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第七話 巡る日常 その①







◆◆◆





 なめらか





 ――――世界的に有名なあるジャガイモ料理について――――




◆◆◆




 


 突きつけられた剣先が頬を掠った。



 急いで距離を取り、アスト・フェアーは黒鋼の身体を震わせる。



(……危なかった。これが本番だったら、いや彼が本気だったら僕の兜は今頃二つに割れていたぞ)



 自らの至らなさと危機感を募らせながら、アストは相手の男に注意を向ける。



 砂塵舞うこのコロッセウムの中央に陣取りながら、隻眼の瞳を光らせる小山のような大男。


 彼こそはサルワティオに存在する最強の豪剣術『業破一刀流』の開祖であり、比翼戦争を終結に導いた英雄アルバトーレ・ダムルードその人である。



「よそ見すんなって言っただろ小僧。そんな呑気に構えてたら、即座に敵に呑まれるぞ!」

「すいません!」




 精いっぱいの覇気を声に込め、アストは握りしめたブロードソードを正眼に構え直す。



 産まれてから死ぬまで碌に剣を握った事の無かった彼にとって剣の重さはとても奇妙なものだった。


 物理的に重いというわけではない。 


 自身の憑依術式でただでさえ頑強なスローンズの肉体を極限まで高めた今、アストは大岩すら持ち上げられる程の怪力を得ている。


 それでも重いと感じるのはきっとこれが人を殺すための道具――――武器だからだろう。



(……情けないな。未だに僕は、こういう事に慣れないみたいだ)



 人を殺めた経験が無いわけではない。

 ひたすら戦いを避けてきた臆病者でもない。

 戦争も、殺し合いも、果ては世界を滅ぼすほどの存在と同化だって経験した身である。


 けれどアストはやはり慣れないのだ。

 いや、根本的に忌避しているのだろう。



  命を奪うという事は、どんな大義を掲げようと一つの未来を奪う事に他ならず、それがアストにとってはたまらなく嫌だったのだ。



 だから、重い。

 この命を絶つ機能に特化したこの道具がとても重い。



(あぁ、もうこんなんじゃ駄目だ!)




 ぐるぐると漂う頭の中の悪循環を無理やりとっぱらって、アストは目の前の相手に集中する。



 相手は剣を志す者ならば知らぬ者なしとまで言われた伝説の英雄だ。

 半端な気持ちで挑めば返り討ちに遭うのは必然である。

 何より




(こうして胸を貸してくれているダムさんに失礼だ!)




 振り切った決意を力にアストは砂塵舞うコロッセウムを駆けた。



 自己強化を重ね、非戦闘特化型の魔術師とは思えない速度で突き進む黒鋼の騎士。



「良い豪快さだ。だがそれじゃぁ俺の剣は止められんぞ」




 不敵に笑うダムルード。

 事実その通りだろう。

 純粋な破壊力を突き詰めた業破一刀流、しかもその開祖相手に生半可な突進は意味をなさない。

 このまま真正面から挑めば恐らく彼の放つ剣圧だけでアストの躯は両断されてしまう。



(そんな事は、百も承知だ)




 だからこそ、アストはここで更にスパートをかける。

 



「セット1解放。認識希釈及び極限加速」



 予め行動予約してあった憑依術式を解放し、アストは一瞬でダムルードの視界から消失した。


 ただ速いだけではなく、自己の存在を限りなく薄める事でさながら蜃気楼のように実在を歪める認識希釈の魔術の組み合わせにより、アストは達人の背後を取る事に成功する。





(取った!)




 背後へ大きく旋回した後その勢いを利用してアストは刺突の威力を向上させる。

 狙うは達人の背の中。

 覚悟を決めたアストは命を奪う気概でブロードソードを突きあげ




「甘いぜぇっ」




 突如振り返ったダムルードが猛々しく大剣を振り降ろした。




「どっがぁぁあああああああああああああああああんっ!」




 擬音じみた咆哮と共に解き放たれた大剣は、まるで颶風のような勢いでアストを吹き飛ばす。



 なんと豪気で繊細な剣術なのだろう――――宙に身体を浮かせながらアストはそんな事を考えていた。



 ダムルードの豪剣は、決して恵まれた体格任せの力技ではない。

 溢れる力を緻密にコントロールし、それを脱力と正確な「型」を添えて最大限の破壊力へと変換する業破一刀流、その起原にして頂点の技術は、言うまでもなく類まれなるものである。



 単純に人を吹き飛ばすだけならばアストの相棒も楽々こなすだろうが、あれはゴリラとかトロールの類だとカウントしているので比較対象にはなり得ない。


 魔術やオーラに頼らず、あくまで人の技術だけでここまでの力を引き出す業破一刀流。

 人の力の結晶の様なその豪剣術に深い畏敬を覚えながらアストは地面に転げ落ちた。




「今のは中々よかったぞ、アスト」



 丸太の様な大きさの大剣を肩に乗せながら、破顔一笑。

 豪快な笑みを浮かべながら近づいてくるダムルードに先程までの剣呑さはない。


 そこにいたのは豪気と渋みを程良くブレンドしたナイスミドルだった。


「どうして僕の位置が……?」

「あん? そりゃぁアレよ。剣士の勘って奴だ」

「すいませんもう少し詳しく」

 


 問われてダムルードはそうさなぁと顎髭をさする。



「魔術師やオーラ使いってのは、どうしても何かを歪めるだろ。いや、そういう奴らに限らず生き物の営みってのは多かれ少なかれ色んなもんを歪めて出来ている。わかるか?」

「胡蝶の羽ばたき理論や魔術的カオスエフェクトのようなものですか?」

「なんだそりゃ。んな小難しい事じゃねえよ。お前さん良く人様から頭でっかちって言われねぇか」

「……言われます」



 大当たりである。


「カカカッ。なぁに気にすんな。魔術師ってのは知るのが仕事よ。そんだけ知識が多いってのはお前さんが優れた魔術師って証拠だろ。こんなジジイの戯言に臆せず、しゃんと胸張んな」



 言い終えてまたカカカッと笑うダムル―ド。

 アストは彼の笑い声が好きだった。

 歴史書によれば、彼は生然多くの女性を娶ったそうだが、それもさもありなん。

 こんな豪快で良い男、世の女が放っていくはずないだろう。



「んでまぁ話の続きだ。俺の言う『剣士の勘』って奴ぁ、その歪みを読むのよ。お前さんが納得するような言い回しで語るとすりゃぁ、魔力やオーラの流動ってのを読んでるって事になんのかな? いや、微妙に違うか? こう、相手の「やってやる」って気持ちを先読みして……いや、殺気読みなんざ武人なら出来て当たり前だかんな。カカカッ、感覚を言葉にするってなぁ難しいなぁ」



 言ってる途中で思考の堂々巡りを始めたダムルードをよそに、アストはなんとなく彼の言わんとしている事を理解した。




(おそらくダムさんは、あらゆる揺らぎを複合的に感知できるんだろう。魔術、オーラ、精神ベクトル――――そういった全く別種の感知カテゴリを網羅した超感覚とでもいうべきなのかな。にわかには信じられないけど、多分この人はそういうレベルのものを持っている)



 生来のセンス、というものも勿論なるだろう。

 だが彼の超感覚は恐らくそれだけの賜物ものではない。

 気の遠くなる様な修練、数多の闘争、幾千幾万の死線――――彼の生涯を彩った波乱の数々がその神がかった超感覚を支えているのだ。




「参りました。やっぱりダムさんはすごいや」

「カカカッ、理解してくれたなら何より。なーに、こんなもんは時間さえかければ誰でも出来る。勿論おまえさんにだってな」




 眼帯をしてない方の目で茶目っぽくウインクするダムルード。

 アストでは決して出せない大人の渋みがそこにはあった。









『心象複製型位相領域解除。アスト・フェアー並びにアルバトーレ・ダムルードの当位相領域への帰還を確認。お疲れさまでした。これにて午前のトレーニングは終了します』




 オペレーターのお姉さんの挨拶が終わり、アストが辺りを見渡すと、そこには砂漠の闘技場の姿は無かった。



 大理石の壁にリノリウムの床。今ではすっかり見慣れた屋敷の練武室の姿を見てアストはホッと安堵のため息をついた。





「カカカッ。すっかりここの生活にも慣れたもんだなぁ、アスト」

「まだ十日しか経ってないはずなんですけどね」



 あのチュートリアルとはとても思えない地獄の大熱戦から十日、アストはすっかりヴィーケンリート邸の住人として打ち解けていた。



 

 一番の上司こそアレな輩ではあるが、ここに住まう住民は誰もかれもが気立てがよく、非常事態にも関わらず急に加わったアスト達を快く受け入れてくれたのだ。


 いや、正しくは非常事態だからこそと言うべきだろうか。

 


 なんと驚くべき事に、異世界サルワティオにはアスト達が加入するまでスローンズクラスのユニットが一人もいなかったのである。




『いやぁ、スローンズって世界を救ったり、歴史的な大変革を行う様な偉人しかなれない激レアくらすだからねぇ。そうポンポンと輩出されるわきゃないし、仮に出てきても負けっぱなしのウチじゃあ、すぐ相手さんに取られるのがオチでさー』




 にゃはははは、と在りし日のヨミは語っていたが全然笑いごとでは無かった。

 ゲーム上最強のクラスであるスローンズが皆無だったというのは、まだ「ダンジョン×クロスダンジョンズ」についての知識が浅いアストでも頭を抱えたくなるほどの大惨事である。



 いや、それだけならまだいい。


 確かにヨミの言うように救世主や大変革者が雑草のようにうじゃうじゃ生えてくるなどあり得ないし、よしんば生えてきたとしてもそれはあまりいい世界とは言えないだろう。



 毎日のように救世主が世界を救わねばならず、変革者が変えなければならない世界など最早地獄と同義である。



 スローンズの輩出が少ないという事は、裏を返せばそれだけ世界が平和に運営されてたという事であり、決して攻められるべき事ではない。


 だからここまでならまだアストも許す事が出来た。

 そう、問題はここからであある。




『そんな訳で殆どスローンズが出ないウチは、代わりに賭け札アンティとしてミニオンを大量に取られてさぁー。今じゃ残ってるミニオンは三人しかいないのよー』




 この時ばかりは流石のアストもヨミの顔面をぶち抜いてやりたくなった。



 三人である。

 三人である。

 三人である。





 あの山より巨大なアヴァランシェを操るカルバオウル、更には歴戦の武人にして現在アストに付きっきりで武術を叩き込んでくれているダムルード。


 彼らが所属しているクラス偉人英雄のクラス『ミニオン』こそ、アスト達が本来頼りにすべき主力であり、戦術の要である。



 それがサルワティオには三人しかいないのだ。



 勿論、この数が各異世界のミニオン保有率の平均値……という事は無い。

 ヨミによれば数十人のミニオンが在籍している異世界はザラであり、百人以上ミニオンを保有する異世界国家も珍しくないとの話である。




 最早詰んでるとかそういったレベルの話ではなく、勝負する事すらおこがましい程の体たらく。

 こんな状況で良くヨミは自分達を逃がそうなどと考えたものである。

 いや、その辺りも含めて彼女の計算の内だったのかもしれないが、ヨミを見てるとたまに本当にアレなんじゃないかと思えてくるから困ったものだ。




「カカカッ。不安に思うのは仕方ねぇが、泣いても笑っても後二十日だ。今は深く考えず、お互いやれる事に全力を尽くそうぜ!」

「はいっ!」



 練武室で交わされる熱い漢のやり取り。

 固い握手の抱擁は、なんとも暑苦しいものであったという。






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