第二十二話『地下の化け物』―1
天馬家に輝が訪れた頃――。
福岡空港。
「まさか、一週間の内に二回も福岡出張が入るなんてなぁー……」
東京から福岡に到着したばかりのその青年は、両手を組んで軽く伸びをした。
原色が眩しいTシャツは、左右の袖の色が違う。ボトムスも左右でデザインの異なる、サルエルパンツ。荷物は大きめなリュックのみ。派手な服の上に在るのは、黒髪黒目で、大衆に紛れると見失ってしまうほど平凡な顔。
年齢的にはまだ少年なのだが、立派な社会人だ。特徴といえば、一八〇センチメートルある背丈くらい。
《P×P》の営業副部長である、鈴村尚巳。彼は現在、空港内を移動していた。
先週福岡へ来た時には新幹線を利用したが、仕事終わりで新幹線を使うとなると到着が深夜になるので、今回は飛行機を使ったのだ。
お陰で、二時間ほどで福岡に着いた。
一階のコンビニに立ち寄る為に歩いていると、綺麗な顔をした少年が横切った。
(ジュナンボーイみたいだな……)
“ジュナンボーイ”とは月刊雑誌『JUNAN』が主催する美男子コンテストで受賞した者の事だ。そこから、数多くのタレントが生まれている。
ジュナンボーイ風の少年は、大きなスーツケースを引いて歩いていた。スーツケースにはベルリン・ベアの描かれたステッカーが無造作に貼られている。
少年は携帯電話で、今着いたトコー、と話しながら、尚巳とは逆方向へ歩いて行った。
福岡空港から出た尚巳は、会社から予約を入れているホテルへ無事に到着。素泊まりなので、夕食と翌日の朝食は持参している。荷物をベッドへ放ると、朝食を冷蔵庫へ入れた。
コンビニで買った、高菜と明太子の焼きビーフンを開封しながら、タブレットを起動する。会社から支給されているものだ。
音声のみの通信設定で、通話の発信を始めた。受信を確認して、口に咥えていた割り箸を持ち直す。
『尚巳さん、お疲れ様です』
通話相手は《P・Co》本社の情報部通信課に所属している、女性だ。
「お疲れ様です。無事に福岡のホテルに到着しました。明日《天神と虎》に向かいます。これ以降の通信予定はありません」
『承りました。それでは、お気を付けて。失礼します』
通話はそこで終了。
タブレットをベッドに投げると、ビーフンを膝に乗せたまま溜め息をひとつ。
「せめて朝食付きにして欲しかったなぁー」
会社への愚痴を溢しつつ、割り箸を割った。
雅弥か謙冴がホテルの手配をしたなら、夕食も朝食も付いていたのだろうが――、残念ながら《P・Co》の社員には《P×P》の事をよく思っていない者も多い。
(まぁ、普通のホテルなだけマシかな)
現状を前向きに捉えながら、尚巳は備え付けられているテレビを点けた。色々とチャンネルを変えてみる。バラエティ番組が多い。そんな中でニュース番組を見付け、チャンネルを固定した。
明日の天気は、晴れときどきくもり。最高気温は二十五度。ニュースでは、市内の男子高校生が飲酒で捕まった……、などの話題が取り上げられている。
(未成年薬物検挙全国一位の街なのに、飲酒でこんだけ取り上げられるのかー……)
そんな事を考えながら、ビーフンを口へ迎えた。尚巳自身は禁止薬物と関わりないが、薬物を使用している人物と会った事は何度かある。
麻薬の密売現場を押さえる仕事が、年に数回あるからだ。その現場に居る人物は、暴力団に所属している者も居れば、その時々に雇われた未成年の場合もある。
いずれにせよ、“普通の人間”ならば簡単な仕事として片付く。ただ、
(たまに、おれ等と同じ人種が混じってるから、厄介なんだよな……)
自身が特異な体質であったり、特殊な知識や技能を持っていたり――例えば、体から火を出したり、水を出したり、電波を出したり、毒を出したり、体が再生したり、植物を操れたり、触れずに物を動かしたり……とまぁ、挙げた例は全て、尚巳の周りに居る人物の事なのだが。
以前、超能力者ばかり集まった組織を相手にした事もあり、厄介さは痛感している。先週潜入した時に、《天神と虎》の長であるマヒルが浮いていたのを思い出し、尚巳は重い息を吐いた。
超能力者だったら面倒だな、と。
たまたまマヒルだけが飛行能力を持っていて、たまたまそれに魅せられた人々が、ぞくぞくと終結し、あんな宗教団体みたいになったのだとしたら……、
(その方が、都合がいい)
危惧すべきは、《天神と虎》の人員全てが“類友”――つまり、全員が超能力者だった場合だ。
(予知能力者やテレパシー能力者とか居たら、マジで厄介だ……)
尚巳はテレビに映るニュースを眺めながら、低く唸った。思い過ごしなら勿論、それでいい。いや、それがいい。
(でも、なんかヤな予感がするんだよなー……)
コンビニの袋にゴミを詰め込み、ベッドの横にある椅子へ放ると、尚巳は自分の体もベッドへダイブさせた。ベッドサイドテーブルから、番組表を引っ張る。
(どうせ会社の金だし、有料チャンネル観てやろっかな……)
番組内容も全て本社に把握されるわけだが、そんな事は気にしない尚巳だ。そのまま、有料チャンネルのページを開いた。




