第二十三話『相方』―5
居間のテレビに映っていたのは、先刻動画で見た、カマキリ男。ヘリコプターからカメラが捉えている映像では、アナウンサーの男が現場の様子を伝えている。
画面の上部には、福岡の高校で男子生徒が数人病院へ搬送された、と速報のテロップが流れた。
校内に居た生徒と教師は避難済みらしい。だが、カマキリ男はかなり気が立っているようで、赤く染まった鎌の両腕を振り上げては、何やらヒステリックに吠えている。
校庭の真ん中で警察の銃器対策部隊に取り囲まれているにも関わらず、全く怯んではいない様子だ。
「ん? もしかしてコレが、ワシの嫌な予感の正体なん?」
何やら的が外れたように首を傾げる泰騎に、凌は「まだ何かあるんだったら、由々しき事態ですね」と半眼を向けている。
テレビの向こうでは、銃器対策部隊の最前列に待機していた数人が、跳んだカマキリ男の鎌に切りつけられて鮮血を散らした。そこで映像は途絶え、ニュース番組のスタジオへ映像が移された。
その数十秒後、到着した特殊急襲部隊によってカマキリ男が射殺されたという速報が流れ、スタジオは安堵に包まれた。だが、すぐに評論家などが仮説を繰り広げ、スタジオ内は討論の場へと変わった。
「怪我をした高校生や警察の方々は大丈夫なんですかねぇ」
心配ですねぇー、と緊張感のない声で言いながら、康成はテーブルに人数分のお茶を並べた。
拓人は自分のスマートフォンから光に連絡を取り、すぐに戻ってくるよう伝えると、潤へ体を向けた。
「で、何で尚巳が《P・Co》に居るんですか?」
怒気を含んだ声に対して首を竦めて見せると、潤は短く息を吐き、俺が知っているのは二年ほど前からだが……、と切り出した。
「社長と謙冴さんと、秀貴さんが連れて来たんだ。元々は秀貴さんからの頼みで、社長は『預り者』だと言っていた」
秀貴の名前が出ると、拓人の表情は――いつもなら険しくなるのだが、今回は面食らったように目を開いている。
「驚くのも無理ねぇわな。何せ、尚ちゃんを殺したんは師匠って事になっとるもんな」
とは、茶を啜っている泰騎の言葉だ。
「口止めされていたから言わなかったが、尚巳と拓人が顔を合わせた今、隠す必要もなくなった」
拓人との事はオレも知らなかった……、と凌は唇を尖らせて言った。
潤は、申し訳なさそうに眉を下げる。
「尚巳の処遇を知っているのは、《P・Co》でも僅かだ。その中でも、《自化会》在籍中の事について知っているのは、事務所では泰騎と倖魅と俺だけで……」
そこまで言って、そういえば、と潤はスマートフォンを取り出した。倖魅から、空港の利用者リストが送られている。
尚巳の事について説明するよう泰騎に頼むと、潤はプリンターを借りるために席を外した。
泰騎は、潤が殆ど言うたんじゃけどなぁ、と頭を掻いている。はたと、横からの熱視線を感じ、泰騎は翔に視線を向けた。
「えっと、天馬の坊っちゃん……ワシの顔に何か付いとる?」
翔は頭をブンブンと横に振り、星が散っているように瞳を輝かせて泰騎を凝視する。少し距離を縮めて、
「泰騎はすごく強いんだよね。潤が言ってた」
潤との約束をすっかり無視し、翔は更に泰騎に詰め寄る。それを片手でやんわり押し戻しながら、泰騎は嘆息した。
「言うとくけど、ワシはただの人間じゃで? フツーに考えて、半身神様の方が強いに決まっとるじゃろ」
まぁ、潤はワシに勝てた事ねぇけどな。というのは心の中に留め、泰騎は白い歯を見せて笑った。拓人に向かって。
「尚ちゃん、拓人の事をほんまに心配しとったんじゃで。あんな状態の拓人を放って組織を抜け出すなんてー……、ってな。それも、師匠が諭して落ち着いたんよ」
拓人は渋い表情をしつつも、どこか安心したように、そうなんですか、と呟いた。
「まぁ、あいつが生きているって分かって、ホント、良かっ――」
かちん、と動きを止めた拓人は、表情を引き攣らせて、ぎこちなく首を捻り、泰騎を見た。
「“あんな状態”……って、泰騎さん、あの頃のオレの事、何か聞いてるんですか……?」
泰騎は、うん? と小首を傾げ、にっかり笑った。
「彼女とお母ちゃんが死んだ精神的ショックから、周りの人間を無闇矢鱈に、殴ったり蹴ったり切りつけたり殺そうとしたりするからって、山に閉じ込められたけど、山ん中でも破壊活動を繰り広げとった事? 山の生態系壊すわ、地形を変えるわ、無茶苦茶し――」
「ぎゃあああああっっ!!! 言わなくていいですから! オレの黒歴史なんで!」
「え、言うたら駄目だった? そりゃ悪かった」
半べそ状態になっている拓人の頭を撫でつつ、泰騎はまだ笑っている。
翔と凌は、そうなんだ……、と声を揃えて、喚いている拓人を見た。
っつーか、今、滅茶苦茶重い過去話をサラッと暴露したな……この人。とは、凌の声にならないツッコミだ。
拓人の幼馴染みでもある翔は「俺、自分の事で忙しくて、全然知らなかった」と目をしばたたせる。それに対して凌が、そうなのか、と珍しく翔の話にのってきた。
翔はそれが嬉しくて、忙しかった理由を言ったのだが……、凌は目を細めて睨むのみで、会話は続かなかった。
俺が父さんたちを殺した後だったから、と言えば……ニコニコ笑って、そりゃ仕方がないな、とはならないだろう。
凌が翔に対して睨みを利かせていると、玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。
光と輝と深叉冴、二階からは潤と康成も戻ってきた。なので拓人は、潤の持ってきたリストを見ながら、皆にテーブルを囲うよう、促した。
いつもご高覧、有り難うございます。
のんびり更新ですが、これからもお付き合いいただけると幸いです!




