表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

第二十一話 第三層 その② 空の頂きへ





◆◆◆





2 異世界ガイゲンシュピァ陣営謹製重層位相領域『光輝の(ノーライトノー)(ライフ)』第三層ジェンイラス飛行島群





 無限に広がる蒼天。

 その間にたゆたう無数の白雲。



 その上に(・・・・)浮かぶ大地に彼らは二人で立っていた。






「アストアスト、島が空に浮いてるぞ!」



 はしゃぐリリスの掛け声に、アストは返す言葉が見つからなかった。

 視界に映る景色が、あまりにも美しかったからだ。



 駆け抜ける薫風。

 青々と茂る野花の園。

 雄大な空の海に浮かぶ、無数の島々。




「参ったな。見事としか言いようがない」



 湧き上がる感嘆を噛みしめながら、アストは目の前の景色を魂の奥底に焼きつけた。




「楽しそうだなアスト」

「わかります?」



 長い付き合いだからな、と微笑しながらリリスは草花が潰れないような腰つきでゆっくりと地面に座り込む。




「叶うのならば、一日中眺めていたいものだ」

「同感です。あぁ、本当に。こんな機会じゃなければどれだけだって楽しめるのに」




 少し寂しそうにアストが上空を見上げると、今ではすっかりお馴染になったアナウンスの文字が雲海に流れていた。






《第三層ジェンイラス飛行島群――――クリア条件:空の頂きにあるジェンイラス神殿を目指せ<到達系>》





「来ましたね」

「あぁ」




 明かになった第三層のクリア条件。

 内容は到達系、そして目指すべき場所は




「“空の頂き”という事はひたすら上を目指せという事でしょうか?」

「額面通り受け取ればそうだろう。しかしここの連中は意地悪だからな、“空の頂き”と謳っておきながら実は下にありました……なんてオチも考えられるぞ」



 二層のイジワルスゴロクのせいですっかり疑心暗鬼になってしまったリリス。

 その気持ちは痛い程わかるアストはどうどうと上手いこと彼女をなだめながら、ついでに進路の方向性をすり合わせていく。



「リリスさん落ち着いて下さい。確かに前の層のスゴロクは意地悪でした。リリスさんがアナウンスの表記を疑いたくなる気持ちはよくわかります。なのでこうしませんか? 最初に少しだけ降下してその後上を目指すんです」

 


 アスト個人としては“空の頂き”は上にあると踏んでいるのだが、いかんせん空の旅の主導権は彼女にある。

 であれば彼女の不安を払拭しつつ上を目指すのがベターだと考えたのだ。




「うむ。そうだな。その線で行こう」



 リリスも納得した所でブリーフィングも終了し、アストは慣れた手つきでリリスの身体に乗っかった。




「それじゃぁリリスさん」

「あぁ――――行こうか!」




 地面を蹴り上げ、オーラを纏い、最後の真龍は跳躍する。

 空と雲と風の世界を一条の閃光が翔け抜けた。


 音を置き去りにする速度でリリスはぐんぐんと下降していく。



「どうだ――――アスト、辛くはないか――――!?」

「はい――――――あと少しで―――――なんとか――――よし、これで大丈夫ですリリスさん」



 互いに届きづらかった声のトーンが見る見るうちに改善されていく。

 衝撃や気圧、空気抵抗や熱方面の関係はリリスがオーラによってガードし、知覚領域の拡大や声の伝達速度といったその他の微調整をアストが憑依術式で行ったのだ。




「風が気持ちいいですねリリスさん」

「うむ。やはり空はいい。心がスカッとする」



 心地よい風を目一杯感じながら、二人は空に広がる無数の浮遊島を通りぬけていく。

 それはサルワティオでは味わえなかった未知の体験だった。

 晴れ晴れとした蒼い空に浮かぶ飛行島。

 花畑に、大きな城、そして美しく整えられた噴水広場――――島に在るものは大小それぞれ、その全てが異なった趣きを持っており、アスト達の感受性に強い刺激をビリビリと与え続けてくる。



「あぁ、もう本当にこの世界をゆっくり探索したい」

「わかる、わかるぞアスト。冒険者としてこれだけ素晴らしい場所を見て回れないのは残念で仕方ない」



 二人は悔しそうに、けれどどこか嬉しそうに空の世界を翔け抜けた。



 








「ふむ。やはりというべきか、“空の頂き”は見つからんな」

「ですねぇ」



 スタート地点より約下方二万キロ離れた浮き島にてアストとリリスは少しばかりの休憩を取っていた。

 地下食堂のおばちゃん謹製の『デラックススペシャルサンド肉三倍盛り』を頬張りながら、二人で見上げる空の蒼さは格別に壮麗で、心なしか語る言葉も和やかである。




 無論、彼らとて考えなしに休憩を取っているわけではない。

 寧ろこの三層こそが、彼らが休憩を取らなければならない最初で最後のチャンスなのである。



 何せこの三層に限り、彼らは約十二時間の攻略猶予が設けられているのだから。




「敵も今頃焦っているでしょうね」

「アレは焦ってもどうにもならんがな」




 呑気にバスケットの特大サンドをパクつきながら彼らが話題に上げているのは、現在絶賛稼働中であろうあちら側の三層の事である。



 サルワティオの第三層にしかけられた<答察系>の謎とUR祝福カード【リドルナイトメア】の極悪コンボ。

 これによりガイゲンシュピァの連中は十二時間という余りにも長大な時間味方の援護を受ける事が出来ず、しかもアスト達が三層をクリアするまでに謎を解けなかった場合弱体化のペナルティを課せられるのだ。




「性根の悪さが滲みでてますよね」

「あぁ、実にアレらしい防御策だ」




 きっと今頃ドヤ顔で敵を煽っているんだろうなと二人は夢想した。

 そして悲しい事に彼らの思い描いた想像は実際その通りであり、件のパチ神はそれはそれは楽しそうにガイゲンシュピァの探索部隊を煽っていたそうな。





「……さて、そろそろ行きましょうか」

「うむ!」



 バスケットを小型のアイテムポッドにしまい、彼らは視線を天へ向けた。




「ここまで降って見つからない以上、ひとまずは下の可能性は除外すべきだろうな」

「まぁ裏の裏をかいてという線も考えられますが、それを言ったらキリがないですからね」



 意見も一致した所で彼らは一路天を目指して行動を始める。



「さぁアスト。私に乗っかるのだ」

「はい」


 リリスがおんぶのポーズを取り、それにためらいなくアストが飛び込む――――傍から見たらアレな光景だが、当の本人達からしてみれば定番の空中戦仕様なのでそこにぎこちなさの類は一切ない。




「さぁリリスさん、行きましょう!」

「う……む!?」





 いざ天へと飛び立とうとした瞬間、リリスは眉根に皺を寄せ身構えた。



「同胞の気配がする」




 リリスの言う同胞とは即ち龍種の事だ。

 たとえ下位の亜竜や幼体であっても上級の冒険者がパーティを組まなければならない程の力を持つ彼らの気配は、様々な意味でリリスの警戒心を強めた。





「規模と距離は?」

「等級まではわからぬが、漏れ出た龍氣を鑑みるにそれなりにデカいのは間違いない。そしてかなり遠くで構えている。恐らく気配を漏らしたのはわざとだろう。どのような者かはわからぬが相当に自信家で好戦的なやつだ」




 サルワティオにおいて最後の真龍と称されたリリスの意見を聞き、アストの緊迫心も急激に強まっていく。




「ガイゲンシュピァの龍種がどのような相手かまではわかりませんが、厄介な相手である事は間違いなさそうですね」

「あぁ。出来れば同胞を手にかけたくはないが――――贅沢は言ってられないだろうな」

「……いざとなれば、僕に任せてください」



 アストの言葉にリリスは「すまない」と小さく頭を下げた。

 

 サルワティオの龍は、同胞に深い敬意を払う。

 それは龍人族であるリリスも同様であり、たとえ世界と次元が異なる相手であったとしても簡単に割り切れるものではないだろう。


 戦争だと言えばそれまでだ。

 ゲームだと言えばそれまでだ。

 生き返ると言えばそれまでだ。



 けれど幾ら大丈夫な理由を並べられても、誰だってしたくない事をするのは、やはり嫌なのだ。

 それが個人の矜持や在り方に関わるものであれば尚更である。

 

 リリスの躊躇いを偽善や我が儘だと切り捨てるのは簡単だろう。

 しかしそんな正論(ぼうりょく)て無理やり強制させる程アストは傲慢ではないし、弱さを笠に何もかもリリスに任せる程頼りなくもない。

 おんぶはしてもらうが、相棒の代わりに龍と戦うくらいには男なのである。





「それじゃあリリスさん、方針も決まった事ですし改めて」

「うむ。では、――――行くぞ!」





 そうして彼らは再び天を翔ける。

 目指すは“空の頂き”、行く手には無限に広がる蒼空と未だ詳細の掴めぬ謎の龍が待ち構えている。

 世界の命運を賭けた運命の戦い、その第三ラウンドはまだ始まったばかりだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ