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第三話 ダンジョン×ダンジョンズ






◆◆◆





「口で説明するよりもまずは実際の試合シーンを観てもらった方が早いと思ってこんなものを用意したんだ」




 そう言ってヨミが取り出したのは銀色のタブレット型端末だった。



「なんだこれは?」




 リリスがもの珍しそうに端末をツンツンと押す。

 その仕草がなんだか小動物みたいなでちょっと可愛いなと、つい思ってしまうアストであった。




「……そっか。君達の世界(サルワティオ)ではそこまで機械文明が進んで無かったんだっけ。ゴメンゴメン失念してた! この機械はね、まぁ色々機能があるんだけど……とりあえず、こうしてこうすると」



 ヨミが端末をいじり、慣れた動作でアプリを開く。



 すると。




「アストっ! すごい! ぞすごいぞ! 何の魔力反応も感じないのに映像が映った!」

「しかもこんなに小さい……、感服しました! これが神の、『神昌(インフィニティア)』の力」



 見た事もない未知の機械に衝撃を受ける二人。

 そんな彼らをヨミは複雑そうな笑顔で眺めていた。



(タブレットは『神昌』で作ったものじゃないんだけど……うん、黙っとこう。なんかもの凄いはしゃいでるし)



 当の『神昌』を出した時よりも反響が大きいのは、やはりタブレット端末が具体的なモノだったからだろう。

 神の力と言われてもピンと来ないが、実際に自分達の文明レベルを超えた物体を見せられたから実感がわいたのかな、とヨミは推量をつけた。

 



(いや、でもついさっきまでちょっと怒ってたリリスっちが目を輝かせる程ってすげぇなタブレット端末)



 果たして凄いのがタブレット端末なのかリリスの好奇心(かわりみのはやさ)なのか、中々に難しい問題である。




「あぁ、お二人さん。喜んでる所悪いんだけど本命はそこじゃないんだ、このタブレットに映っている映像に注目して欲しい」




 そう諭して興味津津のアストとリリスを大人しくさせ、ヨミは端末から流れる一つの動画ファイルを差した。




「今流れているのが実際の『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』の映像だ。この後話すことにも関わって来るからしっかり観てくれ」




 ヨミの言葉に従い、二人は映像に集中する。




 そこには――――。









◆◆◆





 映像には荒野を歩く男の姿が映っていた。

 大柄な男である。

 黄土色の外套から覗かせる上腕二頭筋は、はち切れんばかりに隆起し、精悍な相貌には幾つもの深い傷跡が刻まれている。


 男の名前はラスカイ・コールキン。

 魔術の発展した異世界エルストラーザにて【群魔賢(レギオン)】の二つ名で名を馳せた稀代の大魔術師である。


 現在、コールキンは敵方のダンジョンに進行している。

 そう、ここは敵の中枢だ。

 一切の油断は許されず、彼の一挙手一投足がエルストラーザの未来を担っている。



(……早く到達せねば)




 敵方よりも早く到達(クリア)を、という気持ちだけが逸ってしまう。

 無理もない。

 試合も終盤だ。

 コールキンが進むこの荒野は敵方の用意した最終層である。

 で、あれば逆説的に敵方もエルストラーザのダンジョンを終盤までクリアしていると考えるのがセオリーだ。

 決して味方を信じていないわけではない。

 しかしダンジョンを攻略中のコールキンだからこそ分かる事実があるのだ。

 


(敵は相当の手練だ)



 こちらの戦力を分析したメタゲーム戦術

 守護者やモンスターの練度

 物理的な障害の配置

 罠へ陥れる為の心理的な思考誘導



 どれを取っても一級品の完成度だった。

 実力は低く見積もってもエルストラーザと同等以上、いや、ゲームの展開から見るに遥か格上と判断した方が賢明だろう。


 現に攻め手側として配置されたコールキンの陣営は甚大な損害を被っている。


 味方からの支援は底をつき、本陣との連絡手段も失ってしまった。

 更に痛手なのが、コールキンを除いた攻め手側の味方が全滅状態に陥っている事である。



 【魔導剣帝】ライザック、【福音戴宗】カレワラ、【無法六界】ノクタヴィア――――誰もかれもがエルストラーザ史上最高位の英雄達であり、『ダンジョン×ダンジョンズ』における最大戦力の証である『スローンズ』の称号を獲た猛者共だった。



 そんな彼らですら、ここへ来る過程で消失(ロスト)してしまったのだ。

 


 敵の守護者に打倒されたもの、全滅を避けるために身を呈して味方を庇った者、敵の術中に嵌り自我を融解した者――――皆敵の毒がにかかり散ってしまった。



 今やこの試合を勝利に導ける者はコールキンただ一人になってしまったのである。



 状況はまさに孤軍奮闘、だがコールキンの目は未だに生気を失っていなかった。



(……早く、敵の手が回らぬ内に到達せねば)




 コールキンの胸中には絶望など一匙もない。

 あるのはただ己に課せられた使命を果たす意志あるのみ。

 彼は進んだ。

 己一人、されど仲間から継いだ勝利への意志と共に、コールキンは敵の中枢へと歩み続ける。




「…………っ!」




 そんな彼の進撃を止めたのは一つの影だった。


 岩陰から緩慢な足取りで現れたのは、二階建の家屋程の巨躯を持つ大きな山羊の様な生物。

 背中には蝙蝠のような翼、額には六茫星の魔法陣。

 ソレは彼らと敵対する異世界アークファイヴァーで『ノクタニアスデーモン』と称される上級悪魔であった。



「邪魔をする気か」




 問いかけられたノクタニアスデーモンは嘲弄するような笑みを浮かべる。



 刹那、荒野に強烈な砂塵が吹き荒れた。



 敵の気配に細心の注意を払いながら砂塵の暴威を耐え抜くコールキン。

 しかし本当の脅威は、砂塵の後に訪れた。




「これは……っ!」




 眼前には先のノクタニアデーモン――――その後ろに同じ顔をした同種の存在が無数に立ち並んでいた。



 コールキンは知る由もないが、ノクタニアデーモンは異世界アークファイヴァーにおいて災厄とまで称えられた伝説の悪魔である。

 

 曰く、その膂力は大地を砕き

 曰く、その魔力は海すら焦がす


 一体で都市一つを滅ぼすほどの実力を秘めているとも言われるノクタニアデーモン、それが今彼の眼前に数え切れないほど顕現しているのだ。



 その総計なんと六万飛んで六千六百六十六体。



 状況は今や孤軍奮闘から四面楚歌にまで悪化していた。



 あまりの光景にコールキンは絶句し、深々と溜息。



 そして唸るように一言





舐められたものだ(・・・・・・・)





 彼の言葉にノクタニアデーモン達は怪訝な顔をする。



 コノニンゲンハイッタイナニヲイッテイルノダ?



「わからぬか。ならば貴様らの至らない脳みそでもわかりやすいよう言葉を噛み砕いてやる。良く聞け、俺はこう言ったのだ。『お前らじゃ話にならない。さっさとご主人様の元へ帰って紙でも食ってろこの脳なし山羊共』」




 中指を立て、そう断言するコールキン。

 その行為は、全ノクタニアデーモンの我を忘れさせるのに十分な効果を催した。

 元々ノクタニアデーモンは非常に気位の高い種族である。

 そんな彼らが自分よりも遥か格下だと見下している人間に喧嘩を売られた。

 音の伝播と同時に全員の意志が一瞬で沸騰し、統一される。



 コノニンゲンハ、イッサイノタメライナククチクスル




 響き渡る憤怒の咆哮と同時に、一斉に襲い掛かるノクタニアデーモンの軍勢。


 対してコールキンは臆する事なく右腕を振るい





 そして奇跡が起こった。




 炎の嵐が吹き荒れた。

 風の槍衾が降り注いだ。

 稲妻が龍のように駆け抜けた。

 周囲が氷河期のように凍りついた。

 大地が割れ、宙から隕石が降り、瘴気がはびこり、死者の怨念が悪魔たちを食い破った。




 襲い掛かる魔術の真髄。

 崩壊する秩序と摂理。



 そして、げに恐ろしきはそれら全てが彼の腕の一振りで(・・・・・・・・)同時多発的(・・・・・)に発生しているという点である。

 




 魔術とは、魔力という万能のエネルギーを用いて一つの事象を抽出、加工し、恣意的な結果へと捻じ曲げる術の総称である。

 


 無限無数に広がる異世界においても多少の違いこそあれ大抵は『そういうもの』として捉えられているこの術は、しかし万能であるが故に様々な制約を神々によって課されてきた。



 例えばそれは詠唱や触媒の必要性

 例えばそれは術の効用に正比例した代償の存在

 例えばそれは魔術間事の相関関係に応じた発生の条件




 これは神々が『神昌』によって創り出す奇跡と人間の扱う魔術を区分する為の措置であり、また人間が神々を超えない為に設けられた制限でもある。



 故に多くの異世界において魔術は『魔力をこめ、詠唱と触媒を用い、術次第では更に大きな代償を支払いながら、更にそれぞれ固有の条件を満たす事でようやく発生する』という迂遠なプロセスが求められているのだ。




 だが、コールキンは違う。

 それら一般的な魔術の使用制限を大きく逸脱した奇跡を巻き起こしている。




 まず彼は詠唱を行っていない。

 続いて属性や各々に存在する固有条件を無視して多重の魔術を行使している。

 更に彼は異世界エルストラーザにおいて奥義とまで称される超上級魔術の使用を一切の代償も支払わずに使用しているのだ。



 無論、彼は神ではない。

 人でありながら魔術の枠組みを逸脱した奇跡を引き起こしているのだ。



 この奇跡には当然ながら理由がある。



 第一に彼は生まれながらに尋常ならざる魔力量を保持していた。

 それは彼一人で大陸一つの運営を優に賄える程の量であり、故に彼はこれまで唯の一度も魔力の枯渇に悩まされた事が無い。

 


 第二に彼は非常に勤勉家であり、また後に英雄として歴史に名を刻むに足る才覚の持ち主であった。


 彼は生涯魔術を愛し、敬意を払い、その発展に努めてきた。

 彼が生前に実現させた魔術理論の数は、それこそ枚挙に暇が無い。

 詠唱の省略、術式発動の代替、魔法陣の簡素化、魔術の多重発動、魔術の発動条件の緩和化――――彼はそれら魔術の発生過程における技術的進歩を著しく早め、魔術をより万能な存在へと押し上げたのである。



 そして第三に、彼は常に危険と戦ってきた。


 その相手は魔物であったり、災害であったり、はたまた同じ人間に命を狙われた事さえあったという。


 中でも最も彼に牙をむいたのは、彼と同じ魔術師の連中であった。

 彼らはコールキンの才能と行いを憎悪し、生涯に渡って彼と争い続けたのだ。

 理由は主に彼の言動にある。

 彼は良くも悪くも善良すぎたのだ。


 生来高潔であり、弱者の味方であったコールキンは、自らが発見した魔術理論の数々を無償で大衆に流布して回った。

 当時魔術が既得権益にまみれ、一部の者のみがその神髄を享受する事が出来た時代に、彼はより簡素かつ効果的な魔術の扱い方を一般に広めたのである。


 またコールキンは上級の冒険者ですら躊躇するようなクエストを無償で請け負っていた。

 彼にしてみればそれは力を持った者が担う当然の責務であり、当たり前の事であったのだが、多くの者はその行いを『聖人』と崇め、感謝した。



 これを面白く思わなかったのが魔術を神秘と定義し、選ばれたものの御業と信望していた当時の魔術師達である。

 彼らからしてみればコールキンの行いは魔術の神秘性を薄め、また自分達の基盤すらも揺るがしかねない悪徳であったのだ。

 

 彼らはコールキンを憎み、迫害し、果ては命を狙った。


 しかしコールキンはその都度魔術師達を打倒し、そして時には自らの命を失いかけながらも勝ち続けた。



 彼が生涯に渡って築き上げた魔術戦の白星の数は万を超えると言われている。


 それは永きエルストラーザの歴史において未だ破られた事のない不朽の神話。

 皮肉な事にこれら魔術師との戦いが彼の技量を神域まで高めたのである。

 コールキンは戦いの度に新たな能力を会得し、より己を高めていった。




 そしてその果てに至ったのが今の彼である。



 才能、研鑽、試練――――憎悪と迫害を乗り越え、ついにはエルストラーザの魔術構造の在り方そのものを変えたコールキン。

 

 

 そんな彼が【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】と呼ぶ術妓こそが現在ノクタニアデーモン達を襲う未曽有の奇跡の正体だ。



 

 【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】、それは最大百の魔術を同時多発的かつ一動作で発生させる魔術発動理論の極致である。

 


 

 詠唱の省略、術式発動の代替、魔法陣の簡素化、魔術の多重発動、魔術の発動条件の緩和化といったコールキンの生み出した数多の理論を基に、それを幾多の戦いで磨き上げた魔術戦闘の経験から先鋭化した結果、彼は詠唱や触媒と言った魔術の基礎的な指示を手の一振り、足の一歩で済ませる事に成功した。

 そして魔術の多重発動、固有に存在する発動条件を彼が生来持っていた大陸一つの運営を優に賄える程の魔力量で強制的に解消、適応化させ起動させる、それが【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】の正体である。




 無論、これは誰もが行使可能な技術では無い。

 

 【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】はあらゆる魔術を詠唱、触媒、固有条件を無視出来る代償として一つの術につき百倍の魔力量を消費する。

 そして同時に発動させる魔術が増える度にその操作性は加速度的に難易度を増し、砲身である術者の肉体に強い負荷を与えるのだ。

 故にこの術は常人が使いこなせる筈もなく、エルストラーザ史上においても正常に運用できた存在は開祖であるコールキンをおいて他にいない。





「私は進む」



 一歩。彼が進む。

 直後百の魔術奥義が世界を揺るがした。




「散っていた仲間達の為に」




 一歩また進む。

 また百の災害がノクタニアデーモンを飲み込んでゆく。




「今を生きるエルストラーザの為に」



 また一歩。

 天地が百度ひっくり返り




「そしてまだ見ぬ明日の為に」



 一歩。

 世界が百度悲鳴をあげた。





「だからどうか……」



 すぅっと息を吸い込み、万感の想いをコールキンは吐き出す。




「邪魔をしてくれるな雑魚共ォっ!」




 直後、【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】による百の魔術が悪魔の群れを死滅させた。














 荒涼とした荒野にノクタニアデーモン達の肉体は欠片も残ってはいなかった。



 戦果を誇るでもなく、また肉体の負荷に呻く事もなくコールキンは戦況の確認を終えると再び進軍を開始した。




(早く、早く)




 使命を全うすべく歩幅を早めるコールキン。

 そんな彼を止めたのは、一つの緩慢な拍手だった。




「誰だ」




 音の方へ睨みを利かせるコールキン。

 拍手の主は躊躇うことなく彼の前へと現れた。





「はじめまして【群魔賢(レギオン)】。お会いできて光栄です」






 ゾッとする程の美しさを放つ少女がそこにいた。






 純白のドレスアーマーの上から真白の軍服を羽織り、腰には幾つもの刀剣が収められたその姿はどう見ても戦うものの出で立ちである。


 にも拘らず少女の相貌は、その髪色と同様に穢れを知らぬ新雪のような無垢さを纏っていた。


 整った目鼻顔立ち、名のある職人が手間暇かけて作り上げたオートクチュールの様な完璧なバランス、吸いこまれそうな程瑞々しい桜色の唇。



 それは一つの美の到達点であった。



 戦いの最中にいるコールキンすら、一瞬我を見失いかける程の魔的な魅力が彼女にはあったのだ。





「まさか、お前は」




 我に返ったコールキンは、すぐ様目の前の美の化身の正体に当たりをつけた。



 絶世の美貌、腰に下げた漆黒の刀、そして雪の様に白い髪



 その全てが界隈で有名なあるユニットの特徴に合致していたのだ。




 

 【星斬り】

 コールキンがその二つ名を呟くと目の前の少女は力弱く溜息をついた。




「その名前、あんまり好きじゃないです。全然可愛くありません」




 対するコールキンの反応は沈黙。 

 少女の言葉を返すことなく前進し、そのまま――――




(……【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】!)





 腕の一振りを百の詠唱(さつい)に変え、振るいあげる。

 元よりコールキンに猶予などない。

 相手が名の知れた強豪であるなら尚の事だ。

 故にコールキンはエルストラーザの歴史における最も殺傷能力の高い魔術を選択し、最速で事に当たった。

 狙うは先手必勝、相手に抗する暇も与えず、一瞬で





「つけるならもっと、ねぇ、あると思うのですよね」







 一瞬で百の魔術は霧散して消え去った。





(馬鹿な……!?)




 コールキンの鋼のような肉体が総毛立つ。

 魔術を無効化されたから、ではない。

 数多の強豪がひしめく『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』において格上の存在は決して珍しい事ではない。

 更に言えば魔術の世界には魔術無効化(マジックキャンセル)という読んで字のごとく魔術の解消を専門とする分野も存在する程だ。

 

 だから魔術を無効化されるという結果自体はさして驚く事でもないし、それだけならばコールキンも如何様にでも対処できると自負していた。



 しかし目の前の彼女が見せた、否、見る事すら敵わなかった対処の手段(しかた)は、あまりにも常軌を逸していた。





(空間と、俺の間に繋がれた魔力経路(バイパス)を斬ったというのか!?)





 認めたくはないが、誰よりも魔術に傾倒してきたその身が、コールキンの推測が是であると雄弁に語っていた。





 通常、魔術とは術者の肉体ないし、装備品の杖を噴出点として発射される。

 魔力が鉄、魔術が弾丸、詠唱が引き金だとするならば、噴出点はさながら銃口だ。

 魔術の規模、威力、射程、ベクトル毎に調整された適正噴出点を作り出せるかどうかは魔術教育における基礎中の基礎であり、極めて重要な要素でもある。

 上級の魔術師となればそれらの噴出点を己の魔力で連結させた魔力経路(バイパス)を通してある程度遠く離れた位置へ設置する事が出来、更にはコールキン程の大魔術師であればその数キロ先の地点に噴出点を設置する事さえ可能である。


 現に今、彼の張った【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】の包囲網は、例え超音速の移動速度を誇る使い手であっても決して逃れる事の出来ない程の規模と範囲で作られており、荒野に設置された百の砲口は決して獲物を逃さない絶対不可避の陣形として機能するはずだった。




(……それが、全て断たれている)

 


 今この時、彼が設置した全ての噴出点はコールキンからの魔力供給を失い、結果不発となっている。



 自身の感覚からそれが魔力経路(バイパス)切断であると知覚出来たコールキンであったが、だからこそ彼は目の前の事態を信じる事が出来なかった。




 魔力経路(バイパス)は通常、視る事も触れる事も出来ない位相空間に己の魔力を接続することで成り立っている。

 確かにそこに存在するが、同時に物理的な干渉を一切受け付けない霊的空間(アストラルエリア)

 そこを介して事象を現象に変える魔術の血管は、故に不可侵の域に存在するものであり、大魔術師であるコールキンでさえ特殊な方法を使って視覚化するのがやっとという代物である。




 だが、目の前の美少女はそれを切り刻んだのだ。

 位相にある存在を解体(バラ)したのだ。

 無論、これはコールキンの推測である。

 彼女の実力と、自らの感覚を基に立てた仮説である。




 実際は、彼女が数キロメートルに渡って設置された噴出点を斬る様をコールキンは見ていない。



 いや、そもそも彼女が刀を抜く動作すら確認する事が出来なかったのだ。


 



「ねぇ【群魔賢(レギオン)】」





 白い少女が天上の音楽のような声音で語りかけてくる。






「まだ、続けます?」





 この時、コールキンが抱いた感情は怒りでも屈辱でもなく、場違いな程に明るいものなのだった。

 彼の前に立つ少女は世界の広さそのものであり、コールキンは一時自分に課せられた使命すら忘れてこの相対に感謝した。


 少しだけ口角を上げ、コールキンは少女に矜持を語る。



「もしお前が逆の立場だったとして、大人しく引き返せるか」

「ですね、無粋な質問をしてしまいました」




 少女は小さく頭を下げると、ゆっくりと腰にぶら下げた刀を抜いた。




「で、あれば私も務めを果たさせて頂きます」

「当然だ。私達は侵す者と守る者、であれば相対するは是必然なり!」




 コールキンもまた再び【百重の謳(ハンドレッド・オーダー)】の準備を整え、臨戦態勢を取る。




「いざや」

「参らんっ!」

 




 そして二人の英雄は激突し、刹那の交錯を以てラスカイ・コールキンは両断された。






◆◆◆





 映像が切り替わる。

 コールキンが倒され、その少し後にエルストラーザ陣営のダンジョンが踏破された事で試合はアークファイバー側の勝利に終わった。

 二つのダンジョンで行われた異世界同士の交錯、それをモニター越しに眺め、熱狂する大勢の観客。

 両陣営の熱い戦いに興奮し、感動した観客の喝采は、いつまでも終わることなくスタジアムに鳴り響き続けた。







◆◆◆






「と、まぁこれが『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』の実際の試合映像なんだけど」




 ちらりと二人の様子を伺うヨミ。

 そこにはあまりの衝撃に我を失った彼らの姿があった。




「凄すぎる……。あれだけの魔術を詠唱もなしで、しかもあの数! 敵対していた悪魔も決して弱くなかった筈なのにあんな、易々と、いやそもそもあれだけの魔力量、どうやって賄っているんだろう」



「そしてあれだけの男を一蹴したあの剣士、一体何者なんだ? あんな強い人間が現実に存在するというのか? 私も戦士の端くれだが、あれはいくらなんでも規格外過ぎる」




 二人の反応はヨミの予想以上のものだった。




「うんうん、感銘を受けてくれたのは何よりだよ。感想は……聞くまでもなさそうだね」



 サルワティオを救った二人の英雄アストとリリス。

 その二人が見ても画面の中の存在は別格だった。




「異世界には、あんな強い奴らが大勢いるのか」

「そうだね。そんな強い奴らが集まって互いに競い合うのが『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』というゲームなんだよ」




 リリスの呟きを拾い上げ、ヨミはそのまま興味を自分へと惹きつける。




「『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』は管理者同士の諍いが禁止になった現在、唯一存在する強制的な外交手段だ。異世界同士の外交が上手くいかなかった時、このゲームを用いて採決を取る。勝者は敗者から事前に賭けていた者を奪い取る事が出来、結論を強制させる。簡単に言えば人の死なない戦争って事だよ」






「人の死なない戦争、ですか」





 アストの質問にヨミはこっくりと頷く。




「そう。『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』は死した魂を高位情報体として進化させた存在『ユニット』を使う。ユニットっていうのは映像の中の彼らや君達の事だ」



 指された二人は互いに顔を見合す。




「私達が」

「ユニット」



 高位情報体として進化と言われてもちっとも実感がわかないアストとリリス。

 そんな彼らを見かねてかヨミは補足の情報を語った。




「まぁ高位情報体と言っても君達の中身が弄られたわけじゃないよ。ちょっとばかし作りが頑丈になったって程度の事だ。高位情報体として進化したって事にあまり大きな意味はない。大事なのは君達がユニットとして認められたということなんだ」



 ユニットとして認められた、その言葉が孕む意味が分からないほどアスト達は馬鹿ではなかった。





「僕達も『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』に参加しなければならないと、そういう事ですね」

「……うん。君達の選択次第では直ぐにでも戦わなくちゃいけなくなる」


 ヨミの煮え切らない台詞にリリスがすかさず突っ込む。



「選択、とはどういう事だ」




 沈黙。

 ヨミはうつむいてしまい中々口を開かない。



「ユニットとして選ばれた魂はね、最初元いた世界に所属する事になっているんだ」

「それは何となくわかります。寧ろ他の世界に所属するという方が僕には想像できません」



 良くも悪くも被造物である自分達が、生まれた世界に所属して戦うというのは分かりやすい。

 それが喜んで出来るかどうかという感情論はさておき、理屈としてはそのようにアストは認識していた。




「いや、出来るんだよ。別の世界に所属する事が」




 しかしヨミは首を横に振ってアストの言葉を否定する。




「『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』はね、異世界同士であらゆるものを賭ける事が出来るんだ。それは貨幣だったり『神昌』だったり政策だったりユニットだったりね。これは言わば外交の延長線上の行為として認められてるからであり、言いかえれば両世界合意の上だったら『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』を通さなくてもある程度は自由に交易出来るという事なんだ」




 嫌な予感がした。

 ユニットが交易の品物に含まれている事が意味する事、それは即ち




「我々は異世界に譲渡する事が可能という事か」


「……リリスっちの言うとおりだよ」




 ヨミはうなだれたまま、話を続ける。



「ユニットは生まれた世界のみで戦う存在じゃない。試合のアンティや異世界同士のトレード、そして管理者との合意さえ合えば最初の段階から所属先を選ぶ事も出来るんだ」




 それは連合が決めたルールであった。

 ユニットが神の意志によって流通可能な存在であるならば、その逆もまた然るべきであると。

 即ち、それは条件さえ整えば英雄は自分の仕えるべき世界を選ぶことが可能な権利を付与されているという事である。




「だからと言ってそんな自分達が生まれた世界を裏切るような真似、僕達はしませんよ」

「アストの言うとおりだ。戦わなければならないのならば、自分達の世界の為に戦いたいと私は思う」




 力強いアストとリリスの言葉にヨミは力なく笑った。







「この世界がもうすぐ滅ぶとしてもそんな事が言えるのかい」




 ヨミは笑っていた。

 しかしその笑顔は悲壮の上に張り付いたものである事は誰が見ても明かであった。




「この世界はね、『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』に負け続けたんだ。そして『神昌』の保有権利は全盛期の数%に落ち込み、ユニットは取られ、挙句『禍焉』なんていう馬鹿げた兵器の実験場に使われるまで落ちぶれた」



 その言葉に二人を頭を撃たれたような強い驚愕を受ける。





「まさか」

「『禍焉』が造られたのは」



 ヨミは肯定の言葉を返す。



「そうとも、『禍焉』はさる異世界が創り上げた最低最悪の殲滅兵器だ」




 アストは力なくその場へ座り込み、リリスはやり場のない怒りを拳にこめた。





「わかるかい二人とも、我々の陣営はね、自分達の育み、愛した世界にあんな最低の存在を置かなければならない程負け続けたグループなんだ。笑っちゃうだろ。神様の癖に、自分達の世界を守ることすらできないなんてさ!」




 ヨミは笑顔を崩すことなく、告解していた。

 こんな悲しい笑顔を前にして、かけるべき言葉は見つからなかった。

 



 『禍焉』は世界に大きな災いと悲劇をもたらした。

 そしてその最大の犠牲者は彼ら二人であり、結果として命まで失う事になってしまった。



 けれど二人は気づいてしまう。

 二人は犠牲者であり、功労者であるが、しかし、いやだからこそ分かってしまったのだ。



 恐らく『禍焉』の災いを最も悼み、悲しんだのは自分たちではなく……




「それでも、今まで苦しいなりに何とかやってきたんだけどね。それも後一カ月でおしまいさ。サルワティオはね、ついに『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』で世界そのものを賭けなければならないところまで追い詰められてしまったんだ」





 ヨミは二人に説明する。


 『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』には元来連合を介したセーフティネットがあるという事を。

 このセーフティネットは言わば『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズ』に対する拒否権であり、これを使う事で弱い世界は強い世界の暴力的な外交手段から身を守る事が出来るのだという事を。

 そして守ってもらう代わりに連合に毎年一定の『神昌』を収めなければならず、このサルワティオはそれすら払えぬ程疲弊した状態にあるという事を。




「そして守る術を失ったこの世界はついに二つの選択肢をつきつけられた。連合の庇護の元、全てを管理された世界として生まれ変わるか、もしくは後ろ盾を失ったところをガブリといかれて奪われるか。……ね、ロクなもんじゃないでしょ?」





 「だからね」と返答を窮する彼らを諭すようにヨミは優しく語りかける。

 それは心の底から願いを振り絞ったような切ない言葉だった。








「君達は選ぶ事が出来る。この世界と共に心中するか、それとも戦いが始まる前に別の世界に所属して今後の事をゆっくり考えるかを」

















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