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第十話 それはガチャという名の底なし沼  その②




◆◆◆






「で、どうやって有用性とやらを示してくれるんですか?」




 ガチャという概念について全くの初心者だったアストは、胡散臭すぎるパチ神ヨミにそう尋ねた。

 自称引き強のヨミは「ふっ、ふっ、ふっ」と不敵そうに笑う。

 その仕草がいかにも芝居がかっていてアストは若干いらっとした。




「ガチャの有用性を示す方法なんて一つしかないっしょ。そう、実際にガチャを引いてみるのさ!」

「論外です」

「いやいやいや、使わずに道具の有用性を語るなんて机上の空論もいいところでしょ。あっ、勿論あれだよ? 神昌は使わないからね。無料ガチャチケット使うから誰も傷つかないし、寧ろウチ的には戦力が増えて万々歳さ」






 今こそ好機とばかりにヨミは更なる早口でまくしたてる。





「そんでもってこれを使ってゲームをしよう。なぁにルールは簡単さ。まず君がガチャを引く。そして引いたカードがHR以下なら君の勝ちでSR以上なら私の勝ち。どうだい?」




「僕がそのゲームをやるメリットがありません」




「君が勝ったら大人しくこの機械を経理に引き渡すよ。んで次の戦いが終わるまで私は一切ガチャマシンに触らない。勿論他の誰にも触らせないから安心してくれ。私が勝ったらガチャマシンをこのままにしてもらうけど、SR以上のカードが手に入るって事はユニット換算でミニオン級の戦力が加わるわけだ。タダでそれだけの戦力が獲得出来るっていうのは相当得だと思うんだけど――――どうかな?」




「……………………」





 確かにヨミの言うとおりだった。

 損はない。

 寧ろどう転んでも良い方向に転がる。

 故にアストは警戒した。





(本当にヨミはこういうやり方が上手い。最初に出会った時も今の状況も一見こちらに全得な条件をつきだしておいて、最終的には自分の描いたシナリオ通りに事を運ぶんだ)






 だが疑惑を持った所で狙いがわからない以上はどうする事も出来ない。

 更に言えばこの勝負はガチャの引きが全てであり、他の要素が介在する余地がないはずだ。




 であれば、排出率の高い低レアリティ側が圧倒的有利なのは間違いないだろう。





「ちなみにSRが出る確率は千分の一って所だ。その上は目も当てられないほど酷い排出率だから実質千回やったら九百九十九回はアストっちが勝つ。ガチャの結果は連合側が統制しているから私にイカサマを行う術は無いしね」






 にやにやしながら自分に不利な情報をぺらぺら喋るヨミ。

 最早その胡散臭さは天上知らずであるが、嘘を言っているとも思えない。





「わかりました。その勝負に乗りましょう」

「そうこなくっちゃ! んじゃ早速引いちゃおう!」






 煮え切らないものはあるが、結局ゲームの誘いを受けたアストは覚悟を新たにガチャマシンの前へ歩を進める。






「ほい。これがガチャチケット。そこの挿入口に入れてレバーを回したらガチャが始まるよ」

「随分凝った装飾ですね」




 ド派手な金色に縁にはドラゴンと天使の文様、そして煌びやかな文体で書かれた『連合謹製祝福カードガチャチケット』の文字。




 とても良い趣味とは言えないが、これが非常に高価なものである事はなんとなくアストも理解できた。



「そりゃぁ貴重な神昌を使って回すわけだからねぇ。回す人にちょっとでもリッチな体験をさせてあげたいと言う連合からのありがたいお計らいだよ」

「なんとまぁ」




 異世界の運営を管理する組織と聞いていたから非常におっかないモノを想像していたが、存外俗っぽい部分もあるのかもしれない。






「それじゃぁ……いきますよ」

「うん!」

「約束はちゃんと守って下さいね」

「勿論さ! 神に二言はない!」




 再度釘をさし、言質を取った所でアストはガチャチケットを挿入口に入れた。



『さぁ、貴方に奇跡の祝福を』




 画面の中に現れた純白のドレスを纏った女性が祈りのポーズを取る。




「なんですかこれ?」

「演出だよ。こういうアニメーションを使ってガチャの期待を煽るんだ」

「色々あるんですねぇ、……あっ、何か周りが金色に光り始めましたよ」

「えっ、嘘マジ!? ヤバいヤバい! これは熱いよアストっち!」




 壮大なファンファーレと金色の光がガチャマシンの画面を賑やかせ最後にドレスの女性が『さぁ、受け取りなさい。これが新たな祝福です』とキメ顔で言い放つ。






 高まる期待。

 独特の緊張感。

 アストはマシンから出てきたカードを拾い上げ、恐る恐る確認する。




 するとそこには――――












 ・【ヒーロー見参】




 ・レアリティ:SR




 ・コスト:10000P




 ・対象範囲:味方ユニット一体




 ・発動時間:永続
























「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
















 隣のヨミがリリスの咆哮の様な声を出す。

 しかし、そんな絶叫すら耳に入らないほどアストは目の前の『祝福』に集中していた。







「千分の一が……本当に出た」

「すごいすごいすごいよアストっち! しかもこれSRの中でも最強クラスと名高い激レアカードだよ! やったなぁ! やったなぁ!」





 それはなんとも奇妙な感覚だった。

 達成感と虚脱感、高揚と鎮静、相反する感情が混ざり合いながら、けれど確かに嬉しいのだ。

 ギャンブルで大勝ちした時と同じような、けれどよりパーソナルな喜びがじわじわとアストの心をくすぐる。
















(……これはちょっと、気持ち良いかもしれない)
















 その日、ガチャの魔力に魅入られし者がまた一人誕生したのだった。






















 昼休みも終わり、その後ダムルードとの午後の訓練を終えたアストは再び地下食堂に訪れていた。

 目当てはディナー限定一人焼き肉食べ放題セットである。




 上質な肉が九十分食べ放題のこのセットがアストはえらく気に入っており、最近ではほぼ毎日焼き肉ディナーというハマりっぷりだ。




(さぁって、今日も焼き肉焼き肉っと……ん?)




 うきうき気分で券売機の列に並ぼうとしたその時、アストはよく見知った人影を発見した。



「リリスさん、こんばんわ」

「む、アスト。奇遇だな」




 濡羽色の長い髪に透き通るような白肌、宝石の様な紅い瞳、相変わらず美の化身の様な麗しさを煌めかせる女性の名はリリストラ・ラグナマキア。




 アストの無二の相棒にして中身はゴリラな乙女である。





「リリスさんもここで食事ですか」

「うむ! ここで旨い肉の食べ放題があると聞いてな。是非とも我が舌で味わいたいと思って来たのだ」






 どうやら目当ては同じものらしい。

 であれば、折角の機会なのでアストは一緒に食べないかと誘った。



「うむ。最近中々顔を合わせる時間もなかったからな。肉を焼きながら近況報告といこう」



 そうして二人はディナー限定一人焼き肉食べ放題セットを二枚買い、相席ながら別々の鉄板で焼き肉を楽しんだ。





「調子はどうだ?」




 肉をたらふく食い、エールも大分入れた頃合いにリリスがそんな事を聞いてきた。



「戸惑う事も多いですけどだいぶこの身体にも慣れてきましたよ」



 言ってアストはエールの入ったジョッキを兜に近付ける。

 彼の飲む動作に合わせてどんどん量が減っていくジョッキの中身。

 口もなく、どころかまともな内臓すらない鎧の身体に染みわたるエールのうまみ。

 トレーニングの後の一杯はやはりたまらなく美味であった。





「まぁその様子を見る限り上手く馴染んでいるようだが…………私は少し心配だぞ、アスト」

「心配? 何がです?」

「……いや、良い。変な話をして悪かったな」

「……………………」








 リリスが一体何を言いたかったのか、アストにはその見当がついていた。




 にもかかわらずとぼけて見せたのは善意か、打算か。






(きっと、両方なんだろうな)






 アスト・フェアーは隠し事をしている。




 それは『禍焉』にまつわる重要な情報で、場合によっては決戦の鍵を握るかもしれない程の価値を持ったモノである。







 『いいかいアストっち。この件については他言無用で頼むよ。『禍焉』が■■■■■■■■■■■■■■■■■■だなんて事は絶対にバレちゃいけないんだ。少なくとも今度の戦いが終わるまでは黙っていてくれないと色々とまずい事になる』






 ある時、ヨミが他言無用を条件に話してくれた『禍焉』の正体。




 それは想像を絶するほど理不尽で残酷な物語で、けれど同時にか細い希望に彩られた朗報でもあり、故に語る事の許されない機密事項であった。



 だからアストは語らない。

 語る事が許されない。

 例え死をもってしても分かつ事の無かった絆を持つ比翼連理の相棒であっても例外なく、口をつぐまざるをえないのだ。







(ごめんなさい、リリスさん)








 心の中で深く詫びながら、アストは相棒のジョッキにエールを注いだ。








「ねぇ、リリスさん」

「なんだ?」

「絶対に勝ちましょうね」



 唐突なアストの発言にリリスは宝石の様な瞳を二度ぱちくりとさせた後





「当然だ」





 華の様に笑ってジョッキを突き上げた。




















 そんな風にして、彼らの日常は巡っていく。




 厳しい訓練、新たな出会い、楽しい発見、その中であっても変わらない確かなもの。




 色んなものが混ざり合って彼らの転生ライフは少しずつ賑やかになっていき、それら全てが彼らが戦うための活力になっていく――――この頃のヴィーケンリート邸は、歯車がかっちりハマったかのように何もかもが上手くいっていたのだ。




 二人は日を追うごとに強くなっていき、その姿に刺激を受けた他の住人も負けじと精を出し、更にその熱がまた他の誰かへと伝播していくという正のスパイラル。




 彼らの日常は慌ただしく、けれど前向きで活力に満ちたものであった。












































 事態が急変したのは、それから十日後の事だった。
































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