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107 三日目:遭遇

 森を進み、そろそろ昼頃が近づいて来た頃。

 感知できる範囲内でも魔物がうようよいる森の中を進む馬車列。視覚化されるって怖い……

 未だ森を抜ける気配は無く、時々車輪が跳ねながらも馬車は次の目的地をひたすらに目指す。


 馬車の中のナターシャは未だクリアに見える青い魔物の影が赤色に変化しない事をお祈りしている。

 察知魔法を切る事も出来るけど、それで何か危険な情報逃しましたなんてなるのは嫌。だから切らない。

 その結果沸き起こる底知れない恐怖でクレフォリアちゃんにぎゅっと抱き着きながらもしっかり魔法で魔物を見張る。

 あれだよ、窓空いた状態でサファリパーク観光してる感じ。一人だけそんな事やってる。


 でも見えない方が怖いと個人的に思うので他の人の方が怖いんじゃないかな、と思うもののクレフォリアちゃんは何も言わずにずっと抱き締め返してくれている。顔も崩れていない。

 現状どんなポーズかと言うと、俺の頭の上にクレフォリアちゃんの顎が乗っているようなポーズで座り抱き締め合ってる感じ。

 それを森に侵入した頃から時々体勢を変えながらずっと続けている。たまに頭の上下を入れ替えてね。半分遊びなのかもしれない。


 各馬車の中は先日までの道中と違い、明確な危機が近くに存在するのでとても静か。

 乗り込んでいる人間も護衛も周囲の変化に感覚を研ぎ澄ませている。


 基本全員無言なので何も起きないし、何か起こったらそれはそれで大惨事なので起こらない欲しい。


「……ナターシャ様、怖いですか?」


 私の寄り添う大樹代わりなクレフォリアちゃんがナターシャに優しく言葉をかける。

 ナターシャは、目先に映る魔物がのそのそと遠ざかっていくのを見ながら呟く。


「……正直に言うと怖いね。クレフォリアちゃんは?」


「私はナターシャ様がいれば怖くないですっ」


 クレフォリアはそう言ってナターシャの頭に顔を埋める。

 でも行動的にやっぱり怖いみたいだね。


 ナターシャが顔の向きを変えるとガレットさんと斬鬼丸が目に見える。

 ガレットさんは少し斬鬼丸に近い位置に移動し不安そうに馬車の進む先を見て、斬鬼丸はひたすら瞑想に耽っている。

 皆も不安なんだなぁ、とナターシャが思った時。


 前の馬車から停止の合図が出て、御者の男性も後ろにそれを伝えて馬車の一列が止まる。


「……む」


 斬鬼丸も揺れで気付いたようで顔を上げる。

 ナターシャとクレフォリアは止まった事が不安で、小さな声で話し合う。


「何かあったんでしょうか……」


「分かんない。怖いね……」


「はい……怖いです……」


 更に身を寄せる少女2人。

 俺の目には街道の先に大きな青い影が見えている。なんかデカい魔物が居る。

 しかしそれをクレフォリアちゃんに伝えると怖がらせるかもしれないので分からないフリをする。


 少しして前の馬車からハンドサインで指示が飛び、冒険者が続々と馬車から降りて二人一組ツーマンセルになると馬車の周囲で円陣を組み守衛に入る。


「……ふむ。事件発生でありますな。どれ」


 斬鬼丸は立ち上がり、道の先を見る。


「……おぉ、中々の強さと見える。では御仁方、拙者は少し仕事をしてくるであります」


 斬鬼丸は嬉しそうにそう話すと、少し早足で馬車を降りようとする。

 それを制止するのはガレットさん。


「……何処に行くのですか?」


 そう問いかける視線は意思が籠っていて、心配する気持ちがしっかり現れている。

 斬鬼丸は少し難しい言葉を使いながらも、簡潔に説明する。


「攻めこそ守りの要なり。確かに、冒険者殿達だけなれば過ぎ去るが待つこそ最もな選択肢でありますが、拙者の力を見せる機会が来たと見受けられた故」


「……まさか、排除しに行くと?」


 心配ながらも少し怒るような感じで聞くガレット。

 静かに頷いた斬鬼丸はガレットを納得させる為に話す。


「……簡潔に言うとそうであります。現状、守衛だけなら冒険者殿達でも十分。ならば単騎で動ける拙者が攻めを請け負うのが自明の理。……拙者は無銘の剣技の精霊であり、強きを羨み望む人の願いの結晶であるならば、今こそその真価を見せる時であります。ガレット殿。これは拙者の精霊としての在り方に関わる故、出来るなれば止めないで頂きたい」


 それを聞き、ガレットさんは口を強く噤んで上げていた腕を降ろす。

 しかし、気になるようで一言だけ尋ねる。


「……それで貴方は納得出来るのですか?」


 斬鬼丸は軽く笑いながら軽快に話す。


「……ハハ、それが剣技を司る者の在るべき姿。進む道が研鑽と闘争の果てに塗れようとも剣を降ろす事は許されず、人の願いある限り心折れる事はないのであります。では」


 斬鬼丸はそう言って馬車から降りる。

 なんか普段と違ってとってもカッコよかった……ナターシャはそう思いながら斬鬼丸を見送る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……護衛お疲れ様であります」


 斬鬼丸は降りた際、たまたま近くに居たディビスに話しかける。

 ディビスは視線を絶えず外に向けたまま斬鬼丸に返答する。


「あぁどうも。アンタも直衛か?」


「いや、ちょっとした特攻隊かも知れないでありますな」


「……何言ってんだ?」


 ディビスの疑問を他所に斬鬼丸は身体を伸ばし、剣を抜いて軽く振って最後の精神統一をする。

 そして鞘に戻し、道の先に佇む森の強者の気配をしっかり感じ取る。


 ……さて、この世に生まれて2戦目。

 初戦程の手の震えは無く、気持ちも驚くほど落ち着いている。

 これも先ほどまで瞑想に耽っていたお陰であろう。やはり己の精神こそ強さに直結するであります。


 斬鬼丸はディビスの後ろを通り、前の馬車に向かって歩いていく。

 当然それを見たディビスは驚いて声をかける。


「おい、何処を担当するんだ? 騎士らしく最前線か?」


 それを聞いた斬鬼丸は立ち止まり、視線を後ろに向けて頷く。

 兜のスリットから見える炎の瞳はいつにも増して煌々と燃えている。


「じゃあ、どの位置か言ってくれ」


 ディビスのその問いに、少し抜けた感じで顔を上げて人差し指を顎に当てながら斬鬼丸は答える。


「文字通りの最前線でありますよ」


「それじゃあ分かんねぇよ」


 斬鬼丸は考えるポーズをしながらディビスに答える。


「強いて言うならば一番前であります」


「先頭か。分かった」


 ディビスもようやく分かり了承の返答を出す。

 斬鬼丸はディビスに出撃の言葉を告げる。


「では、ちょっと魔物の元まで行ってくるであります」


「了か……は? えっ、おい待てっ」


 驚いて振り向いたディビスの小声での制止を聞かず、斬鬼丸は先頭にいる一組の冒険者の横を通って街道を進んでいく。

 軽い感じで横を通られた冒険者も、御者台のアーデルハイドも茫然と見送る。


 しかし、冒険者一同もプロだ。

 スグに我を取り戻し小声で斬鬼丸を呼び止めるが、斬鬼丸はその制止を聞かずに歩いていく。

 なんとか止めようにも状況的にその場を動けず、次第に離れていく距離。


 冒険者一同は斬鬼丸の奇怪な行動に危険的な意味しか見出せず、不安そうにその行く末を見守る。




 ――自らの主の元から離れ、街道を進む一騎の西洋甲冑。

 歩く度に鎧がこすれ、カシャ、カシャと軽い音が鳴る。


 種族は精霊。名は斬鬼丸。彼はただ無警戒に、漫然と街道を進む。

 目的は道を塞ぐ魔物。それを取り除かん為。


 ……そして、自らの存在証明の為。


 目指す街道の先、今は小さくしか見えない黒い影は、小さいながらも横幅だけで街道の半分程はある。

 その黒い影は地面を嗅ぎ、森の中を見渡して餌を探している様子。




 ――――距離が近づき、姿形が見えてくる。




 街道の先に待つは血濡れの熊。黒に血をぶちまけたような赤色が混じる毛並みと、人を軽く刺し殺せそうな程長い爪。

 腕も脚も丸太程の太さがある血濡れの熊は、斬鬼丸の接近に気付いて二本足で立ち上がる。

 全長は斬鬼丸のほぼ倍以上。圧倒的な威圧感を放つ。



 その大きな姿を見て、斬鬼丸は嬉し気に兜のスリットから炎を滾らせる。

 良い獲物だ。腕が鳴る。どう倒してくれようか。

 一瞬だけ剣の鍔に手を掛けるが、まだ時期尚早と手を戻す。



 血濡れの熊は近づいてくる斬鬼丸に向かい、威嚇を込めて獰猛に咆える。



「グオオオオオオオッ!!!!!!」



 熊の咆哮は周囲にとどろき、近辺に居る魔物達は覇者の圧に恐怖してこぞって逃げ出す。

 木々で休んでいた沢山の小鳥も羽ばたき、可愛い鳴き声を残しながら何処かへ飛び去る。


「やべぇ……あの騎士単騎でブラッディデスベアーに挑む気だ……」


 咆哮を聞いた一人の冒険者がそう呟く。


 そう、あの魔物の名はブラッディデスベアー。

 冒険者ギルドにて金等級ゴールドランクモンスターに認定されている森林の殺戮者フォレスト・マーダーである。



生き物の習性は奥が深すぎてまものフレンズを作れるような気になってくる まいっちんぐ

なんでもう匙を投げてしまって極力省いて書きます

まものですものおおめにみてね

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