第二十一話『兄、来る』―2
光は瞬きを忘れるくらい固まっていたが、数秒を跨ぎ、口を開いた。
「伯父様と、伯母様が……?」
幼少期世話になった二人が死んだと。特に、伯母は光にとって師とも呼べる存在だ。そんな人物が死んだ――否、殺されたとあっては、心穏やかではいられない。
鑢で心臓を削られるような痛みが光を襲う。光の大きな眼が、涙の膜で覆われた。が、光は浅く短い呼吸を一旦止め、眼を瞑り、深呼吸をしてから、瞼を開いた。
力強く輝く生命の色をした瞳を直視した兄は、感嘆の息を吐いた。
そんな兄に、光は問う。
「誰に?」
短い。だが、彼女が今、一番知りたい事だ。
輝は、光の青から眼を逸らせた。
「それが、まだ分からないんだ。ただ、遺体の損傷が激しくてな。人間の力じゃ無理だろ……って感じでなぁ……。伯父さんの書斎から本が何冊か消えてるのも気掛かりなんだぜ」
輝は腕を組んで、難しい顔をしている。
「お兄ちゃんは、何をしてたの?」
「仕事に出てた」
と、バツが悪そうに肩を竦め、溜め息をひとつ。
「しかも俺様は、容疑者になってんだぜ」
はぁー、とまた溜め息。
気丈な態度に戻っていた光が、再び眼を大きく見開いた。
「何で!?」
「あー、第一発見者がご近所さんだったんだぜ。同居人の俺様が疑われるのは必定ってヤツだ。まぁ、所属してる協会にアリバイ工作の手回しをして貰っているから、大丈夫だぜ」
だから日本に来れたんだ、と輝は言う。疾風丸をこの場から消しつつ、
「取り敢えず、立ち話もなんだから中に入ろうぜ」
自分の家でもないのに、輝は先頭に立って皆を誘導した。
家の中では、康成が夕食の準備を終えたところだった。輝の姿を見るなり、すぐに追加を準備しますね、と再び台所へ向かった。
人数が更に増えたので、倫は拓人と一緒にテーブルと椅子を追加している。
急な来客にも慣れたものだ。
光は一度自室へ戻り、文庫サイズほどのポーチを持って来た。食事が冷めては申し訳ないので席につくと、それを太腿の上に乗せた。
輝が来た事により、いつもの数倍賑やかな食卓。輝は光と潤の間を陣取ると、土産だ! と小さな箱を数個、テーブルに広げた。
「色んなフレーバーティーだ! 伯母さんが棚に並べてたのを持って来たんだぜ!」
「不謹慎でしょ!?」
光が指摘するも、輝はきょとんとしている。
「容疑者のわりに、なかなか余裕だな、輝君……」
普段能天気な深叉冴ですら、半眼である。
「はっはっは! 本当に欲しかったものは取り損ねたんだがな! そう褒められると照れるんだぜ!」
「誰も褒めてないから!」
「そうプリプリ怒るな妹よ! まぁ、怒った顔もcharmantけどな!」
光は、もう嫌……、と頭を抱えてしまった。
妹がそんな調子なので、輝は反対隣に頭を振る。
黙々と肉じゃがを口へ運んでいる潤に、
「潤、お前の目玉を片方俺様にくれないか?」
夏の太陽に反射する海面のように、輝く瞳を向けた。
潤は箸を止め、紅玉のような瞳をぱちくりさせている。
ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がったのは、凌だ。
「冗談だとしても、質が悪いですよ!」
「え……。俺様、大真面目」
「もっと悪いです!」
凌に怒鳴られても、輝はやはりきょとんとしている。
「翔の目玉も綺麗だから飾っているんだが、それより鮮やかな紅い瞳を持つ人物に出会えるなんて、運命だップギャッ!」
潤の眼に手を伸ばした途端、輝は再び護符の力で吹き飛ばされた。
吹き飛んだ方向に居た光は、予め後ろに下がっていて無事だったのだが、輝は翔に激突する事で止まった。
但し、翔もろとも床に転がっている。
翔は、自分の上に乗っている未来の義兄に殺意を向けた。
「輝……本当に殺すよ……」
「おいおい。仲良くしようぜbruder。って、箸が刺さった口で、よく喋れたものだな!」
転んだ拍子に中咽頭へ刺さった箸を抜いた翔は、血の味しかしない……、と不貞腐れた。まだ残っている食事を、残念そうに眺めている。
康成が「翔様!」とタオルを差し出してきたので、翔は口一杯にタオルを詰め込んだ。
しかし、康成は「違いますよ! 貫通して、盆の窪からも血が出ているんです!」と指摘。
翔は初めて、頭の後ろからも流血している事に気付いた。
口から出したタオルは、血を吸って重くなっている。
追加で持って来られたタオルを首筋の中央へ押し付け、翔はむすりと輝を見やった。
「俺の目玉だって、輝は俺が『いい』って言う前に取っていったし……」
「それから、光は俺様の事を邪険にするようになったんだぜ……」
しょぼん……、と項垂れる輝だが、場に居る大半の人間は「そりゃそうだろ!」と胸中でツッコんだ。




