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第十四話 決戦へのカウントダウン その②動き出す敵達

◆◆◆










2 異世界ガイゲンシュピァ運営本部作戦室










「以上が今回の最終オーダーとなる。各人ゆめゆめ油断する事のなきよう、全力を持って迎え討て」








 ガイゲンシュピァの統括神フェヌエラ・ジェンイラスの言葉が室内に響き渡る。


 その勅命にガイゲンシュピァ歴代の勇士達が咆哮の様な宣誓を返し、戦前の最終ミーティングは終了した。






「気高き勇士たち、どうか我らに勝利を!」


「貴方達こそが我々の誇りだ!」


「ガイゲンシュピァに栄光あれ!」








 異世界ガイゲンシュピァの全てを司る運営本部、その一角である通称『作戦室』に集結したガイゲンシュピァの構成員たちが、戦場に赴くユニット達を口々に褒め称えながら見送っていく。


 彼らの顔に悲壮感などは一切なく、その眼は尊敬と凱旋への確信に満ち溢れていた。








「ホンっとウチの連中はこういう仰々しいのが好きだねぇ」








 そんな彼らの様子を苦笑交じりに眺める男が一人。


 彼こそがガラハッド・エグゼス。


 赤鷹の異名を持つガイゲンシュピァきっての大英雄である。








「そういう君は相変わらず式典や行事の類が苦手と見える」






 彼のぼやきに答えたのは他ならぬガイゲンシュピァの統括神フェヌエラ・ジェンイラスその人だ。


 統括神フェヌエラはその見事な鷲鼻を鳴らしながらガラハッドを咎める。








「君が根なし草の類であり、あまり形式ばった行為に頓着しない性格だと言う事は理解している。しかし君はガイゲンシュピアのユニットを率いる戦士長だ。その君が率先してやる気を見せなければ全体の士気というものが――――」


「わかりやしたよ。以後気をつけまーす」






 話も半ばと言うのに勝手に切り上げてガラハッドは、そそくさとフェヌエラの傍を離れようとした。






「待ちなさいガラハッド。まだ私の話は終わっていないぞ」


「説教なら戦から帰った後にしてくだせぇ。じゃないと俺の豆腐メンタルが傷ついちまう」


「本当に薄弱な精神の持ち主が、そんな堂々と自己の精神の脆さを主張するものか――――いや、そうじゃない。君に声をかけたのはその『戦』についてだ」


「? 最終ミーティングは、もう済んだでしょうに」


「全体用のは、な。これから話す内容は君個人に向けたオーダーだ」






 歩みを止め、後ろで一つにまとめ上げた長髪をかき上げる。


 何やら面倒くさそうだと思いながらガラハッドは長身痩躯の上司に向き直った。






「なんですかボス。俺に出来る事ならなんなりと命じて下せぇ」


「なに、簡単な事だよ。君はただ、出来る限り動かないでくれたらいいんだ」


「……はぁ?」






 思わず素っ頓狂な声をあげてしまうガラハッド。


 しかしそれも無理もない。


 フェヌエラが命じた指示はそれだけ常識外れの事柄だったのだ。






「君が驚くのも無理はない。だがこれは今後の我々の活動を見越した策なんだよ」


「どういう事です?」








 フェヌエラが似合わないえくぼを浮かべて話を進める。






「前提として今回のサルワティオ戦、我々の敗北はまずあり得ない」


「でしょうね」






 それはガラハッドも認める所だ。


 サルワティオは弱い。


 恐ろしく弱い。


 前回の対戦データから敗戦のアンティを差し引いた暫定所属ユニットの内、戦力になりそうな存在はミニオンが三人、スローンズはゼロというあまりにも貧弱な構成。


 念には念を入れて他の異世界からのユニットの援助の形跡なども調べたが、それもなし。


 更に念を入れて今回のダンジョンは対サルワティオ所属のミニオンを徹底的にマークした設計になっており、おまけに件の【星斬り】だ。






 まさに微に入り細を穿った鉄壁の布陣である。


 さしものガラハッドもサルワティオ側に同情したくなるほどにはガイゲンシュピァの守りは盤石だった。








「故に勝利そのものは最早確定事項であり、留意すべきはその過程、即ち勝ち方だ」


「そりゃあごもっともですけど、それとさっきの話がどう繋がるんで?」


「わからないかねガラハッド。君の様な優秀なスローンズが数少ないミニオン相手に無双したところで、それは単なる弱い者いじめにしかならないではないか」


「これだけ戦力差が開いているんだ、それこそ今更ってやつでしょうが」






 ガラハッドの言葉にフェヌエラは小さく頭を振った。






「だからこそだよ。これからのダンジョン×ダンジョンズを牽引するチームとして我々は美しく勝たねばならない。ユニット差にものをいわせた物量作戦で勝ったとしてそれで観客は喜ぶかね」


「【星斬り】を守護者として配置している時点でごり押し以外の何物でもないと思うんですが」


「彼女はスターだ。皆が彼女の活躍を見たがっている。先程アケロンスタジアムの中継模様を見たが、会場中が彼女の話題で持ちきりだったよ。まさに戦場の華とでもいうべきカリスマ性だ。そんな彼女を、皆が待ち望んでいる彼女を温存でもしようものなら間違いなく暴動が起きるぞ。そうなった時に君はどう責任を取るつもりかね」


「取れません」


「そうだろうとも。彼女の配置は確定した勝利よりも遥かに尊い。大枚を払ってようやく契約にこぎつけたんだ。対価分はきっちり働いてもらうさ」






 くっくっくと腹に一物を抱えたかのような笑みを浮かべるフェヌエラの姿は、三文芝居に出てくる典型的な悪役の姿を彷彿させた。








「まぁ、命令って言うなら従いますけど個人的にはあんまりオススメしやせんぜ。美しさなんて言う戦場に不要な概念にこだわってたら敵につけいる隙を与えちまう」


「ふん。仮にやつらに百度つけいる隙を与えようともこちらの勝利は覆らんよ。それにこの作戦のメリットは対外的なアピールだけではない。お前が動かない事でダンジョンの攻略はミニオンが主導する事になる。普段お前達スローンズの影に隠れがちなミニオンに貴重な経験を積ませるチャンスになるのではないか?」


「まぁ、確かに」


「サルワティオは技術力こそ長けた部分があるが、それ以外は悲惨なものだ。同格とはいえ我がガイゲンシュピアの精鋭ミニオン部隊が遅れをとることなどあり得ん。せいぜい練習台として有効活用させてもらうさ」










 再びくっくっくと腹に一物を抱えたかのような笑みを浮かべるフェヌエラ。


 わざとやっているのかと疑いたくなるガラハッドであった。








「更に言えばガラハッド、これはお前の為でもあるのだぞ」


「どういう事です?」


「【星斬り】獲得の報が知れ渡り、我々ガイゲンシュピァの名は数多の異世界に通ずる事となった。その弊害として生じるであろう敵の諜報、マークの類を最も被るであろう対象は間違いなくお前だ」


「要するにわざわざ無駄に張り切って、異世界の連中に俺のデータを献上する必要はないと」


「そういう事だ」








 ふむ、と顎に手をやり思案するガラハッド。






(対外アピールにミニオン連中の実地訓練、そして情報戦へのけん制か。本音は一番目なんだろうが、残り二つもついでとしては理に叶ってる。棄却しようと思えばつけいる隙もないわけではないが、さて――――)










 しばらく考えた後、ガラハッドはわかりましたと答えを返した。






「ただし当然ながら限度は設けさせてもらいますよ」


「無論だ。一つの階層につき、我が陣営のミニオンが二人やられた時点でお前に対処を任せる。どうかね?」


「それだと条件が足りませんや。一時間以内に階層を突破出来なかった場合も追加でお願いします」


「よかろう。ただし次の階層に辿りついた時点で再びお前は下がれ。いいな?」


「不測の事態が起こった場合はその限りじゃありませんが、出来る限り順守しますよ」








 うむ、と満足げに頷くフェヌエラ顔にはより大きなえくぼが出来あがっていた。

















 ファヌエラとの会話も終わり、ガラハッドは多くの声援に囲まれながら作戦室を後にした。


 気だるげな足取りで彼が向かう先は、異世界と異世界を繋ぐ次元渡りの扉『転移門』である。


 そこを抜ければ戦場は最早目と鼻の先――――だというのに、ガラハッドの相貌からはイマイチ覇気が感じられなかった。








「お疲れ様です隊長」


「おう」






 前方で待ち構えていた軍服に身を包んだ少女の敬礼を気のないバリトンボイスで返すガラハッド。


 落ち合った少女はそのまま彼の後方へ周り、メリハリのある声で質問を投げかけた。






「発言よろしいでしょうか」


「一々かしこまらなくて良い。んで何だライザ?」


「はっ。それでは不肖、ライザ申し上げます。個人的な見解でありますが、今の隊長はお身体が優れないように見受けられます。至急メディカルチェックを受診して下さい」


「そんな時間はないし、別に身体は問題ない」


「ではその他の部分に問題があるのですね」


「まぁ、な」






 ガラハッドは少女ライザに先のファヌエラとのやり取りを簡潔に伝えた。






「仮にも統括神であろうお方が何と蒙昧もうまいな。戦に美しさを求めるなど勘違いも甚だしいですね」








 良くも悪くも実直な彼女は思った事をそのまま口にする。


 その在り方が今のガラハッドには非常に好ましく思えた。






「そういうわけで今回の作戦は基本的にお前達に一任する。まぁボスの言うとおり貴重な実地訓練と考えれば悪くはねぇさ」


「それは隊長の本心でしょうか」


「いいや。糞喰らえって思ってるよ。戦に油断と慢心を持ち込めば必ず手痛い報いが待っている。ウチのボスが下したオーダーは下策中の下策だよ」


「では何故了承したのですか」






 ライザの問いにガラハッドは乾いた笑みを浮かべる。






「まぁ中間管理職の辛い所だよ。立場上俺は、上の理想論と現場の状況を上手い事すり合わせなくちゃならんわけだ。いくらアホな提案でも無下につっぱねるわけにはいかないのよ」






 それにな、とガラハッドは人差し指を天に向けて続きの言葉を紡ぐ。






「この作戦が裏目出て俺達が大失態を犯したとしても、ガイゲンシュピァの敗北は絶対にあり得ない」


「【星斬り】ですね」


「あぁ。万一サルワティオの連中が俺達を上回る戦力を有していたとしても、あの化物を打倒する事は不可能だ。【星斬り】は絶対に破れない。だから俺達が負ける事は決してない」






 ダンジョン×ダンジョンズは、先に敵側の最終階層の守護者を倒したチームが勝ちを得るゲームだ。


 故に【星斬り】を守護者に置くガイゲンシュピァが負ける事はまずあり得ない。


 サルワティオはおろか、ガイゲンシュピァを含めた下位三リーグに所属する全てのユニットを総動員した所で【星斬り】は傷一つ負わずに彼らを殲滅出来るだろう。


 それだけの差が、彼女と彼らの間には存在するのだ。










「【星斬り】と言えば、実は私前々から気になっていた事があるんです」


「言ってみな」


「ファヌエラ様は一体どのような奇跡を用いて彼女程の選手を獲得されたのでしょうか」




 ライザの質問にガラハッドはわずかに言い淀んだ。


 彼自身、【星斬り】の移籍についてほとんど知らされていなかったからだ。




「さぁな。半端ない額を突っ込んだのは確からしいが詳しい事は俺もわからん」






 【星斬り】の移籍には謎が多い。


 その原因は統括神ファヌエラの口が異常に固い事と、件の【星斬り】自身が一切ガラハッド達ガイゲンシュピァの面々と関わろうとしないからである。






「俺や他のスローンズの連中ですらやっこさんと会話した回数は数えるほどもねぇんだ。移籍云々の前に【星斬り】の人柄すらわかってねぇのが現状よ。背中を預ける仲間にするには信頼もコミュニケーションも足りなさすぎる」


「避けられているのでしょうか」






 ライザの言葉にガラハッドは「かもな」と頷いた。






「至高天で活躍しているトップランカーから見れば俺らなんて道端の石ころにも劣る存在だ。関心を持たれなかったり軽んじられてもしょうがない」


「ですが同じ陣営で戦う仲間である以上、最低限の連携は――――」


「必要ないさ」








 ガラハッドは胸ポケットから煙草を取り出しながら断定する。






「アイツは一人で十分だ。むしろ俺達みたいなハンパもんがしゃしゃり出ても邪魔になるだけだ」


「しかし」


「しかしもかかしもねぇよ。仮に今、俺達の前にフォロワ―のユニットが現れて『ダンジョン×ダンジョンズに参加させて下さい。絶対役に立ちますから』って言ってきたらどうする? お前絶対断るだろう」


「……はい」






 そうだろ、というガラハッドの言葉と共に紫煙が大量に撒き散らされた。






「やっこさんと俺らの間にはそのウン万ウン億倍の性能格差が存在するんだ。共存する方が無理なんだよ」








 続けざまに二本目の煙草に火をくゆらせ、ガラハッドは苦々しい表情でくわえた。






「だからライザ、言い方は悪いがアレを仲間だと思うのは止めておけ。俺達は俺達の、やっこさんはやっこさんの務めを果たせばそれでいい。兵隊と兵器の間に特別な感情なんて必要ないんだよ」






 しかしそう言い捨てるガラハッド自身が実のところ最も【星斬り】の扱いに心を砕いていたという事実を知る者は少ない。






 ガイゲンシュピァのユニットを率いる身としてどうにか他のメンバーと【星斬り】の交流を深めるべく様々な企画をファヌエラに打診し、その都度本人に呼びかけてもらったが結果は失敗。


 意を決して彼女の住いを尋ねても毎度のごとく留守状態。


 それでも諦めず様々な方法を試みたが結局今日この日まで彼を含めたガイゲンシュピァのメンバーは、ロクに彼女と口をきく機会すら設けられないまま戦いに臨む事となってしまった。




 その事が【星斬り】本人に何か悪影響を及ぼすとは考えていない。


 だが自分達はどうかと問われれば答えは否である。








(絆や信頼っていうのは要するに安心感への言いわけだ。そこがなってねぇと人はテメェを騙せなくなる)






 ダンジョン×ダンジョンズは攻め手と守り手が別々の場所で戦うゲームだ。


 自陣と敵陣、二つのダンジョンに分かたれた味方同士が連絡を取り合う方法は祝福カードなどの特別な手段を用いない限り存在せず、特に攻め手は自陣の現状把握に苦心する事が多い。


 加えて今回のガイゲンシュピァはユニットの配置に重きを置きすぎたせいで、頼みの綱の祝福カードすらままならないというのが実態である。








(用意された通信系の祝福カードは管理者直通の【神話】数回分のみ。んな状況で頼みの守護者は強さ以外全く信頼できないときた)








 【星斬り】の敗北は決してあり得ないとガラハッドは確信している。


 しかしもし仮に何らかの不運により自分達が窮地に陥った時、【星斬り】への信頼を盲目的に貫き続ける事が出来るだろうか。


 よしんばガラハッドが貫けたとして、他のミニオン達が同様に心の交流を持たない相手を信じ続ける事が出来るだろうか。






 答えは否だとガラハッドは考えている。








(利得や力だけの信頼関係は隙が生まれやすい。どれだけ確実だと思えても、たらればを不安視するのが人間だ。そして不安は疑念に変わり、疑念は焦りや不和を生む)










 それを払拭するだけの交流を残念ながらガラハッド達は【星斬り】と育む事は出来なかった。








(今回の戦い、俺達に負けは無い。負けは無いが)








 決して楽観視出来るほど気楽なものではないだろうという予感が胸をざわつかせていた。












「なぁライザ」


「はい」


「敵は弱い」


「はい」


「俺達に負けはない」


「はい」


「だが、間違っても油断するな」






 ガラハッドの命にライザは強い眼差しで頷いた。








「当然です。どのような敵であれ一切の油断と慢心を捨てて臨むのが戦士です」


「良い返事だ。今度ウチのボスにお前の爪の垢でも飲ませてやんな」


「何かの嫌がらせですかソレ?」


「どっかの世界でそういうことわざがあるんだよ。意味は自分で調べておけ」


「はっ」








 このような軽口にすら律儀に敬礼するライザを和んだ目で見つめながら、ガラハッドは三本目の煙草を口にくわえた。











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