第二十四話『悪の組織』―2
「で、この“ユウヤ”って奴が《天神と虎》の関係者で、最近ドイツへ渡った事は理解してもらえたと思うから……。次は光さんと輝さんに、この映像を見てもらいたいんだ」
拓人がテレビに映し出したのは、ニュース映像。光たちが帰ってくるまでにも多数映像が放送されていたので、録画していたものだ。
全身が緑色で両腕が鎌の、人間の顔をした生き物。高校のグラウンドで叫んでいる言葉には、字幕が付けられていた。“ざまぁみろ”、“私は生まれ変わった”、“撃てるものなら撃ってみろ”と、自身を取り囲んでいる銃器対策部隊に向かって挑発的な言葉を放っている。
「これが仮装なら、かなりの出来なのだが……」
深叉冴が唸った。
「これはまた、見事に禁忌を犯したキメラだな。しかし、素人が造ったとは思えない出来なんだぜ。さすが、伯父さんの持っていた魔導書!」
「何感心してるのよ! あんなのがたくさん造られたら、日本中パニックになるでしょ!」
光の焦りとは裏腹に、輝は「いや、今のご時世だから、特殊メイクかCGだと思われるだろ」と楽天的だ。
「まぁ、犠牲者が出ているから、あまり笑ってもいられないがな!」
と、笑っている。
光は呆れと怒りで痛む頭を抱えた。
「ねぇ。何でアレが禁忌なの? カッコイイよね。カマキリ男」
首を斜めにする翔に輝は、よくぞ訊いてくれた! と両手を広げた。
「人間を合成生物化するのは道徳に反する。……というのは建前で、実のところ人間を合成すると、自我が強すぎて生成者の言う事を聞かない事があるからなんだぜ」
だから、禁止されてるんだぜ。と輝は両手を方の位置まで上げて、首を横に振った。
その昔、人間とグリズリーを合成して、用心棒にしようとした術者が、自分の造ったキメラに殺された事があってな――と語り始めた輝の話を遮るように、光が輝の前に手を伸ばす。
「とにかく、《天神と虎》の人が合成生物の生成に成功しちゃったのは由々しき事態だわ」
「カッコイイのいっぱい生まれるかな?」
翔の素っ頓狂な質問に光は、それは困るわね、と苦笑いだ。
「見た目だけなら、悪の組織に改造された怪人といった感じだな!」
深叉冴も、何やらテンションを上げている。
隣で拓人が、似たようなモンだと思いますよ、と眉を下げた。
「カマキリ男と《天神と虎》に繋がりがあるんなら、《自化会》の皆にも伝えた方がいいのかな?」
翔が呟くと拓人は、そうだなー、とスマートフォンを取り出し、電話を掛け始めた。
「あ、滝沢さん。ニュース見ました? そうそう。あいつは射殺されたけど、アレを造ったのが《天神と虎》らしくてさ。まだ仮説だけど……。あー、そうだな……。んじゃあ、宜しくお願いします」
通話を終えた拓人が、皆にも伝えるってさ、と翔に告げる。
翔は頷くと、ニュース画面へ向き直った。拡大されたカマキリ男の映像を、触角まである、と口をぽっかり開けたまま見ている。
「翔。分かってると思うけど、あいつ敵だからな」
呆れた様子の拓人に向かって翔は、分かってるよ、と、分かっているのかどうなのか……判断のしにくい表情で言った。
「ま、尚巳が情報を寄越せる状態なら、連絡を待ってからでも――」
「ねぇ。そういえば、“なおみ”って誰? 拓人の彼女?」
今一つ話題に乗りきれていない翔が、首を傾げる。
きょとんとした拓人が、えっとー、と頬を掻いた。
「オレの、前の相方。あと、名前は女っぽいけど男な。お前、さっき見ただろ」
「俺、声しか聞こえなかったし。……って、あれ? 前の相方って、祝じゃないの?」
「祝の前の」
そこまで聞いて翔は、うん? と反対側へ頭を傾ける。
「何で《天神と虎》に居るの? 裏切ったの? 殺す?」
「いや、……えっと、今は《P・Co》に所属してるらしんだけどな」
「何それ」
話が理解できず、翔は頬を張らせた。自分だけ話から置いていかれているのも、気に入らないらしい。
そんな様子を見兼ねて、泰騎が――どこからともなく出した――白い紙をテーブルに広げ、ボールペンで似顔絵の相関図を書き始めた。説明を交えながら。
尚ちゃんは元々、生まれてすぐに《自化会》に保護された孤児でな。《自化会》の施設で育ったんよ。成山の坊っちゃんとは小学生の頃から知り合いでー、仕事で組んどったのは中学時代かな? 《自化会》で言うトコの《A級》におったんよな。
んで三年ほど前に色々あって、成山の坊っちゃんが尚ちゃんを殺しかねん状態になったから、師匠……あ、秀貴さんの事な。師匠が、成山の坊っちゃんと尚ちゃんの距離を確保する為に、尚ちゃんを《自化会》から連れ出したんよ。
《自化会》では、《A級》以上の会員退会は裏切り行為にあたるから、尚ちゃんは会から抜け出そうとした体で、師匠に殺された事になっとるんよ。
そんで、自分の息子の所為で苦労を掛けるからーっつって、師匠は一年くらい尚ちゃんを訓練しながらかくまっとったんじゃけど、ずっとそのままじゃダメじゃからって、師匠がウチの社長に相談したらしくてな。ほら、知っとると思うけど、社長と師匠は同級生じゃから。
で、社長も尚ちゃんの事が気に入ったからって、《P・Co》で面倒みる事になってな。
その頃、ワシが《P×P》設立に向けて、メンバーを本社から引き抜いとる最中じゃって。丁度タイミングもええからって尚ちゃんもメンバー入りしたってわけなん。そこで、年齢と実力を考慮した結果、凌ちゃんと組んで仕事する事になったんよ。
因みに尚ちゃんは、当然《自化会》では除名されとるから《P・Co》の所属で違いねぇけど、社長と師匠の考えとしては、将来的に尚ちゃん本人に所属組織を決めて貰うって段取りらしいで。
実際に見てきたかのような説明を終え、泰騎はペンをしまった。相関図には、たくさんの線とメモ書きが添えられている。
翔は、似顔絵うまいな、と思いながらそれを眺めた。
「とまぁ、二年前に泥酔した社長から聞き出したのが、今の内容なんよ」
「って、社長喋りすぎじゃないですか!? 大丈夫なんですかそれ!?」
慌てる凌に対し泰騎は、社長は身内に弱ぇからなぁー、と苦笑している。
「ワシとしても、不安分子を事務所に入れるんは嫌じゃったから、洗いざらい話してもらったってわけな」
「ねぇ。社長が嘘ついてたらどうするの?」
釈然としない翔の様子に、泰騎はにっかり笑った。
「ワシの相方は有能でなぁ。嘘発見器の代わりにもなるんじゃで」
「え、何それスゴイ」
「……ポリグラフ検査器の方が精度は高いと思うが……まぁ……。近くに居る人の、心拍の変化が分かるから……。表情からも多少は」
ただ、泥酔状態の人相手だとあまり意味がない気も……。と潤は呟いているが、翔は、すごいんだね! と尊敬の眼差しを向けている。
「まぁ、っちゅーわけで尚ちゃんは、総じて見ると中立的立場なんよ」
チャンチャン、と話を締め、泰騎は後ろへ下がった。




