第九話 それはガチャという名の底なし沼 その①
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……いけない。これはきっと、いや間違いなく邪悪なものだ!
――――ある冒険者の述懐――――
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「ところでアストっちは『ダンジョン×ダンジョンズ』のルールについてどこまで知ってたっけ」
食事も終わり一息ついた後、ヨミがとても興味深い話題を切り出してきた。
「大まかな話は貴方やダムさん達から聞いています」
そうしてアストは自分の知っている情報を話し始める。
「まず前提としてダンジョン×ダンジョンズは、僕達ユニットを使って行う『競争ゲーム』です。対決する異世界同士が、それぞれ重層化させた位相空間――――『ダンジョン』を用意し、勝負の開始と同時に相手方のダンジョンへ乗り込んで最奥を目指します。ここまでは合っていますか?」
「問題ないよ。続けて」
落ち着いた声で先を促すヨミ。
またキャラがブレてやがると思いながらもアストは言葉を再び紡ぎだす。
「ダンジョンは階層毎に空間が別れていて、その階層特有のクリア条件を満たす事で次の階層に移行出来ます。そうやって最後の階層まで行き着き、先に最終層の『守護者』を倒した方が勝利……とまぁ、こんな感じですかね」
おおよそアストが把握しているルールはそんな所だった。
認識としては、攻城戦と防衛戦が同時進行で行われる戦争とでもいうべきだろうか。
死なないという一点を除けば相当過酷なゲームである。
「ふむふむ。アストっちの知識量は大体把握したよ。うん、大体そんな認識で合ってる。少なくとも今度の戦いで必要な基礎データは十分揃ってるね。合格点をあげよう!」
「そりゃどうも」
ちっとも嬉しくはなかったがとりあえずアストは礼を言っておく。
ふと隣のロリーを見ると、ラグジュアリーソファに横たわって鼻ちょうちんを膨らませていた。
自由な幼女である。
「じゃあ、そんなアストっちの為に今日はもうちょっと踏み込んだ話をしてあげよう!」
そう言ってヨミが懐から取り出したのは美麗なイラストが描かれたカードだった。
「なんです? これ」
「ふっ、ふっ、ふっ。よっくぞ聞いてくれたねアストっち! これこそがダンジョン×ダンジョンズにおける肝というべきシロモノ祝福ギフトカードだよ!」
そのままヨミがのべつまくなしに説いた情報をまとめると、祝福ギフトカードとはダンジョン×ダンジョンズ内で使用可能な札型の特殊サポートアイテムの事を指すらしい。
「ただしこれを使えるのは君達ユニットじゃあないよ。祝福カードを使うのは神々わたしたちだ」
「? 神様が使ってどうするんですか。貴方達はゲームに参加できないでしょう」
ダンジョン×ダンジョンズは、神々同士の戦いを抑制する事を目的として生まれた「代理戦争」である。
故にヨミの発言は矛盾を孕んでいるのだが
「原則としてはそうだ。だけど物事には例外というものがあってだね、当然ダンジョン×ダンジョンズにだってそういう抜け道は存在する。この祝福カードは言わば神の直接干渉を限定的に許可する権利とでもいうべきものだ。例えばこの【猛撃】だと」
そう言ってヨミは一枚のカードを机に置いた。
・【猛撃】
・レアリティ:R
・コスト:500Pポイント
・対象範囲:ユニット一体
・発動時間:五分
・効果:対象のユニット一体に身体強化(ランクⅢ)を付与し、更に一定の回数攻撃を行う毎に、身体再生(ランクⅠ)、攻撃強化(ランクⅠ)を付与する。
「とまぁ、こんな感じで選択したユニットに攻撃よりの強化を付与する事が出来るんだ」
「成程、要するに憑依術式の神様版といった感じなんですね」
「まさにそんな感じだよ! まぁ中には発動するだけで宇宙規模の範囲に概念災害を起こすなんてカードも存在するけどね」
「前言撤回です。ちっとも似てません」
憑依術師として、そんな滅茶苦茶なインチキを同類として認めるわけにはいかなかった。
「でもそんな強いカードがあったらみんな同じものを使いません? というか僕らの存在意義すら怪しい気がするんですが」
「いやいや、そこは勿論調整されてるよ。祝福カードに限らず君達ユニットも含めて「強すぎるやつ」は様々な制限がかけられてるのさ。一番わかりやすい例を挙げるとコストっていう概念かあるね。基本的にダンジョン×ダンジョンズは何をするにしてもコストがかかるんだけど」
そう言ってヨミは白衣の袖下から一枚の紙を取り出した。
表題には「ヨミちゃん神の一目でわかるダンクロコスト早見表!」と書いてある。
(ダンクロっていうのは、ダンジョン×クロスダンジョンズの略称なのかな)
変な所に疑問を覚えながらもアストは渡された紙に目を通す。
するとそこには
・ヨミちゃん神の一目でわかるダンクロコスト早見表!
・コストの単位はPポイント! 以下省略するからよろしく!
・ユニット フォロワ―:0~50
・ユニット アイコン:100~500
・ユニット ミニオン:1000~7500
・ユニット スローンズ:20000~
・祝福カード Cコモン:51~100
・祝福カード UCアンコモン:101~250
・祝福カード Rレア:251~750
・祝福カード HRハイレア:751~2000
・祝福カード SRスーパーレア:2001~10000
・祝福カード URウルトラレア:10001~19999
・祝福カード LRレジェンドレア:20000~
「ありがとうございますヨミ」
早見表には、その後もこと細かくコストについて書かれていたが、アストは一先ず紙から目を離した。
「言いたい事は大体わかりました。つまり強いユニットやカードを使うためには相応の代償を払わなければならない――――そういう事ですよね?」
「うむ! 相変わらず理解が早くて助かるよ。更に捕捉すればダンジョン×ダンジョンズ――――あぁ、もう言いにくいなぁ、ここからはダンクロって略すよ。言いやすいでしょ? ダンクロ――――には勝数や勝率、その他諸々の条件を加味した上で、各異世界を絶対評価で序列化させた『リーグ』ってルールがある。この意味がわかるかい?」
やっぱりダンジョン×ダンジョンズの略だったのかと余分な事を頭の隅に留めながら、アストはヨミの問いへの答えを考えた。
(先程の流れからの連続性を視野に入れて解を導くなら、強力なユニットやカードへの制限が鍵だな。となると会話の順序的に制限→コスト→リーグって並びになるから……)
繋ぎ合わせた答えは至ってシンプルなものだった。
「リーグ毎にコスト上限が決まっている……とか?」
「イグザクトリィッ! 素晴らしい、文句なしの正解だよアストっち! いやー、アストっちは賢いなぁ、賢いなぁ」
「どうも。でもそれだと上のリーグと下のリーグがやりあった場合、悲惨な事になりません?」
リーグ毎にコスト上限が決まっているという事は、当然各リーグ間にコスト格差が出るという事だ。
つまり上級者はより有利に、下級者はより窮地に立たされるという事でありとても公平とは言い難い。
「その辺は問題ないさアストっち。これは戦争じゃ無くてゲームだからね。コストは勿論、ユニットや祝福カードの使用上限は原則として下のリーグに合わせるように設定してある。まぁ、そもそも別リーグの異世界同士が戦う事なんて殆どないからね」
「何故です?」
「リーグ制っていうのがそういうシステムだって言えばそれまでなんだけど、そもそもダンクロは両者合意の上で更に連合の認可が降りないと開けないんだよ。上の奴らが独断で下の異世界を狩れたら、完全に弱肉強食の侵略殲滅世紀末になっちゃうだろ。一応、そうならないようにある程度の公平性は保たれてんのさ」
「成程」
思ったよりも『ゲーム』をしている事にアストは感心を覚えながら、アストは隣のロリーを見る。
「……んにゃぴこぷー」
幼女はよくわからない寝言を呟いていた。
「祝福カードについてはおおよそ把握しました。で、実際僕らの陣営はどの程度のカードがあるんです?」
希望としてはLRのカードが在ってくれると助かるのだが、恐らくそれはないだろうとアストは考えていた。
LRのコストは20000P以上、これはユニットに換算するならばスローンズに相当する重さであり、当然相応の性能を持っているのだろう。
一概にコストイコール価値と言い換えるのは些か乱暴ではあるが、しかしヨミの口ぶりから察するにあながち間違いではない事も読み取れる。
(で、あればそんな優秀なカードが手元に残っている筈が無い。保有するカードの最高レアリティがRという可能性まで考慮しておいた方がいい)
スローンズ二人、ミニオン三人。
異世界国家サルワティオのほぼ全戦力である。
この惨憺たる現状を思い浮かべれば、祝福カードの保有事情も自ずとみえて来るというものだ。
「なーんか失礼な事考えてるっぽいけどウチのカード事情はユニットに比べたらそこそこマシなんだぜアストっち」
そう言ってヨミはアストに二枚のカードを見せた。
・【桜花繚乱】
・レアリティ:UR
・コスト:17000P
・対象範囲:領域化可能な空間全域
・発動時間:永続
・【リドルナイトメア】
・レアリティ:UR
・コスト:15000P
・対象範囲:敵ユニット
・発動時間:発動後十二時間(条件が満たされた場合)
「おぉ!」
示されたカードの予想外の強さにアストは感嘆の声を上げた。
二枚のカードは最高位のミニオンと比較しても倍のコストを持っており、おまけにレアリティは上から二番目のUR。
サルワティオのユニット事情を考えれば上々すぎるラインナップである。
「他にもSRが十枚以上あるし、祝福カードのラインナップだけで言えばウチはそこそこ強いんだぜ!」
「なんかここに来て初めて希望の見える話が聞けた気がします! ……でもアレ? ちょっとおかしくないですか?」
希望と共に湧きあがった新たな疑問、それはサルワティオの懐事情に関するものだった。
「ウチは負けっぱなしの最弱世界でスローンズはおろかミニオンすら碌にいないんですよね」
「そうだね」
「だとすれば、どうしてこんな強いカードがまだウチに残ってるんです?」
瞬間、ヨミの笑顔がぴきりと凍りついた。
「ソノコトニツイテハ」
「はい?」
「イズレキカイヲモウケテハナスヨ」
すっかり片言になってしまったヨミは、その後何度催促しても質問に答えてはくれなかった。
◆
「さて、何故プレイヤーたる我々が同一の強カードを使えないかって話なんだけど」
気を取り直して、というより最早仕切り直しとでもいうべき勢いで話題を強引に戻してゆくヨミ。
彼女のダンマリに根負けしたアストは大人しく耳を傾けるべく、少女の姿を凝視した。
(黙っていれば美少女なんだけどなぁ)
「まーた、失礼な事考えてるでしょアストっち!」
「いえ全く。それよりも話の続きを頼みます」
鎧兜というこの上ないポーカーフェイスにも関わらず何故この少女は、ビシバシと自分の胸中が読めるのだろうか。
またヨミに対する疑問が増えたアストであった。
「もう、失礼しちゃうなぁ。まぁ兎に角話の続きね。祝福カードっていうのはコスト的な側面とは別に、入手経路の面でプレイヤ―を振るいにかけるんだ」
「入手経路? つまり値段が高いって事ですか?」
「惜しいけどちょっと違う。高いというよりも当たりづらい・・・・・・と表現するのが正しいね」
そう言ってヨミはタブレット端末を取り出し、慣れた手つきで画面上の数字を動かしていく。
すると――――
「な!?」
地響きのような音と共に執務室の本棚が左右に開いていく。
そうして煌めく白光と共に現れたのはなんとも奇妙な物体だった。
形は直方体で大きさは割れた本棚と同程度、色は黒く、幾つかのレバーと四角形の挿入口が見受けられる。
そして最も目を引くのが、巨大な液晶画面とそこに描かれた電子文字だ。
『奇跡をつかめ! 祝福カードガチャ!』
ガチャ。
剣と魔法の世界に生きていたアストにとって、それが何を意味する言葉なのか分からなかった。
しかし、長年冒険者稼業に身を費やしてきた直感が彼の頭に警告を告げる。
(……いけない。これはきっと、いや間違いなく邪悪なものだ!)
意を決してヨミに『ガチャ』について尋ねると、それは抽選クジに相当するサービス形態らしい。
「つまり一定の料金を支払う事で、販売機が設定された確率に応じた抽選を行い、その結果に沿った景品が入手できると、そういう事ですね」
「まぁおかたく言うとそんな感じかな」
「ところでヨミ、このガチャの一回の値段はいかほどで?」
少し気まずそうにヨミが言った。
「……神昌払いでウチの運営が一週間成り立つくらい」
「高レアリティが出る確率は?」
「URは、空から美少女が降って来るくらい。LRはある日突然トラックに引かれたと思ったら何故か神様に土下座された挙句便利なチート能力を貰って異世界で無双ハーレムするレベル」
「貴方の例え話は良く分かりませんが、この機械がとても採算の取れない悪質なクジを提供するものである事は理解できました。さぁヨミ、そこをどいて下さい。こんな人の欲望を踏みにじるような機械は僕が責任を持って破壊します」
事と場合によっては禍焉かえんの解放すら辞さない勢いで、アストはガチャマシンへの殺気を燃やす。
コレは良くない。
特にパチ神ものに管理されているのがいっとう良くない。
下手をすれば最終決戦の前に爆死でお取りつぶしなんて事にもなりかねない。
早急に処理しなければ世界が危うい。
「わー、駄目駄目アストっち! コイツはレンタル品なんだ! 壊したら違約金持ってかれちゃうよぉっ!」
「じゃぁ今すぐ返してきなさい」
「いやいや、これないとカード手に入らないんだよ? それに自慢じゃないけど私結構引き良いんだよ? 結構レアカード引くんだよ?」
本当に自慢じゃ無かった。
というかそういう根拠のない引きの強さを自慢する輩こそが一番危ういのである。
ガチャ等という悪しき習慣に触れたこそなかったが、アストはヨミと同じような言葉を吐く人種を良く知っていた。
日がな一日カジノに入り浸る自称ギャンブラー達である。
自身の運というあやふやかつ主観的なものを盲信し、いざ負けると「詐欺だ、卑怯だ、運営は糞」とのたまう彼ら。
アストはそこに人の底というものを見た。
そして、死を経た先でまがりなりにも世界の神である存在から彼らと同じ業を見出したのだ。
なんかもう。
ひたすら残念だった。
「いや、あれだよ? 私もこんな切迫した状況で課金なんかしないよ? 完全無課金だよ? たまに入るガチャチケットとかで回してるだけだよ? 無課金だけど引き強なだけなんだよ?」
「そーですね。ヨミは神様デスしね」
「うっわ、全然心こもってない。失礼しちゃうぜ全く。おーけーおーけー、わかりましたよお客さん。要はこのガチャマシンが有用だって事を示せば良いんでしょ?」
「いえ全くそんな事は思っていません。有用だろうと無用だろうとこんな金食い虫を貴方の傍に置かせるわけにはいきません」
「そこはとりあえず乗ってくれよー、話進まないじゃんかー。とりあえず聴いてくれるだけでいいからさー。お願いだよ、ねーねーねー」
うざいねだり方をしてくるヨミに、アストは唸りながら首肯した。
経験上、こうなってしまった彼女はこちらが折れるまでひたすら絡んでくる。
それは彼としても避けたい所なのでしぶしぶ折れたのだ。
(全く、どっちが子供なんだか)
隣のソファでぐーすかぴーと眠っているロリーと見比べる。
僅差でロリーに軍配が上がるなとアストは結論づけた。