表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
93/280

第二十三話『相方』―2




 拓人が結界用の札を量産していた頃――。




「ねぇ、何それ」


 翔は潤の体を指差して言った。


 潤は今、丈の長い割烹着を身に付けている。割烹着の色は黒で、胸元、腹、両腕、両脚に白い丸が書かれている。なかなか滑稽な格好だが、笑う者が居ないので、場の空気は異様だ。


「的だ。威力の調整は追々するとして、まずはコントロール力を身に付けるべきだと思ってな」

「潤、割烹着似合うね」


 質問の答えに対する話題とはズレた返事を寄越した翔に、潤が瞼を半分落とした。呆れながらも、話を続ける。

 翔を向かいの壁際にまで下がらせてから、


「どれでもいいから、丸い印を狙って燃やせ」


 翔は頷くと右手を潤に向かって突き出した。次の瞬間、潤の左腕に火がついた。護符の効果ですぐに鎮火し、潤の腕は無傷だ。

 手のひらから炎が伸びているわけではなく、完全に“潤の腕を”狙っていた。そう。潤の腕を狙ったように見えるのだが――、


「因みに、どこを狙ったんだ?」

「心臓の辺」


 的外れもいいところだった。


 潤は、呆れているのか感心しているのか、一概には言えないような声を上げる。


「よく今まで、仕事をやってこられたな……」

「俺の失敗は、全部拓人が何とかしてくれるから」

「…………」


 潤は決していい顔をしているわけではない。しかし翔は、何故か得意気に言葉を続ける。


「この前も、攻撃に巻き込んじゃったけど怒らなかったよ。俺、自分の攻撃で目玉と腕に色々突き刺さっちゃったんだけど……拓人が手当てもしてくれた」


 拓人は凄いんだ、と相方の有能さを伝える翔だが、翔の無能さが露になるだけだった。本人は全く気にしていないのが、最も残念な点だ。


 潤は少し考え、口を開いた。


「俺は『翔に力の制御(コントロール)を教えてやってくれ』と言われて、ここへ来た。これが今回の俺の仕事だ。つまり、これを完遂しない限り俺は会社へ顔向け出来ない」


 翔は――分かっているのか否か――頷きながら、話を聞いている。


「翔はどうして、力を制御したいと思うんだ?」


 頭の先から伸びている触覚を揺らして、翔は小首を傾げた。どうして? と反復し、姿勢を正す。

 伸びた背筋から、翔の真剣度が伺える。


「人に迷惑、を、掛けないようになりたい……、です」


 言い慣れていない、ぎこちない敬語で言うと、翔は身を(よじ)った。しかしそれ以上の言葉が出ない。

 答えに続きがないと悟ると潤は、そうか、と頷いた。

 表情から感情は読み取り辛いが、悪く思ってはいないようだ。――というのは、翔の判断だが。


「取り敢えず、今は、拓人に迷惑掛けないようになりたい……です」


 潤は再び、そうか、と小さく頷いた。口元が僅かに綻んでいる事に、翔は気付かなかったが、場の空気が幾分か和らいだ事は、何となく感じ取った。

 しかし潤から何も言われないので、翔は続ける。珍しく、手振りを付けて、


「拓人、大変でね。俺も、詳しく知らないんだけど、短い……半年くらいの間に、仕事の関係で同級生が殺されて、お母さんが死んで、仕事の相方まで死んだんだって。秀貴とは仲が悪いし、今の相方は俺だし……」


 そこまで言って顔を伏せたのだが、翔は少しだけ口を尖らせて、言葉を紡いだ。


「だから、俺、もっとしっかりしなきゃって、思ってるんだ」


 一頻(ひとしき)り話終えると、翔は長く息を吐いた。深い呼吸を数回繰り返し、再び、だから、と切り出した。


「早く、コントロールの仕方教えて」


 教えを乞う言葉遣いを忘れている事は取り敢えず無視し、潤は本日何回目かの「そうか」を繰り出した。そして「ところで」と話を戻す。


「昨日拓人に、翔の能力の制御の程度について効いた時、拓人は『場所は正確だ』と言っていたのだが……」


 胸元を狙った結果、左腕部分の燃えた黒い割烹着を見やる。お世辞にも、正確とは言えない。


 対して翔は、えっとね……、と言葉を探るように、指先でくるくる円を描きながら答えた。


「例えば、攻撃されたとしたら……、その攻撃対象を落とす、くらいは出来るんだ。うぅんっと……自分に向かって来るものは燃やせる……っていう、感じ……かな……」


 だんだんと尻すぼみになっていく声に自信は感じられない。それもその筈。当の本人にも、よく分かっていないのだから。

 つまり、翔は典型的な“感覚で生きている”人物。


 潤の相方が、同じように感覚で生きているわけだが――


「……こんなに差が出るものなのか……」


 指先で頭を支えるようにして、潤は項垂れた。長い髪が頬に掛かる。

 潤はズボンのポケットから髪用のゴムを取り出すと、後頭部で髪をまとめた。


「それなら、得意な事をまず完璧にするぞ」


 割烹着を脱ぎ、適当に畳んで置くと、右手を翔に向けて言う。


「俺が翔に向かって、見えるように攻撃をする。翔はそれを全て打ち消すイメージで、俺の放った炎に、翔の攻撃を当ててみろ」


 翔が、うん、と返事をしたと同時に、金糸雀色かなりあいろを帯びた唐紅(からくれない)が、翔に迫ってきた。

 頭で考えるより先に、翔は自らの右手を振り上げ――振り切った。

 翔と潤の間で、紅蓮が弾けて消え失せる。だが、赤が消えたのは一瞬の間で。瞬きを挟むと、次が出現していた。


息つく間もなく、熱を纏った赤が、出ては消え、出ては消え……。翔はその全てに、何らかの衝撃を与える事に成功している。ただ、それは(あか)い炎であったり、空気砲のように目に見えないものであったり、威力が強かったり、弱かったり、まちまちだ。


 そんな均衡状態の攻防が数十秒続いた時――、翔が突然、倒れた。車に牽かれた蛙のように、床に貼り付いている。

 駆け寄った潤が、しゃがんで翔の様子を伺う。どうした? という問いに、なかなか返事がない。


 翔は、ぜぇはぁと呼吸を繰り返し、ある程度息が整うと、唾を呑み込んで言った。


「……い、息、するの……忘れてた……」


 未だ荒い呼吸を続ける翔は苦しそうに喘いでいる。

 その横で、細い息が勢いよく吐き出された。


「?」


 翔が顔を上げると、口元に手を添えて笑っている潤が居た。


「は……、ふふ……そんな、はは……っ」


 肩を揺らす潤を翔は、蝉が羽化する瞬間に出会(でくわ)したような顔で眺めている。

 そして、また呼吸を忘れている事に気付き、急いで息を吸い込んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ