第二十四話『悪の組織』―3
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《自化会》では、拓人からの電話を受けた滝沢が忙しく動き回っていた。紺色のスーツが少しくたびれて見えるのは、彼の顔に疲れが色濃く見えるからかもしれない。
羊羹色の髪も、数束跳ねている。
只でさえ、最近は会員たちが殺気立っていたり、《P・Co》から――望んでもいない――助っ人が来たりと、《自化会》内かバタついていると言うのに。
その上、たまたまニュース速報の生中継で見た、カマキリのコスプレ男が《天神と虎》の関係者? どんな人体実験をしたら、あんな生き物が生まれるっていうんだ。
まぁ、《自化会》でも似たような実験をした事があるけどな。そういえば結局、あの実験で成功したのは、《A級》の東陽だけだったな……。
そんな事を考えながら、滝沢は廊下を足早に進んでいく。
「こんな時に副会長は国外に居るし……。ほんと、あの人にも困ったもんだ」
つい、愚痴も溢れてしまう。
「何や滝沢さん、えらいお疲れさんやなー」
《自化会》本部内をフラついていた祝に声を掛けられ、滝沢は足を止めた。
「祝は最近、よく室外に出てきてるな。顔色もよくなった様に見えるぞ」
「そりゃ、おおきに」
祝は、ストレスは溜まる一方なんやけどなー、と、ぶつくさ言っている。
「そういえば、さっき拓人から連絡があったぞ」
「拓から? 何て?」
即座に興味を示した祝に、滝沢は自分のスマートフォンを取り出し、録音していた通話内容を聞かせた。
「へぇー。ニュース見とらんから知らんかったわ」
「ハロウィンにもあまり見掛けないようなビジュアルの緑っぷりだったよ」
どこからともなく、ひょっこり現れた洋介――右手には液体の入った試験管を持っている――が、自分の携帯電話で画像を見せる。画質は荒いが、洋介の言う“緑っぷり”と両腕の様子は充分伺える。
「ほー。こいつが《天神と虎》の仲間なんか。改造人間的なヤツなん? 《天神と虎》も、なかなかの悪の組織っぷりやな」
「だよね。正義のヒーローが潰さなきゃ! って感じだよね」
「いや、おれら正義のヒーローちゃうけどな。どっちかっちゅーと悪の組織側か、よくてダークヒーローやで」
洋介は、確かにね、と両手のひらを見せて肩を竦めた。
「あ、そうだ。祝におつかいを頼みたいんだけど。人参とリンゴと小松菜を買ってきてくれないかな? スムージーを作りたくなっちゃって」
「女子か! っちゅーか、自分で行けや!」
「僕は今、手が離せないんだ」
そう言って試験管を見せると、祝は半眼になって頷いた。“駄賃を寄越せ”と顔に書いてある。
洋介はスラックスのポケットから二千円を出して、言った。
「はい。お釣りはいらないよ」
祝的には、お駄賃の少なさが気に入らないらしいが……。
「まぁええわ。ほなら準備して行ってくるわ」
祝が踵を返した時には、滝沢の姿はこつぜんと消えていた。
滝沢が早足で廊下を進んでいると、次に千晶が現れた。平日だというのに、今日は《SS級》の面子によく出会う。
因みに現在、会長である臣弥は、養子の寿途を学校まで送っていて不在だ。寿途の送迎は秘書である滝沢が行く事が多いのだが、今日は予定が空いているからと臣弥が連れていっている。
頭から足の先まで赤い女子大生は、女子が持つにはいささかイカツイ機関銃を軽々と抱えて、真っ赤な唇の口角を上げた。
「英喜、忙しそうねー。どーしたの?」
英喜――滝沢は、かくかくしかじか……と、拓人からの電話の内容を話した。
千晶は真っ赤なカラーコンタクトレンズの入った目を笑みに揺らす。
「ふぅん。《天神と虎》って、しょーもない団体かと思ってたけど、面白いもの造るじゃない」
気の強さが現れている顔には、“イイ感じのオモチャ見ーっけ!”と書いてある。
「お嬢は、午後から大学の講義に出席ですか?」
「そーなのー。ちょっと運動してから行こうと思ってー」
散弾銃を肩の高さまで上げて、千晶は滝沢に向かってウインクを飛ばした。
しかし滝沢の表情は暗い。
「お嬢。絶対、単独で《天神と虎》に乗り込んだりしないで下さいよ」
「やーねー。英喜の心配性。もうしないわよー」
「本当ですよ。お嬢にもしもの事があったら、オレは組長に顔向け出来ませんからね」
「死んだ人間の事をいつまでも引きずってんじゃないわよ。ホント、アンタは真面目ねー」
ケタケタと笑う千晶に滝沢は、そうですね、と覇気のない声で応える。
「今のアンタのボスは、会長でしょ? しっかり会長護んなさいよ。あたし、自分の身は自分で護れるから」
全く同じ事を会長にも言われたな、と滝沢は嘆息した。じゃーねー、と手をひらつかせながら去っていく、尻尾のような赤髪を眺めながら――。




