第二十三話『相方』―3
「潤って、笑えるんだ……」
そんな、とんでもなく失礼な感想を、息と共に吐き出す。
潤は、初めて天馬家へ来たときには笑うよう心掛けたんだけどな、と思ったのだが、その場に翔が居なかった事を思い出し、無言のままだ。
「ちょっと、ロボットなんじゃないかと思ってた」
体触ったら、硬かったし……。と、神妙な顔で呟く翔に、潤は、俺は結構笑う、と反論した。真顔で。
「綺麗な人は、笑ってた方がいいよ。だって、もっと綺麗だもん」
俺の可愛い光も、笑うと綺麗さと可愛さがグーンと上がるよ。というノロケも溢しつつ。だが、そんな台詞を吐く翔自身も真顔だったりする。
それに関する反応はなかったが、潤は顎に手を添えて、そうか……、と呟いた。何で忘れていたんだろうか、と漏らし、何やら考え込んでいる様子を見せ、視線を翔へ戻した。
「すまない。契約期間中に仕上げる事ばかりを考えて、実践訓練で大切なのは信頼関係だという事を失念していた」
翔は、潤から差し出された右手をきょとんとして見詰めていたのだが、握手用の手だと――奇跡的に――気付き、握り返した。潤の手は翔のそれと違い、骨張っていて少し硬い。手のひらも筋肉質で、やはり硬い。
色白で綺麗な――光と似た見た目の手をしているのに、彼女のものとも全く違う。翔はそんな事を感じながら、潤の手をまじまじと見ている。
「まずは、お互いの事をよく知るところからだな……。翔の事を教えてくれ。好きな事や、好きな食べ物とか……友人と普段何をしているのか、とか。…………どうした?」
一向に手を離そうとしない翔を疑問に思った潤が、眉を寄せている。
翔は表情を変えずに、潤に言った。
「光の方が気持ちいい……」
何の事を言っているのか分からなかった潤だが、自分の手と光の手を比較された事に気付き、苦笑した。
「俺は男だからな。女性の手と比べるのは、相手に申し訳ない」
手を引こうとした潤だが、翔ががっしり掴んでいて、叶わなかった。
「ねぇ。潤は普段、なにやってるの? 人殺し? 刀を使うって聞いたんだけど、どんなの? ねぇ。潤の相方って、どんな人? 強い? 潤は結婚してるの? ねぇ。お義兄さんって――」
「ちょっと待て。俺は、翔の事を教えてくれと言ったんだ」
「俺の事は後でいいよ。俺は、潤の事が知りたい。寿途も俺と同じだけど、寿途は俺とは、たくさん違うんだ。だから、同じヒトと話せるの、嬉しいんだ」
何を言いたいのか百パーセント理解出来たわけではないが、潤は『嬉しい』と自分の感情を言葉にした翔の気持ちを汲んで、分かった、と小さく頷いた。
但し、質問はひとつずつにしてくれ。と付け加える。
すると、普段の仕事は? という質問が飛んできた。
「人をたくさん殺してるの? 暗殺屋さんだって、洋介が言ってた」
「……まぁ、依頼があれば……。普段は、事務作業をしている」
「潤の刀って、大きい?」
「太刀だから、凌の脇差しよりは大きい」
「潤の相方って、どんな人?」
「…………」
返事がない。翔は、潤の手を強めに握ってみた。
(そんなに難しい質問したかな……。潤の相方って、あの灰色の人だよね?)
翔の頭から出ている触覚が“?”となったり、解れたりを繰り返す。
潤は溜め息のように、そうだな、と吐き出した。
「腹が立つくらい、何でも出来る奴……かな……」
何でも出来る人、頼りになっていいと思うんだけど……。翔はそんな事を心中で呟きながら、聞き返す。
「腹が立つの?」
「あぁ。あいつと居ると自分の無能さが際立って、嫌になる。劣等感ばかりが募るし、それに対して苛立つし。努力して追い付いたと思ったら、更に先を行かれる無限ループ。しかも、あいつの事を評価している人物が少な過ぎるのが、俺にとって最大の問題で……」
そこまでひと息で言っていた潤だが、はたと翔に目を向けたと同時に声が止まった。またしても、翔が物珍しそうに潤を見ている。
翔は首を横に倒して、どうしたの? と訊く。しかし、潤からは問いの答えではなく、謝罪の言葉が返された。
「悪い。今聞いた事は忘れてくれ。絶対、間違っても、本人には言うな」
「分かった。言わない」
翔は真剣な顔で、約束する。
「言っちゃったらごめん」
保険の言葉も忘れずに加えて。
潤は重く太い息を吐き出し、項垂れた。
「……まぁ、閉鎖的な空間だからと、言わなくていい事まで言った俺も悪い」
頭を振り、顔を上げたときには苦笑に変わっていたが。
「俺も、翔の言う“同じ人物”とゆっくり話すのは初めてだから、“嬉しい”のかもしれないな」
あー、今のも忘れてくれ。という言葉は、表情筋を緩めている翔の耳には届かなかった。
「うん。俺、潤好きだな。……ねぇ。俺、凌とも仲良くなりたいんだけど……。凌の相方って、どんな人?」
「それは、俺が教えるべき内容じゃないな」
本人に直接訊くといい、と翔の肩に手を置くと、潤はプレハブ小屋から出ていった。