表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第二章『(頭が)ヤバい奴ら』
81/280

第二十話『家庭教師』―5




「鬼……ごっこ……」


 泰騎の言葉を繰り返す。泰騎は首を縦に振った。


 翔は深叉冴に向かって、首を倒す。


「鬼ごっこって、鬼になった人が他の人を捕まえるゲームだよね?」

「ああ。儂も子どもの頃やったぞ」

「泰騎先輩は鬼ごっこで、鬼になるのが好きなんだ」


 凌は困り顔で肩を竦めている。この様子だと、泰騎の鬼ごっこは、珍しい事ではないらしい。


 泰騎は、あん中でええわ、と格技場を指差した。拓人に、汚れていい服に着替えて武器を持って来るように言い、手を振り見送っている。

 翔は泰騎の隣に立ち、泰騎の顔を見上げた。


「泰騎は、血が繋がってない、潤のお兄さんなんだよね?」


 泰騎は初対面の年下から呼び捨てにされても、嫌な顔ひとつせずに応える。


「一応、戸籍上はな。……まぁ、幼馴染みみたいな関係じゃな」

「……じゃあ、潤のご飯作ったり、洗濯したりはしないんだ……」


 翔は、ふむ、と何やら表情を堅くして考え込んでいる。

 初めて家族構成が同じ人物に出会えたわけだが、自分の家とは、何やら違うらしい。

 翔は泰騎に、質問を続けた。


「ねぇ。潤と、どっちが強いの?」


 泰騎は小さく、デジャヴ? と漏らしてから、ワシ、と答えた。


 翔は眼を瞬かせ、潤と泰騎を交互に見た。

 ワシ、所長じゃけん。と泰騎は首を竦めて笑っている。

 そんな泰騎の向かいに浮いている深叉冴は、口角を上げて言った。


「泰騎君は稀にみる天才だと、儂の耳には入っておるぞ」

「いやぁー、照れるわぁー」


 はっはっはっ。と笑っているところへ、拓人が帰って来た。腰にホルスターを巻き、種類の違う拳銃を差し込んでいる。服は着替えていない。

 目を据えて、照れ笑いをしている泰騎を見ている。


「拓人、何で怒ってるの?」


 無神経極まりない翔の言葉に、別に、と答え、拓人は泰騎に軽く頭を下げた。


「準備出来たんで、お願いします」




 結界用の護符を入り口へ貼ると、格技場全体が再び膜のようなものに覆われた。泰騎にはそれが視えていないのか、結界ってもう出来たん? と頭をぐるりと回している。


「泰騎さんは、親父の護符を持っていないんですね」

「え? あぁ。潤が持っとったやつ? 今日師匠に会った時に買って、ワシが渡したんよ。あー……、ウチの副所長にもしもの事があったら、怒り狂う奴がぎょーさん()るからな。にしても、よう気付いたな」


 感心する泰騎だが、拓人の表情は依然冴えず、嘆息を漏らしている。


親父(あいつ)の札は効果が強い分、気配に癖があるんです。ところで、鬼ごっこってどうすれば……」

「簡単じゃ。ワシが鬼。拓人は、ワシから逃げればええんよ。どんな手を使ってもええから、取り敢えず三分間逃げてみ」

「泰騎さんに向けて発砲しても?」

「もちろん、ええよ。実弾大歓迎。他に質問は?」


 首を横に動かす拓人を見届けると、泰騎はジャケットのポケットから、赤いマーカーを取り出した。油性だ。


「流石にナイフで切りつけるわけにもいかんし、コレでカウントするな」


 拓人は、カウント……? と眉間に皺を増やした。

 疑問符を浮かべる拓人に、泰騎はマーカーを指先で回しながら、当然、といった口調で返答する。


「ワシが拓人を殺した回数じゃで」


 そうか、オレは殺されるの前提か。と、拓人は半眼になった。

 これだから、天才は嫌いなんだ。心の中でそんな悪態もつきつつ、泰騎の言葉を待つ。


「んじゃ、三秒後にワシは動くから、出来るだけ全力で逃げてんな!」


 灰色頭のチャラ()は、いーちにーいさーん、と明らかに三秒オーバーな秒読みを終え、手首と足首を交互に回した。そして、自身のスマートフォンのタイマーを三分にセット。


 その間に、拓人は二十歩ほど下がっている。


 泰騎は更に背伸びをし、実質十秒ほど経ってから、やっとその場を離れた。


 離れた――というより、“消えた”という方が適切なくらい(はや)く、拓人は一瞬、泰騎の姿を見失った。再び視界に泰騎を捉えた時には左手にリボルバーを抜いて構えたが、発砲したと同時に、また消えた。

 否、消えているわけではなく、ただ速く動いているだけなのだ。その軌道が不規則で、直線的でない。


 拓人自身、見えないわけではなく、ただ、本当に、反応が追い付かないのだ。

 普段なら、素早く動く相手の行く先を予測して弾を撃つのだが、予想のたてようがない。


 しかし(あいて)は確実に、自分に近付いてくる。ならば距離をとるべきだ。しかし、(あいて)がどの方向から近付いてくるかも分からな――、


「はい。一回!」


 声がした背後を振り向いた時には、拓人の首に赤い横線が引かれていた。


 まだ、三分を告げるタイマー音は鳴らない。

 拓人は躊躇(ためら)いなく、引き金を立て続けに五回引いた。弾切れと同時に弾を詰め直し、右手で自動拳銃(ピストル)を抜く。

 両手を使って対極の方角へ六発撃つと、直後、壁が出現。土壁が、拓人をドーム状に包み込んだ。


 強い爆発を起こす翔と仕事をしている時には、使わない防御方。天空を()び出していない状態では、強度にも限界がある。


 だが、人間一人の力を防ぐには充分な効力がある。

 拓人は年の為リボルバーに予備の弾をセットしたが、少ししてタイマーのアラームが聞こえた。




 拓人が土壁を崩すと、すかさず泰騎が拓人の両手をとった。


「すっげぇな! 流石《自化会》の主戦力(エース)じゃなぁ!」

「オレ、一回殺されてるんですけど」


 拓人は浮かない顔で、首の赤い線を指差す。一〇センチほどの線。対して泰騎はかすり傷ひとつ負っていない。実戦だったなら、拓人は確実に負けて(しんで)いる。


「うーん。まぁ、確かに本気出すタイミングが遅かったけどな。状況判断の速さと実行力はすげぇと思うで?」

「でも、一撃貰うまでに動けないと、意味ないじゃないですか。その打開策を教えてくださいよ」


 意外にも真剣に食い付いてくる拓人に、泰騎は頭を掻いた。


「ワシから教える事はねぇって言ったじゃろ? こればっかりはマニュアル動作じゃどうにもならんよ。実戦積んで動けるようにならんと」


 拓人が小さく、これだから天才は……、と溢す。それを聞き逃さなかった泰騎は、金髪で目付きの悪い和装呪禁師を思い浮かべ、深く溜め息を()いた。


「言うとくけど、ワシは“天才”なんてモンじゃねぇよ。ただ、運がええだけ。それと、アホみたいに(こえ)先生(・・)に、毎日毎日毎日毎日、アホみたいにズタボロにされて、“どうすればええか”が分かるようになっただけ」


 と肩を竦めてから、目の前の金髪の少年に向かって言う。


「あとな。自分の体質の所為で苦しんどる奴を、ずっと隣で見てきたワシから言わせてもらうとな……」


 泰騎の口から、一層重い息が吐き出された。唸り声も混じっている。


「拓人の親父さんじゃって、天才なんてもんじゃねぇよ。言うなら、災難の方の“天災”じゃわ。それにな、拓人はやたら卑屈になっとるけど……」


 “卑屈”と言われた拓人は――図星なだけに――反論出来ずに押し黙った。

 拓人の反応とは対照的に、泰騎はにっかり笑う。


「“努力が出来るんも才能の内”ってな。努力せん天才より、努力する秀才の方が、絶対(ぜってー)強うなるよ」


 また鬼ごっこしような! と拓人の背中を叩くと、泰騎は鼻歌を口ずさみながら格技場から出ていった。




◆◇◆




 外で待機していた潤に、泰騎は上機嫌で近付く。


「ところで、何でワシに電話したん?」

「翔が思いの外手強そうでな。一週間、泊まり込みで何とか基礎を作ろうかと……」

「はぁあああ!?」


 数秒前までのご機嫌っぷりを吹き飛ばし、泰騎は手をわなわなと震えさせた。


「な、何……ちょ、ええ?」


 現れてから、常にどこかチャラついた雰囲気を(まと)っていた泰騎の急な慌て振りに、近くに居た拓人は呆気にとられている。

 その横では凌が口元を引き攣らせて、目を瞬かせた。

 潤は、変わらぬ表情で言葉を続ける。


「だから、取り敢えず一週間泊まり込みで……。ああ、事務所の仕事は倖魅にデータ化してパソコンへ送ってもらうから大丈夫だ。お前の負担にはならないように――」

「違……そうじゃのうて、泊まり込みなん? 日中、《P×P(うち)》の事務所には来んの?」


 潤が、こくりと首を縦に下ろす。


「まぁ、呼び出されれば戻るが……交通費も掛かるし、契約期間中はこっちに居る方が都合がいい。お前が中に居る間に部屋の交渉もしたし、突貫だが訓練場の手配もした」

相方(ワシ)に相談もなしに……。いや、そんな急を要するほど(ひで)ぇって事なん? あの朱雀の坊っちゃん……」


 泰騎はある種の驚きを滲ませた眼で、翔を見た。呆れて、絶句するしかない。


 山を半分吹き飛ばす力を制御出来ない人物が、街中で日常生活を送っているのだ。巨大な不発弾がその辺を彷徨(うろつ)いているようなものだろう。


 となれば、世間の平和のために、泰騎も首を縦に振るしかなかった。








以下、落書きなど。



翔と界の挿し絵を載せたので、本編に貼り付けるのを見送った挿し絵(笑)

挿絵(By みてみん)



泰騎が秀貴から(潤へ渡す為の)お札を買った時の話。

挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ