100 二日目:夜の出来事とツギーノ村からの出発
丑三つ時。夜の空には月がおらず、畏怖を抱かせるような暗い森。
星明りで僅かに目先が見えるか見えないか程度の明るさの中、一組の男女が道なき道を走り抜ける。
凄まじい速度ながらも走り抜けた後、周囲の草木に殆ど影響を与えない事からその実力の高さが窺い知れる。
服装も闇夜に溶け込む漆黒の装い、髪も瞳も男女共に黒一色。肌も一般人とは違い褐色。
二人とも口元を黒いスカーフで隠し、少しの息苦しさを感じさせずに森の中を駆ける。
互いに同じ目的地を目指し走っていたハズなのだが突然、黒髪の男が速度を緩めて立ち止まる。
女は突然の停止に驚き、落ち葉を撒き散らしながら急停止。男の元に戻って話しかける。
「……どうしましたかスターク様。何か気になる事でも」
スタークと呼ばれた黒髪の男は軽く握った手を口元に当て、訝しむように話す。
「……いや、少し思う所があってな。今回の盗賊捕縛は我々にとっても予想外だ。既に誰か、我々の裏で動いている人間が居るのやも知れん」
「と、言いますと?」
女は分からないようでスタークに問いかける。
スタークは分かりやすく簡潔に説明する。
「イクトルは既に誰かの謀略に嵌まっている可能性がある、という事だ。クレフォリアがスタッツ国にあんな少人数で向かった時点で怪しむべきだったのかもしれない。このままでは……」
後悔するような口調で言い淀むスターク。
それを見た女は、迷うスタークに言い聞かせるような強い口調で告げる。
「……スターク様。イクトルの安否は兎も角、彼に協力しているのは我々の民の総意であり悲願成就の為。例え族長の貴方でもその決定を覆すのは難しい。もう後戻りは出来ないのです。……最善を尽くして進むしか」
女の言葉の裏には信念を貫けという意味が込められている事を悟り、スタークも様々な思いを噛み潰すように話す。
「……分かっている」
その表情には苦悶が伺え、自らの最後を理解しているようだった。
スタークは大きく息を吸い込み、長として女に指示を出す。
「……エリス、俺はこのままエンシアに向かう。お前はこのままスタッツに向かいながらクレフォリアを探せ」
「分かりました。ご武運を」
「……お前もな」
スタークはそう言ってその場から走り去る。夜の森の中に消えていくスターク。
その姿を見送ったエリスはパチンと指を鳴らす。すると何十人もの黒装束の集団がその場に現れる。
その場で跪く人影は全員顔を黒布で隠し、目元以外何も伺えない。
「エリス様、何用で」
その内の一人がエリスに聞く。
エリスはスタークの言葉を上手く使い、部下を鼓舞する。
「……皆の衆、悲報だ。我らが長の考えでは、イクトルの命運は既に尽きている。このままただ従っているだけでは共倒れになるだろう。……しかし、我々の悲願は何としてでも達成しなければならない。例えイクトル、いや、エルリックの街が滅びようとも。その為には、イクトルの努力を我らの礎とするのだ。決して無駄にしてはならない。3年もの歳月を掛けたアイツの計画を我々が引き継ぐのだ」
おぉ、と驚きの声を漏らす黒装束の集団。
その内の一人が意気旺盛に問い掛ける。
「……ではまず、我々はどう動くべきなのでしょうか」
エリスは早速部下を指揮する。
「悲願成就の為にはどうしてもエンシア王家の力が必要だ。不本意だろうが、今はイクトルの指示通りクレフォリアの捜索を行え。まずはツギーノ村に向かい、そこで我々は捜索隊を分ける。1班20人。エンシア方面、エルフォンス方面、スタッツ方面の3つだ。私はスタッツに向かう。リービス。お前はツギーノに残り、エンシアに居るスターク様との連絡係を請け負え」
「承知」
一人の黒装束の男がその場で頭を下げる。
エリスの指揮はまだまだ続く。
「まずはその場で20人づつに分かれろ。……よし。では真ん中の班は私の指揮下に入る事にする。フォグは右側のエルフォンス方面班、ケリンは左側のエンシア方面班を私に代わり指揮しろ。時間が無い。早急に出発する」
「「はっ!」」
エリスの指示で20人ずつに分かれた3班が森の中を駆ける。
走りながらエリスは少し思い詰めた表情で小さく呟く。
「クレフォリア。我らの積年の願いの為、必ず捕まえる……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝日が昇り、カーテンの隙間から日が差し込む。
いつも通りに目が覚めたナターシャは目を擦りながら身体を起こし、周囲を見る。
部屋は実家の自室では無く宿の部屋。顔を左に向けると既に起床したガレットさんが新しいメイド服に着替えていた。
エプロンの紐を後ろで結び、テーブルに置いた小さなスタンドミラーで確認しながらも慣れた手付きで髪を編む。
朝の支度を整えるガレットさん凄いなぁ、と思いながらナターシャは挨拶。
「おはようございます」
「あぁ、おはようございますナターシャ。よく眠れましたか?」
「しっかり眠れましたっ」
「そうですか。ではクレフォリアさんも起こして服を着なさい。早い内に朝食を取ってしまいましょう」
「はーい。……クレフォリアちゃん。朝だよ」
ナターシャは隣で寝ているクレフォリアを揺らして起こす。
可愛い声を漏らしながら起床したクレフォリアは体を起こしながら大きく欠伸をする。
「おはようごさいましゅ……」
寝起きなので呂律が回っていない様子。朝弱いのかな。
ナターシャはベットから降り、アイテムボックスから今日の服を取り出して着用。
手鏡を見ながら姉に貰った櫛で寝癖を直し、靴も履き、装備も整えて準備万端。
起こされたクレフォリアものそのそと服を着始める。
時間が余ったナターシャはクレフォリアの髪も梳く。
クレフォリアは欠伸交じりにナターシャに感謝。
「ありかとうございましゅ……」
「どういたしまして」
暫くして朝の支度を終えたナターシャとクレフォリア。
未だ目を擦るクレフォリアちゃんの手を握り、ガレットさんに続く形で部屋の外に出る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガチャ、と部屋のドアを開けると隣の部屋のドアも開く。
中から出て来たのは斬鬼丸。鍵を持っている。
ガレットさんはいつも通りの口調で斬鬼丸に話しかける。
「おはようございます斬鬼丸。丁度いいタイミングですね」
斬鬼丸は鍵を無くさないよう腰のベルトに挟んで隠しながら話す。
「いえ何、丁度微睡んでいる所で隣の部屋で音がした故。朝食でありますか?」
「えぇそうです。付いてきなさい」
「御意」
ガレットさんはそのまま階段に進み、その後ろに若干眠そうな少女2人、斬鬼丸と続く。
宿の1階は昨日の喧騒が嘘のように閑散としていて、1人の冒険者以外は誰も居ない。
その顔には見覚えがあった為ナターシャは話しかける。
「おはようございますアウラさん。早起きですね」
パンを半分に割り、間に目玉焼きと焼いたベーコンを挟んで食べようとしていたアウラが顔を上げて返答する。
「ん? あっ、ガレットさん達ですか。おはようございます。何というか、早起きは癖なので……えへへ」
少し恥ずかしそうに話すアウラ。頭を掻く。
ガレットさんが同席しても良いか尋ね、アウラも了承した事でナターシャ達は同じ席に座る。
宿の従業員に朝食を頼み、暫くしてアウラと同じ小麦パン、目玉焼き、ベーコンとスープという中々お目に掛かれない食事が提供される。
モグモグと皆で食べている間アウラに関して色々と聞く事になったのだが、これが中々面白い経歴。
生まれはエンシア王国の教会に努める聖職者夫婦の一人娘。ランクは青銅。
冒険者になったきっかけは、聖都エルフォンスとかいう場所に巡礼をする資金を貯める為。
今回の護衛任務も何れ行う巡礼に向けた訓練の一環として受けた……というのは建前で、ディビスに誘われて今回のクエストを受諾したらしい。
アストリカとは割と長い付き合いのようで、銅ランクの時に同性のよしみという事で色々とレクチャーして貰っていたそうだ。どーりで仲が良いんだな。
ポジションは完全にサポート。前衛にも、道中の馬車の護衛にも出ない。
そして青銅なのにディビスに選ばれた最大の理由は、冒険者にしては珍しく回復魔法を使えるからだそうだ。
そもそも回復、治癒魔法を使える人は大体教会で治癒師をしているので、とても貴重な人材との事。……とディビスが言っていたらしい。
まぁ金の卵と言っても過言ではない人材という事だ。このまま冒険者を頑張れば、将来銀等級かそれ以上のランクになるのは間違いないだろう。
アウラの経歴を知ったおかげで、ナターシャは冒険者の在り方について少し学べた。
食事も取り終わり、宿の外で歯磨きをしたナターシャ。水は広場に吐き出した。
出発の時間までまだあるという事なので、暇だと言ったアウラを無理矢理引き連れて宿泊部屋に戻る。
そこでリバーシ魔法を教えてみた。道中冒険者にも遊んでもらいたいからね。
しかし、
「”64マスの鉄の碁盤、白と黒、正悪一体となった64個の磁石よ現れろ”!」
アウラが何度詠唱してもリバーシが現れない。
何故だろうと思ってアウラに問うと、
「じ、実はまだ魔法適正Lv1なんです……。教会での魔法を使う業務はいつも両親がやっていたので、私は初歩的な回復魔法を使える程度の実力しかなくて……」
という事実を明かされる。申し訳なさそうな感じ。
クレフォリアちゃん曰く、リバーシ魔法はLv2の魔法なのかもしれませんねとの事。
ふむ、制限があるって大変だ。でもLv2くらいなら上達は早いと思うので、毎日魔法を使えば良いよと少女2人が宥める。
その後暇つぶしにオセロのルールを教え、初心者のアウラ相手に舐めプをかます少女2人。
公平だから何も悪い事してないよ?ちょっと、角取って喜ばせてからその隣の一辺全部取ってショック受けさせたりした程度。ルール通りだからなんにも悪くない。
暫く遊んでいると、宿泊部屋のドアがノックされる。
「ナターシャ様! 出発の準備が整いました! 宿の前で点呼を取るので集合してください!」
お、もうそんな時間か。
ナターシャはリバーシにリバーシよ消えろ、と詠唱して消してから立ち上がり、クレフォリアとアウラ、更に同じ部屋でくつろいでいたガレット、斬鬼丸も加えて宿の外に出る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
宿の外では冒険者が勢ぞろい。
昨日散々お酒を飲んでいたのに、二日酔いしている様子もなく全員元気そう。
アストリカさんは……目を合わせてくれない。そして凄く申し訳なさそうな顔をしている。
昨日カレーズが言っていた事は本当のようだ。
という事で、残念ながらアウラとは一旦ここでお別れ。
元気よく分かれの言葉を告げてナターシャは御者の男性の後ろに並ぶ。
アーデルハイドにより各馬車の点呼が終わり、馬車に乗り込む面々。
日の出はまだ浅く、少し湿っぽい空気が流れるような時間帯だが晴れているので出発するには丁度いい。
全員乗った事を御者が発言し、アーデルハイドから出発の号令が出る。
そして冒険者ギルドとナターシャ達の馬車は次の目的地、サウド村に向かう。
その途中、昨日は見えていなかったツギーノ村の珍しい特徴が現れる。
なんと、村の広場の中に存在する街道が二手に分かれているのだ。
真っ直ぐ進む道と、右に曲がる道。後ろに進む道は……多分来た道なので除外している。
馬車は右に曲がる道を選択し、ログハウスな宿屋と、開店準備を始める土産物屋をナターシャは残念そうに見送る。
次来た時は観光出来るといいなー……。
のんびりと村の様子を見て回りたい、そんな気分。
詰め込み気味




