第二十二話『地下の化け物』―4
肉の塊は、低い声で呻きながら立ち上がった。
指と呼べるかも怪しい肉の玉が、鉄格子を握り込む。鉄同士がぶつかり、ガシャン、と音が響いた。
何かを訴えるように声を出しているが、何と言っているのかは聞き取れない。
尚巳は、日曜日に思ったことを繰り返した。
(何で、こんな奴がここに居るんだ?)
明らかに、普通の人間ではない。空想生物と言ってもいいほど、異様な体型をしている。ただの肥満では、こうはならない。
今まで確認されている最大の体重の人物が、六三〇キログラムほどだと言われている。常時トレーニングをしていない普通の人なら、二〇〇キログラムを超えると歩行困難となる。
地下牢に居るこの肉の塊は、低く見積もっても三〇〇キログラムはありそうだ。フラフラしてはいたが、何とか自力で歩行していた。
(言葉が喋れないってのも気になるな。声帯に異常はなさそうだし、他国語でもなさそうだし……強いていうなら……)
豚や猪のような、動物の鳴き声に近い。
尚巳が観察していると、イツキの義弟は肉の塊に向かって人差し指を向けた。
「こいつを造った時は失敗したけど、今回は専門書も手に入れたし、もっとカッケェ合成生物を造ってみせるかんな!」
手にしている本を掲げて見せると反対の手をイツキへ向けて、手のひらに乗っている生物を見せた。
ヘラクレスオオカブト。世界最大のカブトムシだ。
「確かに、カッコイイ素材だね」
「だろだろ!? この本、飛行機の中で辞書見ながら解読したんだ! 今度こそ、ゲームみたいなキメラを作ってやんよ!」
瞳を輝かせて宣言する義弟にイツキは、がんばれ、とエールを送った。
「そうだ兄貴。姉ちゃんが呼んでたぜ。『三分で来い!』だってさ」
「えぇ!? ユウが来てから、もう三分は経ってるよ! 急がなきゃ!」
じゃあね! と言い落とし、イツキは高速移動でこの場を去った。階段に差し掛かった所で首を捻ったように見えたが、速すぎたので確信はない。
地下に残ったのは、『ユウ』と呼ばれたイツキの義弟と、肉の塊と、尚巳のみ。勿論、『ユウ』は尚巳に気付いていない。
そんな『ユウ』が、久し振りだな、と肉の塊に向かって話し始めた。
「覚えてるか? 俺は、ガトウ・ユウヤ。二週間前、お前は俺のラーメンから、チャーシューを盗ったよな?」
尚巳は「盗る方も盗る方だけど、盗られる方も大概だぞ」とツッコミたいのをグッと堪えた。
「そんなに豚が好きなら、合体させてやんよって思って、借りたキメラの本を見ながら豚と合成したわけだけど……失敗して悪かったな。次はカッコよくしてやるからな!」
マジックミラーの内側から尚巳は、ガトウ・ユウヤの“勉強の成果”を眺めていた。物音を立てないように、細心の注意をはらいながら。
ユウヤは古びた本を指でなぞりながら、床に白のチョークで何か描き始めた。円を描き、その周りに文字を書き、円の中にも更に、図形や文字を書き連ねていく。
ファンタジーアニメなどに登場する、魔方陣に見える。
ユウヤは、よし完成! と、かいてもいない額の汗を拭う振りをして、ヘラクレスオオカブトを図形の中心へ置いた。そして、肉の塊の入っている牢の鍵に手をかける。
ユウヤは図形――魔方陣の外側へ立ち、肉の塊はユウヤを目掛けて、牢からゆっくり出てきた。一歩一歩、重い肉体を引きずるように歩く。
白のチョークで描かれた部分に足が触れると、稲妻のような光りがパチパチと現れた。肉の塊が図形の中心に辿り着いたと同時に、その光りは火柱のように立ち上ぼる。
光りの柱が消えた時、その場に居たのは――、大きな角の生えた、豚だった。




