第二十一話『兄、来る』―5
『わたしは、気付いたら死んでいたの』
あまり役にはたてないわ。とカルラは溜め息混じりに肩を上げる。
しかし記憶から何かを掘り起こしたらしく、ただ……、と言葉を続けた。
『東洋人のような少年が訪ねてきたわ。“こんにちは”って言っていたから、日本人かしら。黒っぽい髪でね。そうね……、翔より、スタイリッシュな子だったわ。あぁ、気を悪くしたらごめんなさいね。翔がちんちくりんって意味じゃないのよ?』
「カルラさん、それって、ちんちくりんって言ってるようなものですよ」
間髪入れず突っ込むと、倫は湯呑みにある茶を啜った。
「伯母さんはホント、日本の若い男が好きだよなぁー」
輝が嘆息すれば、カルラは、だって可愛いじゃない、と笑う。
「自分の肉体をネジ切られたっていうのに、能天気なモンなんだぜ……」
「ちょっと待って。身体をネジ切られた……って?」
なかなかのビックリ発言に、光は輝を見た。輝は、驚いた顔もcharmantんだぜ! などと言いながら親指を立てている。
そんな兄は無視し、光は再びカルラへ向き直った。
『それが、一瞬の事だったから……。息が苦しいと思ったら、身体がギュッっとなって……それきりね』
「嫌な事を思い出させて、ごめんなさい」
と光が謝るも、カルラはかぶりを振った。
『いいえ。恐怖も感じる間が無かったっていうのが、正直なところよ』
「言っただろ。損傷が激しかったって。俺様もあまりじっくり見る時間がなかったんだが、身体は螺旋状に捻られて、バラバラ。ただ不思議な事に、力を加えられた痕が無かったんだ」
やっと輝が真面目に話に参加し、少しだけ話題が進展した。その事に安堵するも、疑問は増えるばかり。
「力点が無いって事?」
眉をひそめる光に、翔は「力点……?」と首を傾げる。だが、それはスルーされ、話し合いは進む。
「ああ。何かに握られて捻られたなら、手の形なり握った跡なりが体に残る筈だが、それがない」
「触れずに、身体を捻り上げた……って事?」
光の表情は更に険しくなった。場の空気も、少しばかり緊張感が漂っている。そんな張っている空気を両断したのは、翔ののんびりとした声だった。
「んー……触らずに物を動かせるのって、超能力じゃない? サイコキ……なんとかってやつ」
「念動力を使う人物が犯人って事かしら?」
「うん」
コクリと頷く翔に、場の視線が集まる。翔は怪訝な顔で、何? と小首を傾けた。
「翔様、よく思い付きましたね」
「東陽がそうだから。俺、見せてもらったよ。凄いよね。見えるものなら、何でも動かせるんだって」
翔が、東陽がジュースを浮かせた時のことを康成に話している横で、深叉冴は「彼は臣弥の実験で能力が開花したと聞いたが……」と考え込んでいる。その様子に光が、何か思い当たる節がある? と首を倒した。
「あぁ、謙にぃ……いや、兄上から、《天神と虎》の追加情報を貰ったのだが……」
と、深叉冴は懐から長形3号くらいの茶封筒を取り出すと、更にそこから、三つ折りになっている紙を取り出した。A4サイズのコピー用紙には、箇条書きのような形式で文字が並んでいる。
先週の水曜日に《P×P》の尚巳が《天神と虎》の集会に参加した際に入手した情報が、分かりやすく書き連ねられていた。
団長の名前はガトウ・マヒル、団長は小さい、中学生みたい、夕飯はもやし炒め、銃弾に撃たれても死なないデブが居る、団長の付き人は旦那らしい、宗教団体みたい、とにかく団長崇拝者がヤバい……など。
そんな文字列の中を、深叉冴が指差した。
“団長が宙に浮いてた”
この一文だけ見れば、サーカスか何かの団長だと錯覚するかもしれない。
「超能力ならば、宙に浮く事も出来るのでは……と思ってな。この団長、天然の超能力者やもしれん」
「宙に浮いてる父さんが言うと、不思議な感じだね」
翔は、床に足を着いていない父に向かって首を寝かす。
深叉冴は翔に話し掛けられて少しニヤつくも、咳払いをひとつ落とした。
「まぁ、今の儂の事はさておき……。超能力というだけなら、ヒデも放出型の電気特異体質者なのだが……」
「秀貴は浮かないよ?」
「……あぁー……。ヒデの事もさておき……」
唸る深叉冴を尻目に、翔は茶をすすりながら、超能力者っていっぱい居るんだね、と溜め息を吐き出した。
「つまり、《天神と虎》の教祖様は超能力者って事ですね」
《天神と虎》を宗教団体だと確定した康成が雑にまとめた所で、翔の集中力は完全に明後日の方向へ飛んでいった。




