か50mにも満たなかった距離を詰めるには5秒あれば十分。


「グオオオオオオオオオッ!!!!」


 咆え、威嚇しながら牙を剥き、強暴な犬歯を斬鬼丸に見せつけ飛び掛かる。

 体重数百kgは下らない超質量が車と同じスピードで斬鬼丸の肩に向かって飛び、押し倒してしまう。



 ――その時。



 斬鬼丸の身体がスッ、と右に動いて逸れ、熊の突撃を軽くいなす。

 宙を飛ぶ熊。その様子を眺める斬鬼丸。


 そして遂に、斬鬼丸が動く。


 左手で剣の鞘を持ち、右手で剣の柄を握る。

 身体を熊の進行方向と逆に勢いよく回し、熊と正対した瞬間に抜刀。


 刹那の速度で振り抜かれた剣筋は光となり、満月のような丸い弧を描く。

 それは熊の首元に向かって走ると再び鞘に戻った剣に収束する。


 斬鬼丸の身体の右の地面には血飛沫が飛び、彼岸花のように赤く染まる。

 身体の回転の勢いに任せて斬鬼丸は熊から背き、構えたまま静止する。



 居合切りの構えのまま、未だ興奮で燻る目元の炎を残しながら斬鬼丸は一言。




「……四の太刀。“天剣アマノツルギ”」




 時が動き、地面に足が付いた熊。

 速度を殺す為に両足を突っ張らせ、石で出来た街道に爪を立ててギャリギャリと音を鳴らし、身体を横向きにドリフトさせながら停止。

 攻撃した本人である斬鬼丸を向こうとする。


 ……その瞬間。

 熊の首がボトリと落ち、主を無くした身体は首元から血を噴き出しながら、冒険者達の居る方に向かって横倒しに倒れる。


 倒れる音を聞き、ふぅ、と息を抜いて斬鬼丸は構えを解く。目目の炎が内部に戻る。

 後ろを振り返り、血を流しながら倒れ込んでいる熊の死骸の前まで歩くとその場で屈み、手を合わせる。


「……我が剣技の錆びとなった初めての者よ。感謝する。永久とわにその勇猛さを忘れる事あらず」


 しっかりと祈り、熊の魂が天に昇っていく所を確認した斬鬼丸は元気よく立ち上がる。

 ……そして熊の横を通り、呆気に取られて茫然としている冒険者の護衛団に向かって歩きながら叫ぶ。


「魔物の討伐を終えたであります! 肉体の処理は任せても宜しいで御座ろうかー!」


 その報告を聞き、理解が追い付かず沈黙していた冒険者達。しかし数秒後に現実に戻ってくる。

 そして、叫ぶ。


『えっ、えぇぇーーーーーーーーーーッッ!?』


 周囲に魔物が居るかも知れないにも関わらず、斬鬼丸に向かって驚きの声を上げる冒険者一同。

 斬鬼丸は首を傾げながら疑問に思う。


「……はて、何か間違ったでありますか?」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 斬鬼丸の勇気ある(?)行動によりブラッディデスベアーは無事退治され、現在は冒険者達により血抜きと解体作業が行われている。

 そして討伐した本人である斬鬼丸はアーデルハイドさんにめっさ絡まれている。


「すっ、凄いですね斬鬼丸さん! 最初は無名の剣技の精霊と聞いて、ただの無名の下位精霊だとばかり思っていましたがまさかこれ程とは! ブラッディデスベアーを一撃で討伐するなんてランク的にはゴールド、いや白金プラチナに届かんばかりです!」


 それを聞く斬鬼丸は若干鬱陶しそうな様子ながらも理路整然と答える。


「まぁ実際、無銘故にそこまで優れた精霊だとは拙者も思っていないであります。熊を討伐したのは建前で、ただ知っている技を試したかった、その一言に尽きるでありますな」


「成程! 精霊としての自身の力を確かめたかった、その結果として非常に危険で、尚且つ強さもはっきりしているブラッディデスベアーと相対したと! この時期のブラッディデスベアーの穴持たずは冒険者ギルドとしても看過できない問題でした!旅の途中なので見逃すしかないと思っていましたが、我々に変わって退治して頂けるとは! きっとそういう事も理解した上で行動なされたのですね! 流石剣技の精霊様です!」


「いや、それ程考えて行動している訳ではないであります……」


「ご謙遜なさらずに!」


「いや……」


 両手を前に出して困る斬鬼丸。

 アーデルハイドはデスベアーの懸賞金換算なども話している。そして凄い凄いと持ち上げている。

 斬鬼丸はそれを聞いて更に謙遜して頭を掻く。


 ……なんか、斬鬼丸が俺のよく読む小説の主人公みたいな事になっているのが見ていてとっても面白いのでこれからも危険な魔物の排除をしていって貰いたいと思う。

 傍からその様子を眺めてにやけているナターシャ。

 いやぁ、“ワシが作った”と他人に宣言するのがとっても楽しみかも。

 そして俺もすげーって称えて貰うんだ……


 とっても悪いマウントの取り方を考えながらナターシャは、何れきたる自身の力の見せ場を考えて決めポーズを想像する。

 色々あるけど、やっぱ手で顔を半分隠すのは安定だよな。そして両腕で逆十字を創るんだ。

片目で相手を睨みながら不敵に微笑み、『これが俺の才能ちからだ……』と呟くぅぅぅぅんあぁぁぁぁぁああああッッ!!!!


 襲い来る中二病の波に飲み込まれた思考でナターシャは頭を抱える。

 ナターシャの様子を眺めていたクレフォリアは不安そうに尋ねる。


「……ナターシャ様、大丈夫ですか?」


 ハッ、と意識を取り戻して平静を装ってクレフォリアに対応するナターシャ。


「んッ、あ、あぁうん! 大丈夫! 全然大丈夫だよ!?」


 振り返ったその顔はとってもぎこちない感じで笑っている。

 クレフォリアはナターシャの顔を見て心配して動く。


「……とっても冷や汗が出ていますね。今拭いて差し上げますっ」


 自身の服の袖を掴み、ナターシャの額を拭う。

 拭き終わるとナターシャを優しく抱きしめ、後頭部をぽんぽんとしながらやさしく話しかける。


「……大丈夫ですよ。ナターシャ様が苦手な血は私で隠したのでもう見えませんよ」


 ナターシャはクレフォリアちゃんの温かさを感じてほんわかする。

 何かよく分かんないけどクレフォリアちゃんが優しい。

 冷や汗かいたのは中二病思考に至ったせいだし、血に関しても魔物なら多少見慣れてるので大丈夫なんだけど……

 まぁ良いか。斬鬼丸の主としてのご褒美だと思っておこう。

 そのまま欲望に任せてクレフォリアちゃんをぎゅっとするナターシャ。


 更に追加でガレットさんが上から被さり、あたかも恐怖が過ぎ去った感じになっているナターシャ。

 実際はそんな事ないのだが、周囲で護衛する冒険者も何処か同情的。


 因みに現行で解体されているブラッディデスベアーの皮、肉、素材は麻袋に入れられて前と後ろの馬車に乗せられる。

 内臓は袋に入れ、街道から少し離れた適当な位置で地面を掘って埋める。

 熊の胆は口を紐で縛って幌馬車の屋根から吊るして干す。


 熊の首は討伐部位として耳を片方切り落とし、残る首は街道の路肩に穴を掘って埋め、石を置いてお墓にする。

 冒険者ギルド一同、斬鬼丸、御者やナターシャ達も揃って手を合わせて祈る。

 命に対してお祈りするのは分かるが、何故魔物のお墓まで作るのだろうか。


 お祈りが終わった後、アーデルハイドさんが説明してくれた。

 ブラッディデスベアーという魔物はなんと、その凶悪そうな見た目とは裏腹に果実食の魔物。なのでお肉がとっても美味しい。

 更に自身の身体を維持する為、縄張りに入った魔物を容赦なく襲って殺害する事から別名森の殺人鬼。

 侵入する魔物は草食、肉食関係なく殺し、殺した魔物は縄張り外の一か所に集められ、そこには沢山の素材が眠っている事から宝の山の主とも言われるとの事。

 因みに襲われた際、集めたどんぐりや木の実なんかの果実を差し出せば見逃してくれる事から人間とは意外と良い共生関係を築けているらしい。

 森は危険になるが、他の魔物による畑の食害が減る為に畑の守り神として土着信仰されていたりするとかなんとか。


 しかし冬場の穴持たずは別だとさ。畑を荒らすし。まぁそこら辺は人間にも色々あるししょうがない。


 血に濡れた街道を魔法で出した水で掃除し、ブラッディデスベアーの素材を乗せた馬車は、軽く馬の水分補給を済ませて街道を進む。

 先ほどの熊の咆哮のお陰でナターシャの目には魔物一匹すら映らない。

 結果的に安全になったのは有難い事なので、ブラッディデスベアーはしっかり美味しく頂かなくちゃいけないね。


 準備を整え、出発の号令が出された馬車はヨステス村に向けて進んでいく。


 因みに今はお昼時。食事は馬車の中で。

 ショートブレッドとドライフルーツと燻製肉で済ませ、エールを飲んで胃を満たす。

 さっき結構血を見たけど、正直収穫祭で魔物や家畜の解体シーンとか散々見たので慣れたもんです。

 ボソボソするショートブレッドをエールでふやかしながらもぐもぐと食べるナターシャ。燻製肉は意外と美味しい。

 最初の頃とは打って変わり、比較的平穏な空気が馬車の中に戻る。


 森を抜けるのはまだ5時間も掛かる。中々の道のりだ。

 暫くは安泰なので、これくらいは気分は緩めても大丈夫だろうね。

ん?間違ったかな(アミバ)

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