99 初日-終:お風呂と就寝
一旦宿泊部屋に戻ったナターシャ一行。
ガレットさんがトランクから入浴用セットを取り出すのを待つ間、ナターシャは気になった事を質問していく。
主に魔法の事とか、この宿に決めた事とか。
「ねぇガレットさん」
ガレットさんはトランクをゴソゴソしながら返答。
「なんですか?」
「ガレットさんは魔法使えますか?」
「いいえ使えません。」
少し眉尻が垂れるナターシャ。
そうなのか、残念。収納魔法教えようと思ったのに。
なら……こういう手はどうだ?
「じゃあ……訓練すれば使えるようになりますか?」
ナターシャの質問を聞き、ガレットさんはお風呂セットを纏める手を止めて考えながら答える。
「……使えるようにみたいですね」
「……一緒に練習しませんか?」
「構いませんが、魔法は一週間程度で身につく物じゃありませんよ」
再び手を動かし、散らかった荷物を片付け始めるガレットさん。
ナターシャは眉間に皺を寄せる。
そのまま腕を組み、残り6日でなんとか魔法を使えるようになる良い方法が無いか考えていたが特に思いつかなかった。
とりあえずガレットさん魔法使い化計画は一旦保留。何かいい手を探そう。
ナターシャは諦め、顔を元に戻して次の質問に移る。
「ガレットさん。もう一つ聞きたい事があるんですけど良いですか?」
「なんですか?」
荷物の片付けを終えてトランクを閉め、お風呂セットを持って立ち上がるガレットさん。
少し不思議そうな顔で質問者のナターシャを見る。
ナターシャは無垢な表情を浮かべたままガレットさんに問い掛ける。
「このお宿に泊まるのを決めた理由って何ですか?」
そう言いながらとっても可愛く首を傾げる。7歳の少女らしい可憐さが出ていると思う。
ガレットさんは少し頬を緩めると、ナターシャに優しく説明する。
「……簡単な理由です。既に私達が狙われていると分かっているのに、冒険者ギルドの方と別行動を取る理由がありません。危ないですからね。これからの旅路も極力一緒に行動する予定です」
「騎士団宿舎には泊まらないんですか?」
「契約を取ってきてくれた貴方にとっては残念な言葉ですが、泊まる事は無いでしょうね。その分旅費は掛かりますが命には代えられません」
「そうですか……分かりました。ありがとうございます」
頭を下げるナターシャ。
騎士団宿舎の内装とか見たかったけど、安全の為だ。仕方ないか。
「どういたしまして。疑問に思った事を聞くのは良い心がけですよナターシャ」
ガレットさんは頭を上げたナターシャの頭を優しく撫でる。
ひとしきり撫でた後、部屋のドアに向かいながらナターシャ達に呼び掛ける。
「さぁ、冒険者の方と一緒にお風呂に行きましょう。斬鬼丸。護衛をお願いします」
「御意」
カシャと鎧の音を鳴らして返事をする斬鬼丸。
ナターシャとクレフォリアも返事をして、再び少女2人をサンドイッチして一階へと降りる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
宿の一階の玄関近く。先に準備をしに行ったアストリカとアウラが待機している。
ガレットさんと同じくお風呂セットを腕に抱えている。
最初は楽しく談笑していた二人だが、ナターシャ達が一階に降りてくるのを見つけたアストリカが元気よく一行に呼びかける。
「おっ、来た来た。こっちだよー!」
酔っているのか大分声が大きい。
ガレットさんが階段から二人に向かって丁寧にお辞儀して、アウラがその礼に返答する。
「こ、これはご丁寧に……。あ、その、お誘い頂きありがとうございます……。アストリカさんがちょっと煩いかもしれませんが、それはその、ごめんなさいっ……」
ガレットさんに対応する形でお辞儀を返すアウラ。アストリカはおぉー……と驚いている。
アウラのお辞儀を見たガレットさんは嬉しそうな顔をする。
「……ふふ、ありがとうございますアウラさん。では早速行きましょうか皆さん」
「お風呂に行くぞー! おー!」
「あ、アストリカさん静かに……」
少し騒がしいメンツが2人加わり、ナターシャ一行は騎士団が経営する公衆浴場へと向かう為に宿の外に出る。
宿の外の広場には松明が等間隔で立てられ、夜の戸張が下りた後でも街道が見えるように明るく照らされている。
街道以外にも村の広場の左に向かって伸びる松明の道があり、ガレットさんはそちらに向かって歩く。
ナターシャ達やアストリカ達もガレットさんの後ろに続く。
他の宿から出て来た人もガレットさん、アストリカ達と同様にお風呂セットを抱え、その松明の道の先を目指して進んでいる事からこの先に風呂場があると理解するナターシャ。
まぁ状況判断はそれくらいにしておいて、取り合えず思った事を質問していく。
「ねぇガレットさん。騎士団のお風呂って人気なの?」
ガレットさんは前を向きながら返答。
「まぁ人気と言えば人気ですね。この時期は冷えますから。温泉代わりに入浴する人が多いです」
「おー……」
納得するナターシャ。成程。
確かに寒い時期に行く湯治はとても大事だ。俺も冬の温泉に行きたいし。
でも温泉なんて滅多に行けないから、代わりに騎士団のお風呂に入る、と。
うん、良いじゃないか。良い心がけ。異世界の人も同じような事考えてるんだね。
異世界の人と意見が合った気になって少し安心し、入浴前にも関わらずほっこりした笑みを浮かべるナターシャ。
その時、アストリカが思い出したように叫んで話し出す。
「あっ、そうだ! 男の人は間違えて私達と一緒の場所に入っちゃ駄目だからね! お風呂は男女別だからね! 分かってる騎士さん!?」
ビシィ、と斬鬼丸を指差すアストリカ。やはり酔っているようだ。
斬鬼丸は少し考えるように顔を逸らした後、返答する。
「……ふむ。忠告痛み入るであります」
「すいません……! うちの仲間がご迷惑かけてすいません……!」
アウラがアストリカに代わり斬鬼丸に頭を下げている。
それを見ていたナターシャは何を思ったのか、斬鬼丸に突拍子もない事を告げる。
「……斬鬼丸。覗いても良いけど、怒られないようにね?」
その言葉に驚いた斬鬼丸がナターシャを見ると、にへらと悪い笑みを浮かべている。
主の意図を理解した斬鬼丸も、悪巧みをするようにわざとらしく腕を組んで呟く。
「……ふむ」
それに呆れたガレットさんが強めに一言。
「ナターシャ。後でお仕置きです」
「冗談なのに!」
深い意味はないのに!
ナターシャがショックを受けている内に一行は騎士団の公衆浴場に到着する。
浴場はエンシア王国で見た物と似ている。違う所と言えば入口が2つある所とか。
「さ、入りますよ」
ガレットさんの声で全員ぞろぞろと右の入口に入っていく。
斬鬼丸は一人残り、その場で主の風呂上がりを待つ事となる。
その時ふと良い事を思い付く。
「……そうであります。今朝方、熾天使殿に防水の魔法でも掛けて貰えば良かったでありますな。明日にでもナターシャ殿に聞いてみるでありますか」
お風呂に入れるようになる為、色々と考える斬鬼丸。
果たして入れるようになるのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらく経った後。
いやー……良い湯だった。
風呂から上がり服を着直し、若干のぼせたアストリカに肩を貸すアウラを宿の2階踊り場で見送り、斬鬼丸にもお休みを告げて宿泊部屋に帰って来たナターシャ。
ガレットさんはお風呂セットを丸テーブルの上で乾かすように置くと椅子に座り、クレフォリアちゃんはもう眠いようでベッドの淵に座り込んで目を擦っている。
実は俺もちょっと眠い。今日はお昼寝してないからかもしれない。……そうだな。他にやる事無いし、寝るか。
ナターシャは服を脱いで畳み、アイテムボックスに収納、クレフォリアを避けるように移動して広いベッドの上に寝転がる。
その様子を見たクレフォリアも服を脱いで畳み、肌着だけになってナターシャの隣に寝転がる。
ナターシャと目が合うとニッコリと微笑んでくれる。優しいねクレフォリアちゃんは。
「ガレットさんお休みなさーい」 「お休みなさい」
少女二人は引率者のガレットに眠る事を告げ、仲良くベッドの掛け布団を捲って中に潜る。
ガレットも少女2人に返答する。
「お休みなさい。……私も寝ますか」
ガレットは椅子から移動してベッドの間の棚を開ける。
そこからロウソク消しを取り出し、壁のロウソクの火を消していく。
最後にキャンドルスタンドの火を消し、棚にロウソク消しを置いてベッドに潜る。
暗い部屋の中、カーテンの隙間から差し込むのは僅かな星明り。
旅の初日は何事もなく平和に終わる。
初日はまだストーリー進まないので取り合えずこんな感じで一日終了。
宿の手配や細かな事は大体ガレットさんがやります。
二日目以降はストーリーメインで話を進める予定。




