第二十三話『相方』―1
水曜日は、登校日だ。しかし、ここは学校ではなく、天馬家の裏庭。
まだ十月とはいえ、出席日数は充分足りている。まず、留年は有り得ない。
結界要員の一人である深叉冴が、光と共に別件――光の伯父や伯母の事――で動いているので、結界役を拓人が引き受けているわけだ。
拓人は結界用の札を作りながら、頭上を飛んでいる寒太を見やった。鳥の見分けが出来るわけではないが、寒太は頭から毛――羽根?――が一本延びているので、他の鳥と見分けがつく。
墨を摺り、筆で書くのが本来の作法なのだが、効果に違いはないので、拓人は筆ペンを使って札を作成していた。
それを、隣で熱心に見ているのが凌だ。彼の所属している《P×P》は水曜日が休みなので、今日一日天馬家に居るらしい。
「そんなに見られると恥ずいなー」
筆ペンに蓋を被せながら拓人が苦笑すると、凌は体を跳ねさせた。
「あ、わ、悪い。珍しくて、つい……」
「いや。興味持って貰えるのは、嬉しいかも」
オレの家業、古臭いってバカにされるから。と拓人は自嘲する。
「オレは呪禁師、翔は退魔師。どっちも、時代錯誤だっつってな。だから、オレは普段コイツを使ってるわけだけど……」
顎をしゃくり、リボルバー式の改造銃を指す。
「呪禁師の仕事は、人殺しばっかじゃねーんだけどな。何か勘違いされて、人を呪い殺すのが仕事みたいに思われてんだ」
「じゃあ、他にどんな事が出来るんだ?」
思いの外真剣に食い付いてくる凌に、拓人は再び苦笑した。筆ペンの蓋を外し、そうだな……、と紙に何か書き始めた。
拓人は、横棒二本に“日”や“水”や“木”のような文字などが縦に描かれた札を凌に見せると、何の効果があると思う? と訊いてみた。
凌は迷いながらも、悪霊退散……? と呟き、拓人に笑われた。顔を赤くしている凌に向かって、笑った事を謝ると、拓人は札を凌に差し出した。
「首や肩の凝りを取り除く」
「……は?」
そんなバカな、とでも言いたそうに、凌は札を受け取った。その瞬間、狭まっていた凌の眉間が開いた。目を屡叩かせ、札を見つめている。
「な? 肩が軽くなっただろ」
「本当だ……」
信じられない、と言うように札を眺めている凌。拓人は、凌は肩に力が入りすぎだからな、と笑う。
「それ、やるよ。一ヶ月は効果があるから、小さく折り畳んで持ち歩いとけ」
営業職って、大変そうだし。と付け足して。
凌は拓人に礼を言うと、札を小さく折ってズボンのポケットへ入れた。
「それなら、拓人も……翔の相方って、大変そうだよな……」
凌は目の前にあるプレハブ小屋を半眼で見据えながら、言った。小屋の中では、翔と潤が訓練中だ。
時折小屋が微かに振動するものの、外への影響はないに等しい。
「まぁ、オレもよく攻撃に巻き込まれてるしなぁ。翔は不器用だし、記憶力は悪いし、出生と育った環境が特殊だからあんなだけど。素直だし、いい奴だよ。ちょっと考え方が極端だけどな。オレより、ずっとマシだと思うぜ」
拓人は筆ペンを回しながら、肩を竦めた。それと連動するように、凌は首を傾げる。
すると拓人は、
「オレ、疫病神なんだ」
と、はにかんだ。
凌は訳が分からず、反対側へ首を傾ける。しかし少しして、そういえば、と体勢を戻した。
「拓人の周りの人が立て続けに三人消えた事があるって、社長が言っ……」
そこまで言って、凌の言葉が止まった。
極端に変わったわけではないが、微かに、拓人の顔に影が落ちた気がしたからだ。
「悪い、無神経だったな」
自己嫌悪に陥る凌に拓人は、気にすんな、と笑って見せたが、白髪の少年は、またやっちまった、と額を押さえて唸っている。
「相方にも、たまに注意されるんだ。『もうちょっと人の気持ち考えたらどうだ』って。翔の事言えねーな」
凌は、はあぁぁ……、と深い溜め息を吐く。
拓人は、真面目だな、と心中で苦笑すると共に、話題を変えるべく、話を振った。
「へぇ。凌の相方って、どんな奴なんだ?」
沈みきっていた凌は、そうだなー……、と顎に手を添えて言った。思い出し笑いだろうか、くすりと息を吐き出しながら。
「変な服着てるな」
「変な、服…………?」
拓人はきょとんとして首を傾げた。
「顔は地味なくせに、服は派手でさ。あ、でもスゲーいい奴なんだ。人の事よく見てるし、気が利くし、面倒見がいいから後輩ウケも良くて……」
そこまで流暢に話していた凌だったが、はた、と言葉を区切った。まじまじと拓人を見ながら、手をひとつ叩く。
「拓人に似てるな。見た目は全然違うけど」
凌が笑うと同時に、凌のズボンの尻ポケットに刺さっているスマートフォンから、着信音がした。
発信者を確認した凌が、噂をすれば、と通話ボタンをタップした。
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