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第十三話 決戦へのカウントダウン その①スタジアムにて

◆◆◆












1 連合直轄異世界区域コンメディア上位位相第七地区アケロン














「アケロンスタジアムにおいでの皆様、大変長らくお待たせ致しました! これより本日のメインイベントを行います!」










 アナウンサーの宣言にスタジアム中が熱狂した。






「よ、待ってました!」


「ダンクロ最高ぉおおおお!」


「つかこの試合絶対伝説になるっしょ」








 連合に管理され、娯楽に特化した世界として再開発された異世界コンメディアの長い歴史においても、これまでの盛り上がりを見せた例は数えるほどしかない。






 というのもここコンメディアで組まれるダンジョン×ダンジョンズの試合は下位リーグのものに限定されており、中々トップクラスの興業を目にする事が出来ないからだ。






 だが、今日は違う。








「お聞きください! この歓声を! ご覧ください! この盛況を! そう! 今日この日を境に月天リーグの歴史は大きく変わるのです! 彼女の手によって!」








 アナウンサーがスタジアム中央の空中エアリアルスクリーンを指差すと純白の衣を身にまとった絶世の美女が映し出された。








「【星斬り】ヒミングレーヴァアアアアアアアアアアアア・アルビオン!」










 高らかに謳いあげられた【星斬り】の名を聞いて観客達が一斉に歓声をあげた。








「生【星斬り】みてぇええええええええええええ」


「いやマジでコンメディアはじまりすぎだろ」


「蹂躙! 蹂躙! 【星斬り】の蹂躙!」








 鳴りやむ事のない彼女への声援。


 彼らは一様に伝説の傭兵の活躍を望んでいた。






 異世界広しと言えどそこには世界間の明確な格差がある。


 それは神昌インフィニティアの保有率やダンジョン×ダンジョンズの強さであったりと多種多様であるのだが、これを最も分かりやすい形で表したのが『リーグ』である。






 リーグは最下位の月天に始まり、最上位の至高天エンピレオまで合計十の連合体で形成されており、これがそのまま世界の格付けとして機能しているのだ。




 言わばリーグは富強の証であり、当然ながら上にいけばいくほど世界としての格が上がっていく。






 異世界コンメディアは、連合の保護下に与したという過去からもわかる通り、世界としての格は相当に低い。


 提供するダンジョン×ダンジョンズの試合も最下位の月天から第三リーグの金星天ラハブまでの下位三リーグに限定されており、上位リーグに比べれば質の落ちる試合を興業しているというのが現状だ。






 しかしそこに来ての【星斬り】の移籍である。


 彼女は最上位の至高天リーグで活躍していた伝説の傭兵だ。


 そんな彼女が月天リーグに舞い降りたとなれば、それはもう盛り上がらないわけはなかった。








 歓声。歓声。歓声。








 純粋な気持ちで試合を観に来た客の多くは【星斬り】及びガイゲンシュピァの勝利を望み、また強く確信していた。






 だが裏を返せば純粋じゃない気持ちでこの試合を観に来た者たちは、いささか趣の違った目でスクリーンを眺めていた。










「虫唾むしずが走るわ」








 鈴の様な声音で呟く彼女もまた、そういった純粋じゃない気持ちで試合を見つめる観客の一人であった。






 女の名はスーツェ。


 第三リーグの金星天の前ピリオド覇者である『周天』所属のスローンズである。


 スーツェがここアケロンスタジアムを訪れた理由もまた【星斬り】にあった。


 いや、正しくは【星斬り】を擁する異世界カイゲンシュピアの戦力分析に来たというべきだろう。


 やがて自分達と相対するであろう可能性を持ったチームの戦いぶりをこの目で見るべく、自らの所属する異世界からはるばるやって来たのである。






 だが彼女は試合前にも関わらず既にうんざりしていた。








「【星斬り】! 【星斬り】!」






 四方八方、天地縦横から聞こえてくる【星斬り】への賞賛。


 他意はなく純粋に彼女の活躍に期待する観客達の声は、だからこそ彼女を苛立たせた。






(これが情け容赦ない戦争だと、どれだけの人が気づいているのかしら)






 ユニットは死なない。


 例え肉体が滅びようとも、神昌の力で直ぐに五体満足で再生する。


 故に本来の戦争と比べれば幾ばくか平和的なのだろう。


 だが例え誰も亡くならないとしても、いくら競技として洗練されようとも、これは勝者が敗者を食い物にする戦争なのだ。


 そして両者の実力が離れれば離れるほど、その性質はより無慈悲なものになっていく。






 これから始まるのは、最早処刑と言っても良い程の力量差のある戦いだ。


 【星斬り】というどうしようもない怪物に一方的に嬲られるだけの勝ちのない試合。それが相手側にとってどれだけ残酷な事なのかを考えると、スーツェは深い同情を禁じ得なかった。






(だからといって私に何が出来るわけではないのだけれど)








 溜息をつく。


 ここが実際の戦場であれば、スーツェも幾らかの手助けを行う事が出来たのだろうが、ダンジョン×ダンジョンズはれっきとした競技である。


 部外者の立ちいる隙間など一切なく、彼女に出来る事といえば、こうしてせこせこと偵察行為に及ぶのがせいぜいであった。








「よう、ここいいかい」






 悩める彼女にそう声をかけたのは金髪の男だった。


 ファーのついた黒のライダースジャケットに黒のマフラー、おまけに身につけているサングラスまで黒ずくめの男は、大量のビニール袋を抱えながらスーツェを見下ろしている。






「えぇ、どうぞ」


「ありがとさん」






 男はガタイの良い身体を少しだけ屈めて彼女の隣に座った。


 そしてそのまま流れるような動作でビニール袋から缶ビールを取り出し、そのまま浴びるような勢いで飲み干した。






「あぁ、うめぇ。熱い身体にこの一杯がきくんだよなぁ」






 そのまま二缶目を空ける男の姿はどう見ても駄目な大人のソレだった。






「あん? なんだ姉ちゃん、そんな熱い視線で見つめてくれちゃって。ひょっとしてアレかい? 俺に一目惚れでもしたか」


「私に惚れられたかったらもう少し常識を身につけてから出直してきなさい」


「おいおい、今日は祭りだぜ? こうやって酒飲んで騒ぐのが常識ってもんだろうに」






 とんだ常識人がいたもんだとスーツェは呆れかえってしまった。






「悪いけどナンパなら他あたってくれる? 私今自分でもどうかと思うくらい不機嫌なの」


「不機嫌って、お祭りに来といてそりゃないぜ姉ちゃん。祭りは楽しんでナンボだろうよ。ん? それともアレか? 今のは優れない機嫌ごと俺に介抱して欲しいっていう姉ちゃんなりの誘い文句か何かか」


「結構よ」






 触手の様に迫りくるナンパ男の手を払いのけ、スーツェはスクリーンに目を移す。






 映像では、いかに【星斬り】が偉大な選手であるかをしつこい位丁寧に解説していた。






「本当に、くだらない」


「ハッ、そうでもねぇさ。負けフラグとしては良い塩梅だよ」






 金髪の男の発言にスーツェは耳を疑った。






「まるでサルワティオがガイゲンシュピァに勝つような口ぶりね」


「少なくともここにいる連中が期待しているような一方的な展開ワンサイドゲームにはならないと思うぜ」 


「その根拠は?」


「勝負師の勘ってやつだ」




 そう断じる自称勝負師の男の口元はすっかりビールの泡で埋まっていた。


 発言の是非はともかく、ちっとも閉まらない男の泡まみれの口元を見て、スーツェは本日何度目かの溜息をつく。






「はぁ」






 今日は厄日に違いないとスーツェは己の不運を嘆くのだった。













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