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第二話 神が語る異世界事情






「さぁさ、二人とも! はぐれないようについてきて!」




 桜髪をサイドテールでまとめた自称『神』の少女に導かれるまま上がり込んだ屋敷の内装は少しばかり地味であった。



 決してみずぼらしいわけではない。

 絨毯も天井も家具も落ち着いた雰囲気のもので統一され、見る側に疲れないコーディネイトはとても好感がもてる。

 しかし、あの城とも見まがうばかりの外装と比べたら全体的に大きくボリュームダウンするだけだ。

 良く言えば飾らない、悪く言えば質素というのがアストの抱いた感想だった。



「どう思う?」

「外装に比べたら随分落ち着いた雰囲気ですね。外と内で作った人が違うのでしょうか」

「なんの話をしておるのだお前は。彼女――――ヨミの事だ」



 リリスの言う彼女とは勿論、ヨミの事だろう。


 アスト達の前を楽しそうに歩く歩く少女の姿からは、二人を害そうとする様な悪意や敵意は感じられない。

 けれど。



「まぁ、神様なんて名乗る輩にロクな連中はいませんからねぇ」



 偽物だろうと本物だろうとどちらに転んでもマトモじゃないというのがアストの感想だった。










「さぁさお客人! どうぞかけてくれたまえ! 当ヴィーケンリート邸は心より君達を歓迎するよ」



 通された応接室には、既に眩いばかりのおいしそうな料理の数々が並べてあった。

 焼かれた肉の盛り合わせも、具材の沢山詰まったシチューも、トロトロにとけたチーズフォンデュも全部湯気が湧いていて出来上がりであることを目と鼻に訴えかけてくる。

 それがまた堪らなく美味しい湯気であり、吸っただけで二人の警戒心はどこかに飛んで行ってしまった。



「二人ともこっちに来てから何も食べてないだろう? だから先ずは親睦を深めるべくパーティといこうじゃないか!」




 そう言ってヨミは上等そうなワインを躊躇いなく空けて、そのまま空いたグラスに注いだ。

 鼻孔をくすぐる芳醇な香りが憎たらしいほど心地いい。




「リリスさん、罠だと思いますか」

「知らん。だがな、アスト。私は例え罠だろうが喜んでこのご馳走にありつくぞ」

「僕もです!」



 疑惑だとか謎だとか神様なんぞ全て放りだして二人は目の前の欲望に従った。

 何か美味しい話があればとりあえず乗っかってみる――――それが生前から続く二人の基本スタンスである。

 現に二人とも腹が減っているし、喉もカラカラだ。

 だからこんな状況で小難しい理屈を立ててご馳走を逃すなぞ、それは阿呆の為す業だと彼らは考える。



「罠が怖くて冒険家が務まるものか!」

「全くもってその通り! さっすがはリリスさん!」




 そういうわけで異邦の世界に迷い込んだ冒険家(バカ)二人は、ノリノリで相伴に預かる事にしたのだった。









「さて、楽しい食事も終わった事だし、そろそろ本題に入ろうかな」




 ヨミがそう切り出した頃には、二人はすっかりお腹をパンパンに膨らませていた。



「うぅー、幸せだぁ」

「この身体でも食事を取れるなんて新発見でしたぁ」



 二人とも随分とご満悦である。

 ちなみにアストの『食事』は、口元に食べ物を持っていったら、勝手に分解されるというちょっとおっかなびっくりなものだった。

 本人も初めての体験であったため少し驚いたが、慣れてしまえばなんのその、今ではすっかり新しい『食事』を堪能していた。

 驚異の適応力である。




「それでヨミ、本題というのは?」



 リリスに尋ねられたヨミは人懐っこい笑みを浮かべ応えた。



「うん。君達の現在置かれている状況及び今後の事について少しね」





 空気が変わる。

 先程までふやけていた二人の様相が目に見えて張りつめたものになった。



「あなたが、色々と教えて下さるんですかヨミさん」

「ヨミでいいよんアストっち。まぁ君達が抱える疑問の大半は答えられると思うよ」




 ヨミは事もなげに言い切った。

 リリスとアストは互いに顔を見合わせると、同時に自称神の少女へ向けて声をあげた。




「「質問が」あります(あるのだが)」



 ヨミは仲の良い二人をにまにまみつめながら、うんうんと首肯する。




「そうだね。折角だから質問形式にしようか。二人が交互に質問して、私がそれに答えていく。こんな感じでどうだい」

「異存ありません」

「了解した」


 

 話がまとまったところでヨミは仕切り直しとばかりに手を叩いた。




「それじゃぁ早速話をしよう」










「ではまず、僕からいかせて頂きます。ここはどこで、どうして僕たちは迷い込んだんですか」





 まず最初に問うたのはアストだった。



「うん。まぁまずはそこからだよね。答えよう。ここは創造主が住まう世界。そしてアストっちとリリスっちが招かれた理由は君達が英雄として死んだからだ」




 死んだというヨミの言葉に対して、二人が抱いた気持ちは納得の他になかった。

 「アストとリリスが死んだ」という事実は、既に彼らの中で固まりつつあった情報であったし、さして驚くべきものでも無かったのである。

 故にアストの質問を引き継いだリリスが口にしたのは、新たに飛び込んできた一つの単語についてのものであった。




「英雄として死んだとはどういうことだ」



 ヨミはにこやかに頷く。




「英雄の定義というのは色々あるけれど、簡単に言ってしまえば君達が世界を救ったという事だ。つまり君達が世界を救って死んだからここにいるということになる」

「世界を救ったというのは、『禍焉(かえん)』の件か」

「質問の連続性を認めようリリスっち。そうだよ。『禍焉』の脅威から世界を救ったから君達はここにいる」



 アストが黙したまま手を上げる。




「という事はここは天国のような死後世界という事ですか」

「少し違うな。さっきも言った通りここは創造主が住まう世界だ。天国や地獄と言った世界の別側面とは完全に隔絶された上位世界なんだよ」

「上位世界……」

「まぁ管理人室とでも思ってくれ。ここは君達のいた世界を運営し、観測する場所なんだ。だからまぁ少しばかり殺風景なのは許して欲しいな」




 ヨミは自分の部屋を紹介するような軽いノリで気恥ずかしそうに答えたが、これを聞いたアスト達の衝撃は凄まじいものであった。




「おいアスト」

「どうやら僕たちは……とんでもない場所に呼ばれちゃったみたいですね」




 世界を運営し、観測する場所――――それは即ちアスト達がいた世界の最高到達点に他ならない。

 ヨミの言葉を信じるのならば、現在二人がいるココ(・・)は、世界の真理そのものであるということなのだ。




「しかしだとすれば解さないな。何故私達はここに招かれたのだ?」

「さっきも言っただろう。君達が英雄として死んだからだよ」



 リリスはふるふると首を横にふる。



「先程とは前提条件が違う。ここが死後の世界のさらに上、創造神の御座であるというならば、些か以上に遅すぎる」

「何が遅いと?」

「私達がここへ呼び出されたのが、だ」




 龍人族の女傑の指先がアストへと向く。



「私達が『禍焉』から世界を救ったと言ったな」

「言ったね」

「そしてここが世界を運営し、観測する場所であるとも」

「その通りだ」

「ならば何故」


 

 リリスは言い切る前に一瞬だけアストの姿を見た。

 彼女の横に座る相棒の姿。

 鎧と同化し、かつての面影は失われ、それでも彼である個の在り様。




「こうなる前に……助けてくれなかったのか」



 いつも強気で前向きな彼女にしてみれば、余りにも弱々しい一言。

 だがアストには、リリスの気持ちが痛い程良くわかった。




 『禍焉』の一件は、終結するまでにとても多くの血が流れた。

 一番の功労者であり、犠牲者でもあるアストとリリスを筆頭に、世界中の生命がその脅威に怯え、勇気ある英雄達が、無辜の民が、罪なき自然が散っていったのだ。




 誰もが神に祈った。

 誰もが奇跡を願った。



 だが神は現れず、奇跡はおこらず、結局『禍焉』を討ったのは人の犠牲と勇気だった。




「私はあの地獄の中で思ったよ。神様なんていない、いたとしても何もすることが出来ないとな。だが、どうだ? お前は神を名乗り、ここは世界を運営する場所だという。ならばどうしてあの時我々に力を貸してくれなかったのだ」



 リリスの紅い瞳が言葉を紡ぐごとに険しさを増していく。

 無理らしからぬ話だ。

 彼女の前に座る少女が神であるというのなら、神は世界の危機をみすみす見逃したということになる。

 それが全ての脅威が去った後に今更のこのこと現れるなんて、ふざけているにも程がある。




「うん。そうだね。全くもってその通りだ。ごめん。君達をたすけてあげられなくて」




 あっさりと、ヨミは罪を認めた。

 深々と机に頭を垂れ、二人に謝罪する少女。

 それは、心の底からの言葉であるとリリスは感じた。



 故に。解せない。


「ヨミ。私は、私達はお前に謝らせたいわけじゃないんだ。話してくれ、どうして私達の世界を助けられなかったのか」



 ヨミはゆっくりと頭をあげ、二人を見渡す。




「この話は、できればもう少し後に喋りたかったんだけどね。でも。うん。質問に答えるって言ったのは私だもんな。……わかった、説明するよ。何故『私達』が『禍焉』の件を見過ごさなければならなかったのか――――その理由をね」



 ヨミは、一拍おき小さな溜息を挟んだ後、重々しく口を再開した。




「端的にいうとね。『私達』はこの世界の万物に直接干渉する権利を奪われている」




 奪われている? 誰に? 彼らが感じた疑問はしかし、次の言葉への驚愕によって霧散する事になる。






「そして『禍焉』についてだがね。アレは、私達が造ったものでも、置いたものでもない。アレは……異世界の神がもたらしたものなんだ」









「異世界の、神ですか? その方が『禍焉』を?」

「そうだアストっち。『禍焉』は異世界の神が造り、もたらした災厄だ」

「待って下さい。理解が追いつかない。異世界の神、つまり僕たちが住んでいた世界の外に、異なる知性体が存在するという事ですか?」

「うん。存在する。それも神と呼ばれる者たちに限定しても無数にいるよ。君達がいた惑星サルワティオの全生命よりも遥かに多く、彼らは、ある」



 アストに両眼があれば、きっと割れんばかりに見開いていただろう。

 自分達が生まれ、育ち歩んできた母なる星サルワティオ、そこに住む全生命の数よりも多くの神がおり、そして恐らくその数だけ世界がある……これは正に大いなる発見だ。




「そしてこれらの世界はそれぞれが繋がっているんだ。いや、正しくは繋がってしまったんだ」



 繋がってしまったという言い回しがリリスには引っかかった。




「繋がってしまったという事は元々はそうじゃなかったのか」

「うん。昔は世界間同士の垣根に大きな壁、というか越えられない境界があってね。神様、というか管理者達はそれぞれ自分の世界の運営のみで完結していたんだ」




 ヨミは声のトーンを落として「それがある日突然壊れたんだ」と言った。




「予兆もなく、まるで最初からそうだったみたいに世界は一つに繋がった。正しくは世界と世界の間に経路(バイパス)が出来あがったんだよ。――――そして、同時に一つのものが失われたんだ」

「何が」

「失われたというんですか」



 二人の問いにヨミは頷く。




「『無限』だよ」




 無限、それはつまり際限のないもの。

 アストはヨミの言った『無限』が何なのかを推論した。



「一つに繋がって失われた『無限』……領域……もしくは力ですか」

「良い線言ってるよアストっち。そう、一つになって失われた『無限』は、管理者達が世界を運営してする為に必要な資源(リソース)だったんだ」





 ヨミは語った。

 その資源はかつて空気のように当たり前のようにあったと。

 その資源は願うだけで物質を、事象を、概念を、世界を創る事が出来たと。

 その資源は神を神たらしめる絶対の力を授けるものであったと。




「『神昌(インフィニティア)』っていうんだ」



 ヨミは懐から握りこぶし大の結晶を取り出し、机に置いた。



「これがその現物ね。今は固形に加工しているけど、本来は大気中に含有されている物質なんだ。この『神昌』を吸ったり、加工して触れたり飲んだりすると、想像したものをそのまま創造する事が出来るんだよ。まさに神様の源ってわけ」

 



 ヨミは説明を終えると足早に『神昌』を懐へしまった。

 よっぽど貴重なものらしい。



「ごめん。感じ悪いよね。でも許して欲しい。今のウチにとってはこれくらいの『神昌』でもとっても貴重なものなんだ」

「いえ。お気になさらず。けれどどうして『神昌』はそんな貴重なものに変わったんですか?」

「それは今でもわからない。何しろ謎の多い物質でね。有力な説は世界が繋がった影響で『神昌』の構造や発生に変化が生じたってものだけど、それにしたって只因果的に正しいってだけで確証はない。本当に突然世界が繋がって、『神昌』が有限になったというのが事実なんだ」



 


 今まで当たり前のように吸っていた空気が、ある日突然有限になり、貴重な存在になってしまった――――考えただけでぞっとしない。

 アストは思わず身震いをしてしまった。

 



「そして有限になった資源と一つに繋がった世界。こうなると何が起こると思う?」

「……戦か」



 リリスの言葉にヨミは沈鬱な面持ちで頷いた。



「その通りだよリリスっち。管理者達は争った。自分達の世界を守るために、そしてより多くの『神昌』を保有する為に戦った。何しろ想像したものを自由に創造できる連中だ、とても熾烈な闘争が永い事続いたって聞く」

「聞く? お前はその戦いを経験していないのか、ヨミ」

「うん。まぁね。私が管理者になったのは結構最近の事だし。当時はまだ生まれてもいなかったよ」



 ヨミの言はとても気になるものであったが、リリスはひとまず先を促す事にした。



「それで、ヨミ。結局その争いはどうなったのだ?」

「紆余曲折の末、最終的には平和的に解決しようっていう多数の勢力が混ざり合った連合組織が誕生してね、その組織が『神昌』を独占しようとする連中を叩きつぶしておしまいさ」



 めでたしめでたしと締めるヨミの顔はちっともめでたそうではなかった。

 当然だ。それで全てが丸く収まるなら『禍焉』がこの世界に送りこまれる必要なんてないはずだ。




「で、その連合が管理者達に呼び掛けたわけ。『我々が争っても、何も益は生まれない。ただそこには悲しみと『神昌』の減少があるだけだ』ってね」

「で、どうしたんです」

「異世界間の戦争は禁止になった。ルールを破れば、連合に加盟した管理者全てで戦争を起こした異世界を制裁する、だからみんな仲良くね――――そんな素敵極まりないルールが出来上がったんだよ」

「……とても上手くいくとは思えんな」

「まぁね、短期的には上手くいっても恒久的に上手くいくシステムじゃぁない。『神昌』は管理者達の命すらまかなっているからね。これを亡くす事はそれこそ死活問題だし、争いを禁止するのは社会としてもあまり健全じゃぁない」



 ヨミは「だから」と、熱のこもった声で続きを口にした。




「『連合』は一つの『ゲーム』を創ったんだ。戦争と良く似た、けれど決して死者の出ない平和な遊戯。各世界の資質を最大限に発揮でき、なおかつ勝敗によって異世界間の取り決めを平和的に強制執行させる画期的な闘争の形。その名を――――」




 その名は――――。








『ダンジョン×(クロス)ダンジョンズという』















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