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第十五話 決戦へのカウントダウン その③そして火蓋は落される









◆◆◆





3 異世界サルワティオ運営本部ヴィーケンリード邸転移門前





「ついにこの日がやって来たね」



 ヨミの言葉にアストとリリスは頭だけ動かして頷く。

 心ここにあらず、決戦当日というにも関わらず彼らの興味はもっぱら前方の巨大建築物に向けられていた。


「しかし凄いなこの門は」

「大きいですねぇ。普通の大きさの家屋ならすっぽり収まっちゃいますよコレ」



 彼らの前にそびえ立つのは巨大な白亜の門である。

 『転移門』と呼ばれる次元渡りの扉を初めて見た二人はその存在感に圧倒されていた。




「まぁこれ一つであらゆる次元、あらゆる異世界に行けるんだからむしろ小さい方だよ」



 ヨミの言葉にアストはそれもそうかと納得する。

 補足として「要するにデカイど○でもドアだよ」と言われたが、何の事か分からないので無視した。




「でもなんというかアレだね、アストっちもリリスっちも驚くほど平常運転だね」

「そんなことないぞ」

「世界の命運を賭けた戦いに臨むんです、緊張しないはずないじゃないですか」



 とてもそうは見えなかった。 

 弛緩や油断しているような雰囲気こそないものの、彼らのまとう空気は決死や悲壮感とは程遠いものである。



「うん。まぁ、いいんだけどね。それが君達の持ち味といえば持ち味だし」



 シリアス一辺倒で凝り固まるよりも自然体で過ごしてもらった方がいいよねと、物凄いふわっとした感じで無理やり納得したヨミはそのまま二人に向けて話し出す。




「既にダム達はこの転移門を抜けて配置についている。後は君達が持ち場につけばこちら側の準備は完了だ。何か質問はある?」

「ない! よしアスト、未知なる世界へレッツゴーだ!」

「はい! 行きましょうリリスさん!」



 イノシシもかくやという勢いで転移門へ突進しようとする冒険馬鹿二人の首根っこをヨミは無理やりとっ捕まえた。




「待て待て待て。流石にそれは看過出来ないぞ! 君達には決戦前にイカした会話で盛り上がるっていう洒落た情緒がないのかい!?」

「ない! さぁアスト、新たな冒険の旅に出発だ!」

「わくわくが止まりませんね!」



 門に突撃をかまそうと突入する二人の首根っこをさらに強く掴むヨミ。

 そのスレンダーな身体からは想像も出来ないほどの怪力ぶりである。



「まったく、なんなのだヨミ。諸々の作戦についてならこれまで沢山してきただろう」

「そうですよ。やれることは全部やったんだから後はぶっつけ本番あるのみじゃないですか」



 子供のようにぶうたれる冒険馬鹿達の言い分は確かに正しかった。



 アストとリリスがここに来てから早一カ月、彼らは本当に良くやってくれた。

 特に最後の十日間の追い込みはさしものヨミも目を見張るほどである。



 彼らだけではない。

 今回のガイゲンシュピァ戦に向けて屋敷に住まう全ての住人が寝る間も惜しんで力を貸してくれた。

 ユニット間の垣根を越えて誰も彼もが協力し、助け合い、ここまで来た。



 サルワティオには後がない。

 この戦いに負ければ、ともすれば引き分けた場合でさえも彼らは世界を失う。

 屋敷に住まう数万の魂だけではない、その下層にある彼らの故郷『物質界』で今も生きる数十億の命が最悪の場合消失してしまうのである。



 それを防ぐべく、皆で手を取り合ってようやく辿り着いた今日この時。

 ヨミとしてはその先頭に立つ彼ら二人に何か勇気づける言葉をかけてあげたかったのだ。




(いや、違うな。多分私は怖いんだ)




 傷つくのが怖い。

 負けるのが怖い。

 責任を取るのが怖い。

 失望されるのが怖い。

 何よりも全て無くなるのが怖い。



 統括者として、彼女が背負う責務は非常に重いものである。

 これから始まる一大決戦。

 その結果次第では全てが終わってしまう。

 それが怖かった。 

 偽神の身ですら耐えられないほど怖かったのだ。




「ねぇ二人とも、私達は勝てるかな?」




 気がつけばヨミはそんな言葉を口にしていた。



 今から最前線に向かう彼らにこんな事を聞くのは身勝手かつ不誠実だ。

 それでも彼女は聞かずにはいられなかったのである。

 気休めかもしれない。

 慰めかもしれない。

 それでも彼女は「自分達は勝つ」と誰かに言ってもらいたかったのだ。




「ヨミ、その質問は卑怯だぞ」



 そんな彼女を見透かすようにリリスは断言した。




「普通に考えれば向こうが勝つ事は確実だ。絶対と言っても良い。我々と彼らの間には圧倒的な戦力格差が存在する」



 

 言うまでもなく、それは【星斬り】の事だ。

 底辺と至高天、その埋められない壁はそのまま彼らの勝率を表している。



「だがなヨミ、我々はそれでも諦めず勝利への道筋を探し続けた。その結果が今だろう?」

「そう、だね」

「ならもっと堂々としろ! そして傲慢な神らしく命じればいい。ただ一言勝て、とな」



 リリスの気合いの入ったビンタがヨミの背中を思いっきり叩く。

 じんわりとした痛みと共に心の中で淀んでいた何かが憑き物のように落ちていく。



「うん、うん! 二人とも勝って、絶対に勝って」



 普段の彼女らしからぬとても素直なエールに二人は満開の笑みで答えた。




「無論勝ちに行くとも。何せこれが我らの初陣だからな」

「そうですね。少なくとも僕達の本当の神様を取り戻すまで止まるわけにはいきません。こんな所でつまずくなんてもっての外だ」




 何気ない一言だった。

 けれどそれがヨミにとってはたまらなく衝撃的でなおかつこれ以上ない程心に響く言葉だった。




「そっか、そうだったね。これは最終決戦でも何でもない。ただの始まりにすぎないんだ」




 日々迫りくる終わりの予兆に怯えながら毎日を過ごす内にすっかり忘れてしまった始まりの気持ち。






『ねぇミッちゃん。いつか必ず迎えに来てね。私ミッちゃんのこと、ううん、みんなのことずっと待ってるから』






 去り際に彼女が見せたあの笑顔を、ヨミは今度こそ絶対に忘れる事のないようめいいっぱい頭に刻み込んで――――




「よいしょぉっ!」




 そして思いっきりしょぼくれた顔に渇を入れるのだった。




「おいヨミ! それはやりすぎではないのか」

「そうですよ、本番開始前に指揮官が自分のビンタで倒れたとかシャレになりませんって」




 心配する二人をよそにヨミは心の底から愉快そうに笑った。




「はは、ははははは、はーはっはっはっはっ! 何を言ってるんだい二人とも? あんなしょぼくれた顔じゃ勝利の女神様へのナンパなんて夢のまた夢ってやつさ。あー、スッキリした。寝覚めバッチリ最高の気分ってやつさ」

「それは」

「よかったな!」



 


 溶岩の様に湧き上がる灼熱の高揚感。

 それでいて氷河よりもキンキンに冷えた怜悧な頭脳。

 先程までの弱気が嘘のように彼女の体はその細胞の一片に至るまで絶好調であった。




「そうだよね、そうだよね。この戦いは全然最後じゃない。どころかこれから私達が紡ぐ快進撃のほんの序章に過ぎないんだ。あーもー私とした事が失念していたよ。絶対に負けられない戦いなんてそんなの完全無敵な勝利フラグじゃないか!」




 自己満足し、自己完結し、そして自己進化を起こす。

 生まれ変わったかのように溌剌とした目で二人を見つめ、ヨミはさも当然の様に言った。



「アストっち。リリスっち」

「はい」

「敵は強い」

「うむ」

「私達の勝ちの目は限りなく薄い」

「そうですね」

「でも勝つぜ! 絶対に私達が勝つぜ!」



 ヨミの希望に満ちた言葉にアストとリリスは力強く頷いた。



「無論だ! この世界は絶対に無くさせない」

「僕達の意地、みせてやりましょう!」




 三人の拳が音を立ててぶつかり合う。



 晴れやかな気持ちで笑いながら、三人は必勝を誓い合うのだった。












 ヨミとの別れを済ませ、アストとリリスが転移門をくぐり抜けると、そこに広がっていたのは満天の星空に包まれた幻想的な空間だった。




「綺麗ですね……」

「あぁ」




 二人は感慨深げに一面の星空を見上げながらゆっくりと歩き出す。

 次元と次元、異世界と異世界を繋ぐ星屑の小路(スターダストロード)、ここを越えればいよいよ彼らは戦いに身を乗り出すことになる。




「気分はどうだ」

「自分でも驚く程落ち着いています。むしろワクワクしているくらいですよ」

「私もだ。これより旅立つは我らの知らない未知の世界。冒険家冥利に尽きると言うものだ!」

「ですよねですよね! 異世界への冒険とかワクワクしない方が無理ですよね!」

「うむ!」




 世界を賭けた戦い、しかもこちら側が一方的に不利な状況においてなおこのテンションである。

 どうやら馬鹿は死んでも直らなかったらしい。

 


 無論彼らがここまで能天気なのは、一応の勝算があるから(・・・・・・・)なのだが、それを加味したとしてもはしゃぎ過ぎである。

 まるでこれからピクニックに出かける子供のようなテンションで彼らはあーでもないこーでもないとこれからの冒険にかける想いをぶつけ合い続けた。




「リリスさんは行ってみたいロケーションとかあります?」

「そうだな……高い所に行きたいな。雄大な自然を眺めながら思いっきり空を駆け巡りたい」

「叶うかも知れませんよ? ガイゲンシュピァには飛行島と呼ばれる空の文化圏があるらしいですし」

「飛行島!?」

「聞くだけで昂りますよね飛行島」

「飛行島!」




 目を輝かせてまだ見ぬ異世界に想いを馳せる二人の姿は希望に満ち溢れていた。



 負ければ世界を失い、引き分けですら危うい勝負。

 しかも相手は自分達の遥か先を行く絶対強者。


 そんな状況においてすら自分達の我欲(ワクワク)に忠実なのが彼らだった。



 責任を忘れたわけではない。

 事の重要性を理解していないわけでもない。

 託された想いも、役割の重さも確かに受け止めて

 それでも尚、彼らは彼らなのだ。



 これを愚かさや非常識と断じるのは非常に簡単である。

 けれど彼らは生前、この在り方を貫き通した果てに世界を救ったのである。



 馬鹿は馬鹿でもワールドクラスの馬鹿。



「アスト、楽しい冒険にしような」

「はい!」




 

 行き着く先は鬼か蛇か。

 果て無き旅路に想いを馳せながら、二人は目的地へ進んでいく。







◆◆◆





4 異世界ガイゲンシュピァ陣営謹製重層位相領域『光輝の(ノーライトノー)(ライフ)』最終階層





 何もかもが真白な空間で少女は一人佇んでいた。

 【星斬り】ヒミングレーヴァ・アルビオン。

 三千世界を魅了する至高にして究極の美貌は、どんな宝石よりも美しいと称えられる双眸を閉じたまま静かにその時を待っていた。



 ここには彼女に熱狂する来場客の歓声も、彼女の動向にやきもきする同僚の溜息も届かない。

 森閑とした空間を脅かすものは何もなく、ただ穏やかな無だけが彼女の世界を満たしていく。

 

 

 焦ることなく、驕ることなく、乱れることなく、悲しむことなく、囚われることなく、期待することなく――――彼女はあるがままの心持ちで旅人の到来に備えていた。



 


◆◆◆





5 連合直轄異世界区域コンメディア上位位相第七地区アケロン




 アケロンスタジアムに響き渡る管楽器のファンファーレ。

 雲一つない晴天を彩る豪奢な花火と音楽によるセレモニーが、来場者の期待と興奮を加速度的に高めていく。


 スタジアムの中央でマイクを握るアナウンサーがぐるりと場内を見渡しながら、澄み切った声で語りかける。



「ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました」


 彼女の言葉を会場中が固唾を飲んで聞き入っていた。

 一瞬の静寂、抑えきれない緊張の鼓動、永遠とも呼べる刹那の時間が過ぎていく。


 


 そして



「さぁ、ダンジョン×ダンジョンズ月天リーグ所属サルワティオVSガイゲンシュピァ! いよいよ、い・よ・い・よ開幕です!」

 


 

 アナウンサーの開幕宣言にに会場中が一斉に歓喜の声を上げた。



「よっしゃ来たぁああああああああああああ!」

「最高の試合を見せてくれぇええええええええ!」

「ここにいる事にマジ感謝ぁああああああ!」




 スタジアム中央にそびえ立つ二つの建築物――――両陣営の作成したダンジョンを縮小し、複合現実化させた融合体感映像である。――――を見上げながら、彼らは今か今かとその時を待ちわびていた。



 今、アケロンスタジアムは二つの次元との現実共有化がなされ、集った観客は各々自分の意志で観たい映像をまるでその場にいるかのような臨場感で楽しむことが可能になっている。



 ダンジョンで戦うユニット達の雄姿を誰もが特等席で眺める事ができ、それを他の誰かと共有する事ができるこのシステムはスタジアム観戦ならではの醍醐味だ。



 映像記録を観るだけでは味わえないスタジアムならではの臨場感に没入しながら、観客達は今か今かとその時を待ちわびていた。




「それでは皆さん、私の声に合わせてカウントダウンを始めましょう! いきますよ5――! 4――――! 3――――! 2――――! 1――――!」



 

 ドラムロールと光の乱舞、そして観客達の熱狂に包まれながらとうとうその時がやって来る。




「「「ゼロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」





 ついに決戦の火蓋は切って落とされた。











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