第五話 チュートリアルのお相手は、山より巨大なゴーレムで その①
◆◆◆
最も強い者は誰かって?
決まっている。
それは最も強いモノを操れる奴の事さ。
最も偉大な者は誰かって?
決まっている。
それは最も偉大なモノを支配している奴の事さ。
じゃぁ最も賢い者は誰かって?
言うまでもないことだろう?
それは最も強くて偉大なモノを造り出せる奴の事さ。
だが忘れるな。
強かろうが偉大だろうが賢かろうがそれらは所詮添え物にすぎない。
最も大切なものは■だよ
――――サルワティオ古代記より――――
◆◆◆
冒険者という職業は、大体にして往々荒事というものに慣れている。
未知の世界への冒険、敵対するモンスターや同業者との確執、更には予期せぬ陰謀に巻き込まれる事もままある事だ。
世界を旅する根なし草は、素晴らしき自由の代償として安全とは無縁の生活を余儀なくされている。
特にアスト・フェアーとリリストラ・ラグナマキアのコンビはその傾向が顕著である。
彼らは自分達が興味を持ったものや、やりたい事に対して自重しない。
自分達の冒険心がくすぐられる事案があれば、とりあえず首を突っ込んでみて堪能する――――そういうスタンスで旅を続けてきたものだから、当然何もかもが行き当たりばったりで、手痛い失敗や命の危機に直面した経験も一度や二度ではない。
それでもアスト達が冒険者として生計を立てられ、あまつさえ世界を救う事が出来たのは、単純かつ乱暴な話、彼らが強かったからである。
彼ら自身は照れながら否定するだろうが、その実力は間違いなく当代のサルワティオにおける頂に位置するものであり、『禍焉』の脅威から世界を救う事が出来たのも彼らだからこそ為し得た偉業である。
しかし、そんな歴戦の勇士である彼らでさえもその存在には目を疑い、言葉を失った。
白い岩肌、木々の茂る巨腕、動く度に揺れる大地、そしてその貌の全容は――――雲に隠れて見る事すら敵わない。
その巨人は、何もかもが規格外だった。
『というわけでパンパカパーン! 君達の初『ダンジョン×ダンジョンズ』は、このゴーレムちゃんを見事倒すことデース! まぁチュートリアルという事で、他に余計な条件はつけないよ。アレを倒したらクリアだ! とってもシンプルだろ?』
煽るようなヨミのアナウンス。
イマイチ安定しない彼女のパーソナリティは兎も角として、その文言は的を射ていた。
確かにシンプルだ。
しかしシンプルに、糞だった。
「食後の運動にしては……随分とハードだな」
軽口を叩くリリス。
しかしその美しい額からは、うっすらと汗が滲んでいる。
無理もない。
間違いなく前方の巨人は彼女が相対した相手としては最上位、それも二位と優にクアトロスコアをつけるほどの巨魁なのだ。
「開いた口が塞がりませんよ」
口のついてない鎧騎士はそんな事を言いながら、ゴーレムの動きを観察する。
目を失ってもその感知能力は健在であり、「視る」だけでアストの脳に巨大ゴーレムの情報が更新されていった。
「タダ大きいだけじゃありませんね、アレ」
結果、稀代の憑依術師は理解してしまう。
全容すら見えない程の巨大なゴーレム、アレは見た目通りの化物だ。
「核となる魔術炉心の数は感知できるだけでも凡そ数百、更に演算用の神経回路は数えるのも馬鹿馬鹿しい数ですね。おまけに用途に応じた魔術兵装が――――千じゃ足りないなコレは。はは、もう何もかもが無茶苦茶だ」
何がおかしいのか頭を抱えて笑いだすアスト。
なまじ「視えて」しまう分、投げだすのも早かった。
「リリスさん、今からでもあの糞女神に土下座してこんな所おさらばしちゃいましょう! こんなの相手にするだけ馬鹿馬鹿しいですって!」
「うむ、お前も十分糞野郎だ!」
先程あんなにカッコいい啖呵を切った男とは思えない情けない台詞だった。
『にゃははははは! 中々面白い事を言ってくれるねアストっち。でも駄目だよ! この泥船は一度乗ったらそれでお終いの片道切符。途中下車は認められないにゃー!』
空に轟くヨミのアナウンスと同時に昇降機の入口が煙のように消えていく。
「なっ!?」
「待って下さい!」
思わず駆け寄る二人をあざ笑うかのように昇降機は一切の痕跡を残さずに無くなってしまった。
『さぁさ、これで退路は断たれてしまったよ! どうするどうする? もう戦うしかないよね? やるっきゃないよね?』
ヨミのうざったいアナウンスに辟易としながら、二人は再びゴーレムに向き直った。
「さぁ、アスト。もう逃げるだとか温い事は言ってられなくなったぞ」
「僕は逃げろだなんて一言も言ってないですよ。あくまで冷静に戦略的撤退を提言したまでです」
「しゃらくさい」
「リリスさんが脳筋すぎるだけです」
そんな事を言いながら、けれども二人の意志は前方の化物に向いていた。
「まずはどうする? 適当に壊すか?」
空より愛戟【万龍億土】を召喚し、手慣れた手つきで振りまわすリリス。
「いや、ここは様子見で下半身から攻めていきましょう」
溜息をつきながらも、濃密な魔力を周囲へ拡散していくアスト。
明かに二人が纏う空気が変化した。
先程までのイマイチぱっとしない阿呆共の姿はどこにもない。
今彼方のゴーレムをねめつけるのは、数多の冒険を乗り越え、果ては世界まで救った二人の英雄だった。
「とりあえずリリスさんはブレスの準備を。射出のタイミングで威力重視の付加術式を付与します」
「承知した」
アストの指示に従い、リリスは掌をゴーレムの立つ方角へと向けた。
ブレス。
それは龍の因子を持つ者のみに許された命の咆哮。
それは生命の頂点に立つ龍種の有り余る生命力を破壊の力へと収束して放つ究極の一撃。
『最後の真龍』と呼ばれるリリスは、掌に刻まれた正方形の文様に生命力を込める事で『龍の口』を開き、ブレスを放つ事が出来る。
「いくぞ、アスト」
溢れだす生命力。
常人ですら知覚する事が出来るほどの赤い命のオーラがリリスの右掌に収束していく。
『口』が開いたのだ。
「セット付与対象リリストラ・ラグナマキア。生命力向上、破壊力乗算、破砕属性付与、魔力妨害術式添加、収束性及び加速性の上方修正――――完了。こっちも準備出来ましたよリリスさん」
対するアストの挙動は一見静かなものだった。
彼が行ったのは、自身の魔力で発生させた『領域』に固有の情報と指示を入力し、世界へ指向性のある情報を憑依させる(本人曰く)地味な作業である。
だがその実彼が現在リリスの周囲に付与している情報の付属性と濃度は、サルワティオの凡百の魔術師が束になっても敵わない次元に達してた。
基より憑依術式とは魔術の発生における情報の入力と付加について究めた分野である。
これを突き詰め、稀代の憑依術師とまで称されたアストによる能力の増強は、子供が投げた小石が投石機並みの破壊力を獲得し、道端に落ちている木の枝を妖刀魔剣のレベルへと変貌させる。
では、その力を『最後の真龍』であるリリスに注ぎこんだらどうなるか?
「憑依術式による威力強化の更新、終わりました。ぶっ放しちゃって下さいリリスさん」
「あぁ! それでは――――参ろうか!」
注ぎ込まれた生命力と稀代の憑依術師による強化が臨界点に達し、リリスの掌が深紅のオーラに包まれる。
大いなる力の流れが一点に収束し、目視できないほど縮み、そして
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああああああああああああああああああああっ!」
『最後の真龍』の咆哮と共に爆ぜた。
音すら置き去りにした深紅のブレスは進行方向に存在する木々の群れを瞬く間に蒸発させ、目にも止まらぬ速さで遠方のゴーレムへと差し迫っていく。
それはまさに破壊の奔流。
触れるもの全てを灰燼へと帰しながら尚も加速していく生命の輝きが、定めた獲物へと牙を剥く。
ゴーレムはその巨体に似合わぬ俊敏な動作で、防御と回避行動を取ろうとするが時すでに遅し。
二人の英雄による合作は、容赦なくゴーレムの下半身へと着弾し、周囲の地形を巻き込んで爆発した。
ゴーレムを巻き込んだ大規模な破壊と爆発から少し間をおいて、ようやく追いついた轟音が悲鳴を上げる。
衝撃が拡散し、噴煙がまい、大地は無惨に緑を失っていく。
ブレスの直撃を受けたゴーレムは下半身の大半を失い、直立を維持できなくなったのかゆっくりとまるで天から堕ちるように倒れていく。
空から現れたゴーレムの頭部は古代に隆盛した彫刻芸術のように美しく、神秘性を秘めていた。
雲の谷間から差し込む光と共に崩れ落ちる荘厳なゴーレム。
そんな絵画の様な一瞬を目にしながら、二人は何をしていていたのかというと
「……………………おい」
「……………………うわぁ」
ドン引きしていた。
一体何にと問われれば答えは簡単、彼らは自分達が出した技の威力に引いていたのである。
「なん……ですかリリスさん。いつの間にこんなブレスが使えるようになったんですか?八大龍王の加護ってこんなエグイんですか? 人が出していいブレスを超えちゃってますよ」
「それを言うならお前の方だろアスト! 何だあのアホみたいな憑依術式は!? お前のせいで私の可愛いブレスが全くの別物になってしまっただろうが!」
「いやいや…………だからそれは基準値が高かったせいですって。おかしいのはどう考えてもリリスさんでしょうが」
「なんだと!」
「なんですか!?」
早速口論を始めた二人の争点は実に明快だった。
先の一撃、完全に自分達のキャパシティを越えた破格のブレスの原因は、相方の実力である――――そういう風に互いが認知したが故の喧嘩である。
自分の実力は自分が一番よく理解している。
そしてあのブレスは、明かに異常な出力だった。
で、あればその原因は誰にあるか?
二人が相方に目を向けるのは必然であった。
『仲良くじゃれあっているところ悪いけどねー、二人の主張は両方とも正しくて両方とも間違っているんだ』
空の彼方から流れるヨミのアナウンス。
二人は不機嫌そうに空を見上げた。
「どういう事ですか糞神。もったいぶってないで教えてください」
「そうだぞ糞神。説明不足は敵を作るだけだ」
『なんか私を呼ぶ声に物凄い悪意を感じるんだけど気のせい!? 気のせいだよね! まぁ兎に角答えを述べさせてもらうよ!』
一拍おいて咳払い、そして改まったようにヨミの声が青空に流れた。
『さっき話した通り、君達は『ダンジョン×クロスダンジョンズ』への参加資格を持った『ユニット』として生まれ変わった。一応もう一度説明しておくけどユニットっていうのは死した魂を高位情報体として進化させた存在の事だ。んでユニットっていうのは生前よりもちょっとばかし作りが頑丈になっっている。でもこのちょっとばかしっていうのが曲者でね。まぁある種公正というかなんというか、実力主義じみた側面があるんだよ』
イマイチ煮え切らないヨミの説明にリリスは小首をかしげた。
対するアストは何かに気付いたのか「……まさか」と小さな声を上げていた。
『うん、まぁ多分。アストっちの考えた通りだよ。『スローンズ』、『ミニオン』、『アイコン』、『フォロワ―』。わざわざユニットが四つのランクに分けられているのはその為だ。みんなが死んで転生して作り直されるとして、世界を救った英雄と、ニートや社畜やいじめられっ子が同一の規格で設定されるわけないだろって事だよ』
ニートや社畜という言葉がどういう意味なのかは分かり兼ねたが、アストには彼女が伝えんとしている事の本質が読めた気がした。
「つまりユニットとして転生する際、生前の行いによって定められたランクに従った強化を受ける。そういう事ですねヨミ」
『イグザクトリー! そこまでわかれば後は分かるよね? 最高位のランク、世界を救った救世主と呼ぶに足る存在のみが座ることのできるスローンズ。これに選ばれた君達に付与されたちょっとばかしの凄さが』
返すまでもなく二人は痛感していた。
先の一撃、様子見で放った程度のブレスですらあの威力だったのだ。
最早この身は全くの別物と化している――――その事実に小さな戦慄を覚え
「こんな事を平気でやる神様って」
「控えめに言って最悪だな」
より一層神への不信感を募らせたという。
『い、言っとくけど私は何にもしてないからね!? 君達をスローンズにしたのも、スペックを引き上げたのも『連合』の仕業で……』
「へぇ。ふーん。ほー」
「そうなんですね。とてもさんこうになりましたよよみ」
二人のヨミへの信頼値はそろそろ地面を割る勢いだった。
「まぁ貴方の主張を鵜呑みにするのは論外としても、僕達の身に何が起こったのかは大体理解できました。それじゃぁヨミ、ゴーレムも倒し終えた事ですし、そろそろここから出してくれませんか?」
『んー?』
アストの嘆願に対し、ヨミの語尾が疑問形に伸びた。
『ゴーレムを倒した? いやいやそれは些か早計ってもんだよアストっち。君達は確かに目を見張る活躍を見せてくれたけれど、ウチが誇る偉大なるゴーレムマスターも負けちゃいないよ。ねぇカルバオウル』
その震動は、ヨミの言葉に呼応するかのように世界を揺らした。
「おいアスト!」
「わかっています! これは――――」
揺れる。揺れる。揺れる。
立つことすらままらない程の震動が、大森林全体を揺らす。
それはまるで悲鳴の様だった。
大地を割り、地上を飲み込むほどの巨大な悲鳴。
地面がひび割れ、木々が倒れ、土砂が崩れて尚、止まぬ自然の猛威にアストはたまらず声を上げた。
「リリスさんっ! 飛んで下さい!」
「うむっ!」
すかさずリリスの白い肌がアストの黒鎧の身体を掴み上げ、飛んだ。
深紅のオーラを翼に変え、閃光のような速さで地を離れるリリス達。
「やっぱり飛行性能も跳ね上がってますね」
「無駄口を叩いていると振り落とされるぞ」
確かに、その通りであった。
スローンズとして生まれ変わったリリスの飛行速度は、優に音速を超えている。
龍の頑強な肉体をオーラ化した彼女の加護により事なきを得ているが、それでも油断すれば手を離しかねないほどの『圧』をアストはその鎧の身で感じていた。
やがて震動は止み大地の崩落が落ち着きを見せた頃、リリスは空に足をつきながら抱えたアストに声をかけた。
「なぁアスト、出来る事なら私はこの光景を嘘だと思いたいよ」
「……同感です」
アストは鎧兜の頭を縦に振り、心の底からの同調を示した。
彼らがうんざりしているのはこの惨禍に対して、ではない。
これだけの自然の暴走が、その実ただの――――。
『はじめましてそして待たせてごめんね。ボクの名前はカルバオウル、ただのしがないゴーレムマスターにしてこの『アヴァランシェ』の造物主だよ』
聞き慣れないアルトボイスに反応するかのように、下半身を失ったはずの巨大ゴーレムが立ちあがった。
彫刻で作られた偉丈夫の様な神秘的な相貌が、リリス達を見上げ、そしてたちまち見下げる位置に達し、雲の谷間に消えていった。
そう、驚嘆すべき事に。
あれだけ世界を揺るがした未曽有の大災害の正体は。
その実ただの回復手段に過ぎなかったのである。
『それじゃぁ偉大なるスローンズのお二方、早速第二ラウンドをはじめようか。なぁに安心してくれたまえ。さっきみたいな退屈な展開にはならないよ。ボクもコイツも今度はしっかり動くからさ』
カルバオウルと名乗る人物の宣誓に従うようにゴーレムを構成する岩肌が、剥がれ落ちていく。
天に達するゴーレムの身体から落ちていく巨大な岩石群は、本来であればそのまま大地に傷跡を残す筈だった。
しかし。
「リリスさん。迎撃の準備を」
「あぁ。忙しくなりそうだ」
重力に逆らって、天に浮遊する無数の巨岩群。
恐らくはゴーレムに内蔵された魔術兵装による能力だろう。
『さぁ、いくよ』
カルバオウルの意志に統率されたおびただしい数の岩石が、リリス達めがけて一斉に射出される。
数えるのも馬鹿馬鹿しい大地の殺意を前に、リリスは右掌の『口』を掲げ
「アスト!」
「はい。対鉱物性付与、拡散性追加、思考誘導及び追尾性能記述。いいですよリリスさん!」
ブレスを放った。
顕現する深紅の咆哮。
膨大な生命のエネルギーが先程の様に前方に立ちはだかるあらゆる存在を破壊尽くし
「散れ!」
そして無数の奔流へと分岐した。
枝分かれしたリリスのブレスは、それぞれ一つ一つが接近する巨岩の群れを飲み込んでいく。
アストの憑依術式によって鉱物への特殊な破壊性能を帯びた龍の息吹は容赦なく巨岩を灼断し、そのままゴーレムの本体めがけて飛翔する。
『その飛び道具は見あきたよ』
しかし衝突の刹那、細分化された龍の息吹は煙の様に掻き消えてしまった。
「遮断されたか」
「熱、光、衝撃、その辺りの遮断フィールドを展開したんでしょうね。加えてこっちは威力を拡散してましたからより効果的に防ぐ事が出来たのかと」
分析を口にしながら、アストは改めて相手の技術力に感嘆する。
(…………あれだけの巨体に地形崩壊を孕んだ再生機能。自らの肉体を用いた遠距離攻撃は大地そのものを取り込み回復する奴の特性から実質無限。更にあらゆる状況を想定した魔術兵装がより厄介さを助長している。おいおい幾らなんでも多機能に過ぎるでしょ)
「まるで神話の世界に紛れ込んだような気分だな」
リリスの何気ない一言にアストも肯定の意を述べようとして――――
(……神話の世界? いや、待てよ)
何かが閃きかけた。いや、思いだしたというべきか
「リリスさん、あの」
だがそれを口にしようとした瞬間、前方のゴーレムの両腕が動きを見せた。
轟きを上げながら地を叩きつける二つの巨腕。
叩きつけられた大地は、微量の光を放ちながら揺れ動き、そしてまるで噴水のような勢いで隆起した。
「話は後だ! まずはあれを避けるぞ!」
言うがいなやリリスの身体は紅い閃光となり、空を翔けた。
秒の速度で建立されていく大地の柱。
盛り上がった地面は殺意を伴った形状となり、天を貫いていく。
それだけではない。
それだけでは止まらない。
ゴーレムは叩く。
大地を叩く。
四方八方の大地を揺らし、その度に天を貫く尖塔が現出、直進し、アスト達の進路を奪っていく。
「リリスさん! このままじゃジリ貧です!」
「言われずとも、わかっている」
時間を置けば置く程状況は不利になっていく。
最初こそ、こちらが有利な展開であったが、あのカルバオウルが動き出してからというもの状況は刻一刻と悪化している。
「だからこそ、攻めるぞアスト!」
「え?」
予想外の発言にアストが突っ込もうとするも、それすら待たずにリリスの身体は飛翔した。
深紅の閃光が青空を駆る。
「リリスさん、一体どういう――――」
「ひとまずあの腕を何とかする。だがブレスは防がれる可能性がある以上、私の力で直接壊すしかあるまい」
あぁ、もうこの脳筋めと頭を抱えながら、アストはリリスの要望に応じた憑依術式を編み始める。
「セット1付与対象リリストラ・ラグナマキア並びに行動予約【万龍億土】解放時。憑依構成、身体能力強化、腕力増強、主観時間六倍速、発生事象範囲及び規模拡大。んでもってセット2付与対象リリストラ・ラグナマキア。対鉱物性付与、拡散性追加、思考誘導及び追尾性能記述。準備できましたよリリスさん。さっきの岩の雨が待ち構えているんでそれをブレスで迎撃して下さい。その後更に近づいてズドン、これでいいですね!」
「うむ! 流石アストだ」
相棒への素直な賞賛を口にしながらリリスは右掌を掲げる。
隆起する大地と浮遊する巨岩の群れを迎撃する形で龍の息吹が放たれた。
尖塔と化した地面の隆起を真正面から捉え、同時に無数に枝分かれする破壊の奔流。
岩の雨を拡散したブレスによって迎撃しながら、リリスは縦横無尽に空を駆る。
「しかし数が多いな。こう多くては近づくのも面倒だ」
「だからって無茶しないでくださいよ。リリスさん程僕は頑丈に出来てないんですから」
「どうだかな。それよりアスト。気づいているか。巨人の右側腕部、『雨』が薄くなってるぞ」
リリスが指摘したのはゴーレムから展開される岩の雨の密度だった。
良く目をこらせば成程、確かに生成される岩の量が少ない。
「おそらく腕は隆起攻撃に使用しているからでしょうね。誘ってる可能性もありますが突っ込んみます?」
「あぁ。迷ったら当たれだ。後悔や反省は、砕けた後にすればいい」
両者の意見が一致した事で指針は決まった。
狙うのは右腕だ。
敵の遠距離攻撃の薄い所を目がけて、リリスは更に速度を上げて懐に飛び込む。
迫りくる白亜の岩。
リリス達の進行方向に合わせて、放たれる大地の砲弾。
その数は百、千、万、尚も増え続け、それら全てがリリス達目がけて雪崩れ込む。
「随分狙いが正確になってきたじゃないか」
「褒めてる場合じゃないですよ! 奴め、今まであえて岩弾の誘導性能を下げてたんだ。畜生、これじゃぁ弾幕の濃淡は関係ない」
巨人の懐に入った途端、岩の雨はまるで意志を持ったようにリリス達だけを狙うようになった。
先程までの攻撃が只の砲岩ならば、これは完全に意志を持った魔弾。
避けようにも余りにも数は膨大で、頼みのブレスは先の近距離遮断フィールドで減衰される可能性大だ。
「あぁ、もう吐きそうだ」
「ふっ、じゃぁここで終わるか?」
挑戦的な笑みを浮かべるリリス。
このまま手をこまねいていれば、数秒後には岩石の雨に押し潰されるというのに、ちっとも焦っていない。
それが何だか無性に腹立たしくて
「終わらいでかっ!」
アストはやけっぱちとばかりに憑依術式を紡いだ。
「セット付与対象リリストラ・ラグナマキア。付与範囲設定対象者周囲半径三百メルト。上記対象に土属性に対するアンチエレメントフィールド及び方向反射機能をを展開。これで、どうだぁ!」
アストの叫び声をかき消すように岩石の雨が降り注ぐ。
だが――――。
「弾けぇええええええっ!」
四方八方を覆う岩の砲弾は、直前にその進行方向を変え主であるゴーレムに向かっていった。
まるで急に乱心したかのように主を襲う岩の群れ。
余程優秀な魔術が組み込まれていたのだろう、反転した岩弾は重力すら逆らって主の身体を削いでいく。
「うむ。絶景かな絶景かな。流石アストだ。お陰で命拾いしたぞ」
「嘘おっしゃい。ただ僕の憑依術式が見たかっただけでしょうが!」
生前から続くリリスの悪癖にアストは半ば本気で噛みつく。
彼女はアストを信頼している。
それは自分の命すら簡単に預けられる程、強く深い信頼だ。
だが物事には限度があるわけで、強すぎる信頼は彼女のとてつもない好奇心と交わって戦闘時やピンチの時にあえて何もせず、無理やりアストに解決させるという良く分からない悪癖を生み出した。
今だってこの程度の窮地は生前の彼女ですら解決出来たというのに、敢えて何もしなかったのだ。
それは彼女なりの試みなのかもしれない。
自分の認めた相棒は今も自分の横を歩いているのかと、そんな可愛らしい事を考えているかもしれない。
だがそれはそれ、これはこれ。
窮地に急な無茶ぶりをけしかけられる身としてはたまったものではないのである。
「まぁまぁそう気を立てるな。危機を脱したのは事実だ」
悪びれる様子もないリリスは自身の周囲に展開された青白い結界を眺めながら言う。
リリスを中心に展開された半径三百メルトの結界は、領域内に侵入した岩の雨を自動的に跳ね返していた。
「凄いなコレは。無敵じゃないか」
「感心してないでさっさと移動して下さい。こんなもの時間が経てばすぐに対策されます」
「うむ!」
リリスは元気よく頷くと、飛行速度をよりいっそう高めた。
降り注ぐ岩の雨を跳ね返しながら騎士を担いだ龍は飛ぶ。
疾風怒濤に虚空を駆ける姿はさながら紅い流星。
猛き龍の顎は今まさに巨兵の腕を捉えようとしていた。
「こちらの射程圏に入ります! リリスさん、準備を」
「あぁ! い、く――――ぞ!」
リリスの裂帛の気合いに合わせて、全身の紅いオーラが【万龍億土】に集積していく。
天を震わすほどの駆動音と共に【万龍億土】の刺援が眩い光を放ち、やがてそれは岩石の雨を灼く程の熱量を帯びた。
「さぁ、餌の時間だ【万龍億土】。思う存分喰らうがいい」
主の許可が降りた事で【万龍億土】の放つ熱光は更に激しさを増す。
刺援よりほとばしる撃滅の光をゴーレムの右腕の方角へ掲げ、リリスは最後の突進を始めた。
「これで、どうだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
『最後の真龍』の叫びと共に振り上げられる一撃必殺の殲光。
空に瞬く鏖殺の光は、優に数キロメルトはあるであろうゴーレムの右腕に喰らいつく。
刹那の交錯、そして導き出される世界の答え。
「右腕切断を確認。やりましたっ!」
「よしっ!」
二人の歓喜の声が、落ちゆくゴーレムの右腕に木霊する。
それはまさに無双の理の具現だった。
放たれた熱光は獲物を失ってなお、輝きを曇らせず、今やその煌めきは空の彼方まで届こうとしていた。
急激に質量を失い、巨体を大きくぐらつかせるゴーレム。
即興で立てた作戦は、成功と言ってさしつかえない戦果に終わったのだった。
「作戦は成功だなアスト」
「お疲れ様です。さっすがリリスさん」
「いやいやアストの敢闘あってこその戦果だ」
「またまたー、口がうまいんだからぁ」
崩落する右腕の残骸を眺めながら二人は顔を見合わせて安堵する。
無論今は戦いの最中だ。
まだ敵が健在である状態で気を抜くなど言語道断であり、そんな事は荒事のプロである彼らには百も承知な出来事だった。
しかし同時に彼らは底抜けの阿呆でもあった。
お気楽というか直ぐ調子に乗るというか、そういった類の精神性を持ち合わせた彼らは、戦場のど真ん中であろうことか気を緩めたのである。
子供の様にきゃいきゃいとはしゃいだのである。
勿論、彼らがいつもこんな失態を犯すのかと言われれば答えは否だ。
彼らは歴戦の冒険家であり、滅びゆく世界を命がけで救ってみせた英雄だ。
いくら底抜けの阿呆であろうと、普段であれば時と場所と状況をわきまえた行動の取れる輩である。
だが相棒との今生の別れからの再会、新たな冒険の幕開け、桁違いにパワーアップした己の能力等、およそ二人をワクワクさせるような超展開が続き過ぎたせいで彼らは高揚してしまったのだ。
そして昂った精神がここに来て最高値に達し、斯様な事態を招いたのである。
「さぁ、リリスさん。このままサクッと終わらせちゃいましょう」
「うむ。こんな場所に長居は――――――――む?」
だが、彼らの犯した失態は、決して彼らを許したりなどしなかった。
『超速再生』
響くカルバオウルの声。
そして次の瞬間。
「な」
「はっ?」
優に数キロメルトはあるであろうゴーレムの巨腕が、先程の切断面から現出した。
「いやいやいやインチキ行為もいい加減にして下さいよ! なんで全長数キロの構造物が一瞬で生え変わるんですか!? 再生能力が上がったとかそういう次元じゃないでしょ!?」
「御託はいい! 一先ず距離を開けるぞ」
咄嗟の展開にも関わらず、リリスの判断は早かった。
だが同時に、それまでの行動が遅すぎた。
戦場のただ中で、緩慢と過ごした代償がここに来て牙を向く。
『逃がさないよ』
振り降ろされたのは音を置き去りにした巨兵の鉄槌。
数キロメルトのゴーレムの右腕があり得ない速度でリリス達を襲う。
「ヤバッ――――――――」
その先をアストが言う前に巨腕は彼らを殴り潰した。
遅れてきた轟音と共に、彼らの姿は土煙立ちこめる大地に消えていく。
そして彼らの落下地点に無情の鉄槌が再び降り降ろされる。
何度も。
幾度も。
容赦なく。
大地を割るほどの拳打が止む事は決してなかった。